「オーラーイ オーラーイ。」 大きなクレーンから伸びたワイヤーが、巻き上げを開始する 砂浜に、大勢の人がごった返していた。 時刻はすでに夜。 にも拘らず、人々が集まって固唾を飲んで見守っているのは、それが『ルフィ』の救出作業だからだ。 警察、消防、救急、レスキュー、ME社の研究員、広報担当社員、そしてフランキー、そしてロビン。 「スーパーに、なんてコトしてくれやがったんだ!?ゾロ!!」 「ルフィが勝手に飛びこんだんだ!!止める間もなかったんだよ!!てか、止められるか!?」 「水中はまだ無理だって言っといただろ!?なんでルフィに教えとかねェ!?」 「…フランキー…普通、車は運転手が運転して動くものよ?それをゾロに言うのは酷だわ。」 「ルフィは“普通”じゃねェ。3年乗っててわからねェって事はねェだろ!?」 「……っ!!」 けれど ロビンがフフッと笑い 「…でも、わかっていても、ルフィは飛びこんでいっていたような気がするわ。」 「………。」 「…ったく。」 ゾロが助けた子供は、すでに病院へ搬送された。 波打ち際で遊んでいて、波に攫われ流されたらしい。 ルフィには高感度の赤外線センサーと音声センサー、そして認知カメラが搭載されている。 誰も気がつかなかった子供の悲鳴、ルフィだから感知したのだ。 「ウィンチ、巻けー!」 作業員が声を上げた。 滑車の回る音。 人々が、祈る様な顔で海面を見つめる。 まるで、人の救出作業の様だ。 ワイヤーが、徐々に巻き取られていく。 やがて 「―――ルフィ!!」 声を挙げたのはゾロだった。 歓声も挙がる。拍手も起こる。 波を掻くように、ルフィの真っ赤なボディが姿を現した。 「ルフィ!!」 走り寄り、浅瀬へ、ゾロは波飛沫を蹴り上げ、腰まで水に浸かり 「ルフィ!!ルフィ!!」 答えが、無い。 「ルフィ!!おい!!」 砂浜から、フランキーも走りだす。 「……電気系統をやられたか!!」 「…海水じゃ…無理無いわ…。」 ロビンも、波打ち際まで走る。 「ルフィ!!」 いつも、すぐに『おう!ゾロ!!』と、答える声がしない。 「ルフィ!?」 「どけ!ゾロ!!とにかく浜へ上げろ!!…おい、お前ェら!!このままMEへ運ぶぞ!!」 「ルフィ!!答えろ!!ルフィ!!」 フランキーが、ゾロを無理やりルフィから引き剥がした。 サンジの遺骸から、無理やり離したあの時の様に。 大丈夫 ちょっと検査するだけだ すぐ 帰るよ 「……OSそのものは無事だと思う。ただ、バックアップの無いままショートした。 ……ボディの方は完璧に直したが、問題は“ルフィ”の部分だ。」 「………。」 「復元できるかどうか、おれには判断できねェ。」 ME社の研究所。 ルフィと“出逢った”、あの時以来だ。 「……直せねェのか……。」 苦しげな低い声で、ゾロは尋ねた。 握った拳が白い。 「…直す事は出来る。」 「だったら直せ!!」 「簡単に言うな。」 「直せると言っただろう!?」 「ああ、直せるさ。初期化すればな。」 「!!?」 初期化 ルフィを再び、出来あがった時のまっさらな状態に戻す。 サンジが育て、ゾロが引き継いだルフィを。 「…ゾロ…ルフィのAIはME社の特許技術を多く使っている。」 「………。」 「今、その技術を使って復元する事はできねェ。初期化しかねェんだ。」 「特許技術を使えば直せるんだな!?」 「無理だ。それを応用できる技術者はサンジしかいねェ!!」 「…それに…特許を取った技術を使うだけで、あなたはME社に何億という使用料を払わなければならなくなるわ。」 「………!!」 「…ゾロ、初期化しかねェ。」 沈黙するルフィを、ゾロは苦渋に彩られた目で見つめた。 『ゾロ!腹減った!』 『ゾロ、帰ろう!!』 今にも、そう言いだしそうな…。 おかしなものだ ルフィは無機物のはずなのに、これではまるで…。 サンジを横たえた棺は、漆黒の色をしていた。 白いバラの花に埋もれた白い頬、金の髪。 深紅の 棺 「ゾロ。」 「………。」 「…車として…このまま動かすことは可能だ…その為の改造ならできる。」 「……“ルフィ”の部分はどうなるんだ?」 「…AIは外す。…外して、そのままME社に引き取られるだろうな。」 「………わかった………。」 「………。」 「………考えさせてくれ。」 バスを乗り継いで、家へ戻ってきた。 時刻はすでに0時を回っていた。 「………。」 暗い部屋。 何の物音もしない。 こんなに、広い家だったか? サンジと別れた後、日を置かずにルフィと出会いここへ連れて来た。 その日から ルフィは小さな子供と一緒だった。 あまりの騒がしさ、手間のかかりよう、サンジの死を悲しむ心を浸食して、今日まで。 改めて、サンジがゾロを案じてルフィを遺していった事を痛感する。 「…サンジ…すまねェ…。」 大事なお前の“弟”を…。 「!!」 思い立ち、ゾロは、ルフィの分厚いマニュアルを引っ張り出した。 サンジの手書きのマニュアル。 正直、隅々まで読みこんではいない。 むしろ、サンジのゾロへのメッセージ的な部分ばかりを拾い読みしていた。 時折、パソコンで打ち出した部分もあって、そういう所まで真剣に目を通していたわけではない。 ファイルを開き、AIの部分のページをめくる。 ここは、画一的な活字の文字ばかりだ。 受動学習型で、修復機能が付いていたルフィだったから、まともに読んでいない。 それに、言葉や文章が難しすぎる。 その文書の片隅に 『AAA(トリプルA)CP9神経科学研究所、ロブ・ルッチ オーソトリジー』 「……神経科学……?」 『ああ。サイボーグってあるだろ?感覚のある機械。 今のところ有名なのは…腕とか足とか、欠損した部分の義手義足に、神経科学は応用されてる。 あとはアンドロイドとか…ロボット兵とか。』 『ロボット兵?』 『…ああ…中東派兵で問題になった軍事研究…つまり、ロボットを兵隊に使って、最前線に送れれば、 人間の兵士は要らない…そういう研究…“軍事工兵”っつーんだけどさ…。』 『難しい話だな。』 『…でも、おれは100%反対じゃねェんだ。』 『………。』 『実現したら、爆発物処理なんかの危険な仕事を、人間がやる必要はなくなる。』 『……まァ…そういう考え方もあるか…。』 『戦争そのものが無くなる方がいいんだけどな……戦う事は生物の性質だ……。』 『………。』 『で、その軍事工兵で、かなり抜き出たヤツがいるんだ。明日、エニエスロビーまで会いに行くってのはそいつ。 なんて名前だったっけ…確か…ロイとか…ロブとか…。』 『………。』 『明後日には帰るよ。』 「こいつか…ロブ・ルッチ…。」 軍事工兵 AAA オーソトリジー マニュアルに名前があり、時期的にも、サンジがルフィに関わっていた時期に重なる。 「………。」 翌日、ゾロは1000キロ離れた町、エニエスロビーへ発った。 エニエスロビーは、人工的に作られた湖のほとりにある街だ。 水資源が豊富な事から、半導体の工場群が並んでいる。 そこに、IT企業AAA・サイファーポール社の研究所がある。 大戦当時、この会社は軍需産業で大いに潤った。 その流れは、今でも変わっていない。 サンジの勤めていたME社が、人々の生活全般に関わっているのとは逆に、この会社は『いかにして人を多く殺せるか』という仕事が中心の企業だ。 だが、皮肉な事に、それらの技術は、逆に人々の生活を向上させるのに役立つものも多い。 その、ナンバー9と呼ばれる研究所。 昨日あれから、ゾロはネットで『ロブ・ルッチ』を検索した。 数々の功績、表彰の数々。 そのいずれもが、人工知能に関するものだった。 間違いない。 サンジが会ったのはこの男だ。 あの後、サンジは言っていた。 『これで、一気に先へ進める。』 嬉しそうに、パソコンに向かっていた。 ルフィを、なんとかできるかもしれない。 ME社で出来ないのなら、個人的におれがやるしかない。 「御面会でいらっしゃいますか?」 高い吹き抜けのエントランス。 モニターの中で微笑む受付嬢。 「ロブ・ルッチという研究員に逢いに来たんだが…。」 「アポイントメントはお取りでしょうか?」 「…いや…。」 「お約束は無い?」 「………。」 受付嬢は、わずかに眉を寄せたが 「ご用件は?」 と、尋ねた。 「ME社のサンジの件と言ってほしい。」 「ME社。サンジさま…ですね?少々お待ちください。」 モニターから受付嬢が消えた。 代わりに現れたのは 『やぁあ!サイファーポールへようこそ!私は、会長のスパンダムだ!』 「………。」 少々鼻の曲がった男が、会社説明を始める。 『我がサイファーポールは、××××年に、ご存知の様にボルトを作る、小さな町工場から始まった。 私の父、初代会長スパンダインが創立した当時は、社員5人の小さな会社だった。だが…。』 「お待たせいたしました。」 男のドアップが、いきなり受付嬢のそれに戻った。 瞬間、面喰って目を瞬かせる。 「申し訳ございません。当社に、現在ロブ・ルッチという研究員はおりません。」 「いない!?」 「はい。1年前に、退職いたしました。」 「どこへ行ったかわからないか!?」 「当社の関与する範囲ではございませんので…申し訳ございません。」 「知っている人間はいないのか!?」 「…お調べする事は致しかねます。」 「……っ!!」 「申し訳ございません。」 「申し訳ございません。」だけを繰り返し、受付嬢はモニターから消えた。 『やぁあ!サイファーポールへようこそ!私は、会長のスパンダムだ!』 また、同じ映像が繰り返された。 「くそ…!」 舌打ちし、頭を掻きむしり天を仰ぐ。 すると 「ロブ・ルッチに御用なの?」 女の声。 振り返ると、金髪を高めにまとめた、メガネの女が立っていた。 表情の無い顔で、じっとゾロを見ている。 なんでもいい、手がかりさえ掴めれば。 「ああ。知っているのか?」 「知っているわ。」 「ありがてェ!教えてくれ!!」 「あなたが誰か、私は知らないのだけれど?」 「…すまねェ!ロロノア・ゾロだ。」 「…ME社のサンジ…受動学習型AI、タイプ『D』の事かしら。」 「タイプ『D』?その呼び方は知らねェな。…おれとサンジは“ルフィ”と呼んでる。」 「…じゃあ、間違いないわ。タイプ『D』ね。」 「あんたは誰だ?」 女は、メガネをくいっと上げて 「カリファよ。ロブ・ルッチの受け持つ、第9研究室で働いていたわ。」 「じゃあ!」 「タイプ『D』に何があったの?」 タイプ『D』といちいち言われるのが癇に障る。 だが、耐えた。 耐えて、海に沈み、ショートし、ダウンしたと話した。 「まァ…それは大変な事…。」 「おれは、初期化したくねェんだ。なんとか元のルフィに戻したい! ルフィのAIのマニュアルに、ロブ・ルッチの名前があった。それで…。」 「…そう、正解ね。」 カリファはにっこりと笑い、携帯を取り出した。 「ルッチに連絡してあげるわ。」 「ありがてェ!!」 発信ボタンを押し、間もなく 「ルッチ?私よ。お久しぶり。元気?」 「………。」 「……ええ、そうなの。あなたにお客様が来ているのよ。 名前はロロノア・ゾロさん。…MEの、サンジ博士のお友達。」 カリファが、意味ありげな眼でゾロを見る。 「…ええ、タイプ『D』がダウンしてしまったんですって。それで、なんとか初期化せずに、復元したいのだそうよ? あなたならできるでしょう?タイプ『D』のエキスパートシステムは、あなたが構築したんですもの。」 「………。」 「ええ、そう。…ええ、いいわよ?じゃあ、今から30分後に。」 カリファが電話を切った。ゾロを見て言う。 「30分後に来るわ。」 「…ありがたい…礼を言う。」 「外のロータリーで待っていて。」 「わかった。」 「直るといいわね。」 「ああ…。」 艶やかに微笑んで、カリファと名乗った女は、受付脇のセキュリティモニターにカードを通す。 と、奥のエレベーターホールから、大柄な体の男が近づいてきて言う。 「会長がお出かけになります。30分後に車を。」 「あら、早いわね…。30分…あら…。」 カリファが振り返った。 ゾロを見て、少し困った顔をする。 だが 「わかったわ。ありがとう、ブルーノ。」 研究室で働いていたと言ったが、作業着も白衣も着ていない。 どちらかというと、秘書の様な…。 会長と言っていた。 30分後 鉢合わせか? そして、きっかり30分。 エントランス前のロータリーに、黒いAMGが入ってきた。 反射的に、「これだ」と感じた。 停車し、AMGの窓が降りる。 白い顔、薄い唇。 値踏みするような眼。 黒ずくめのスーツ。 「…ロブ・ルッチ?」 「…ロロノア・ゾロか?」 「そうだ。」 「…別の場所で話を聞く。」 「わかった。」 ルッチは隣を顎で示した。 ゾロが、助手席側に回った時 「ルッチじゃねェか!!?」 不意に背後から声がした。荒っぽい濁声。 ゾロが振り返るとそこに、先程気取った姿で、モニターの中で喋っていた男が立っていた。 モニターで見るより背が低い。 サイファーポール会長、スパンダムだ。 後ろに、さっきのカリファが立っている。 「どうも、お久しぶりです。会長。」 どことなく慇懃無礼な挨拶に、スパンダムは、あからさまに嫌な顔をして 「…相変わらずのしたり顔じゃねェか……何しに来やがった?」 「客を迎えに来ただけですよ。」 元とはいえ、自分の上司の最高位にある男なのに、ルッチは車から降りもしない。 「客ぅ?」 スパンダムの目がゾロを見る。 じろじろとねめつけて、胡散臭げに息をつくと、再びルッチに向かって言う。 「……こんな場所で、ウロウロ出来る御身分か?」 「そうですな。疫病神は、さっさと退散いたしますよ。…ロロノアくん、乗りたまえ。」 「………。」 黙って、ゾロがAMGのナヴィシートに座りドアを閉めると、ものすごい勢いでルッチは車を発進させた。 「馬鹿ヤロ―!!カリファ!!あの野郎二度とウチの門を潜らせるなっつっといただろ!!? かーっ!!嫌なもん見た!!塩まいとけ!!」 「はい、会長。手配済みです。」 「あの野郎に、どれだけ煮え湯を飲まされたか、一生忘れねェぞ――!!泥棒野郎が!!」 深く頭を下げたカリファの唇は、わずかに端を上げていた。 「みっともない所を見られてしまったな。気を悪くしたか?ロロノアくん。」 「……いや…悪いタイミングだったのはおれの方じゃねェのか…。」 「構わん。負け犬が吠えているだけだ。おれは何とも思っていない。」 「……負け犬……?」 ルッチは薄い笑いを浮かべた。 「おれが1年前この会社を辞める時、おれが開発した技術の特許を、おれは全部奪っていった。」 「………。」 「そのせいで、サイファーポールは15年ぶりの赤字決算。配当金減額、業績の大幅ダウン。 株価は暴落して、今、アップアップの状態だ。あの男の悪態はそのせいだ。理解したか?」 「…あァ…。」 ゾロには興味の無い話だ。 が、同じ科学者でありながら、この男とサンジはまるでタイプが違う。 サンジが、自分の特許や技術を惜しげもなく他者に与えたのに対して、この男は自分のそれを自分の為にしか使おうとしない。 嫌な感覚が、肌の上を滑って行った。 「タイプ『D』がダウンしたそうだな?」 突然の呼びかけに、ゾロはわずかに肩を震わせて、左側に座る男を見た。 わずかも唇を動かさず、目は前方を向いたまま、ロブ・ルッチはまた 「何があった?」 と言った。 「…海に落ちた。」 「なるほど。」 何故?とも、なんて事をした、とも言わない。 事実があればそれでいいという雰囲気だ。 「無茶をしたものだ。」 「…わかってる…。」 ゾロは、ME社から告げられた初期化復元をせずに、“ルフィ”のまま、元に戻したいのだと話した。 ルッチは、車を路肩に停めた。 そして 「タイプ『D』はどこにある?ボディではないぞ。AIの方だ。」 「…“ルフィ”は今ME社だ。AIもまだ、“ルフィ”の中だ。外すかどうかはおれの判断待ちだ。」 「…“ルフィ”…ああ、そんな名前を着けていたな。」 「………あんた、ルフィを直せるのか?」 「…水没でダウンしたのなら、メモリーが破損している可能性は低い。 確かに一番簡単なのは初期化だが、以前のまま復元することは不可能ではない。おれなら。」 「……頼めるか?」 ルッチは、薄く笑い 「いいとも。“ルフィの”基本ソフトを構築したのはおれだ。 サンジは、そのプログラムに肉を着けていったにすぎん。」 カチン コメカミの辺りで音がした。 明らかな上から目線。 サンジはよく、こんな男と組んで仕事をしたものだ。 いや。 本来のサンジなら、こんな情に薄いタイプの男の手など借りなかっただろう。 それをしたのは、自分に残された時間が少なかったからだ。 「来週水曜でどうだ?」 ルッチが言った。 「ああ。」 「わかった。では水曜日。」 「頼む。」 言って、ゾロは車のドアノブに手をかけた。 「空港までなら送って行くぞ。」 「いらねェ。」 「そうか。」 不必要に引きとめもしない。 それに、これ以上この男と会話していたくない。 「では、また。」 「………。」 AMGは、低いエンジン音を響かせて走り去った。 郊外の、森の中の一本道。 近くにはバス停も無く、一軒の家も見えなかった。 「……大丈夫だよな…サンジ……。」 あの男でよかったのか。 それは予感だったかもしれない。 BEFORE NEXT (2010/10/12) SCAMPER!-TOP NOVELS-TOP TOP