「…今、なんつった?」



美しい顔は、穏やかな微笑を浮かべている。

だが、その声は氷のように冷たく、ぐさりとゾロの胸に突き刺さった。



目を、合わせるのがコワイ…。



 「今、なんつった?ゾロ?」



同じ言葉を、噛み締めるようにサンジはまた言った。

ゾロは、恐る恐る視線を『下げて』、サンジを見た。

顔は笑っているが、目が全っ然笑ってない。

車椅子の肘掛にもたれるようにして、サンジはゾロの返事を待った。



ここは東京都世田谷区千歳烏山、ホニャララ丁目ホニャララ番地。

レストラン『オールブルー』



普段使いも出来る、お洒落なレストラン。

閑静な住宅街の一角にある、隠れ家的ビストロ。

家庭的な店内で、シェフの多種多様なコースが楽しめる。

1000円〜。コース5000円〜。

一日ランチ・ディナー各一組限定。要予約。駐車場なし(チケットあり)。



以上、TOKYO G Walker 2006年発行28号より。



の、昼休み中のフロア。

200

 「…だから…仕事になっちまったんだ…   …19日から1ヶ月…。」

確実に、普段よりトーンの低い声でゾロは答えた。  「19日ってのは、今月。つまり12月の19日だよな?」  「そうだ…。」  「で?帰りが1月15日?でもそれも、『予定』なんだよな?」  「そうだ…。」  「クライアントは誰だったっけ?   今人気の中国の映画監督、李海淵?それの映画撮影のスチール写真?   へぇえええ!!お前もデカイ仕事が舞い込んでくるようになったよなァ。   ウソップに感謝だよな?」  「………。」 沈黙  「ふざけんな!!てめェ!!」 と、いう怒号が来るかと思ったが。  「わかった。仕方ないよな。」 と、サンジはあっさりと言った。 だから  「は?」 一瞬、何が起きたかわからなかった。  「あァ?」  「…いいのか…?」 ゾロの問いに、サンジは笑った。 今度は、いつもの笑顔だ。  「いいも何も。いい仕事じゃねェか?頑張れよ、ゾロ。」  「…サンジ。」  「ん?」 ゾロは、サンジの前に膝を折り  「…すまん。」  「何が?」  「…四川省の成都から、さらに丸2日かかる場所なんだ。行くのはおれ1人じゃない。」  「わかってる!みなまで言うな。」 俯くゾロの顔を上げさせ、サンジも身を屈めてゾロの額に口付ける。  「心配はいらねぇ。どーせまた、パティやカルネにバラティエへ拉致られるだろうしな。   ただ、あいつらの拳の一発くらいは覚悟しろよ?   “あの野郎、正月におれを置き去りにしやがった!”って、怒り狂うからな?」  「………。」  「悪いと思ってるなら、土産に生きたパンダ連れて来い。」  「来られるか、アホ。」 カメラマンゾロと、車椅子のシェフ・サンジ。 一目惚れから紆余曲折を経て、めでたく結ばれて、サンジの店舗兼住居にゾロが引っ越して、 友人や互いの家族にも認められ、祝福されて生活を始めてから数ヶ月。 生活 生活は、まさしく現実だった。  「置き去りにしない。どこへ行く時も連れて行く。」  「這ってでも、お前の所に行く。」 その誓いに嘘は無い。 だが、現実は甘くなかった。 ゾロは、例のガレーラの仕事以来、目の回るような忙しい毎日を送るようになった。 サンジも、予約で埋まった店を抱えているのだから、どこへ行くにも一緒などという、甘いことを言っていられなかった。 だが、それでもこの年末だけは、互いにスケジュールを入れず、ゆっくり過ごそうと約束したのは11月の半ば。 昨年の、最悪のクリスマス。 それを取り戻したい気持ちがあった。 口に出して言うのは恥ずかしかったが、でも、そう思っていることは互いにわかっていた。 それなのに。 サンジが、あえて『正月』としか口にしなかったのが、 クリスマスを2人で過ごせない口惜しさ、残念さを逆によく物語っている。 そして口に出せば、ゾロが苦しむことも知っているから、サンジは笑って許したのだ。 クリスマスだから、という甘いプランもなかったが、去年の出来事を考えるとサンジの側にいたかった。 そんなワケで。 12月19日の朝、ゾロは成田から中国へ飛んだ。 中国行って撮ってきて。 ばーい、ANA。 ざけんな、クソボケ。 せめて見送りにと成田へ来たサンジが、ロビーでにこやかに笑う、 速水もこみちのポスターに悪態をついたのはいうまでもない。 (壇れいちゃんにはつかない。) 1ヶ月、会えない。 登場ゲートの向こうに消えるゾロの背中を見送った時、寂しさより怒りの方が深かった。 本当は怒鳴りたかった。 けど、ゾロを困らせるのはイヤだ。 困らせるのがイヤというよりも、やっぱり、枷にはなりたくないプライドが勝ったような気がする。 わかっていたのに。 こういうことは、これからも沢山起こる。 避けては通れない、これが現実だ。 おれもゾロも生きている。 生きていくには、糧を得なきゃならない。 その糧を得る手段は、自分が選び、望んだ方法だ。文句なんか言わない。  「わかってるんだけど…な。」 サンジは、喫煙スペースで紫煙とともに溜め息を吐いた。  「…あー…やっぱ痛ェ…。」 夕べ 『1ヶ月分!』と言って、ゾロのヤツ…。  「…眠ィ…。」 頬を少し染めながら、あくびをひとつ、漏らした時。  「サンジ様?」 と、さっきサンジが毒づいた、速水もこみちのポスターの会社のグランドサービスのアテンダントが、サンジに声をかけた。 だがサンジは、あらかじめそれをわかっていたらしく  「ああ!はい、そうです!」  「スカイアシストカウンターの平良と申します。ご案内いたしますので、どうぞ。」  「はい、お世話になります。」  「介助いたしますか?お荷物は?」  「いえ、結構。自分で行けます。荷物はこれだけなので。」 と、サンジは車椅子の後ろの荷台にあるセカンドバッグを示した。  「まぁ。」  「旅慣れてるもんで。つっても、この体になってからは初めてなんだけど。」  「まぁ、そうですか…?それではこちらへ。」  「平良さん、このお仕事長いの?」  「あら、身上調査ですか?」  「実はおれ、J●Lのヘッドハンターなの。」  「まぁ、大変。どうしましょう?」  「ねぇ、搭乗までお茶する時間ある?」 はい? もしもし、サンジさん? スカイアシストカウンターって何? 荷物って何? 旅慣れてるって何? どゆこと? 2時間後。 サンジはANA:NH205便、成田発パリ行きの機内の人となっていた。 待てや、コラ。 お前、店はどーした? 実は、サンジは、丁度12月19日から26日まで、店を休みにしていた。 年末年始の29日・30日・3日に、どうしても断れない予約が入り、店を開けることにしていたからだ。 その為、毎年の休みを少し前倒しした。 そのことはゾロも知っている。 20日はウソップたちとのパーティで騒ぎ、クリスマスイブとクリスマスを2人で送り、 きちんと〆の仕事をしてから、31日から元旦をゾロの実家で過ごし、2日にバラティエに顔を出す。 で、年が明けてから大掃除だ、コノヤロー。 それが年末年始のスケジュールだった。 全部潰したのはゾロ。 だから、サンジが些細な逆襲を企てたとしても、ゾロが咎められるものでもない…と、思う。 サンジが密かに航空券を予約し、密かに渡航先のホテルを取り、密かにある人物達と連絡を取りあい、 密かに荷造りをして前送りし、密かにパスポートを懐に忍ばせて、ゾロとタクシーに乗り込んだ。  「寄り道しねぇで、帰れよ。」 と、ついさっき、ゾロが言った。  「寄り道はしませんよ?成田からウチまではね?」 成田空港から、千歳烏山までは寄り道しません。 まっすぐに帰ります。 でも、そのまま『飛行機に乗るな』、とは言われてねぇよな?  「お飲み物はいかがですか?」 ブルネットのキャビンアテンダントが、綺麗な日本語で尋ねる。  「ワインリストはある?」  「はい、こちらに。」  「……ん。赤がいいかな。シャトー・ド・メルセーのピノ・ノワールを。」  「ウィ、ムッシュ。」 飛行機、すげぇ久しぶり。 本当は、暇見つけて、2人でどこか行きたかったよな…。 今頃、ゾロも食ってるかな? 成都に着くのは3時ごろだったっけ? マジで、パンダ連れてきたらどうするかな? ないないない。 時差というものがあるので、サンジが長い間飛行機に揺られても、到着したのはその日の夕方になる。 フランス、花の都パリ、シャルル・ド・ゴール空港。 サンジは以前にもここを幾度か訪れていた。 修行をした店もパリにある。 だが、この体になってからは初めてだ。 車椅子で歩いていると、時折『Esc-ce vous l`aiderez?(手伝いましょうか?)』と、声をかけられる。  「メルシー、イ・ヴァ・ビアン(大丈夫です、アリガトウ)。」 その度に、笑って断った。 なぜなら  「サンジ――――っ!!」 到着ロビーに、響き渡る声。  「サンジく―――ん!!」 その声と姿。 サンジは満面の笑みで、ハンドリムを握る手に力をこめた。  「ルフィ!ナミさん!!」  「サンジ―――!!」 全速力で走ってくるルフィ。 そして、お構い無しにサンジの首に抱きつく。 勢いで、かなり車椅子が後退した。  「サンジ!サンジ!サンジ!ホンモノだァ!サンジだぁ!!」  「おい、ルフィ…!苦しい…!!」  「あ!ごめん!!ところでサンジ、メシ!!」  「いきなりかよ!!」  「もぉ!いい加減にしなさい!ハズカシいったら!!…Bienvenu à Paris!(ようこそパリへ!)サンジくん!」  「Je suis beau sans changer.ナミさん!」 サンジのフランス語に、ルフィが  「あ?今、なんてった?」  「あははは…わかんない。」 ナミが笑ってごまかす。  「“相変わらずお美しい。”覚えとけルフィ、使えるぞ、これは。」  「余計なこと教えないで下さる?」  「ウィ、ごめんなさい、マドモアゼル。…あー、マダム、かな?」  「マドモアゼルでいいのよ。さ!行きましょ!!レンタカー借りたの、こっちよ、サンジくん。」  「おれが押す!」  「ダメ、アタシ!!」  「おれ!」 サンジは笑いながら、  「じゃあ、片方ずつ。」 はしゃぎながら、ルフィとナミはサンジの車椅子を押す。 長いフライトは疲れたが、一気に抜けていった。 来てよかった、という思いが大きく膨らむ。 サンジはこの2人に会いに、パリに来たのだ。 NEXT (2007/12/12) 『巴里の7日間』TOP NOVELS-TOP TOP