BEFORE


 ME社のセキュリティを司る警備室と、エマージェンシールームに、警報が鳴り響いた。 警備隊長が携帯電話で叫ぶ。  「アラーム源はどこだ!?」  「第2開発室です!!ネットワークシステムにエラーが出ました!!   全てのセキュリティが遮断されてます!!コントロールできません!!」  「第2開発室…ブロック第7班!!対応を!!警戒レベル2で報告!!」  「了解!!」 ME本社ビルの中に緊急警報音が響き渡り、同時にコンピューター音声のアナウンスが  『本日出勤の社員および、従業員に告ぐ。  エマージェンシーレベル2、システムダウン、ネットワークオンライン強制カット。  データ強制保存システム作動確認。建物内にいる総員に避難を勧告します。  繰り返します。エマージェンシーレベル2、システムダウン……。』 ME社の最高レベルセキュリティ。 当然、その音はゾロとルッチと、ルフィのいるこの場所を中心に響き渡る。  『警告します。直ちに建物外へ。第2開発室、強制閉鎖の後、炭酸ガスを噴射します。』  「………。」  『重ねて警告します。コンピューターシステムに手を触れず、速やかに離れなさい。』  「……何をした……?」  「……君が望んだように、“ルフィ”を元に戻しただけだ。」  「ふざけるな!!こいつに何をしやがった!?」 ルッチはわずかに目を伏せて、独り言のように言う。  「…データが失われてしまうのは確かに惜しい。  だが、単純な生活サイクルを重ねただけのデータなど何の役に立つ?そんな無駄なメモリ、必要無かろう?」  「………てめェ……。」 まさか まさかこいつは  「……お前…まさか……。」  「初期化した。」  「!!?」 ルッチは笑い  「初期化など、最初の1日目、一瞬で終わらせた。  その後のプログラムの書き換えにまで、よく付き合ってくれたものだよロロノアくん。」  「!!」  「……もっとも…サンジのガードは固かったな……だがわかった。  あの男が“ルフィ”の基本システムにかけた最後のセキュリティのパスワード。  …簡単だったな。“ロロノア・ゾロ”君の名前だった。」  「………。」  「だが、どうにも“ルフィ”という自己認識だけは解除できなかった…まァ、名前などどうでもいい。」 初期化した つまり ゾロと3年を過ごしたルフィは  『ゾロ!ゾ―ロ!!腹減った!!』  『速い!楽しい!ゾロ、運転うめーな!!』  『ごめんなさい!』  『♪ビンクスの酒を〜届けに行くよ〜♪』  「…ルフィ!!」 ゾロの声に、“ルフィ”は答えない。 冷やかにゾロを見つめながらルッチがさらに言う。  「ルフィ…お前の主人は誰だ?」  『……あなたです。ロブ・ルッチ。』  「!!」  「…よろしい。」 言い放ち、ルッチの手が上がる。 運転席側のガルウィングのドアが、跳ね上がる。 その時  「警告する!!」 機械音ではない、人間の声。 見れば、研究室の出入り口全てに、ライフルを携帯した大勢の警備員。 隊長らしき警備員が、銃口をルッチに向けたまま叫んだ。  「警告する!!その車から離れろ!!」 警報が鳴り響いている。  「…撃ちたければ撃てばいい。」  「もう一度警告する!!手を挙げてその車から離れろ!!」 だが ルッチは身を翻し、ルフィのシートに沈んだ。 瞬間、ドアを開いたまま、ルフィは爆音を轟かせターンし、シャッターに向かって走り始める。  「ルフィ――!!」 ゾロの声を裂くように  「撃て!!行かせるな!!」  「!!馬鹿!!撃つな!!」 ゾロの叫びは届かなかった。 掃射された弾丸。 しかしそれら全て、ルフィの体を貫くはずがない。  「ルフィのボディは硬質ラバーだ!!ガラスも特殊ガラスなんだ!銃なんか効かねェ!!」 コンクリートの上を疾走する歪んだタイヤの音。  「ルフィ!!止まれ!!ルフィ!!」 ルッチを乗せたまま、ルフィは格納庫のシャッターを突き破り、外へと飛び出す。 待ち構えていた警備車両が、一斉に取り囲むが  「…ルフィ、抜け。」  『はい、ロブ・ルッチ。』 ターボエンジンを噴射させ、がくんと後輪を下げると、取り囲むたくさんの警備車両を一気に飛び越えた。  「ルフィ―――!!!」 咄嗟に、ゾロはルフィを追いかける。 全速力で走った。 だが、その足が、5.5リッターV型12気筒、最高出力513bhp/8500rpm、最大トルク48.0kg-m/6500rpmに敵うはずがない。  「ルフィ―――!!…返せ!ルフィを返せ!!野郎―――!!」 ミラーの中のルッチの顔が、笑ったのがわかった。  「ルフィ―――――!!」 幾重にも巡らされた網を潜り抜け、ルフィはME社の敷地の外へと、爆音とゾロだけを遺して走り去ってしまった。 ME社の正面玄関に、大勢のマスコミが詰めかけている。 昼間の騒ぎの原因に対しての、広報からのコメントを求めているのだ。 あの後、ルッチを載せたルフィはハイウェイを西へ走り、オービスに姿を確認されていた。 LUFFY was KIDNAPPED. “ルフィ”が“誘拐”された。 夕刊の一面に、そんな文字が躍った。 『誘拐』という言葉に、町の人々のルフィへの愛が見える。  「マリンフォード市警察は全力を挙げて!MUGIWARA5500GT、すなわち“ルフィ”の行方を追跡中であります!!」 警察の広報官が声を張り上げる。 ME社広報も  「“ルフィ”にはGPSが搭載されています。行方はわかっています。奪還は難しい事ではありません。どうかご安心を。」 ルフィは、すぐに帰ってくる。 それにしても、“病気”の“あの子”を攫うなんて、どんな悪人だろう。  「……おれのせいだ……。」  「ああ、そうだ。お前ェのせいだな。」 ME社 現場のオフィス。 無残な爪痕を遺す開発室。 デスクの上の明かりひとつの広大な薄暗闇。 床の上に、ガラスの破片と薬莢の殻。 ルフィに繋がっていたコード類が散らばっている。 駆けつけたフランキーは、ゾロの顔を見るなり拳で殴った。 技術屋の、鋼の拳だ。 頬が歪んだ。 そして叫んだ。  「やめろと言ったはずだ!!ロブ・ルッチはやめろと!!」  「………。」 答える事が出来なかった。 ルフィが攫われてから数時間。 すでに日付は変わっている。 探しに行くというゾロを、フランキーは止めた。 大きく肩で息をつき、フランキーは言う。  「…ルフィの電源を落としていやがる…最後の姿を捕らえたのは南西へ20キロ…  ウォーターセブンの港付近だ。おそらくここから船を使ってルフィを運んでる。」  「………。」  「共犯がいる。はなっから盗む気満々の計画的犯行だ。  …GPSがついてたって、電源がオチてりゃどうにもならねェ。  電源がカットされても2時間おきに予備電源のスイッチが入ってGPS信号を送る機能が付いてるんだが…  ルッチはそれを外してやがった。」  「…しかし…こんな真似をしてルッチが、ルフィを盗む理由が見えねェ。」 ゾロが呟く。 呻いて、フランキーが腕を組んだ時だった。  「理由はあるわ。」 ロビン。 ヒールの音を響かせて、ロビンは小型のモバイルを開きながら、灯りの側へ寄り、ゾロを見て労わりの微笑みを投げる。  「これを見て。」  「…株価のチャート表じゃねェか…CPの。」  「ええ。昨年から、ロブ・ルッチが会社を辞めて、特許に関する訴訟を起こした頃から、CP社の株価が急激に下がったわ。」  「ああ、知ってる。」  「それがここ数日…少しずつ上昇してるの。…ゾロ、この日付。見覚えないかしら?」 言われて、ロビンが指差した、折れ線グラフがわずかに上昇した日付を見た。  「……!!ルッチが、ここに来た水曜日!」  「そう。この日から、底値に近付いていたCP社の株を、誰かが急に買い始めたのよ。  ほら…今朝市場が開いた段階では200ベリーも上がってる。」  「それがルッチの仕業か?」  「そこで考えてみて。そして思い出して。“ルフィ”のOSの基本構築プログラム『タイプD』の開発者、および特許の所有者は誰?」 ゾロとフランキーが声を揃えて叫んだ。  「ルッチか!!?」 ロビンはうなずき。  「今日の東海証券取引所の、CP社の最終株価がこれよ。」  「……2300ベリー!!?今朝からも1000ベリー高かよ!!?なんじゃ、こりゃ!?」  「ルッチがルフィを手に入れた段階で、誰かが買い注文を大量に出した。  そして一気に株は流れたわ。市場が閉まる直前に。流れた株の行き先は…。」  「…聞かなくてもわかる…ルッチだな!!?」 フランキーが、喉から声を絞り出すように言った。 ゾロも唇を噛み締める。  「あの野郎…CP社を乗っ取るつもりだ!!  自身のOSを載せたルフィを手土産にして重役会議にかけてトップにつき、ルフィを基本モデルに軍事工兵に転用しようって腹だ!!」 ゾロの目が大きく見開かれる。  「…フランキー…。」  「あ?」  「…ルフィのシステムダウンはなぜ起きた?」  「何故って…そりゃあ海水に…。」  「違う…!」 ゾロは、目を宙に停めたまま  「…サンジのマニュアルに書いてあった…30気圧までなら稼働できる。  5分が限界。だが、5分を待たずにルフィは沈んだ。」  「………。」  「……停まる事になってたんだ…初めから……ルッチの計画の内だったんだ……!!  フランキー!あのマニュアル、殆どがサンジの手書きだったのに、OSに関しては全部Word打ちだった。  あれはサンジのマニュアルじゃなかったんだな!?」  「そ、そこまではおれもわからねェ…だが、可能性はある…OSを初めから開発できる時間はサンジには無かった…  だが、ルッチなら…そんなプログラムを組むのはお手のもんだろう…。」 考え考え、ゾロは言う。  「サンジが死んで…一度起動プラグラムをセットアップする事を…ルッチは知っていた…  そのセットアップから一定の期間で…エラーが出ることを前提にシステムダウン…  マニュアルにわざと自分の名前を残して…おれを自分まで辿りつかせた…。」  「分厚いマニュアルだ…弱ったサンジが、チェックしきれるわけがねェ事を承知の上での時限爆弾か…!!なんてェ野郎だ!!」  「…サンジが死ぬのを見越しての、数年越しのCP社乗っ取り計画…。  しかも、この騒ぎで、ME社の株価も落ちてシステムがダウンしてる…一石二鳥という訳ね…なんて悪い事を考えるの…!」 ゾロがきびすを返し、走り始める。  「どこへ行く!?」  「エニエス・ロビーだ!!あいつは必ず、最後にはルフィを連れてCP社に現れる!!」  「独りで行く気か!!?おい!!ゾロ!!」  「…おれの不始末だ…!おれがカタつける!!」  「危険よ!!」  「…構わねェ…!!こうでもしなけりゃ、向こうでサンジに合わせる顔がねェ!!  おれとあいつのルフィを…これ以上あの下衆に触らせやしねェ!!おれの手で取り返す!!」 ルフィ ルフィ!! 待ってろ!! 初期化されてしまったルフィ  『はい。ロブ・ルッチ。』 あの、感情の無い声が耳に残る。  「……っ!!」 それでも それでも!! “ゾロ” “ルフィを” “頼むな…?” 耳元で、サンジの声がした。 BEFORE    NEXT                     (2010/10/17) SCAMPER!-TOP NOVELS-TOP TOP