BEFORE


ルフィを一旦返してくれというゾロの言葉に、フランキーは思った通りの抵抗を見せた。 AIが搭載されたままなのだ。無理も無い。  「走れるんだろ?」  「ああ。車の部分には問題ねェからな。」  「エンジンは?かかるか?」  「ああ、緊急用のイグニッションボタンでかかる。」  「じゃ、一旦連れて帰る。…ありがとな。」 ルフィのシートに座るのは久しぶりだ。 ゾロの体にフィットしたシート。 心地がいい。 大きく息をつく。  「…帰ろうな、ルフィ。」 答えは無い。  『帰ろうな…サンジ。』 冷たい体を抱きかかえて、あの家へ帰った。 ベッドに横たえて、そのまま自分も体を重ねて、ずっと肌をさすって温もりを呼び戻そうとした。 冷たいままの肌に、かつての温もりは戻らず、どんどん冷えて、固くなっていった。 夜が明けた時、サンジの金の髪はゾロの涙で濡れていた。 白い指は、氷よりも冷たかった。 あんなに愛したのに。 あんなに熱かったのに。 おれの頬を包んでくれた、あの優しい暖かい指が、こんなにも無残に凍りつくなんて、夢にも思わなかった。 死は この世の最も残酷な情景。 だからこそ もう一度  『おい、ゾロ!腹減ったぞ!』 あの声を取り戻したい。 もう一度 ルフィはMEの研究所ではなく、本社の開発部の研究室に預けられていた。 フランキーの手で、“車”の部分はすべて修理され、走行する分には支障ない。 フランキーとロビンは言った。 莫大な特許料を支払えば、ルフィの復元は可能かもしれない。 かもしれない、だ。 「できる」ではない。 そして今日、ゾロはフランキーに引導を渡された。  「初期化以外に方法が無い。それが答えだそうだ。」  「………。」  「サンジ程の頭脳を持っているヤツはいない。」 吐き捨てるように、ゾロは言う。  「出来るヤツが……居ると言ったら?」  「何?」 フランキーの表情が曇った。  「サンジに、手を貸してくれたヤツがいる。」  「!!…ロブ・ルッチか!!?」  「………。」 答えないゾロに、フランキーは叫ぶ。  「ロブ・ルッチはやめろ!あいつは、軍事工兵でのし上がった男だ!!」  「だが、この会社の科学者より、頭は上だ!そうだろ!?」  「ゾロ!!てめェ!!MEで開発されたルフィを、CP(サイファーポール)に修理させようってのか!?」  「ルッチはもうCPを辞めてる。ただの一個人だ。それにルフィは、サンジがおれに遺したおれの物だ!!MEの物じゃねェ!!問題はねェだろ!!?」  「……っ!!」 正論だ。 “ルフィ”は、サンジがゾロに遺した個人財産だ。ゾロの車だ。 壊れたそれを、誰に修理を頼もうがゾロの勝手だ。 ゾロは“ルフィ”のエンジンをかけた。  「ゾロ!!」 タイヤの音を軋ませて、真っ赤な車は風の様に走り去った。  「馬鹿野郎ーっ!!」 サンジの思いも知らねェで。 心の中で、フランキーはつぶやいた。 サンジが、ME社のライバルでもあるCP社の研究者に協力を依頼したのは、あくまでもルフィが、サンジの個人的な研究開発だったからだ。 MEが持っている特許を使う時は、サンジはそれが自分の開発したものであっても、きちんと使用料を支払った。 サンジがME社に依頼したのは、製造場所の提供と、それに伴ういくつかの開発技術の提供のみで、“ルフィ”の所有権・管理権はME社には全く無い。 その理由よりも大きな理由は、サンジに、残された時間が無かったからだ。 人道の為の技術ではなく、『如何にして、人間を多く傷つけ苦しませるか』を、求めるCP社のロブ・ルッチとサンジでは、ハナから考え方が違う。 だがサンジは、そういった感情論を全て投げ打って、ルッチに教えを請いに行ったのだ。  『…銃撃の音を聞かせて育てたりしない。ルフィには、陽気な歌を聞かせて育てるさ。』 だから、サンジは歌った。 優しい言葉を紡ぎ、ゾロへの愛を語り、世界の美しさを語り…。 だから“ルフィ”は、咄嗟にあんな行動をとる、優しい機械に育ったのだ。  「…強(こわ)いわね…ゾロの愛は…。」 珍しく、フランキーが「飯を食おう」と誘ってくれたので出かけてみれば、繁華街のハンバーガースタンド。 シャネルのスーツに身を包んだ女が、紙コップのコーヒーを飲むような場所ではない。 だがロビンは一向に気にもせず、フランキーが運んできたハンバーガーを口へ運ぶ。  「……サンジが…言ってたよ……。“あいつに愛されるのは幸せだが…時々怖くなる。”ってな。」  「………。」  「…ノロケだと思って聞いてたが…サンジが死んで、ゾロと付き合うようになってから、サンジの言葉の本当の意味がわかってきた。」  「…サンジはなんて…?」  「………。」  『……優しかったりすげェ激しかったり…セックスの度に変わるんだ……。  優しく抱かれるのも…激しく抱かれるのも…SMっぽかったり、変態チックなのも嫌いじゃねェ…だけど…  …本当のゾロのセックスは…いつも…今にも泣き出しそうな顔をして…自分が抱きしめてもらいたそうな顔で…  …甘えて寄り掛かってくるみたいな……その顔を見る度…おれは怖くなる…  …こんな顔をして…おれが消えた後…こいつは何に寄り掛かって泣くんだろうって……。  強がってるだけなのかもしれない…ホントは…とてももろくて傷つきやすいのかもしれない…  なのにおれは…あいつにたくさんの枷をかけようとしてる……。  あいつを愛してる…あいつに愛されてる…わかってる…幸せなのに……怖いんだ……。』 店の中の喧騒が、2人の背中を通り過ぎていく。  「…ロロノア・ゾロ…19××年生まれ…両親、姉の4人家族…  19××年4歳当時、3歳上の姉が交通事故で死亡。それが原因でその後両親が離婚。  親権は父親が所有するも、母親が貧困の中で養育。19××年12歳当時、母親が病気で死亡。  父親は行方不明。今もって消息不明…。」  「………。」  「……愛されなかった彼が…やっと見つけた…愛する…愛してくれる人だったのよ……。」  「………。」  「なのに…互いが男であることを理由に躊躇って…思いを打ち明けられて、恋が叶った時…  すでに未来は途絶えていた…悲しかったと思うわ…。」  「………。」  「…愛する人が…その愛を注ぎ込んでいったのが“ルフィ”なのよ。」  「………。」  「…取り戻したいと思うのは…当たり前だわ…。」  「………。」  「もう、失いたくないのよ…。わかってあげて。」  「ホラ、ルフィ。メシだ。」 ガレージのコンセントにプラグを差し込み、ゾロは笑った。  『いっただっきまーす!!』 そう言って、いつも充電を始めた。 今は、コントロールパネルのランプだけが点滅している。  「………。」 躊躇わず、海へ飛び込んでいったルフィ。 わかる。 あれはサンジの優しさだ。  「…必ず…直してやるからな…。」 ボンネットのラインを、そっと撫でる。  「おやすみ、ルフィ。」 翌週の水曜日。 ロブ・ルッチはやってきた。 そして、当たり前の様にME社の設備を使って、“ルフィ”の復元を開始した。 AAAのオーソトリジーとしては、悪名の噂高いロブ・ルッチ。 サンジを知る者は、皆苦い顔をした。 しかし、“ルフィ”のAIにはMEの技術の粋が詰め込まれている。 外部で作業をされるよりいいという、上層部の判断だった。  「どのくらいかかる?」 ゾロの問いに  「…そうかからんよ。」 ルッチの答えは素っ気なかった。 しかし、「わからん」とは言わなかった。 冷たい口調でも頼もしい。  「“ルフィ”を頼む。」  「……ああ。」 ゾロは、その日から毎日ME社へ顔を出し、作業の進捗を見守った。 その間、フランキーは一度も姿を見せなかった。 まだ、怒っているのかもしれない。 申し訳なさはあったが、気にしてはいられなかった。 ルッチの作業は、1日中ディスプレイとキーボードが相手である。 何時間も、全く動かずキーボードを叩き続ける。 時折、動作確認なのか、チラと、たくさんのコードに繋がれた“ルフィ”に目をやることもある。 はっきり言って、ゾロには退屈な時間だ。 だが、いつ突然に、ルフィに異変が起きるかわからない。 ルッチは時折ゾロの方を見て、鬱陶しい表情をする。 急かされている感があるのかもしれない。 ルッチが『Enter』キーを叩く音が、他のキーを叩くよりひときわ大きい。 その音の癖が、耳に残る。 ある時、ふとその音にゾロは顔を上げた。  「………。」 ME社の開発室の一角。 ルフィを置く為のそこは、巨大な倉庫にも似ている。 精密機械部分を剥き出しにしているから、ルフィは無菌・無塵のクリーンルームに置かれている。 厚いガラスの箱の様なボックスの隣にある、作業部屋。 ひとりのアシスタントも置かず、ルッチが復元を開始してから1週間が過ぎていた。 決して広くは無い部屋で、ずっとルッチの背中を見ていた。 その時響いた『Enter』キーの音は、明らかにこれまでと違った。 そして、ルッチはそれきりキーボードに触れない。  「………。」 ルッチが静かに立ち上がる。 目は、ずっとルフィを見ている。 ゾロの方を振り返ろうともしない。  「…ルッチ…?」 と、ルッチは薄く笑い  「……終わったよ、ロロノアくん。」  「!!」  「…起動しよう。」 ゾロの顔に笑顔が溢れる。  「ありがとう…!!」 中へ飛び込もうとするゾロを抑え、ルッチはルフィに繋がった全てのコードを、遠隔操作で外し、ボンネットやパネルを閉じた。 軽く息をつき、ルッチが言う。  「開けるぞ。」  「…ああ!!」 クリーンルームと作業室を隔てていた3枚の扉が開く。 同時に、ゾロが中へ飛び込み  「ルフィ!!」 駆け寄り、思わずボディを撫でる。 初めて逢った時そうしたように、イグニッションを起こすと『Call.me』のサインが出た。  「ルフィ!!」 パネルに光が走り、コンピューターの起動音が響く。  「ルフィ!!」 まだ、答えが無い。  「ルフィ!?どうした!?」 背後で、小さな鼻であしらうような笑いが起きる。  「!!」  「慌てるな。エラーダウンの後の起動だ。自己修復機能が働いている。少し待て。」  「…あ、ああ…!…ありがとう…本当に…!」  「……礼には及ばんよ……。」 起動音が収まる。 パネルの点滅が静かになる。  「ルフィ!!」 まだ、答えが無い。  「ルフィ!?」  「ルフィ?」 起動した。 あの時はすぐに返事があった。 なのに  「…おい、どういう事だ?」  「………。」 薄く笑って、ルッチはゆっくりとルフィに近づく。 そして、見下ろすように顎を引き  「“ルフィ”。」  「!!?」  『はい。ロブ・ルッチ。』  「!!?」 久しぶりに聞くルフィの声が紡いだ名前は、ゾロの名ではなかった。 BEFORE    NEXT                     (2010/10/12) SCAMPER!-TOP NOVELS-TOP TOP