　巴里の7日間　-にじはなないろ2007クリスマス-（2）　





　「相変わらずひどい男ねー。」

　「まったくです、ナミさん。」

　「でも、だからって、こんなトコまで来ちゃうサンジくんもどうかと思うわ。

　　よくオバハン連中が、ダンナの留守の平日に、日帰り温泉ツァーに出かけたりするけど、

　　サンジくんのはレベルが半端じゃないわね。」

　「あははは。」



乾いた笑い。



　「まぁ、なんでもいいや！サンジの飯が食えるんだー。

　　♪飯が食える飯が食える飯が食えるぞー♪飯が食える食えるぞ、飯が食えるぞー♪」

　「あぁのね！ルフィ、今回はサンジくんがお客サマなのよ？」

　「いいよ、ナミさん！おれもその気満々だから。」

　「やったー！！」



空港からパリ市街への高速道路を、ワンボックスが陽気に走る。

ハンドルを握るのはナミだ。

走る景色を懐かしげに見ながら、サンジが尋ねる。



　「パリには慣れた？」

　「そうね、やっと落ち着いたってカンジかな？でも、まだ１ヶ月だもん。言葉があやふやよぉ。

　　ルフィのヤツ全然役に立たないんだもん。信じられる？

　　こいつ、今までずっと日本語オンリーだったんですってよ？」

　「マジかよ！？」

　「そうだぞ？でもどこでもちゃんと、通じてたぞ？」

　「何でだよ？」

　「なんとなくだ。」

　「ね？バカでしょ？」

　「まぁ、よくわかってるけどな…。」

　「サンジくんが働いてた店、『オービット』に真っ先に行ったわ。

　　オーナーが会いたがってた。連絡した？」

　「…いや、してねぇ。でも、行こうかなとは…思ってる。」

　「そう言ってくれると思って、予約しといたの。喜ぶわよ、きっと。」



サンジは笑ってうなずいた。

ルフィが、後部座席のサンジに振り返り



　「シチリア島で、サンジの昔の彼女ってのに会ったぞ。」

　「ああ、ミランダちゃん…？それともイリヤちゃんか？

　　カロリーヌ…はミラノだったか…？ヘイビーはヴェネチア…。」

　「ルクレチア、よ。信じらんないわね！ゾロに言っちゃおうかなー。」

　「ああ、ナミさん、ごめんなさい！」



ふと、会話が途切れる。

が、やがてナミが言った。



　「…よかった。サンジくん、幸せそうで。」

　「ナミさんも。」

　「アタシぃ？幸せかなァ？」



ルフィが言う。



　「おれは幸せだ！」

　「アンタは当たり前でしょ！？」













ルフィとナミの住まいは、パリの中心部にあった。

セーヌ川がすぐ側を流れていて、中々に『パリ』している。

アパートの２階の部屋だが、ルフィはサンジを抱えて軽々上がった。

街路樹のマロニエはもう散ってしまっているが、夏はきっとキレイだろう。



　「パリって、お風呂付の部屋って無いのねー。探し回っちゃったわよ。」

　「風呂なんかなくたって、別にいいんだけどなー。」

　「あんたと一緒にしないでよ、ルフィ。」

　「ナミと一緒に旅するようになってから、いちいちいろんな事にうるさくてさー。」

　「あたりまえだ、ナミさんはレディなんだぞ？さて、キッチンはどちら？」

　「こっちよ、それから先に送ってきた荷物、そこの部屋に運んであるから。」



ナミの言葉に、サンジは驚いて



　「料理道具だけ出したら、ホテルに送ってって…。」



すると、ルフィの目がギラリと光り



　「ホテル？ああ、そんなもんはキャンセルしたぞ。」

　「ああ！？」

　「当然でしょ？ここにあたし達の部屋があるのに、何でホテルなのよ？水臭い。」

　「………（笑）。」



降参。



　「お茶、淹れるわねー。」



ナミの笑顔が眩しい。

綺麗になった。

愛されている実感があるから、ますますキレイになったのだ。



自分はどうかな？



なんて思ってみる。



男だからな。別にそんな風な感覚はねェけど。



　「じゃ、今夜は何を作ろうか？」

　「肉！」



ルフィ即答。



　「じゃ、市場行くか。」







パリの街も、すっかりクリスマスカラーに彩られている。

道行く人々はみなおしゃれで、東京の人々とは違い、ゆったりと歩く人が多かった。

市場で焼き栗を山のように買い、３人で川沿いのベンチに座って食べた。

サンジはフランス語が達者なので、ナミはここぞとばかりにあちら

こちらの店に飛び込んでは、様々なものを値切り交渉する。



　「ヴィトンとブルガリはモンテーニュ通りにあるのよ～～。サンジくん！明日付き合ってぇ？」

　「ああ、いいよ。」

　「まぁたカバンや服の店なのかァ！？美味いものの店に行きてェんだ、おれは！

　　あ、そーだ。サンジ、あれ、なんだか知ってるか？」



言って、ルフィはパリの中でもひときわ目立つ、高層ビルを指差した。

エッフェル塔を除き、パリ市内の高い建物はそれ以外他にない。



　「ああ、モンパルナスタワーだ。目立つけど、あまり日本人は知らないんだよな。

　　ああいう所、好きだろ？ルフィ？」

　「おう！登りてェ！！」

　「バカだから。」

　「パリ、まだ半月だもんなー。」

　「悪かったな、慌しいトコ来ちまって。」

　「とんでもない！逆に大助かりよぉ～。」



滞在中に、アチコチ振り回されそうだ。

サンジは心の中でつぶやいて、苦笑いした。



　「けど、あそこのエレベーター、かなりキモイんだよ。特に下りのやつが。必ず胃が『おえっ』となる。」

　「おおおお！面白そう！！」

　「面白いのか…（汗）」



夜になり、遅い夕食の後、風呂に入った。

健常者用のユニットバスは、やはり使いにくい。

ルフィが



　「だから、おれが一緒に入るってば！」

　「いらねぇって！」

　「ルフィ～、サンジくんはゾロ以外に、大事な肌を見せたくないのよ～？わかってあげなさい？」

　「ナミさ～～～～ん！！（赤）」



入浴中も、ルフィが脱衣所で騒ぎ続けたので、近所から苦情が来るほど大騒ぎだった。



肌、もあるが。

やはり足は

まだ、ルフィにも見せたくねぇな…。



嫌だ、というのではなく、それを許すのがゾロだけというものを残しておきたい。



そうだと気づいたら、なんだか自分が可愛くなった。



でも、ゾロには言わない。



そして、その後いきなりナミとルフィのジャンケンが始まる。

勝者はナミ。



　「やったぁ！あたしの勝ち！！」

　「ちくしょー！明日はおれだかんな！！」

　「…何のジャンケン？」

　「ん？今夜、“どっちがサンジくんとベッドで寝るかジャンケン”。」

　「は！？」

　「じゃ、寝ましょ、サンジくん。はい毛布よ、ルフィ。オ・ヤ・ス・ミ。」

　「ぶーぶーぶー。」

　「ちょ…ちょっと待ってくれナミさん！！ナミさんとおれが一緒に寝るの！？」



慌てふためくサンジを、ナミはきょとんとした顔で見ながら



　「そーよ？何か問題ある？」

　「大有りだよ、ナミさん！！ルフィ！毛布寄越せ、おれがソファで寝る！」

　「だ～～め！サンジくんはベッド！交代するのはあたしとルフィよ。さ！寝ましょ！

　　あ！ヒーターは切ってね、ルフィ。節約よ。」

　「凍え死ぬゥ！鬼ィ！！」



冬のパリの夜は寒い。



車椅子を押して、ナミはばたんと寝室のドアを閉めた。

セミダブルのベッド。



狭い。



　「ナミさん、いくらなんでもこれはヤバイよ。」

　「どうして？ある意味女の子同士みたいなもんじゃない？」

　「ある意味…そりゃま、そうだけど…。」

　「ルフィと寝かせる方が危険よ。」

　「…どういう意味で？」

　「アイツもゾロみたいなところあるからね～。」

　「ナミさん～～～～？」

　「冗談よ。」



がっくりと、サンジの肩が下がる。



　「アタシと寝たって、サンジくん反応したりしないでしょ？」

　「…悪魔だ…ナミさん…。」

　「うっふっふ。」

　「ルフィもよく平気だな…。」

　「ルフィだからね。それに、サンジくんは特別よ。でも、ゾロは怒るかもねー。

　　多分、ルフィでも怒るわよ。かえってアタシの方が平気かも。」



もう、苦笑いしか出ないよ。



ベッドの中に入っても、しばらく２人は話し込んでいた。

ここへいたるまでの国の話や、フリーになってからの苦労や、

ルフィのいいかげんさやケンカした話。

サンジも、ゾロとの生活や仕事の話、他愛のない、だがずっと積もりに積もった話を。



そして



　「…ごめんね、サンジくん。」

　「何？何を謝るの？」

　「…去年のクリスマスのこと…あたし、サンジくんに謝ってないのよ？」



サンジの目が、暗い薄闇の中で見開かれた。



　「謝らなきゃって、ずっと思ってて…でも、とうとう言えずに日本を出ちゃったから…。

　　ここに来て、クリスマスだなァって思ってたら、

　　サンジくんがいきなり会いに来るって言うから、びっくりしちゃった。」

　「………！！？」



サンジはがばっと半身を起こし



　「ごめん…！よく考えたら、ナミさんもルフィと過ごす久しぶりのクリスマスだったんだ！！」



今、気がついた。

なんてこった！！

自分の怒りに任せて、とんでもないコトをやったと激しく後悔する。

おれの比じゃない。

ナミさんは、８年ずっとルフィを待って、やっと一緒に過ごせて、その初めてのクリスマス。

なのにおれは、なんてジャマを！！



　「ごめん、ナミさん！ごめん！！」

　「ヤダ！謝るのはあたしだって言ってるのに。何でサンジくんが謝るのよ？」

　「せっかくのパリのクリスマスなのに…おれ…ああ、もう！自分の馬鹿さ加減に呆れる…！！」

　「いいの！本当に！！アタシもルフィも、思いがけずサンジくんに逢えてうれしいのよ？

　　本当よ？ゾロのアホに感謝だわ。クリスマスじゃなくたって、あたし、もう毎日ルフィに会ってるのよ？

　　一緒なのよ？クリスマスだからって、特別何かしようって贅沢旅でもないし、ホントに、ホンっっっトに！！

　　サンジくんが来てくれてウレシイ。ホントよ？」

　「…ナミさん…。」



ナミは、横になったままにっこり笑い



　「…去年…ごめんね…。サンジくん。」

　「………。」



サンジは黙って笑い、そして、ベッドサイドに置いたバッグの中から、青く光る何かを取り出した。



　「あ。」



ナミが声を上げる。



　「…実はさ、あの後、感情に任せて投げつけたんだ…。」



ＺＩＰＰＯだ。

去年のクリスマスに、ナミがサンジに贈った。

ナミのゾロへの想いを知り、絶望し、サンジはそれを床に叩きつけた。





















　「傷、つけちまった。ごめん、ナミさん。」

　「…おあいこ？」

　「ああ、おあいこ。これでおしまい。」



















ナミも、自分も、結果的には最愛の相手と一緒に生きることが出来るのだから…。



　「おやすみ、ナミさん。」



サンジは、ナミの頬に軽くキスした。



　「おやすみ、サンジくん。…あ、そうだ、サンジくんちゃんと携帯持ってきた？」

　「ああ、うん。まさか、外国でまで使えるとは思わなかったけど。

　　まだ慣れないんだよなー。機能もよくわからなくて。」



機械オンチのサンジは、これが初めての携帯だ。

つい先日、くいなとアイサに選んでもらったのだが、

どんなに説明を受けてもよくわからず、最後にはアイサに



　『…Ｆ８８３iでよかったんじゃないの…？ＳＨ９０５iなんて贅沢だったね…。』



と、呆れられた。



Ｆ８８３i　　らくらくホンⅣ



　「どこかで迷子になったら、連絡するからね。」

　「……なんか違うような気がする。」



ルフィのいびきが、聞こえてきた。











(2007/12/12)



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