BEFORE


ムギワラ・エンタープライズ社。(以後、ME社と略す。) サンジは、この科学技術研究所で働いていた。 何を作っている会社か、ゾロはよく知らない。 携わるモノが多すぎて、『何を作っている』というカテゴリ付けが難しいのだ。 『オムツから棺桶まで』 この会社で、用意できない物は無い。 ゾロが連れてこられたのは本社ではなかった。 郊外の、サンジが通っていた研究所。 研究所といっても広大で、ハイヤーで門を潜ってから研究所に辿り着くまでたっぷり10分はかかった。 研究所の入り口で、待っていたのは  「…フランキー…。」  「よう…よく来てくれたな。」 ロビンが微笑み  「お連れしましたわ。お願いします。」  「わかった。…こっちだ。」 長い廊下を歩きながら、フランキーが言う。  「…ここへ来るのは初めてだよな?」  「…ああ…隣のテストコースには何度か…こっちは部外者禁止だろ?」  「見学コースはあるけどな…。」 フランキーは、ポケットから2つのIDを取り出した。  「つけてくれ。今から3時間有効のIDだ。」  「………。」  「本来は立ち入り禁止エリアだ。」  「企業秘密ですものね。」 ロビンは、素直にIDを胸に着ける。  「この先に何がある?」 ゾロの言葉に、フランキーは白い歯を見せた。  「サンジが、お前に遺した遺産だ。」  「………。」  「そう聞いたら、見てェよな?」 ゾロも、胸にIDを着ける。 IDを胸に着けているにも関わらず、奥へ進む度にセキュリティが強くなる。 そして  「…寒いな…。」  「スパコンがあるからな。夏でもここはこんな気温だ。」  「…こんな窓もねェ所で仕事してたのか?」  「…まァな…。」  「………。」  「着いた。ここだ。」 巨大なドア 真っ白な壁のフロアに、モニターがぽつんと置かれてある。 最後のセキュリティチェック。 フランキーが、モニターの前の、足形がプリントされた床の上に立った。 天井から、スキャニングの赤い光線が、フランキーの体を走り抜けていった。  『 指紋確認 虹彩確認 静脈確認 骨格確認 オール・クリア 第8製造部・1班班長・カティ・フラム 確認シマシタ 』  「………。」  『 カティ・フラム班長 セルフキーワードヲドウゾ 』 フランキーは息をつき  「…“ん〜〜〜〜ス――パ―――!!”」 ゾロが、ぎょっとした顔をした。  『 声紋確認 』  「はァ?」 ロビンがくすくすと笑う。 フランキーは振り返って笑い  「ちなみに、サンジのキーワードは、“ゾロ、愛してる”だったぜ。」  「………。」  「時々、“愛してる、ゾロ”っつって、開かなくてな。  “機械が生意気言ってんじゃねェ!汲み取れよ!そこは!”って、キレてたな。」 ロビンがさらに笑う。  「………アホ。」  『 ロック解除 ゲート開キマス 』 重い扉が、左右に開かれた。 中から、さらなる冷気が漏れて流れ込んでくる。 瞬間 まばゆい光にゾロは目を細めた。  「!!?」 建物の中のはずだ。 なのに、目の中に飛び込んできた光景は…。  「……海……。」 波の音まで、流れている。 円形のフロアには  「…砂?」  「…感触まであるだろ?」  「すごいわ…本物の砂浜の様…。」 ぽっかりと、海に浮かんだ、白い砂浜だけの島。 穏やかな海。打ち寄せる波。青い空、遠く水平線に浮かぶ雲。 3Dビジョンだ。  「…風…?」  「ホント…風だわ…潮の香りまでするのね…。」  「サンジのこだわりだ。とことんまで、演出に凝りやがってよ。」  「………。」  「ゾロの驚く顔が見たいってな。」  「…ホントにアホだ…。」 てめェが見られなきゃ、意味がねェだろ…。 と 360度のパノラマの映像が、星空の海に変わる。 そして  「!!?」 そこに、今まであったのか? 気がつかなかった。 フロアの中央に置かれてあるものに、ゾロは目を見開いた。  「……車……!?」 車だ。 真っ赤なボディの、ゾロが見たことも無いデザインの車。  「…新型車か?」  「新型と言えば新型だ。だが、発売予定はねェ。」  「……まさか……。」  「ああ。」 ロビンが言う。  「これが、サンジさんがあなたに遺した遺産。」  「………。」 フランキーが、ポーズを決めて言う。  「サンジ謹製、ゾロ・専用、5.5リッターV型12気筒DOHC5バルブエンジン、排気量4.7リッター、  最高出力は513bhp/8500rpm、最大トルクは48.0kg-m/6500rpm、最高時速325km/h  MUGIWARA5500GT、“ルフィ” ――!!」  「“ルフィ”?」  「ええ。」  「これが遺産?」  「ああ。」  「………。」 ゾロは、真っ赤なスポーツカーにゆっくりと歩み寄った。 車体が低い。 空気抵抗を抑えた流線型。 滑らかなライン。 いかにも、サンジが好みそうな女性的なラインだ。 だが、4本のタイヤとホイールは重厚感がある。 ツードアクーペ。後輪駆動。6速、ノンシンクロ型トランスミッション。  「…センタ―モノコック…カーボンコンポジット製…?……じゃねェな……なんだ?この素材は……?」 ボディを撫でながら、ゾロが尋ねた。  「…そこんトコは秘密だ。」  「………。」  「……エンジン……!?…おい!直付けかよ!?」  「ストレスマウントだ!豪快だろ?はっはっは!!  お前ェさんが、この車の隣に誰かを載せて走るなんて事は、サンジの奴は念頭に置いてねェからな!!」  「…話が見えないわ。」 ロビンが言った。 ゾロが答える。  「…軽いボディの車のエンジンルームに、エンジンをはめ込むんじゃ無く、ボルトでくっつけて固定したんだ。  これだと、エンジンの振動が、乗ってる奴にモロに伝わっちまう。」  「まァ…乗り物に弱い人が乗ったら、吐き通しってことね?」 綺麗な顔でさらりと言った。  「…このサス…ダブルウィッシュか……多少の無理には耐えそうだが…。」  「な?お前さん向けの車だろ?」  「………。」 ふっとゾロは笑った。  「…付き合い始めて初めてのクリスマスに、サンジの野郎、おれにHONDAのVTC-1300CSをくれたんだ…。」  「ははは!そいつァ豪気だ!!」  「…すごい事なの?」  「車両本体で130万ベリーはする。」  「…でも、彼には安い買い物ね。」  「まァ…そうなんだろうが…130万ベリーってのは、当時のおれのバイトの年収の3倍だった。」  「で?」  「要らねェって、突っ返したら。たまたま側を通りかかったどっかのガキに、  『やる』ってキーを渡そうとしたもんだから……。」  「もらったんだな?」  「どーすりゃよかったんだよ!?」  「浮世離れしてたからなァ…。で?そのバイクどうした?」  「…半年した頃か…音がやかましいっつって…。」  「売ったんか?」 ゾロは苦虫をつぶした様な顔で言う。  「…………実験中のレーザー照射装置の標的にされた……  …おれが、バイトでいない間に……。」  「だーっはっはっは!!」  「ウフフ…。」  「………。」  『……あっはっは!驚いたか!?』  『驚いたか!?じゃねェよ!!心臓止まるかと思ったわ!!』 人を、特におれを驚かせるのが好きだった。 度が過ぎて、何度怒鳴ったか知れない。 元々、良いトコ出のぼっちゃんだったから、金に関してはおれとは感覚に差がありすぎた。 おれを驚かせたり困らせたりすることに、あいつは金と労力を惜しまなかった。 それが原因で、本気のケンカになったことも無い訳じゃない。 ただ、あいつの金遣いの荒さに邪気が無い事は、初めから十分わかってた。 騙されることも多かった。 奪われたり、騙し取られた特許も数知れない。 それでも、『働いて、また稼げばいいんだ。』と、いつもサンジはケロリとしていた。 器のデカさに、何度も舌を巻いた。 綺麗な顔で、何もかもを受け入れて許して、それでいて自由奔放で、自分を偽らない。 だから、惚れた。 心底愛した。  「………。」 最後の最後まで おれを驚かせたかったってのか? まったく お前ェって奴は…。  「ロロノアさん。」  「………。」  「…遺産の受託を、拒否されますか?」  「………いや。」  「………。」 ゾロは、真っ赤なルーフを優しく撫でた。  「もらう。」  「ありがとうございます。」  「サンキューな、ゾロ。」  「なんで、礼だ?」 フランキーが言う。  「……サンジが、最後の命を削って作ったものだ。」  「………。」  「一緒に、見て来た。…サンジは、部品のひとつひとつ、愛しげに作っていた。」  「………。」 ゾロの表情が、ふと暗くなる。  「…そんな時間があったら…少しでも長く…おれと居てくれればよかったのによ…。」 沈黙 波の音だけが響いていた。  「弁護士。」 ゾロが呼んだ。  「どうぞロビンと呼んでくださいな。」  「じゃあ、おれの事もゾロでいい。」  「はい、ゾロ。」  「遺言を寄越せ。」  「はい。」 言って、ロビンは  「フランキー。」  「OK。」 ゾロは眉を寄せた。  「まずは、こいつを動かしてからだ。」 指差したのは、MUGIWARA5500GT−ルフィ−  「キーは?」  「キーは無ェ。」  「無い?」  「ゾロ、シートに座れ。」  「………。」 ドライバーズシートに、ゾロは腰を下ろした。 と  「うおっ!?」 背中がうねった。  「なんだ!?」  「油圧でお前さんのボディにラインを合わせてる。ドライビングポジションにしっかり固定しろ。」  「………。」  「さぁ、本番だ。……ゾロ、こいつの名前を呼べ。」  「“ルフィ“か?」  「そうだ。」  「………。」  「“ルフィ”ってのは、誰の名前だ?」  「いいから。後で説明する。呼べ。」  「………。」  「お前の声がキーだ。」  「なんだと?」  「起動プログラムだけ初期化した。今まではサンジの声でのみ動いた。今度はお前の番だ。」 言って、フランキーはハンドル中央にあるパネルに触れた。 すると  『 Call me 』 と、パネルに表示された。 ゾロは、息を吸い。  「 “ルフィ” 」 と、呼んだ。 すると突如  『お前、誰だ?』 車内に響いた声。 少し高い、少年の声だ。  「おれは、ゾロだ。」 思わず、素直に答えてしまった。 それだけ、少年の声に不自然さは無かった。 まるで、生きている人間が、隣にいる様な話し方だった。  『ゾロ? ロロノア・ゾロ?』  「…おれを知ってるのか?」  『知ってる。』  「………。」  『サンジが、教えてくれた。サンジの、大事なヤツだって。』  「サンジを知ってるのか?」  『あたりまえだ!サンジはおれの兄ちゃんだ!』  「兄ちゃん?」  『そっかぁ!お前がゾロか!』  「………。」  『サンジが言ってた!いつかゾロがおれを迎えに来るから、そしたらゾロと、友達になってくれ。って!』  「…友達…?」  『で?サンジはどこだ?』  「!!」  『なァ、ゾロ!サンジ、どこにいるんだ?』  「………。」 ハンドルを握る手が、わずかに震える。  『なァ、ゾロォ?』  「………。」  『サンジは?もう、ずっと、逢いに来てくれねェんだ!』  「………っ。」  『なァ、ゾロ。』  「うるせェ―――!!」 ハンドルを叩きつける音が、波音を打ち消す。  『…ゾロ?』  「黙れ!!」  『………。』  「……黙れ…黙れ!!黙れ!!」  『ゾロ。』  「うるさい!呼ぶな!!」  『ゾロ。』  「黙れ!!」 ガルウィングのドアが、勢いよく上がった。 ゾロが、転がる様に飛びだしてくる。 そして  「なんだ!?こいつは!?」  「だから、“ルフィ”だ。」 フランキーが答えた。  「ただの車じゃねェのか!?」  「……サンジが開発したOSだ。受動学習型AI、“ルフィ”。」  「………。」  「ボディに、車を選んだのはサンジだ。まだ、このAIを組み込めるほどの人型ボディを作る技術が無かった。」  「………。」  「“ルフィ”は、人間でいえば10歳から17歳くらいの年齢になる。」  「なんだ?その年齢の開き。」  「…知能的には17歳。だが情緒的には10歳くらい…そういう意味だ。」  「………。」 ロビンが言う。  「…サンジさんの遺言を持っているのは、実は“ルフィ”なの。」  「…何…?」 思わず、“ルフィ”を見る。  「でも、それはあなたが“ルフィ”のオーナーになって、ある一定の条件を満たしたら、  プログラムが作動して、“ルフィ”から語られることになっているそうよ。」  「…あのバカ…どこまでおれを困らせりゃ気が済む…!」  「…ゾロ…“ルフィ”は、サンジが死んだことを理解していねェ。」  「………。」 ロビンが、書類を開く。  「…“ルフィ”は、サンジさんが、7歳の時に生き別れた弟さんです。」  「………。」  「ご両親の離婚で。」  「………。」  「…サンジさんはお父様に、ルフィさんはお母様に引き取られて、以来、連絡はなかったそうです。  ……ところが……ある国で起きた飛行機事故の犠牲者の中に、ルフィさんの名前がありました。」  「………。」  「……お前の為の新しいAIを作ると決めた時…サンジの頭の中に  真っ先に浮かんだのは、“ルフィ”って名前だったんだろ……。」 ゾロは拳を握った。  「……なんで…そんな事を考えた……あのバカ……。」  「………。」  「………。」 ゆっくりと、ゾロは“ルフィ”に背を向けた。  「ゾロ…。」  「…悪ィ…ロビン…フランキー…。」  「………。」  「こいつは、受け取れねェ…。」  「…ゾロ…。」 と、ルフィのライトが、ちかっと光った。  『…ゾロォ…。』  「………。」  『…サンジ…なんで来てくれねェんだ?』  「………。」  『…おれ…サンジに逢いてェんだ…。』  「………。」 逢いたい 逢いたい 逢いたい  逢いたい 逢いたい 逢いたい 逢いたい――!! ゾロ ちょっと入院するよ 大丈夫 こんなに元気だ まだ、大丈夫 軽い検査だから もしかしたら きれいさっぱり、ガンが無くなってるかもな! 検査が終わったら連絡するから 逢いに来てくれ そう言って、軽く手を挙げて病院の中へ入って行った。 次の日、おれは仕事で海外へ飛んだ。 病院にいるなら、安心だと思った。 それなのに 本当は、立っているのもやっとだった。 入院して たった5日で ひとりで フランキーが、ゾロを呼ぼうとした時、サンジは首を振った。 アイツの泣き顔は見たくない 笑ってる顔だけ、この目に刻みつけておきたいから。 それに こんな、病み崩れた顔、ゾロには見せたくない。 だからいいんだ あいつに、“ルフィ”を頼むって…それだけ、伝えてくれ…。  「ルフィ。」  「来い。」 閉鎖空間と思われたその円形の部屋の壁が、中央から真っ二つに割れた。 まばゆい外の光が、一気に彼らを包みこむ。 海のビジョンが一瞬にして消えた。 シートに深く腰掛け、ゾロはハンドルを握った。 イグニッションボタンを押す。 重いエンジン音が轟く。 瞬間、ゾクリとする快感が背中を駆け抜けた。  『ゾロが運転するのか?』  「たりめーだ。」  『ん!オートドライブ・オフ。マニュアルセッション起動。』  「行くぞ、ルフィ。」  『おう!』 凄まじい重低音を響かせて、“ルフィ”はゾロを載せて陽光の下へ飛び出した。 フランキーが慌てて、部屋の外へ飛び出し、電話を掴む。  「おい!今、“ルフィ”がそっちへ行った!止めるな!!門を通らせてくれ!!」  「追いかける?」  「…いや、が、サンジの家の方へ行こう。」 真っ赤な車は、研究所を飛びだして真っ直ぐに、海岸沿いのハイウェイを駆け抜ける。 最高時速325キロ。 テストドライバーという職業をしているゾロは、時にはフォーミュラーカー、インディカ―の試乗も請け負っている。  『すげェ!早ェ!』  「…走ってんのはお前だろ…。」  『こんなに早く走るの初めてだ!!嬉しい!!楽しい!!』  「………。」  『なァ、ゾロ!歌っていいか!?』 歌!? 驚くゾロを無視するかのように  『ヨホホホ〜〜〜〜♪ヨ〜〜ホホホ〜ホ〜〜♪ビンクスの酒を〜〜届けに行くよ〜〜〜♪』  「!!」  『ビンクスの酒を〜届けに行くよ〜♪海風 気任せ 波任せ〜♪』  『……何の歌だ?』  『…ガキの頃、家族で必ず見てたアニメで海賊が歌ってた。今でもついつい…気分がいいと歌っちまう。』  『ふーん…。』  『嫌いか?』  『いや…。』  『…手を振る影に、もう逢えないよ♪ 何をくよくよ 今日も月夜(つくよ)〜♪』 歌いながら、サンジは“ルフィ”を作っていたのか。 歌いながら 笑いながら ゾロの話をしながら 車は、郊外の墓地に着いた。 海を望める高台の、教会の裏手の墓地。 そろそろと、ゾロは“ルフィ”を進めていく。 そして、ひとつの真新しい墓標の前で、“ルフィ”を停めた。  「………。」 葬儀以来 ここには足を運ばなかった。 来れば、あの苦しみや悲しみや 溢れんばかりの激しい愛が蘇って苦しくなる。 サンジの死を 認めなくてはならなくなる まだ、墓標は花で溢れていた。 友人の多い男だった。 人付き合いが悪く、友人と呼べる者が少ないゾロには考えられないほど、多くの人に愛された男だった。 その持てる技術と才能で、多くの人も救ってきた。 その感謝と、早すぎる死を惜しむ人々の花で、十字架の下の墓標の名前が見えない。 ゆっくりと歩み寄り、震える手で、墓標を隠す花を避ける。  「………。」 サンジの名 この下で サンジは朽ちていく ゾロを1人、この世に残して  「………。」  『……ゾロ……?』  「………。」  『……お前さぁ、なんでテストコースを走るだけの仕事で迷子になるんだよ?』  『仕方ねェだろ!?あそこのコース!複雑なんだよ!!』  『あ〜あ〜…そんなんじゃ、心配でひとりで置いて逝けねェよ。』  『!!……馬鹿言ってんじゃねェ!!』  『…あはは…冗談だよ…。』 友達になってくれって  『なァ、ゾロ。サンジ、どこだ?』  「…サンジはいねェ…。」  『なんで?何でいねェの?』  「……サンジは……。」  『ゾロ?』  「……サンジは……死んだ……。」  『死んだ?』  「……っ!!」  『死ぬってなんだ?』 風に、花々が揺れる。 大輪の白百合 それを握り潰し、ゾロは叫んだ。  「どこを探してもいないってことだ!…どんなに望んでも、願っても、泣いても叫んでも、  もう、この腕の中に帰って来ないっていう事だ!!!」  『………。』  「…どこにも…もう…どこにも…っ!!」  『………。』  「…サンジ…サンジ…サンジ…!!」  『ゾロ。』  「………。」  『ゾロ、泣くな。』  「………。」  『泣くな。』  「……うるせェ…車の分際で……。」  『うん、ごめん。』  「………。」  『…そうか…。』  「………。」  『…サンジ…もう…逢えないのか…。』  「………。」  『……なァ、ゾロ……。』  「………。」  『…おれ…なんか“悲しい”って感じる。』  「………。」  『……そか…サンジが言ってた“悲しい”って…これか……。』  「…え…?」  『…悲しいな…。』  「………。」  『悲しい。』 おれの前では笑っていたな。 決して泣かなかったな。 いつもいつも笑顔で  『ゾロ、愛してる。』 そう言ってくれたな。  「サンジ。」 墓標に向かい、ゾロは囁く。  「……ったく…てめェは…そこまでおれが…心配だったかよ……。」  「…車ってとこがイヤミか?おれはてめェが思ってるほど、酷い迷子癖なんかねェよ…。」  「……情緒が10歳だ…ふざけんな…ガキのお守りなんか押しつけやがって……。」  「死んだ弟…聞いてねェぞ…そんな話聞かされたら…突っ返す事なんか出来るか…。」  「それに…。」  「…こいつに、てめェ…おれへのどんな恨み言、言ってったんだ?あ?  …それを聞かねェ内は……てめェのトコに来るなってか?」  「上等だ…馬鹿野郎…。」 風が、ゾロの頬を撫でていく。 サンジの髪が、かすめて言った様な気がした。  「……ルフィ。」  『うん。』  「帰るぞ。」    BEFORE NEXT                     (2010/9/14) SCAMPER!-TOP NOVELS-TOP TOP