パリで5日を過ごした。 サンジがいるので、言葉に怖いもの無しの2人は、争うようにサンジを連れまわした。 パリは、結構身障者に優しい街で、介添えさえいればどこに行くにも不自由はなかった。 昨日は、3人でディズニーランド・パリへ行き、 今年の2月、東京ディズニーシーへ行った時の話で盛り上がった。 「あの時のゾロのキスは参ったよなー!」 ルフィが言う。 ナミも 「ホーント!一瞬何が起ったか、わからなかったわ。 あいつ、あんなことするタイプじゃなかったわよ。サンジくんのせいね。」 「おれですかい?」 今日はクリスマスだ。 街の明かりが、ひときわ華やかに輝いて見える。 ヨーロッパのクリスマスは、日本のただのお祭り騒ぎとは違い、やはりクリスチャンの聖なる一日だ。 賑やかではあるが、町中の教会へミサの為に人は集う。 ホテルやレストランでクリスマスを送る、という考えもあるにはあるが、家族や友人で各家に集まり祝うのが一般的だ。 この日、3人はかつてサンジが勤めていたレストラン・『オービット』へ。 「嫌がるかなー、とは思ったけど。」 「ちょっとね。でも、後でバレた時の方が怖いから。」 「メシ、美味ェか?」 「パリの三ツ星を舐めんなよ。」 コンコルド広場に近い、有名なシャンゼリゼ通りにあるレストラン・オービット。 店内全て、オークの深い色で統一された、落ち着いた装飾の店だ。 喧騒はなく、軽い音楽の中に、暖かな空気が流れている。 フロントで名を告げると、奥からウェイターが会釈をしながら現れた。 予約客が日本人であると知っての対応だ。 仕種が洗練されている。 そして 「…サンジ…?」 ウェイターが、思わず立ち尽くした。 「…よォ…アンリ。」 アンリ、と呼ばれた栗色の髪の青年は、ぱっと顔を輝かせ、 一瞬歩み寄ってサンジの肩を抱きそうになったが、押し留まった。 「いらっしゃいませ。ようこそ、“オービット”へ。」 と、恭しく頭を下げた。 「プロね。」 「プロだな。」 サンジが車椅子で進んでいく。 すると、すれ違う幾人かのウェイターが、はっとして、次には顔に笑顔をあふれさせる。 奥まった、個室風の一角へ、3人は案内された。 中庭に、クリスマスのイルミネーションが施されている。 白を基調に、雪の結晶をモチーフにした飾り付けだ。 テーブルはすでにセッティングされ、キャンドルの灯りが揺らめいている。 シャンデリアには、柊のリースがかけられて、金や銀の鈴がキャンドルの明かりに映えてキレイだった。 「ナミ、ここ高くねェか?」 「アラ、珍しい。アンタがそんなコト気にするなんて。 …大丈夫、だと思うわ。アンタがバカ食いしなければね。」 とりあえずカードは持ってきた。 ナミは確認して、椅子に座りなおす。 個室風になっているせいか、人の目が届かない。 アンリは、声を落として 「サンジ!」 と、腰を屈めてサンジの肩を叩いた。 「元気そうだな。」 「ああ!!…本当だったんだな…足をやられたってのは…。」 アンリは、わずかに眉を寄せ、そっと手を伸ばしてサンジの膝に触れた。 拒まず、サンジは笑って 「ああ。でも、ちゃんとコックはやってる。」 「そうか…!」 「…ルイーズ、元気か?」 「元気だ!実は来春、子供が生まれる。」 「そりゃすごい!おめでとう!」 「そうだ、ピエール、独立したぜ。ムフタール通りに店を出した。」 「へぇ!一等地じゃねぇか!大したもんだ!!」 と、 大きな咳がひとつ。 すると、アンリは慌てふためいて、背筋を伸ばした。 サンジが、咳の主を見る。 そして、微笑んだ。 「オーナー。」 呼ばれた男は、シェフスーツに身を包み、料理長を示す高い帽子を被っていた。 その帽子を取り、頭を下げる。 そして、流暢な日本語で話し始める。 「本日のコースを担当いたします。オルセー・デ・マレショー。 この店の主でございます。ようこそ、日本のお客人。」 言って、オーナーオルセーは、にやりと笑った。 サンジも、歯を見せて笑う。 この男、実はサンジの父・ゼフのフランス修行時代の同輩なのだ。 そして 「親父は元気か?」 「おかげさまで、殺しても死なねェ。」 「お前も、店を出したそうだな。…この前の日本版ミシュランには名がなかった様だが?」 「タイヤ屋に、おれの料理がわかってたまるかってんだよ。」 すると、ルフィが 「おれは世界で一番、サンジの飯が好きだ!!」 と、叫んだ。 「なぁによ!この前はナミの飯がイチバン!って言ったくせに。」 オルセーは笑って 「もっともだ。さて、今日のコース、任せていただけるとうれしいのだが?」 「いいか?ルフィ?」 「おう!おっさん!肉たっぷり!メシ大盛で!!」 「何言ってんのよ、アンタァ!!?」 8年連続三ツ星獲得レストランで吐くセリフじゃない。 「肉たっぷり、メシ大盛。承りました、ムシュウ。」 フランス語で答えた。 「あ?なんてった?」 「了解ってさ。」 「やった!」 アンリが肩をすくめて笑って 「じゃ、ゆっくりしてってくれ。…いつまでこっちにいる?ゆっくり会えないか?」 「ああ、悪ィ。あさってには帰るんだ。」 「なんだよ…今、裏で、みんな大騒ぎだぜ?サンジが来てるって。 大混乱だ。もう、仕事にならないよ。」 「後で裏に顔出すから。」 「ん、わかった。…シャンゼリゼのイルミネーションは御覧になられましたか?」 アンリはルフィとナミに微笑みながら、日本語で尋ねた。 「ええ!ステキだったわ!」 「ギャラリーラファイエットも美しいですよ、是非御覧になってください。」 「ありがとう。」 観光客だと思われてるかな? アンリは会釈して、フロアへ出て行った。 「人気者ね、サンジくん。」 「悪友だね。悪さばっかりしてたから。」 「オーナーのおっさん、サンジの親父さんに似てたな。」 「だろ?おれもそう思う。参るよなァ。」 そして、ナミが言った。 「驚いた、オーナー、足の事は何も言わなかったわね…。」 「…事故をやった店のオーナーはあの人だからね。」 「え!?」 「…この店の日本の一号店なんだ。だから、事故の後、何度か会ってる。」 「そうだったんだ…。」 サンジは、食前のシェリー酒を一口含み 「…おれの足を、イチバン口惜しがったのは、おれよりあの人かもしれない。 病院で、おれと親父に土下座したんだ、あの人。」 「………。」 「フランスの、三ツ星のオーナーシェフがさ。みっともねぇって。」 ナミが、小さくうなずいた。 「だから、余計意地になったのかもな。あの人に、頭下げさせた自分が嫌だった。」 「…今のサンジくんを見て、きっと喜んでくれてるわね。」 サンジは笑った。 『肉たっぷりメシ大盛』の最高級フレンチを終えて(本当に肉たっぷりのメシ大盛だった。 かなりお洒落に仕立ててくれたのでビックリだ。)、サンジは厨房に案内された。 本当は、外部の人間が入っていい場所ではない。 だから、ルフィとナミは遠慮し、フロアで待った。 厨房へサンジが姿を見せると、一斉に拍手と歓声が起こる。 「Accueil!Le cuisinier du fauteuil roulant!!(ようこそ!車椅子のシェフ!!)」 「Maison bienvenue!!Sanji!!(お帰り、サンジ!!)」 「Joyeux Noel!!(メリークリスマス!!)」 懐かしいかつての仲間が、サンジをかわるがわる抱きしめる。 抱きしめ、キスを交わす。 サンジの足の事は、みなすでに知っている。 だが、痛ましい顔をするものは一人もいない。 ただ、サンジに会えた喜びだけがそこにある。 「サンジ!“まかない”作ってくれよ!!」 「はぁあ?おいおい、おれは客だぞ?」 「何が客だ?」 「ここに一歩入ったらただのコックだぜ?」 「食わせてくれよ!サンジの飯が食いたい!!」 「ノエルだ!プレゼントしてくれ、サンジ!」 「しょうがねぇなぁ。」 言いながら、すでに腕まくり。 ここの厨房は、普通の機材ばかりだ。 使いづらいのはわかっているが…。 「てめぇら!!無駄口叩く暇があるかァ!!?」 オルセーが一喝する。 「ウィ!オーナー!!」 一斉に起こる笑い。 今頃バラティエも、こんな風に大騒ぎだろう。 「あー。楽しかった…。」 「よかったわね、サンジくん。」 「ええ。ありがとう、ナミさん、ありがとう、ルフィ。」 「どーいたしまして!」 シャンゼリゼのイルミネーションの下を歩く。 少し、雪がちらついてきた。 店を出る時は、数人のかつての仲間が見送ってくれた。 オルセーも、腰を落としてサンジを抱きしめた。 その目に、涙が光っていた。 サンジは、彼が育て上げた最高の弟子だったのだ。 その弟子が、悲惨な事故から立ち直り、また料理人の道を歩んでくれているのが、本当に嬉しかったのだろう。 「こんな楽しいクリスマス、初めてだな。」 サンジが言った。 それに、ルフィとナミは顔を見合わせて少し困った顔をする。 ゾロがいない。 どんなに楽しくても、ここにゾロがいないことには変わりない。 「コンコルド広場、寄っていこうか?」 サンジが言った。 ルフィがうなずいて、後ろへ回って車椅子を押した。 クリスマスの晩。 カップルが多い。 ライトアップされた噴水、オベリスク。 観光客のカメラのフラッシュ。 「日本人ばっかだなー。」 「あたし達も日本人ね。」 「違いねェ。…写真撮ろうか?」 「カメラマンがいないわね〜。」 「メシ、美味かったなー。ところでゾロ、何食ってんだろ?」 「麻婆豆腐でも食ってんだろ?四川省だから。」 「パンダ食ってるかもな。」 「食うか。」 「パンダってきっと筋張ってんだぞ、竹ばっかり食ってるから。」 思わず笑ってしまった。 噴水が吹き上げるのを、3人でしばらく眺めていた。 きらめくイルミネーション。 ライトアップされたオベリスク。 恋人達のたわむれ。 やっぱり 2人で過ごしたかったな。 何をしなくてもいい。 一緒にいて ただ肩を触れ合って 静かに時を過ごしたかった。 クリスマスは、やっぱり特別だ。 クリスチャンじゃないけど、清らかで厳かな気分になれる。 去年の悪夢のようだったクリスマスを、もう一度、やり直したかった。 素直に、そう思う。 今度こそ素直に、メリークリスマスを言って、お前の腕に抱かれたかったよ…。 ゾロ 逢いたい 逢いたいよ、ゾロ 今すぐ逢いたい 逢って、抱きしめられたいよ ゾロ わかってるけど 心の中で、願うくらいはいいよな…? 教会の鐘が鳴った。 思わず、サンジの瞳から涙が流れて落ちた。 ルフィもナミも、それに気づいていたが、何も言わなかった。 噴水が、大きく水を噴き上げた。 空気が流れて、冷たい風がサンジの頬を撫でていく。 その時だ 「サンジ!!」 何が起きたのか。 サンジには一瞬わからなかった。 いや、ルフィも、ナミも、わからない。 きょとんと目を見開き、ただ呆然とするだけで、目の前にあるものをただ見つめるしか。 噴水が止んだ。 教会の鐘が、激しく鳴り始める。 クリスマスのミサが始まる合図。 その鐘の音が止んだ時、ようやく、サンジはその名を呼んだ。ゾロだ。 間違いなくゾロだ。 サンジがゾロを間違えるはずもないし、確かに今、コイツは『サンジ』と名を呼んだ。 「ヤベェ、幻覚が見える。そんなに飲んだか?おれ?」 「でも、あたしにも見えるわよ、サンジくん…。」 「おれも。…てか、ゾロだ。…ゾロ…ゾロ…ゾロォォっ!!?えー!?なんでぇ!?」 ゾロは、いつものアーミージャケットに肩からカメラ鞄を提げた姿で、ハァハァと息を切らしながら、仁王立ちしていた。 その手に、携帯電話を握り締めて。 「…サンジ!!」 「…ゾ…ロ…?なんで…?どうして…?お前、中国は…?」 ずかずかと、ゾロは歩み寄ってきた。 ものすごい顔。 近くにいたフランス人が、悲鳴を上げて道を譲る。 「てめェ!!何で電話に出ねェ!!?」 いきなり、怒鳴られた。 「電話?」 「携帯だ!!持ってんだろ!?何回かけてもスルーしやがって!!」 「え?かけてた?だって…1回も鳴ってない…。」 サンジが、慌てて携帯をバッグから出すと、ナミが横からそれをひったくった。 開いて、そして、目を丸くする。 「着信329件!!?メール213件!!?……きゃー!メモリー全部ゾロだらけ!! …ちょっとサンジくん!これ、マナーモード入りっぱなしよ!!ああ!バイブも切ってあるぅぅ!!」 「…マナーモードって…何…?」 「………!!!!」 白目を剥いて、ゾロは歯噛みした。 この携帯を買った時、アイサとくいなとゾロとで、操作方法をあれだけ教えたのに!! 「日本に、バラティエにかけても、テメェはどこに行ったかわからねぇって言うし! くいなに聞いたら、ちょっと旅行するって言ってたわ、とか抜かしやがるし!! ウソップも知らねぇっていうし!!焦るに決まってんだろうが!!このバカマユゲ!!」 この冬の寒空に、汗だくのゾロ。 ルフィが言う。 「しかし、ゾロ!お前、よくサンジがここにいるってわかったなー。」 ゾロはルフィを睨み付け、一息ついてから答える。 「…GPSだ…。」 握り締めた携帯。 あー、なるほど。 ルフィとナミが、ポンと拳を打った。 「GPSって何?」 サンジが問う。 「てめェみてぇなアホを探す、便利道具だ!この大馬鹿野郎―――っ!!」 即席コント集団の周りに、遠巻きに人垣が出来始める。 「けど、GPS頼りにこんな所までよく来たなぁ!迷子の天才が!愛だな。」 ルフィがゾロの足元に沈んだ。 「…ところで、ホントになんでここにいるのよ?中国のド田舎にいるんじゃなかったの?」 ナミが尋ねた。 「…成都を出て、目的の村の目の前で、水害で道が断たれて行けなくなっちまった。 それで仕切り直しになって、仕事はキャンセル。 一昨日成都に戻って、やっと電波が回復して電話したらてめェ出ないし、 どこにかけてもいねェから、GPSでお前の携帯追いかけたら……パリだった。」 「ああ、納得。」 うんうんとナミがうなずく。 「…何やってんだと怒鳴ってやろうと思えば、全っっ然!電話に出ねェから、 シビレ切らして、成都から直接ここまで来たんだ!!」 人垣の殆どは、日本人観光客だった。 周りから一斉に『ほー。』という、感嘆が起こる。 だが、ゾロもサンジもルフィもナミも、まったくそこは目に入っていない。 ナミが、感情を深くこめた声で言う。 「愛ね〜〜〜〜。」 うんうん。 サンジの顔、今にも泣きだしそうだ。 目を真っ赤にして、ゾロに尋ねる。 「心配したか?」 「するに決まってんだろ!?」 「ごめん。」 素直に、謝った。 するとナミが 「怒んないで、ゾロ。サンジくんに話し聞いたあたし達が、 それならサンジくんも遊びに来たらって、言っちゃったのよ。」 「なら、テメェに怒鳴っていいか?」 「ホンっっト、ムカツク男ね!アンタァ!!」 ゾロが、大きな溜め息をついた。 心底安心したという顔で、天を仰ぐ。 ルフィもナミも、苦笑いを堪えて互いを見る。 「サンジ。」 「………。」 「まだ、間に合うよな、クリスマス。」 サンジがうなずく。 その為に、必死にサンジを探して、間に合わせる為に中国からフランスまで飛んできた。 「パンダ。」 サンジが言った。 「あァ!?」 「パンダは?」 目に涙をいっぱいためて、サンジは上目遣いにゾロを見つめて尋ねた。 「そーだ!ゾロ!パンダ美味かったか?」 「食うかよ!!」 「ハーイハイハイ、ルフィ、あんたは引っ込んでようねー。」 ゾロは、少し考えて、ポケットからごそごそと何かを取り出した。 「ほら。」 「何だよ?これ。」 「パンダ。」 「………。」 ゾロがサンジに渡したのは、航空券の半券だった。 成都から上海へのチケット。 隅に、パンダが印刷されている。 「………。」 ぽろぽろと、堪えきれずに涙がこぼれた。 やっぱり、コイツでよかった。 「…ありがと…。」 「………。」 静かに、ゾロはサンジに歩み寄り、そっと手を伸ばして愛しい体を抱きしめる。 「メリークリスマス…。」 耳元で、ゾロが囁いた。 サンジも 「Joyeux Noel…。」 「あ?なんだって?」 「いいよ…わかんなくて…。」 「…そうか?」 「…Je l`aime…」 「あ?だからなんだ?」 「…Je l`aime……Je l'aime.Vous & ecirc;tes entass & eacute;s le moins dans le monde…。」 「だからなんだぁ!?日本語で喋れ!!」 「うるせぇ、ここはパリだ。」 ゾロの腕の中で、サンジは泣きながら笑う。 ああ、やっぱりおれってヒネクレ者。 クリスマス、オメデトウ。 愛してる。 世界で一番お前が好きだ。 「素直じゃねーなー、サンジ。」 「あら、アンタ、サンジくんが何て言ってるか、わかるの?」 「ん、なんとなくだ。けどわかるぞ。どーせ、“大好きだ!”って言ってんだろ?」 「よく出来ました。」 遠巻きに見ていた人々が拍手を送る。 風変わりなカップルだが、クリスマスだ。こういうこともあるだろう。 「あ〜あ…結局、泣かずには終わらねェんだなー…。」 サンジが言うと、ゾロはにやりと笑って 「これからたっぷり鳴かしてやる。」 「…今、明らかに字が違っただろ?」 (2007/12/12) NEXT BEFORE 『巴里の7日間』TOP NOVELS-TOP TOP「……ゾロ……?」