BEFORE


 「どこへ行く?」 玄関で靴を履いているサンジを見て、ゾロが尋ねた。  「ああ。駅までちょっと。」  「なんだ?」  「駅前のコンビニ。切手買いながら、これ、出してこようと思って。」  「明日、出たついででいいじゃねェか。」  「ん。…駅まで歩きてェ気分なんだ。」  「………。」  「…一緒に行かねェ?」  「ああ。」 ゾロも、下駄箱からサンダルを出していると  「どこへ行くんだ?お二人さん?」 エース。  「…ああ、散歩だ。」  「お〜〜、お安くないねェ。夜のお散歩?」  「言ってろ。」  「エース、お前、体大丈夫か?」  「ああ、へーきへーき。楽しくてさ、二日酔いの方はすっ飛んでった。  …気をつけてな。サンジ。人気のない公園の方になんか行かない様に。」 ゾロがひくっと頬を震わせて  「サンジ限定かよ。」  「狼に何を言うか。」  「誰が狼だ!!」  「おい、ゾロ…あんまりエースの言う事まともに聞くな。面白がられてるのわかってねェ?」 ははは、と笑いながら、エースは賑やかな食堂の方へ戻っていった。 少し体が揺れている。 本当に酔っているのかどうかは定かじゃないが。  「行こう、ゾロ。」  「…ああ。」 春の宵。 薄いシャツでも寒くない。 ついこの前まで、肩をすくめて歩いていたが。 ゆっくりと ゆっくりと歩く 肩を並べて 黙ったまま こんな風に こんな気持ちで 歩ける日が来るなんて思わなかった。  「誰への手紙だ?」 ゾロが尋ねた。  「ん、ビビちゃん。」  「ビビ?」  「ああ。がんばってるって。  嬉しくなっちまって、すぐに返事書いて出したかったんだ。あ、お前の封筒と便箋、もらったぜ。」  「…ああ…そうか、ビビ…。手紙がきたってロビンが言ってたな。」  「…なァ、ゾロ。」  「ん?」  「…行こうな、ビビちゃんの旅館。」  「……高ェぞ?高級旅館だ。」  「金貯めて。」  「そうだな。…いつになるやら。」  「あっはっは!」  「………。」  「………。」 駅まで5分 駅から5分 コンビニで切手を買い、店の前のポストに投函し 歩き始めて まもなく  「!!」 ゾロの手が、サンジの手を握った。 そのまま 残りの道を歩く。 互いに、少し俯いて前だけを見ている。 きっと、どっちの顔も真っ赤だ。 ウブな高校生じゃないけれど、心臓が爆発しそうに鳴っている。  「………。」  「………。」 サニーの門を抜けた時、やっと、顔を上げて互いを見た。 目が合ったら 後は まるで磁石みたいに 長いキスの後、照れくささを隠すみたいに握った手を放し、ゾロはひとつ咳払いして玄関を開けた。  「あれ?」  「どうした?」  「…静かだな…。」  「…あれ…ホントだ…もう寝ちまったのか?」 二人が食堂へ行ってみると 誰もいない。 テーブルの上は散らかったままだが。 オンボロの頃から壁にかかっている伝言板に、ふと目をやる。  「……おい、サンジ……。」  「ん?」 黙って、指差すそこに、見慣れたナミの文字。  『寿々亭にラーメン食べに行ってきま〜〜〜すvvそのままカラオケにちょっこー!』  「………。」  「………。」 もう なんとツッコメばよいやら。  『後片付けは明日の朝で』 これはロビンの文字だ。  「………。」  「………。」  「……ぷっ…。」  「……フフ…あっはっは…!」 もう、笑うしかない。  「…コリャ、ご期待に添わなきゃいけねェな。」  「…あ〜あ…すげぇスケベ親父顔…。」  「…嬉しくねェのか?」  「嬉しい…。」 小さな声だったが、ゾロは笑ってサンジを抱きしめた。 長い抱擁と、長い長いキスの後  「……上、行こう。」  「風呂…入りてェ…。」  「いらねェ。」  「…だって…おれ、料理しまくってたから…油とか香辛料の匂い…。」  「全部ひっくるめてお前の匂いだ。」 腰を抱いて、引き寄せながら食堂を出て玄関ホールに入る。 その天井を、サンジは見上げた。  「……この天井のお陰だな。」  「………。」  「2年前…この天井が完成したら…告白しようって…決めたんだ、おれ…。」 サンジの言葉に、ゾロは一瞬目を丸くして、そして笑い  「なんだ。」  「ん?」  「…実はおれもだ。」  「…え…。」  「ロビンが…あんまりじれったくてよ…見ていて思った…おれも…ナミやルフィたちからこんな風に見えてるのかってな。」  「…おれも…おれもそう思った…。」  「………。」  「…ずっと自分で腹に抱えて…抱えて押し込めたまま…出て行きたくなかった…。」  「…おれもそうだ…。」  「……ごめん…。」  「何を謝る?」  「…エースについた嘘で…てめェ、傷つけた…。」  「いいんだ。」  「………。」  「もう、痛くねェから…いい。」 ゾロは、もう一度青い鳥を見上げて言う。  「…二人に感謝だな…。」  「…それと…みんなに…。」  「ああ…。」 ロビンが一緒に出て行った。 玄関のドアの鍵は、持って出て行ったはずだ。 内側から鍵をかけて、2階へ上がり、2号室へ入る。 カチャ 鍵をかけ ゆっくりと ゾロはサンジを背中から抱きしめた。  「………。」 シアワセで 涙が出る 明後日、また離れなければならないけれど、大丈夫。耐えられる。 キスを交わしながら、ゾロはサンジを布団の上に横たえる。 服の上から肌を探り、抱きしめては、顔中にキスの雨を降らせる。  「…ゾロ…。」 熱く名を呼ぶサンジの唇を両手の親指で辿り、頬を包んでまた唇を重ねる。 ああ やっと…。 結ばれたい ひとつになりたい 離れるからこそ契りたい 約束の日の為に ゆっくりと ゆっくりと ゾロの手がサンジの肌を晒していく 脱がせながら、自分も半身を露わにさせる。  「………。」 傷 事件の時の、無残な悲しい傷 袈裟懸けに走るその傷に、サンジは口付けた。 拒まず、ゾロはサンジの愛撫を受けていた。 胸にキスを繰り返すサンジの髪を何度も撫で、キスが途絶えた時、引き寄せてもう一度キスをする。 全て脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる。 ゾロは躊躇うことなく、わずかに開かれ、震えるサンジの太腿を左右に割り、 そこで震えながら涙をこぼしている果実を口に含んだ。  「…っ…あ…っ…!」  「………。」  「…あ…あ…ぁ…あぁ…っ!…ゾ…ロォ…っ…!」  「………。」  「…あ…やぁ…っ…イク…やだ…出る…っ…!」  「…出せ…。」  「…やっ…汚ェ…っ…。」  「汚くねェ。」  「…ん…あぁ…あ…あああっ…!…ゾ…ろ…っ!」 舌で愛撫しながら、激しくその茎を刺激する。 舐り、歯で軽く咬んだ瞬間、ゾロの口中に愛が迸った。 躊躇うことなく、嚥下する小さな音。  「…あ…っ!…ふ…く…ぅ…ん…はぁ…っ…あ…。」  「………。」  「………。」  「…声…出してよかったのによ…。」 サンジは涙をにじませながら  「…出せ…るか…恥ずかし…。」  「恥ずかしくねェ…可愛い。」  「………。」 ゾロは、サンジの手を握り、その手をそのまま  「……あ……!!」  「おれの方が恥ずかしいだろ…?」  「………!!」  「……ゆっくり…解すから……。」 サンジは、ゾロの胸に顔をうずめて、顔を隠して小さくうなずいた。 そして、顔を伏せたまま  「…なァ…。」  「あ?」 少し、躊躇うような沈黙。  「……てめェ…おれにも…口でされてェ……?」  「………。」  「………。」 ぎゅ 強く、白い体を抱きしめる。  「…ムリしなくていいんだぞ…。」 サンジは顔を上げ、ゾロをまっすぐに見つめた。 熱い目。  「……全部…お前もおれも…したい事全部しておきてェんだ…!」  「………。」  「…次に逢えるの、いつだ?わからねェだろ?だから…!」  「サンジ。」  「わかってる…!わかってるけど…!!」  「………。」  「おれも…結ばれたい…お前をおれのもんにしてェ…!!お前の望む事全部、全部してやりてェ!!  初めてのセックスで…すっげェ恥ずかしいし恐ェ…けど…そんな悠長なコト、言ってられっか!!」 その時のゾロの抱擁は、骨が折れるかと思えるくらい強くて、息が詰まった。  「…サンジ…!!ああ…ちくしょう…!また惚れ直しちまうだろうが!!」  「…ゾロ…ゾロ…!!」 抱き合い、食いつくさんばかりの激しいキス。  「サンジ…!」 固く、互いを抱きしめ―――― ピンポーン!  「!!?」  「!!」 ピンポンピンポンピンポーン!  「………!!」  「〜〜〜〜〜っっ!!!」  「……エースか……?」 つぶやくゾロの声。 こんな恐ろしげな凶暴な声、聞いたコトがない。  「…まさか…!!いくらなんでも…!!」  「じゃ、誰だ!?」  「…気にすんな!ゾロ!!いくらなんでも、みんなが帰ってくるはずない!!」  「そりゃ…そうは思うが…!!」  「酔っ払いだ!!てめェの家と間違ったバカが鳴らしてるか、ピンポンダッシュの悪ガキだ!!」 ピンポンピンポンピンポン!!!  「鳴らし方が尋常じゃねェぞ!」  「気にすんな!!集中しろ、ゾロ!!」 初日と逆転。 ドンドンドンドン!!!  「玄関ドア叩いてるな…。」  「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 サンジの眉が吊り上る。 がばっと起き上がり、捨てられたシャツを羽織る。  「………誰だか知らねェが……いい度胸だ…瞬殺で片付けてやる……。」 こわっ! 思わず心の中でつぶやいたゾロであった。 その時  「すみません!どなたかいらっしゃいませんか!?開けてください!!」 下から声がした。 サンジはズボンのファスナーを上げながら  「………おお…開けてやらァ!!」  「………。」 ゾロも、ぶ然としながらシャツに首を通す。  「夜分にスミマセン!!神楽坂、『東雲(しののめ)』の板前で  デュバルといいます!!ここに、若旦那が来ていませんか!?」  「!!」  「……デュバル…?」  「知り合いか?」  「………。」  「神楽坂の『東雲』と言ったな…。お前の実家じゃねェか。」  「………!!」 サンジは、2号室を飛び出した。  「若旦那!サンジ坊ちゃん!!いらっしゃいませんか!?」 階段を駆け降り、玄関を開けた。  「若旦那ァ!!!」 玄関前に、背の高い結構なイケメンが立っていた。 だが、今にも泣きそうな必死の形相。 どれだけ慌ててやってきたのか、鼻水が垂れている。  「お久しぶりです、若旦那!!…ご立派になられて!!」  「…デュバル…てめェ…どうした?」  「…若旦那が、フランスへ行かれたのは、大旦那から伺ってたんです。  で、あちらに国際電話したら、丁度コチラへ帰ってるっていうじゃありませんか!!」  「丁度?…向こうに、電話?」 デュバルは、ぶわっと涙を溢れさせ、泣きそうになるのを堪えて  「…旦那さんが…旦那さんが…お倒れに…!!」  「……!!?」 ゾロが、ホールに降りてきた。  「倒れた…?」  「…実は去年も…軽い脳梗塞をやられて…再発なんです!かなりヤバイ状態で…!  医者が、家族を…若旦那を呼んでくれと…!!」  「…親父が…。」  「こんな時に、こんな言い方はよくねぇんですが…よかった…!若旦那が日本に帰っててくださって!!」  「………。」  「やっと、ここを見つけて…!」 呆然と、サンジはその場に立ちつくした。 目の前で、泣きじゃくりながら叫ぶ男の言葉の意味を、サンジは理解できない。  「サンジ!!行くぞ!!」 背中からのその声に、サンジは我に返る。  「…ゾロ…。」  「着替えろ!すぐに出よう!!…おい、病院どこだ!?」  「表通りに車を待たせてあります!!」  「よし!…何やってんだサンジ!」  「…ゾロ…?」  「行くんだ!しっかりしろ!!」 サンジは首を振る。  「ダメだ…。」  「おい!」  「若旦那!!」  「…行けない…行く資格がない…。」 デュバルという板前が叫ぶ。  「何を言ってんですか!ぼっちゃん!!旦那さんは…倒れた時、ずっとうわ言で坊ちゃんを呼んでたんですよ!!」  「………。」  「今…意識がなくて…けど、坊ちゃんがおいでになればきっと!!」  「………。」  「サンジ!!」 ゾロは、サンジの肩を掴み、その頬を思いっきり張飛ばした。  「……ゾロ……。」  「行くんだ!行かなきゃ、てめェ一生後悔するぞ!!」  「………!!」  「逝っちまったら、どんなに望んでも逢えねェんだ!!」 サンジの体が、ガタガタと震えだす。  「どうしよう…どうしよう…ゾロ…親父…親父が…このまま逝っちまったら…おれ…。」 サンジの腕を掴み、ゾロはデュバルへ叫ぶ。  「車どこだ!?病院へ連れてけ!!」  「へ、へいっ!!」 サンジ再び渡仏まで、あと2日    NEXT BEFORE                     (2009/3/30) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP