BEFORE


夜勤で出かけるチョッパーに弁当を作ってやった。 めちゃくちゃ喜んで、勇んで出ていった。 夕方、ルフィを撃退しながら夕食を作った。 片付けの後、ウソップからメールが入っていたので返信した。 明日、ロビンちゃんとフランキーが帰ってくる。 遅くなっても行くから飯ヨロシク、との文面に、『ふざけんなバーカ』と返してやった。 そしたら、今、一緒に仕事をしてるんだと、グラビアアイドル5人に囲まれた羨ましい写真を送って来やがった。 しかも、その手に高級霜降り和牛肉。 『気をつけて帰って来て下さい』と速攻返信。 しかしどういう仕事だ?(笑) その後、食堂でナミさんの仕事を手伝った。  「×がついてる部分にベタ塗って!はみ出さない様に塗るだけよ、わかった?  このキャラの髪の毛だけだから、簡単でしょ?」 なんかスゴイ絵ばっかりのページを渡された。 髪の毛だけか。 わかりやすいな、確かに。 服着てないし……。 広い食堂に、ナミさんのペンの音だけが響いてる。 ふと  「……今日も遅いわね、ゾロ。」  「……うん……。」  「木曜日だから……ああ、今日も英語ね。」  「…そう…あ。ちょこっとはみ出た…。」  「え!?……あ、この位なら大丈夫。巧いわよ、サンジくん。……ねェ。」  「はい?」  「明日…夜、どこかホテルでも泊まる?」  「え?なんで?」  「だって…明後日は土曜で…ゾロも休みでしょ?」  「………。」  「明日、お帰りパーティの後…抜け出しなさいよ。」  「ありがとう、ナミさん。」 サンジは、嬉しそうに笑った。  「でも、いいよ。明日は、ロビンちゃんとフランキーを祝いたい。」  「…仲直りできそうにない…?」 サンジは笑った。 そして  「するよ。」  「………。」  「ちゃんと謝るから、大丈夫。」 ナミは、にっこり笑った。 その日もゾロの帰宅は遅かった。 けれど、サンジは静かに、ひたすらに待った。 ナミが食堂から引き上げる時、エースがルフィと出かけるところだった。 どこへ行くんだ?と尋ねたら、エースは笑って  「ヤケ酒だ。」 と答えた。 するとルフィが  「絶対に潰れるから、おれに担いで帰れって言うんだぞ?」 と、憮然として言った。 サンジも苦笑いしながら  「だったらここで飲めばいいじゃねェか。つまみ作るぜ?」  「……残酷だねェ。振られた相手を肴に飲めるかよ。」  「……違いねェ。」  「それに、憎い恋敵がご帰宅あそばして、2号室ン中で何が行われるか想像したら、  のほほんとひとつ屋根の下にいられるかって。」  「……!!!」 サンジの顔が真っ赤になる。  「じゃあな。ホラ、行くぞルフィ。」  「ん!じゃあな、サンジ!ちょっとつき合ってくらァ!」 その時だ。  「あ!ゾロ!!」 玄関を出た所で。  「お帰り!!」 ルフィの笑顔に、ふっと笑って、  「…ただいま。出かけんのか?」 と、ゾロは言った。 ネクタイを緩め、ジャケットを肩にかけて、随分くたびれた顔をしている。 ただでさえおっさんくさい顔なのに。 その顔をじっと見て、エースは笑いながら言った。  「……あー、ぶっ殺してやりてぇ顔。」  「あァ?」  「あのなーゾロ!エースのヤツ、サンジに失恋確定…(殴)…痛ェっ!!」  「はァ?」 眉をしかめて、ゾロはサンジを見た。 肩をすくめ、笑うサンジに、ゾロは首をかしげる。  「な?ぶっ殺したくなるだろ?」 笑いながら、エースはルフィの首を抱えて引きずっていく。 どこまで本気なのかわからないが、昼間、5号室で告白した声は、本当に真剣で辛そうだった。 暗がりの中に歩いて行く背中に、『ごめん』と心の中でつぶやいた。  「…おかえり…。」  「…おう。」  「……飯は?」  「…食ってねェ…。」  「じゃ、腹空いてるだろ?飯作るぜ。」  「………。」  「オムライスでいいか?」 ゾロの目が一瞬丸くなった。 そして  「ああ。」  「食いたい。」 答えたゾロの顔は、優しく静かに笑っていた。 サンジがゾロの前にオムライスの皿を出した時、もう時計の針は午前0時を迎えようとしていた。  「いただきます。」 と、手を合わせて、勢い食べはじめる。 あの時の様に、サンジは黙って、ゾロがオムライスを食べる姿を、向い側に座って見ていた。  「……ビビちゃん、元気かな。」 サンジの言葉に、ゾロはこともなげに  「元気だろ?」 と答える。  「…ロビンちゃん、ビビちゃんには結婚の報告しなかったのかな?」  「…招待状は出したらしいぜ。が、丁度向こうも桜の時季が始まるから、忙しいんだとよ。」  「そっか…若女将だもんな…。」  「…“若”はいらない。……去年、亡くなったそうだから。」  「…え…?」 知らなかった…。 ビビちゃん、お母さんを亡くしたのか…。  「…ビビちゃん、きっと頑張ってるな。」  「…ああ。」 あの日。 ビビちゃんは、おれとゾロが帰ってくるまでのわずか10分の間に、あのイガラムという男に連れられて、サニーを出ていった。 無理矢理連れて行かれた訳ではない。 帰る。それも今すぐ。 おれとゾロの顔を見たら、決心が鈍ると言って、身ひとつであのリムジンに乗り込んだらしい。 後日、あのイガラムとかいうおっさんとそっくりなおばさんと、なんかやたらとゴツイ男が2人やってきて、 ビビちゃんの部屋の荷物をトラックに積み込み、部屋を掃除していった。 あの10分の間に、ビビちゃんはあのおっさんから、女将であるお母さんが重い病気になった事を告げられたらしい。 ビビには知らせるなと、お母さんは言ったらしいが、ビビちゃんの事件の事も 聞かされてしまったあのおっさんは、なんとしても連れ戻したかっただろう。  「ご両親を不安にさせても、苦しめても、それでも叶えたい夢?」 ロビンちゃんは、ビビちゃんにそう尋ねたのだと言っていた。 今にして思えば、自分の両親の死を、自らのせいだと苦しんでいたロビンちゃんの、心からの言葉だったのだと思う。 父親を傷つけたまま家を離れていたおれには、その時のロビンちゃんの言葉は冷たいとさえ思えた。 ビビちゃんは、その時首を横に振った。 そして、そのままサニーを出ていった。 おれ達に、『ごめんなさい』の伝言を残して。 1週間後、おれとゾロの携帯にメールが入った。 ビビちゃんから、同時送信だった。 『ゾロさん、サンジさん』で始まるその文面に、ビビちゃんの迷いはなかった。 突然出ていった事の詫び。 お母さんの病気の事。 将来が見えなくて自分が悩んでいた事。 あの事件が、やっぱり心の奥で傷になって残ってしまった事。 お父さんが、すっかり気弱になってしまい、自分が頼りである事。 そして 別の形で、夢を叶えたいと思っている事。 そんな事が、簡潔に、丁寧に、穏やかな文面で告げられていた。 『いつか、2人で遊びに来てください』 そう締めくくられたメールに、おれもゾロも何も言えなかった。 本屋でガイドブックを開き、ビビちゃんの実家の旅館を探したら、簡単に見つかった。 それだけ有名な、歴史の深い老舗旅館。 女将さんの写真が載っていた。 ビビちゃんにそっくりだった。 ビビちゃんが出て行った後、春が来て、もう一人の学生も卒業して就職し、会社の寮に入ると言って出て行った。 同じ春に、4号室にウソップが入り、その秋にナミさんがやってきた。 それから間もなく、チョッパーがやってきて、ブルックが来て、 そして翌年の春にルフィが、ビビちゃんのいた1号室に入った。 フランキーがやってきたのは、その次の年の秋だ。  「ごめん。」 突然のサンジの言葉に、ゾロはスプーンを持つ手を止めた。  「……ごめん……。」 もう一度、サンジは低い小さな声で言った。  「謝るな。」  「………。」  「……謝るのはおれの方だ。」  「なんで…?」  「……てめェの言う通りだ……てめェが帰ってくる、そう思った時から、  考えるのは『その事』ばかりだった。……汚ェと言われても仕方がねェ。」  「………。」  「…けどな…。」 ゾロはスプーンを置いた。 皿の上に残っているのは、ほんの一口。  「……不安なんだ…てめェは誰にでも優しいからよ…離れている間に…他の奴にも優しくして、  エースみてェに惚れる奴だって、現れるかもしれねェって何度も思った。」  「………。」  「おれはてめェに関しちゃ心は広くねェ。強くもねェ。心配で心配で、いつだって不安だ。だから…。」  「………。」  「…てめェを抱きてェ…結ばれてェ…おれのもんにしときてェ…ずっとそればっかだ。  確かに汚ェよ。言い訳できねェ。」 テーブルの上に置かれた手に、サンジはそっと手を重ねた。  「…ゾロ。」  「………。」  「…おれって、何で野郎にばっかりモテんのかねェ?」  「…あ?」 いきなり何を?  「……その心配……当たってら。」  「あァ!?」 瞬時に、握った手に力がこもる。 だが、サンジは笑いながら  「…断ったよ。その場で。…おれは日本に好きな奴がいる。そいつしか要らない。  おれは、そいつがパリに来るのを待ってるんだ。って……今度はちゃんと…そう言えた。」  「………。」 自分の手を握るゾロの手に、サンジは片方の手を重ねる。 少し赤らめた頬を隠すように、わずかに俯いて  「……おれもだよ……。」  「………。」  「日本に帰れる…もうすぐ帰る…やっとお前に会える…。  ロビンちゃんの式の日取りを聞いた瞬間から…おれも…ずっと…そのことばっか考えてた……。」  「…サンジ…。」  「…なのに…。」 言葉を遮るように、ゾロはサンジの手にまた手を重ね、強く握った。 顔を上げ、真っ直ぐにゾロを見つめ、サンジは言う。  「…ありがとう…。」  「………。」  「そんなに思ってくれてるなんて…思わなかった…。」  「………。」  「…ごめん…。」 重ねられた手を、ゾロは強く握る。  「……ほったらかしにして…悪ィ…けどな…仕方がねェんだ…。」  「うん、わかってる。…難しい事件か?…公判…?」  「ああ。」 サンジの手も、力がこもる。  「…てめェは…この前帰ってきたから知らねェだろうが…ちょっと前に、起きた事件だ…。」  「…うん…。」  「……港区のマンションで…男が別の階の、何の面識もない女を殺した。」  「……!!」 ゾロは唇を噛み締めた。 眉が、苦しげに眉間に寄せられる。  「…また…“誰でもよかった”だ…!」  「ゾロ…。」  「……責任能力云々で…起訴がもめた…。」  「なんとかなりそうなのか?」  「…ああ…やっと…今日、めどがついた…。」 サンジはほっと息をついた。  「よかった…。」  「…今日、検事が起訴した…。」  「…うん…。」  「……サンジ。」  「………。」  「…土日は休める…。」  「うん…。それを頑張ってたんだよな?」  「……まぁな……。」 が、ゾロは少しバツが悪そうに  「…意地でも休みたかったってのもある…。」 サンジは笑った。  「…じゃ、風呂に入って、ゆっくり休め。」  「………。」  「……今夜…してェ……?」  「……してェ…けど…な……。」 優しい笑顔で、サンジは言う。 ゾロの目に、深い悲しみが漂っている。 その理由を、サンジは知っている。  「そんな気分になれないだろ?」  「………。」  「起訴で安心するなよ?…裁判はこれからだ。」  「わかってる…。」  「…明日…もう今夜だけど…。」  「…まだ土曜日もある。」  「…うん。」  「土曜日…おれとだけ居てくれ。」 サンジは、静かに、はっきりと大きくうなずく。 そして声を明るくして  「……なァ、ゾロ…土曜日…青山行かねェか?」  「青山?」  「…お袋と姉貴の墓があるんだ…お前を…紹介したい…。」 サンジの言葉に、ゾロもうなずき  「じゃあ、その前に三鷹までつき合え。」  「うん。」  「おれも、お前を紹介したい。」 嬉しそうに、サンジは笑ってうなずいた。 サンジ再び渡仏まで、後3日。 日付的には金曜日の午前4時ごろ。 エースは本当に、ルフィに背負われて帰ってきたらしい。 いつものように原稿を描いていて徹夜だったナミが、酔いつぶれたエースを担いで階段を上がるルフィを見たと言った。 強い男だと思っていたのに、目の周りが真っ赤だったと。 わかってはいたけれど、本気だったのだと改めて思う。 これ以上、詫びることはしない。 それはエースのプライドを傷つける。 素直に、残りの日をゾロと穏やかに過ごす事だけ考えよう。  「ヨッホホホホ!おはよーございまぁ〜〜〜〜す!」 元気な声がして、ブルックがやってきた。 その声にかぶるように  「ただいまぁ〜〜〜〜!あ、ブルックだ〜〜〜!」  「これはこれは、ドクターチョッパー!夜勤でしたね?お帰りなさい!」  「あら、いらっしゃいブルック!」  「おはようございます、ナミさん!今朝のパンツは何色ですか!?」  「今日のラッキーカラーのレモンイエローよvv見る?(チラ☆)」  「ヨホホホホホホホホ!!おおおおお!目玉が飛び出るー!!って、目玉ないんですけどーっ!!」  「あ。サンジが鼻血出してる。」 ブルックは客用のスリッパをつっかけて、スタスタと食堂の方に向かいながら  「ルフィさんとゾロさんは、学校とお仕事ですか?」 サンジは、ティッシュで鼻を拭きながら  「ああ、ゾロはでかけた。ルフィは今日は自主休校だとよ。上で寝てる。」  「ヨホホホホホ!……エースさんは?」  「……エースも寝てる。」 ナミがにやりと笑って  「後で、二日酔いの薬でも持っていったら?サンジくん?責任とらなきゃねー。」  「…ははは…。」 その様子に、ブルックは笑って  「おや、どうやら、ワタクシの知らない間に何か事が動いたようですね?」  「え!?どんな風に!?」 チョッパーも驚く。  「聞くだけヤボよ、チョッパー。…で?サンジくん?」 ナミは、さっとサンジの側に寄り、耳元で囁いた。 だが、囁きと言っても、その声量はかなりでかいが。  「夕べは?うまくいったの?」 ナミの問いに、サンジは笑って  「はい。」  「…!そう!よかった!!……それじゃ…それじゃついに…!?」  「いえ、そっちは残念ながら。」  「えええええ!?」  「えええええ!?」  「えええええ!?」 何で、ブルックとチョッパーまで驚くか?  「いやもう、今更だから…。」  「何言ってるのよ!サンジくん!ダメよ!それはダメ!絶対にダメ!!このオハナシ的にも許さないわ!!」  「何のお話だ?」 チョッパーが首をかしげた。 昨夜、あれから一緒に眠った。 初めて、ゾロの腕の中で眠った。 でも それだけ  「ピュアなだけのラブコメなんて、今、これを読んでるお姉様方が、それで納得がいくと思ってるの!?」 もっともだ。  「おや?またどこからか声が。」 サンジは、唇からタバコを離して、苦笑いしながら答える。  「…いいんだ。もっと深い部分で、繋がってることだけは確認したから。」  「………!!」 ナミは、天を仰いで  「はぁ…っ。」 くらっと、食堂のテーブルに倒れこむ。  「ナ、ナミさん、大丈夫かい?」  「具合悪いのか!?診察するか!?徹夜ばっかりするからだ!」  「あ〜〜〜、違う違う…。なーんか、あたしバカみたいって思ったのよ。」  「…ごめんよ、ナミさん。」  「……まぁ、いいわ。サンジくんが満足ならそれはそれで……。」  「…機会があればって…そりゃ思うよ…でもさ…。」  「あー、もぉいいわ…。」 ナミは、呆れたように笑い、  「何が何でも、何がどうなっても、2人がメチャメチャ好き合ってるのは、  もう充分わかりました!ゲップが出そうよ。」 その時  「おっはよ――!!サンちゃ―――ん!ひもじぃいでェ―――す!!」 1号室のドアがバタンと開き、雄叫びが轟いた。  「おほっ!ブルック〜〜〜〜〜〜〜♪」  「やぁ、ルフィさん。おはようございます!ヨホホ!」  「あ、そっか!今日、ロビン帰ってくるんだな!!」  「そうよ!忘れてたの?あんた。」  「あっはっは!忘れてた!!じゃ、ウソップも来るのか、サンジ!?」  「ああ、高級霜降り和牛肉持って帰って来るぜ。」  「おおおおおおおお!やったぁ!!サンジ!買い物行くならおれも行くぞ!」  「あ、おれも手伝う!」  「ブルック、食堂の飾り付けしましょ。」  「ハイ、喜んで!」 チラ、とエースの部屋を見る。 無意識に。  「サンジぃ!なんか食わせてくれェ〜〜〜〜。」  「…別にかまわねェが、普段はどうしてるんだ?」  「食パンかじってる。」  「じゃ、かじってろ。」  「えええええ!?せっかくサンジがいるのにィ〜〜〜!」  「わかったわかった…握り飯でいいか?」  「おう!おかか、入れてくれ!おかか!」  「了解。」 こん こん ことん 小さな音に、エースは目を覚ました。 頭が痛い。 さすがに昨夜は飲み過ぎた。 辛い酒は悪酔いする。  「……うえ…もう2時かよ……寝すぎた…う゛え゛〜〜〜〜あ゛だまが痛ェ〜〜〜〜;;」 ドアへ這いずっていき、唸りながらドアノブを回し、音の正体を確かめた。  「………。」 白い皿に載せられた5個のおにぎり。 それと、バファリンと液キャベ。 ラップの上に『ごめん ありがとう』と書かれたメモ。 メモを読んで笑い、ラップを外して1個を頬張る。  「梅干……うわ…すっぺ……ん?」 べ、と、 舌の上の違和感を吐き出す。 小さな白い紙  『ハズレ』  「………。」  「…くっくっく…。」  「……あ〜〜〜、やっぱ…諦めたくねェなァ……。」 どんなに頑張っても、絶対に叶わない恋だとわかっていても。  「やっぱ、お前最高だ。」 捨てるには惚れすぎてる。 エースは、自分で自分をバカだと思いながら、少し滲んだ涙を飲み込んだ。  「ところで、アタリってどれだ?」 アタリのくじは、明太子に入っていた。    NEXT BEFORE                     (2009/3/23) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP