『サンジの親父が倒れた。病院へ行く。』 伝言板のゾロの文字を、全員で呆然と見つめる。 時刻は午前5時 いくらなんでも、『コト』が済んで二人、幸せな眠りについていると思って帰ってきた のに……。 大きな溜め息は、ナミのものかウソップのものか。 そして、ナミはぺたんと床に座りこみ 「……どこまで…どこまで、運が悪いのかしら…あの二人……。」 「……どんな小説でも…このアタリでハッピーエンドじゃねェのか?」 フランキーがつぶやいた。 ブルックも呆然として 「…まったくです…そこんとこどうですか?」 ………。 「アラ!無視しましたよ!」 「……マジで…気の毒すぎる……。」 ウソップが、鼻水をすすった。 「なんかおれ、ゾロがかわいそうになってきた……。」 「…今なの?」 ルフィの言葉にロビンがツッコむ。 「ヨホホホホ…しかし…サンジさんのお父様にとっては、サンジさんが帰国していてよかったのでは…?」 「そうね…決して、運が悪いとは言えないかも。」 ロビンが溜め息をついた。 「何の病気かな?どこの病院だろ?」 チョッパーが考え込む。 「………。」 エースは、何も言えずに黙りこんだ。 全身を罪悪感が覆う。 と、玄関ドアの開く音 「帰ってきた!?」 ナミが立ち上がった。 全員でホールに飛び出す。 「ゾロ!」 「1人なの?」 「サンジは!?」 「倒れたってどういうこと?」 「何の病気だ!?」 矢継ぎ早の質問を制し、ゾロはチョッパーに 「お前の病院に運ばれた。脳梗塞だそうだ。」 「脳梗塞…!じゃあ、昨夜だとヒルルク先生が診てくれただろ!?」 「ああ、そう言ってた。」 「じゃ、大丈夫だよ!!ドクターは日本で指折りの脳外科医なんだ!」 「…そうか…。」 「容態はどうなの?」 ロビンが尋ねた。 「……芳しくねェ。」 「………。」 「そのドクターが言ってた。……今夜がヤマだそうだ。」 「………。」 今夜…。 躊躇いながらナミが問う。 「サンジくんは?」 はっと気がつきウソップも 「お前、ひとりでよく戻ってこれたな〜。」 「…またすぐに病院へ行く。昨夜、着の身着のままで飛び出しちまったからよ。表の通りに車待たせてんだ。」 「ゾロ、おれも行く!」 「…バカ言ってんじゃねェ、ルフィ。行ってどうする?」 「けどさぁ!!」 「ダメだ、ルフィ。」 言ったのはエース。 「ううううう!」 「ゾロ。」 「………。」 「早く行ってやれ。」 「……ああ。」 ゾロは2階へ上がり、自分とサンジの上着と、携帯電話と財布を持ち、また出て行った。 全員でそれを見送り、ロビンがつぶやく。 「…好くなってくれればいいんだけど…。」 デュバルの運転する車で、ゾロが病院に戻った時、集中治療室の待合室に、二人のゴツイ男達が立っていた。 ゾロの姿を見ると、一瞬息を飲み、互いを見合わせて、少し困惑した顔をした。 「……サンジの上着と、携帯と財布です。」 サングラスの男が受け取り 「ど、どうも…。」 ゾロと一緒に戻ってきたデュバルが尋ねる。 「パティのアニキ、カルネのアニキ、旦那さんは…!?」 「…かわらねェ、眠ったままだ…。」 「………。」 と、パティと呼ばれた男の方が、ゾロを見て、カルネに言う。 「…サンジ…が、来たら知らせてくれって言ってたろ。」 「あ、ああ。」 「………。」 集中治療室は、家族しか入れない。 だが 「あの…。」 カルネが顔を出してゾロに言う。 「中へ、入ってくれ。」 言われて、ゾロは中へ入った。 そこは、まだICUではなく、手前の待機室だった。 ガラスの向こうに、生命維持の機械に囲まれたベッド。 そこに横たわる男。 傍らに、マスクを付けたサンジ。 ゾロの姿を見て、サンジが小さく笑った。 サンジの父。 思ったより歳を取っている。 頑固そうな顔だ。 「…このまま…意識が戻らなかったら…もう…。」 パティが言った言葉に、カルネが叫ぶ。 「そんなことあるか!!旦那が…そう簡単にくたばるかよ!!」 すっと、サンジが立ち上がって、ガラス窓に寄る。 そっと、ガラスに触れた指に、ゾロも指を重ねる。 「…ごめんな…。」 中のマイクを通した声が、待機室に届く。 「………。」 「今日…お前とだけ過ごすって約束したのに…。」 黙って、ゾロは笑った。 「お前と過ごす。ずっと、ここにいる。」 「………。」 「青山と三鷹は、次でいい。」 こつん と、サンジはガラスに額を当てた。 答えて、ゾロも額を寄せる。 「ずっとここにいる。」 「…うん…。」 朝が明けきって、昼が過ぎて、夜になっても、ゾロもサンジも戻ってこなかった。 病院に、チョッパーが一度問い合わせたが、容態は変わらないという返事だった。 食堂で、重い時間を過ごしながら、時計を見上げてウソップが言う。 「…サンジ…明日の飛行機何時だ?」 エースが答える。 「…4時って言ってたな。ヒトロクサンマル、16時30分、全日空。」 「……ウソップ、アンタ仕事は?」 「…明日まで休みとった。月曜…レギュラーの『朝バラっ!』に間に合えばいいから。」 フランキーとロビンの結婚式。 それとサンジの帰国。 それを理由に、この1年の内に取れる休みを全て、この1週間に詰め込んだ。 「ブルックは?大丈夫?」 「ハイ。ワタクシも、火曜の練習日に戻れば大丈夫です。」 「…サンジ、今夜戻れるか…?」 フランキーの言葉に、チョッパーが 「多分ムリだよ…。」 「だよな…。」 「おれ、様子見に行ってもいいけど。」 ロビンが言う。 「ダメよ。サンジの事だから、余計に気を使ってしまうわ。」 ルフィがうなずき 「…大丈夫だ。ゾロがいる。」 ブルックが立ち上がり 「お茶でもお淹れしましょう。ロビンさん、ナミさん、何が宜しいでしょうか?」 「ありがとう、コーヒーを。」 「あたしもコーヒーでいいわ。」 「おれも。」 「じゃ、全員コーヒーでいいよな?」 「うん。」 「おう。」 キッチンで、コーヒーメーカーの用意をしながらブルックがつぶやくように言った。 「…辛い試練です。」 「………。」 ロビンが、微笑んで 「大丈夫。」 「………。」 「信じれば、夢は叶うわ。信じれば、奇跡は起こる。」 「ロビン…。」 「みんな、奇跡を起す力を持っているのですもの。」 サンジ再び渡仏まで、後1日。 「サンジ。」 父の枕辺、呼ぶ声にサンジははっと我にかえった。 眠ってしまっていた。 ガラスに拳を当てて、ゾロがこちらを見ている。 「少し、横になれ。」 「…大丈夫だ…。」 「………。」 「これくらいしか…親父に何もしてやれねェ…。」 言って、サンジはそっと父の手を握る。 「…謝ったって…きっと許しちゃくれねェだろうけれど。」 「そんな事はねェ。」 「………。」 「さっき…表の連中に聞いた。」 「………。」 「お前の親父さんは、進む道は異なったが、お前がちゃんと料理人の道を選んだ事を、心底喜んでたってな。」 「………。」 「親父さんがあの時怒ったのは、お前がどこまで本気なのか、確かめるためでもあったってよ。」 「…え…。」 「自分への憎しみが、お前の意欲を駆り立てているならそれでもいい。 その力で前へ進んでいるなら、いくらでも恨みを買おう。自分が、娘と女房を死なせたのは本当のことなんだから。 そう言ってたってな。だが、あのおっさん二人しかそれは知らないんだそうだ。」 「………。」 お袋は いつも 『お父さんは忙しいの』 『お父さんの邪魔をしてはダメよ』 『お父さんは、誇りある仕事をしているの』 『わかってあげてね』 誰よりも お袋は親父の応援団長だった 「う…。」 ゾロ 好きで好きでたまらない なのに離れて、またフランスへ行こうとしているおれ。 あんなに熱く、おれを愛してくれているゾロが、黙っておれの背中を押してくれるのは、ゾロが、おれの一番の理解者だからだ。 そして、おれも、ゾロの一番の応援団長でありたい。 「――――。」 ふと、誰かが誰かの名を呼んだ。 忘れるはずのない、母の名前。 「親父…?」 「………!!」 ゾロが身を乗り出した。 モニターの波形が、大きく波打つ。 「親父!?」 答えはない。 だが、酸素マスクの下の眉が、苦しそうに眉間に寄せられる。 機器のブザーが鳴った。 すぐさま、脳外科のヒルルクが飛び込んできた。 「どきな!」 サンジは父の傍らから飛び退いた。 看護婦もわらわらと飛び込んでくる。 そしてサンジに 「一旦外へ!」 押し出されるように、サンジはゾロのいる待機室へ入った。 「ゾロ!」 「………。」 すがりつくサンジの肩をしっかりと抱え、背中を支える。 パティとカルネも飛び込んできた。 「サンジ!?」 「旦那!」 医者の処置が続く、すると 「…う…。」 明らかな、父の声だ。 「親父!!」 ガラスに飛びつき、サンジは叫ぶ。 「親父!親父!!」 と、ヒルルクが叫んだ。 「入ってきな!!意識が戻りかけてるぞ!」 「…行こう!!」 思わず、ゾロの手を引いていた。 「側で、呼んでやれ!!」 サンジは父の手を握り 「親父!!親父!!わかるか!?おれだ!!」 うっすらと、目が開かれる。 「親父!!」 しばらく、目は左右を漂うと、しっかりとサンジを捉えた。 そして 「―――。」 呼んだ名は、母の名だった。 パティとカルネが言う。 「…サンジは…亡くなられた女将さんそっくりだから…。」 「間違えてるんだ…。」 「………。」 「…すまん…。」 詫びの言葉は小さかった。 かすれて、聞き取るのは難しいが、確かにそう言っている。 「…親父…。」 「迎えに来たのか…。」 「………。」 手をしっかりと握り、サンジは低く呻く。 「…だが…悪いな…おれはまだ…そっちには行けねェ…。」 「…親父…。」 「…サンジがなァ…サンジが…一人前なるまでは見ていかねェとなァ…。」 「………。」 「そうしねェと…お前ェ…きっとおれを怒るだろ…?」 「………。」 「…あれはいい料理人になる…おれとお前の…息子だ…。」 夢の形は様々で 父は父で 抱えた夢があった 母は ずっとそれを支え続けて 少なくない苦労の連続だった 姉の死は 最も悲しい不幸だった 疲れて 力尽きて それでも母は 恨み言ひとつ言わず “ お父さんをお願いね ” 「ドクター!」 職員の入り口から駆け込んでくる愛弟子を見て、ヒルルクは目を細めて笑った。 「どうしたい?今日は中勤か?」 「はい!…あの…!!」 「脳梗塞の患者かい?」 チョッパーはうなずいた。 一瞬、ヒルルクは難しい顔をして 「……運ばれたときには危ない状態だったんだ。」 「………。」 「3日もてば上出来だと思った。再発だからよ。」 「………。」 「………。」 ごくん、とチョッパーは唾を飲み込んだ。 「………助かったぜ。」 「……!!!」 「声をかけたら、すぐに持ち場に戻れよ。」 「はい!!ありがとうございました!!」 手をひらひらと振って、ヒルルクはだらしなくサンダルを引きずって仮眠室に向った。 チョッパーは、喜び勇んでナミに連絡を入れ、その足でICUの廊下に駆けつけた。 「!」 廊下のベンチで肩を寄せ合って、疲れきって眠る、ゾロとサンジ。 「………。」 毛布を借りてきて、そっとかけてやる。 疲れ切った二人は全く気づかないまま、幸せそうな笑顔で眠っていた。 サンジ渡仏、当日。 NEXT BEFORE (2009/3/30) めぞん麦わら−2号室と5号室−TOP NOVELS-TOP TOP