「ありがとう。」
その声を初めて聞いた時、もう一度、その声を聞きたいと思った。
ああ。
確か、理工学部の廊下の掲示板に貼ってあったチラシの顔だ。
セミナーの告知だった。
今日だったのか。
「学生?」
笑いを含んだ声が、ゾロに尋ねた。
「…ああ…。」
「理系?」
「ああ。」
「セミナーにはいなかったよな?そんな緑の頭なら、エレェ目立つ。」
「………。」
「なァ、ここの食堂、場所変わった?おれがいた頃には確か、西棟にあったと思ったんだけど。」
「ああ…去年、学生棟に移った。」
「学生棟って、この棟じゃなかったっけ?」
「新築した建物に移ったんだよ。」
「え?それどこ?…腹減っちゃってさァ…連れてってくんねェ?」
「…構わねェが…。」
あの後
ゾロはサンジを、大学の構内を2時間連れ回した結果になった。
呆れながら、怒りながら、それでもサンジは、他の誰に場所を聞くこともせず、ゾロと並んで歩き続けた。
ようやく辿り着いた食堂だったが、とっくに営業時間を終わってしまっていた。
怒るかと思ったサンジは、怒るどころか愉快そうに笑い飛ばし
「お前の脳ミソ、調べてみてェな!!」
と言った。
悪かった。と詫びたゾロに、サンジは笑いながら言った。
「じゃ、飯につきあえ。お前おもしれェ。」
「………。」
「おれはサンジ。お前は?」
「ロロノア・ゾロ。」
「じゃ、行こうか?ゾロ。」
ああ
そうだ
もう、今は無くなってしまったけど
この少し先の岬にあった店
あそこで飯を食って
腹ごなしに歩こうってサンジが言って、ここまで来た。
歩いて
ふたりでずっと歩いて
夕焼けの中
振り返ったサンジの笑顔に惚れたと思った。
「……また、逢えるかな?」
先に言ったのはサンジだった。
「ああ。」
「ありがとう。」
「おれも逢いたい。」
「………。」
「もっと話したい。」
「うん。」
ガンだって
1年しかもたないって
「そんなバカな話があるか!?どこのどいつだ!?どこの藪医者だ!?」
「……セカンドオピニオンも受けた…間違いないんだ……おれは……。」
わずかに伏せた金の髪の下で、サンジの眦に涙が光った。
「……来年の冬にはもう……ここにいない……。」
「そんなワケあるか!!あってたまるか!!」
「怒るな…怒ったって…もうどうにもならねェんだ!!」
「………っ!!…なんで…?」
「………。」
「……なんでだよ……?」
「………。」
「…なんで…てめェが…。」
「ゾロ。」
絶句するゾロの手を握り、サンジは穏やかに言った。
「……ゾロ……おれが…ずっとお前に隠してた事……言うな?」
「………。」
「好きだ。」
おれも好きだ。
初めて逢ったあの時から好きだった。
逢う毎に、言葉を交わす毎に、お前に魅かれ想いは深くなっていった。
けど
男だからな
叶えていい想いだとは思ってなかった。
ただ一緒にいて、こうして、笑っていられたらそれでよかった。
「…ゾロ…好きだ…愛してる…だから…。」
「………。」
「お前の1年を…おれにくれ…。」
「…何…?」
「おれが逝くまでのお前の1年を…おれにくれ…。」
「………。」
「1年だけでいい…1年だけでいいから…おれを好きになってくれ…おれを愛してくれ…その後は…おれが消えたその後は…おれの事を忘れていいから…。」
「1年なんて言うな!!」
「……!!」
「一生だ…!!おれの一生!!てめェのもんだ!!」
「………っ。」
サンジの青い瞳に涙が溢れる。
「…おれも好きだ…!!…愛してる!!」
耳元で漏れる、かすれた声の『ありがとう』を、ゾロはキスで押しとめた。
「…1年なんて言うな…。」
「………。」
初めて抱いた時
サンジは何度も「ごめん」と言った。
その度に、ゾロはその言葉を口付けで遮った。
お前が好きだ。
こんなに、誰かを好きだと思えた事はなかった。
お前がいたから、今のおれがいる。
お前の為だけにおれは生きてる。
だから詫びるな。
おれの一生、全部お前のものだ。
お前自身も、お前の残った時間も、全部おれのものだ。
1年が過ぎ、2年が過ぎた頃には、サンジの背中に死神は見えなくなっていた。
以前よりずっと明るく、以前よりずっと綺麗で、元気で。
幸せで
よくなっていると思っていた。
病を克服した人間の奇跡は、その辺にいくつも転がっていた。
同じ奇跡が、おれ達に起こらないはずはない。
そう信じ込んでいた。
「…検査入院か…ひとりで大丈夫か?」
「これまでだって大丈夫だったろ?心配性だな、てめェは。」
「…契約とはいえ…こんな仕事受けなきゃよかったな…遠すぎる。」
「…明日死ぬワケじゃねェンだぜ?ゾロ?」
「……そういう冗談はやめろ。」
「…ごめん。」
「謝んな。」
「ごめん。」
ゾロの首に腕を回し、サンジは、ゾロのピアスの耳にキスをして
「……しよ……?」
濡れた声で囁いた。
「……明日入院だろ?」
「…だから…しよ…。」
あれが
最後のセックスだった
いつになく激しくて
いつになく淫らで
愛しくて
「…ああ…っ…!ゾロ…ォ…っ!!」
濡れた髪を揺らして、天を仰いで、達したサンジの顔を今でも覚えている。
あの熱い交わりの
わずか5日後に逝くなんて
おれの帰りを待たずに逝くなんて
夢にも思わなかったんだ…。
「………サンジ………。」
ルフィの助手席に、サンジは優雅に腰かけていた。
あの頃の笑顔のままで、ゾロをじっと見つめている。
『…ゾロ…。』
「サンジ…!サンジ!!」
思わず、体をひねり手を伸ばした。
が
「!!?」
差し伸べたゾロの手は、サンジの頬を突き抜けた。
『びっくりしたか?』
「!!?」
『…本物じゃねェよ。ユーレイでもねェ。ホログラムだ。』
ホログラム
立体映像
「サンジ…。」
立体映像のサンジは、ちゃんとゾロの目を真っ直ぐに見つめ、言葉を続ける。
『ありがとう、ゾロ。』
「………。」
『ルフィと、一緒に走る気になってくれたんだな?』
「………。」
『…生きる気持ちに…なってくれたんだな?』
「………。」
『…不安だった…。お前は…強いくせに優しすぎて脆いから…もしかしたら…
おれがいなくなったら…生きていく気力を捨てちまうんじゃねェかって…。』
「………。」
『…ルフィ…手ェかかるだろ?』
「…まったくだ…。」
『ははは…でもな、ホントにこんな奴だったんだ。』
「………。」
「一緒に走ろう。」
その言葉が鍵だった。
サンジが、ルフィに遺したゾロへの、これが『遺言』
『生きてくれ。ゾロ。』
「………。」
『おれの死が、どんなに辛くても苦しくても…。』
「………。」
『おれは…お前に生きてほしい…。』
「………。」
『…おれとお前が愛し合って…結ばれて…これ以上はない位幸せだったって事…消してほしくないんだ…。』
「………。」
『……だから……生きてほしい…これからずっと……ずっと…ずっとずっと……生きてほしい…。』
「………。」
『おれは向こうで…いつまでだって待てる…。』
「………。」
『お前がどんな姿になったって…見間違えずに迎えに行くよ…。』
「………。」
『せいぜい、みっともねェジジィになって来るんだな。』
「なんだと!?あァ!?」
『怒ったろ?今。』
「…ぐっ!!」
『あっはっは!!』
手を打って、サンジは笑った。
ああ
サンジだ
サンジがそこにいる
触れる事が出来ないのはわかっている。
それでも
ゾロは、そっと手を伸ばした。
触れることのできない髪
だが、サンジはそれを察したように、わずかに首を傾げた。
『…ゾロ…。』
「…なんだ…?」
『…ひとつだけ…頼みたい事がある…。』
「…ルフィか?」
『…ルフィを…頼む…。』
「わかってる…。」
『ルフィを…守ってくれ…。』
「わかってる。」
『…メシはちゃんと食えよ…。』
「ああ、食ってる。」
『…散らかしても…掃除はしろよ…。』
「ああ。」
『…歯も磨いて…髭も剃って…。』
「……他に言う事はねェのか?」
『…フランキーや…みんなを大事にしてくれよ…。』
「ああ、それはもちろんだ。」
『……それから……。』
「まだ、あんのか?ひとつじゃなかったのかよ?」
『…ゾロ…。』
「………。」
『…おれが死んだら…。』
「………。」
『…おれを忘れろって…。』
「………。」
言った。
サンジは、事あるごとに言った。
おれを忘れろ
忘れて、また誰かを愛してくれ
『………忘れないで………。』
「………。」
サンジは、身を折った。
顔を覆い、涙を必死に堪えている。
抱きしめたい。
だができない。
3年前のこの時に戻らなければ、この体を抱きしめられない。
絞り出すように、泣きながらサンジは言う。
『…嫌だ…忘れられるのは嫌だ…こんなに好きなのに…こんなに愛してもらってるのに…それをお前が忘れてしまうなんて嫌だ…!!』
「……サンジ……。」
『忘れんな…!!頼むから…!この先…誰かを好きになってもいい!愛してもいい!!それを停める権利はおれにはねェ!!
だけど、忘れないでくれ!!おれの事を!おれがお前を愛してた事を!!お前が、おれを愛してくれた事を!!
頼むから…!お願いだから…!忘れられるのだけは嫌だ!!やっぱり我慢できねェ!!』
「サンジ!!」
抱きしめた
力の限り、思い切り
温もりはない。肌の暖かさも無い。
腕に感触はなく、サンジの体の向こうに自分の手が見えている。
それでも
抱きしめた
『……ゾ…ロ……。』
まるで、ゾロがそうしているのをわかっているかのように、サンジの手がゾロの背中に回る。
『…もっと話したい…。』
「ああ。」
『もっと…愛してもらいたい…愛したい…。』
「…ああ…!」
『…死にたくねェ…!!』
「………っ!!」
『…ゾロ…!!』
「…サンジ…!!」
サンジの顔が、真正面にある。
真剣な目で、涙に濡れた目で、サンジは真っ直ぐにゾロを見つめて叫んだ。
『おれの分まで生きろ!!ルフィと!!』
「当たり前だ!!」
『………。』
すっと、サンジの体が離れる。
差し伸べられた指を『握り』、ゾロは言う。
「生きるよ。」
『………。』
「サンジ。」
『ゾロ。』
その言葉は同時だった。
『愛してるよ。』
「愛してるよ。」
『ありがとう。』
「ありがとう。」
喘ぐように、サンジは目を閉じた。
その唇へ
最後のキス
目を開く。
そこには闇があった。
すでに陽は落ち、波の音だけが響いている。
「………。」
「ルフィ。」
『……っ……うっく……ひっく……。』
「………。」
『…サンジ…サンジィ…。』
「…泣くな…ルフィ…。」
優しい機械。
愛しい機械。
サンジが遺していった大きな愛の塊
「泣くなルフィ。」
『…ううう…う〜〜〜〜〜…。』
「おれがいる。」
『………。』
「おれがいる。」
『…うん。』
その時だ。
♪ ♪ ♪
ゾロの携帯が鳴った。
「フランキーだ。」
いぶかしげに、着信に答える。
『おう!ゾロ!!今どこにいる!?って、GPSで確認済みだがな!!』
心の細波を吹っ飛ばすような、陽気な声。
「……何か用か?」
『仕事を頼みてェ。ルフィとお前にうってつけの仕事だ!!』
「早速か…。」
『おう!11億3200万飛んで50ベリーだぜ!?』
「…いくらの返済分だ?」
『ん〜〜〜〜50万ってトコか?』
「…先は長ェな…。わかった!引き受けた!」
『よっしゃ!待ってるぜー!!』
ニヤリと笑い、ゾロはポンとハンドルを叩いた。
「仕事だ、ルフィ。」
『おう!ガッテンだ!!』
MUGIWARA5500GTのエンジン音が轟く。
ヘッドライトが点灯する。
「行くぜ!ルフィ!!」
『おっけー!ゾロ!!』
走ろう
いつまでも
どこまでも
おれと、お前と
サンジと
疾走(はし)っていこう、一緒に。
END
BEFORE
お疲れさまでした(笑)
ココまでお付き合いくださり、ありがとうございますv。
「ゾロサンじゃない。」「ゾロルじゃん。」
そんな事を言われましたが、ね?ゾロサンでしょ?
ゾロルの友人には「どこまでサンジ一筋なんだこのゾロはっ!」と言われました。
そのくらいゾロサンです(笑)
元ネタ
色々バレてますが、「ナイトライダー」というちょっと前の外国ドラマです。
これを初め、車をサンジかゾロかで考えました。
でもまとまらず、ルフィにしたら動き出した次第。
まず浮かんだのは
「高速充電は不味いんだっ!通常充電じゃなきゃここでスピンターンするぞ!」
というあのシーン(笑)
死にネタでもあるので、絶対に好き嫌いが分かれる作品だと歯思ってました。
予想通り、まー評判悪い事悪い事(笑)
ともあれ完結いたしましたv
ココまでお付き合いいただいて嬉しかったです。
ありがとうございました!
(2010/10/23)
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