ゾロは、ルフィで家へ戻ってきた。 フランキーとロビンが、門の前で待っていた。 「…ロビン…。」 「はい。」 「こいつをもらう。」 ロビンは微笑んだ。 フランキーが大きな溜息をつく。 そして 「よし!じゃ、これを受け取れ!!」 「あ?」 フランキーが、どさっとゾロの手に分厚いファイルを持たせた。 「なんだ…?」 「“ルフィ”のマニュアルだ。」 「マニュアル!?こんなにあるのか!?」 「あたりめーだ。こう見えても繊細な精密機械だぞ。」 「繊細…?」 サンジの墓からここへ帰ってくるまでの間、ルフィは、ずっと歌いっぱなしだった。 思いっきり走れるのが、嬉しくて仕方ないといった雰囲気だった。 車のくせに ゾロは、仏頂面でマニュアルの1枚目を開いた。 「!!」 【 ゾロへ 】 サンジの、手書きの文字だ。 「………。」 分厚いファイル。 その全てが 「……ありがとう。」 ゾロは小さく笑った。 「…ゆっくり、読む。」 その答えに、フランキーが笑う。 「ゆっくり読んでるヒマはねェかもな。」 「………。」 『ゾロォ!!ゾロ!おれ、腹減ったぞ!!』 ルフィが、ヘッドライトやフォグ、ウィンカーランプをチカチカさせながら言った。 「腹減ったって…ガスはまだ半分入ってるだろ?」 『半分だぞ!胃袋半分腹減ったんだ!』 「胃袋って……なんで走ってる間に言わねェんだ?」 『だって、充電スタンドがなかったんだもん!』 「……充電……?…お前、ガソリン車だろ!?」 と、 「ルフィはバッテリーカーだぞ。」 「はァあ!?」 ゾロが叫んだ。 「フランキー…!お前、5.5リッターV型12気筒DOHC5バルブエンジン、排気量4.7リッターって言ったじゃねェか!? …それに…こいつのエンジン音…ハイブリッドだってこんな音じゃねェ!!吹き上がりのトルクも振動も…!!」 「あっはっは!!……遊び心?」 「……っ!!」 「が、ガソリンエンジンってのもあながち嘘じゃねェ。バッテリーとガソリン、どちらででも起動可能だ。 ただ、こういう車だからな。電気の方が消費量が高い。だから、ルフィは殆ど電気で動く。 なんで、毎日寝る時にでも充電してやってくれ。……まァ、してやらなくても……。」 「ん?」 「……勝手に食うけどな。」 「は!?」 気づくと、ルフィの姿がどこにもない。 「ルフィ!?どこに行った!?」 ロビンが指差す。 「あそこじゃない?」 「あァ!?」 ゾロとサンジが暮らしていた家にはガレージがある。 車が3台分駐車できる、贅沢なデカさだ。 これまでは、ゾロが使っていたバイクと、サンジが使っていたミニクーパーが入っていただけだったが、 その中に、ルフィが頭から突っ込んでいる。 「あの野郎!勝手に動くのか!?」 「起動したからな。あれはオートドライブ機能だ。」 「何やってるルフィ!?」 見れば、ルフィの給電口からソケットが伸びていて、壁に据え付けられたコンセントに突き刺さっていた。 車内のコントロールパネルに、『充電中』のサインランプ。 「…お前…っ!!…て、おい!フランキー!!アンペアいくつ使ってる!!?」 「ああ…300は使ってるかもな。」 「300って…!?…おい!!」 『あ゛〜〜〜〜〜〜美ん味ェ〜〜〜〜〜www』 「うんめぇ〜〜!じゃねェェェ!!」 バチッ バチッバチッバチッ!! 「あ。ヤベェな?」 フランキーが言った。 ロビンの頬に、一筋の汗。 「…これは…もしかしたら…。」 「過負荷だ…!家の交換機が吹っ飛ぶぞ!!」 「よせ!ルフィ――――っっ!!」 『あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜www』 10分後 ゾロの家の周りは、パトカーと消防車と救急車で溢れかえった。 爆発の後 ゾロの家の交換機周辺が見事に吹っ飛んだにも関わらず、ルフィは傷一つなかった。 その理由。 「ゴム!!?こいつのボディがゴム製!?」 「そうだ!サンジが開発した、ラバーモノコック! 万が一の衝突の衝撃を半減する、ス――――パ――――――!!な新素材だ!!」 自慢のリーゼントの先を黒焦げにしたフランキーが、ポーズを決めて雄叫ぶ。 全身真っ黒焦げのゾロ、プラダの白いスーツが煤だらけのロビン。 幸い、火は出さずに済んだが。 ガレージは全壊、ゾロのバイクも全損、サンジのクーパーを、病院に置きっぱなしにしといてよかった。 なのに、当のルフィは全くの無傷、ピカピカのボディのままケロッとしていた。 「ルフィ用のガレージを作ってやるよ。充電に負荷がかからないようにな。」 「…ああ、お願いしたいもんだ……ルフィ…!!」 『………はい。』 素直な返事。 顔がある訳でも体がある訳でもないのに、肩を落としてしゅんと萎れているように見える。 『ごめん、ゾロ。』 「………。」 何と言って叱ったらいいものか。 迷っている間に、ロビンは笑いながら言う。 「カワイイ。…許してあげたら?」 「………。」 『うん。許してやって!』 「お前が言うな!!」 『なァ、おれ、今日どこで寝たらいい?』 「壊した本人が言うのか!?って、寝る!?」 『うん、腹いっぱいになったら眠くなった。』 「!!!!!!」 『雨が降りそうだから、屋根のある所がいいな!ココ海に近いから、風の当たらないトコがいい!あ!あそこでいいか!?』 言い放ち、ルフィは勝手に動き出し、青々と茂った芝生の上を爆走して庭に面したテラスへ、 テーブルセットをなぎ倒して突っ込んでいった。 「アホ――――っ!!!」 「やりたい放題ね…。」 「…っかしいな…あそこまで傍若無人なプログラムしてたのか?サンジのヤツ。」 「おい!ルフィ!!そこはダメだ!!起きろてめェ!!玄関先で寝ろ!!」 『えー、ヤダ。あんなトコにいたら駐禁切られるぞー。』 「うぐっ!」 『おやすみーv 晩飯の時、起こしてくれ!…ふぁわああぁぁ…。Zzzz…んがぁーっ。』 「機械がイビキをかくな――――っ!!第一、晩飯ってなんだ!!?」 『ぐー。』 「!!!!!!」 と 「ロロノアさーん!警察ですが、事情聴取をお願いできますかー?」 「なんで…こんな目に遭わなきゃならねェ………ちくしょー!あのバカ眉毛!!覚えてろ―――っ!!」 「……あー……電気5600ワット分、後日請求をするそうだよぃ。」 「………。」 この書類に、ゾロは何度サインをしただろう? 「……もう少し、躾けられないものかねェ…?」 この3年の間に、警察の“ルフィ”担当は4回替わった。 今は、マルコという警官が、“ルフィ”が事件を起こす度顔を出すようになった。 「…すんません…基本のプログラムがあんなもんで…。」 「そういう事はよくわからねェが…書き換えるとかは出来ねェかよぃ?」 「……OSをそっくり書き換えるしかないようなので……。」 マルコは笑い。 「まァ、あの人懐こい性格で、結構、町でもファンは多いんだ。 何を壊されても、あの調子で謝られるとなんか許したくなっちまう。」 「………。」 ルフィの最大の必殺技 『ごめんなさい!』 ゾロが、調書にサインをして警察の外へ出ると 『ゾロォ!!』 ルフィが『駆け寄って』来た。 がばっと、ドアを勢い良く開けて 『帰ろ!』 「……ああ。」 ゾロ自身、どうやってルフィに人並みの感覚を植えつけられるのかわからない。 人並み 「人じゃないから困る…。」 警察を出て、ルフィは快調に走りだす。 『ヨホホホ〜〜〜ヨ〜ホホホ〜♪』 「………。」 車の部分のメンテは、フランキーがやってくれている。 だが、AIの部分は誰も手をつけられない。 サンジのプログラムが複雑すぎるのと、AIに関するデータを全く残していかなかったのとで、 下手にOSを弄れないと誰もがネを上げた。 ただ 「自動学習、受動型は、経験値で成長していく。 確か、サンジは自己修復機能も付けたはずだ。AIそのものに、メンテはいらねェ。」 3年が経つのに、ルフィの情緒は相も変わらずだ。 ただ、知能ばかりはどんどん大きくなっていって、くだらない事はよく喋り、忘れていい事を絶対に忘れない。 メモリで記憶するのだから、その部分は仕方がないが、ルフィは『消去(デリート)』を命じても『ヤダ!』と言って拒否する。 3年、ルフィと付き合ってきて思うのは、まるで (…サンジの傲慢さから、毒を抜いた感じだな…。) 作ったのはサンジだ。 弟の名前を付けた。 だから、かなりサンジの性格を色濃く反映している。 幼くして別れた弟の、無邪気な部分をどうしても表現したかったのか、ガキっぽさにはますます拍車がかかっていた。 『機械』のルフィを、町の人々は愛玩物を見る目で見、扱う。 甘やかされ放題甘やかされて、3年経った。 が、フランキーは言う。 「一番ルフィを甘やかしてんのはお前だ、ゾロ。」 「…くそ!」 ゾロはアクセルを踏み込んだ。 と、コントロールパネルが点滅し、ルフィが言う。 『ゾロ、腹減った!』 「はァ!?…お前!捕まる前に食ったんだろう!?」 『でも、腹減ったんだ!』 「気のせいだ!」 『うんにゃ!減ってる!!コンパネ見ろよォ!!』 「……っ!3分の1じゃねェか!」 『小腹が空いたんだ。』 「ふざけんなァ!!」 『北25区に、美味い充電スタンドがあるんだ。』 「そこの充電スタンドでいいだろ!?」 『ヤダ!あそこ、高速充電なんだ!高速充電はマズイから嫌だ!!』 「我慢しろ!!」 『ヤダ!!北25区まで行ってくれなきゃ、ここでスピンターンするぞー!』 叫ぶなり、本気でルフィはゾロのマニュアル運転を振り切って、スピンターンを始める。 平日の、ハイウェイのど真ん中で 「きゃああああ―――っ!!」 「うわ―――っ!!」 「バカヤロ――――っ!!」 逆らうハンドルを力の限り握りこみ、ゾロは叫ぶ。 「やーめーろ―――――っ!!!」 『北25区!!』 「わかった!!わかったから、やめろ!!」 『うん!わかった!』 …心臓が保たない…。 北25区の充電スタンドで、ルフィの『おやつ』が済む前まで1時間かかった。 海岸沿いのスタンド。 スタンドのアルバイトが、ルフィを見てめちゃくちゃ興奮しまくり、「洗車していいですか!?」と、せがむのと、 ルフィが『汗を流したい』(?)というのとでOKを出した。 その時に 「………。」 側の砂浜が、以前、サンジと歩いた砂浜だった事を思い出した。 あの時は、まだ付き合っていなかった。 恋人ではなく かといって、友達でもなく 何故ここへきて、一緒に歩いたのかもよく思い出せない。 ただ 黙って、砂浜を歩き続けた。 「………。」 同じ歩幅で 同じ歩調で 隣にいるサンジが、まるで優しい風の様で、心地よかった。 あの時、砂浜が堤防で阻まれる少し手前で、サンジはゆっくり振り返った。 振り返って、風に流れる金髪をかきあげて、おれを見て笑った。 そうだ おれは ここでサンジに恋をしたんだ。 3年の間に、おれ達はいろんな場所へ行った。 いろんな場所へ行き、あの家に帰って、笑って、触れて、愛し合った。 3年前のあの日まで 『ゾロォ―――!!お待たせ!!あー、サッパリしたー!!』 ルフィの声に、ゾロは振り返る。 砂浜の上の道路の路肩で、ヘッドライトをチカチカさせている。 サッパリ 確かにピカピカだ。 無機質な車のはずなのに、満面の笑顔に見える。 「……帰るか。」 『おう!』 3年を経たら、サンジの元へ逝こうと決めていた。 サンジのいない世界を何年も、浅ましく生きていたくはなかった。 向こうでどれほど馬鹿にされても怒鳴られても、今のままの姿で、サンジに逢いに行きたかった。 『……心配で、置いていけねェよ……。』 時折、つぶやくようにサンジは言った。 『お前、ガキみてェ。』 『…どうやったら、そんな風に迷子になれるんだよ?』 『少しは、腰を据えてものを考えろ。』 『なァ、ゾロ…。』 『…怒らないで、黙って聞いてくれ…。』 『おれがいなくなったら…。』 『…怒るなって…!』 『…おれがいなくなったら…頼むから…。』 『おれを忘れてくれ。』 サンジ だから 『ルフィ』を作ったのか…? 『ゾロ――!!』 道へ上がろうとしたゾロの耳に、ルフィの叫びが届いた。 ゾロがルフィを見た瞬間、ルフィは砂浜へのガードレールを突き破り、凄まじい砂塵を上げて最大トルクで疾走する。 海へ向かって。 「ルフィ!!?」 『待ってろ!今、助けるぞ!!』 「!!?」 振り返った海。 海岸線から離れた沖合の波間。 「!!」 人だ。 人が溺れている! 「よせ!ルフィ!!」 いくらなんでも水中は!! サンジの書き残したマニュアルの中にあった。 『30気圧までの防水はしてあるが、5分以内の水中可動が限界。改良が必要。要相談(笑)』 「(笑)じゃねェよ!!サンジ!!――待て!ルフィ!!」 浅瀬でなら自力で動ける。 だが、沖合でルフィが動けるシステムは無い。 ちゅーか、そんな事想定していない。 自分が水中で動けない事を、ルフィの頭脳は……。 「…教えてなかったな…。」 激しく後悔したが遅い。 ばしゃあああああああああああああああああああああああああああああ………………… ぶくんっ。 「ルフィ――――!!」 結果 沖で溺れていた子供はゾロが助けた。 NEXT (2010/10/3) SCAMPER!-TOP NOVELS-TOP TOP