(先にノベルス(1)『リトルネロ協奏曲』をお読みください)







 「さァ、吐け!てめェ、おれが気ィ失ってる間に、何しやがった!?」

 「……触っただけだ。」

 「触った!?それだけじゃねェだろ!?」

 「……抱いたな。」

 「…それで済むとは思わねェ。」

 「……キスした。」



サンジのバースディパーティがお開きになった後、ブルックが投下した爆弾が炸裂したサンジ。

甲板で、ナミとロビンが自分の為に乾杯してくれているという、この上ない幸せを知らず、

むさくるしく憎たらしい事この上ない男の襟首を掴んでシメの真っ最中。



その時

サンジは、これ以上はないというくらいの艶やかな微笑を見せた。



だがゾロは知っている。



この笑顔のサンジが、次に何をしかけてくるのか。



 「…あの七武海のデカブツの前で…?」

 「ああ。」



けろっ



どがごぉぉん!!



大音響が響いた。



多分、この音は誰の耳にもはいっていたが、「ああ、始まった。」と心の中で思っただけで、

誰も寝床から這い出して様子を見に行こうというものはない。



ただ、明日の朝の修理箇所はキッチンか。



と、フランキーが思っただけだ。



が、珍しく、その後に続く衝突音がない。



 「…ミドリが押さえ込みに入ったかな…?」



思わず声にしてつぶやいた。

すると、ウソップも寝床の中から



 「…あー…あれ?一発で終わったか?…珍しーなー…。」

 「…あれが始まったら、ひとしきりの音を聞かねェと、子守唄が中途半端に終わったみてェで妙なカンジだな。」

 「あはははは!フランキー、お前ェも毒されて来たなァ。」



ルフィとチョッパーは既に夢の中。



 「う〜〜〜ん…サンジィ…おめでと〜〜〜〜……肉おかわり…。」











同じことを、ゾロも思っていた。

怒りに任せて繰り出す蹴りを、避けることもできるが敢えて一発は受けてやろうと思い受けた。

だが、2発目はごめんだと身構えたのに、それ以上の攻撃がない。



 「………。」



サンジは、無言のまま立ち上がり、また袖をまくりなおして流しの前に立つ。



 「おい?」



ゾロの呼びかけに



 「もう、いい。せっかく楽しく1日を過ごせたんだ。おじゃんにしたくねェ。…お前ェも寝ろ。」

 「手伝う。」

 「いらねェ。」



明らかに、サンジが不機嫌になった。

しかも、これはかなり根深い。



そしてゾロにも、この急激な不機嫌の理由に心当たりがある。



 「詫びねェぞ。」

 「いらねェ。」



同じ言葉の返事でも、重さが  違う。

多くは言わない。

だが、わかる。

流しに向いた顔は、垂れた前髪に隠れて表情が見えないが。



 「…泣くな。」

 「誰が、泣いてる?」



確かに、表情は無く、涙も流れてはいない。

だが、泣いているように見える。

実際、心の中では泣いているのだろうと思う。



仕方なく、ゾロはテーブルに腰を下ろした。目はまっすぐにサンジを見ている。





仕方がなかったと、わかってはいる。



あれ以上、どうあがいても戦えなかった。



息は切れ、喉は渇き、全身が震えるほどに萎えていた。



気力すら、振り絞れないほど体力は落ちていた。



戦うことはできる。



だが、勝てない。



ここで負ける事は、ゾロ1人の『死』で終わらない。



ルフィの、仲間全員の、死と、海賊団の崩壊を意味していた。



それだけは



させない



だから









わかっていたのに。









そうするヤツだとわかっていた。

そういうヤツだとわかっていた。



そんなことは、口にしなくても、既に互いの中でできていた覚悟のはずだった。



守りたかったのは、ルフィ1人じゃない。



ルフィさえいれば、この誇りも矜持も、自身の存在も全て守れる。

ルフィが海賊王になる姿を、見られないのだけが辛いが、それで、満足なはずだった。





満足?





覚悟ができてる?





否





おれ達は、真実何もできていなかった。



その方法しか、選べなかった。

それを、させたくないという思いだけが強かった。



ゾロ



お前が死んだら、ルフィはどうなる?



サンジ



お前が死んだら、ルフィはどうなる?



あの時



互いに心の中で、それだけを叫んでいた。



 「許さねェ…。」



水音に混じり、サンジの低い声が響いた。



 「………。」

 「…なんで…あんな真似をした…?」



わかってるのに



わかってるのに



言ってはいけない。



ゾロを責めてはいけない。



あの時は、ああするしかなかった。



本当に?

本当に?



 「何で…!!」



ガシャン!



何かが割れた音がした。

瞬間、サンジの手が血に染まったような気がして、ゾロは目を見開いて手元を見た。



 「何でおれまで守りやがったんだ!!?」



違う。



こいつが守ろうとしたのは仲間。

おれと同じように、守ろうとしたのはルフィ。



 「守ったんじゃねェ。」

 「………。」

 「託した。」

 「ふざけんなァ!!!」



ようやく、顔を上げたサンジの目を見た。



ああ



やっぱり、泣いてんじゃねェか…。



 「てめェは…おれ1人に地獄を味合わせようとしやがったんだ!!」

 「………。」

 「おれ1人で…ルフィになんて言い訳させるつもりだったんだ…?

 おれ1人に…お前の死を背負わせて、お前の死に怒り狂って泣き叫ぶルフィを押し付けて…

 おれ1人に地獄の業火の中で、それでも生きろ!?おれに託した!?冗談じゃねェ!!」



サンジはカウンターの中から飛び出し、また、ゾロの襟首を締め上げる。

ゾロは、サンジの手首を握って、だが落ち着いた声で言う。



 「…ルフィは。」

 「………。」

 「…おれが死ぬことには耐えられる。だが、お前が死ぬことには耐えられない。」

 「………。」



サンジの手が、すっと離れる。



 「…へぇ…さすがだなァ大剣豪…海賊王の隣に立つ男は。」



胸のポケットから、サンジはタバコを出した。

指が震えて、1本を取り出すのに随分手間取った。



 「…逆だ。ルフィが最も失いたくないのはお前だ。」

 「………。」



タバコに火をつけ、一服し、大きく紫煙を吐く。

床に、力尽きたように座りこみ、サンジは前髪をかき上げた。



 「…なら、一緒に逝く方がよかったか…?」

 「………。」

 「一緒に逝って、それこそナミやロビン達に地獄の業火を味合わせる方が良かったか?」

 「………。」

 「それも一瞬考えた。」

 「………。」

 「だが、おれは、お前を逝かせたくなかった。…お前が、おれを逝かせたくないと考えたように。」



サンジの顔が、ゆっくりと上向いた。

潤んだ青い瞳が、まっすぐにゾロを見た。



 「ルフィを死なせたくねェ。仲間を死なせたくねェ。…何より、お前を死なせたく…なかった。」

 「………。」



膝を着き、ゾロはサンジの肩を引き寄せようとした。



 「触るな…。」

 「………。」

 「…わかってねェ…わかってねェよ、てめェ…!」

 「………。」



ゾロのシャツを、震える手で掴み



 「…おれだって…テメェに死んでなんかほしくねェ!!

 お前がいないこの先の航海なんて、もうありえねェって、あの時…思っちまった!!オールブルーに辿りつけなくていい!

 お前がいなくなる事の方が、ルフィが死ぬより、おれが死ぬより何倍も恐ろしかった!!」

 「………。」

 「なのに、お前ェはおれを生かしてひとりで逝こうとした!!ルフィの痛みをひとりで受けた!!

 何があったと聞いたおれに、何もなかったと言いやがった!!1人で抱えて、カッコつけて、テメェで自己完結しやがった!!」



堪えていた涙が、一筋流れた。

それが口惜しい。

サンジは拳でそれを拭った。

だが、溢れ出した涙は止まらない。



 「自己完結なんかしてねェ。何もなかった、それでいい。アレはそういう意味だってのは…。」

 「わかってる!でも、わかりたくねェ!!だから、そんなおれが嫌なんだ…!!」



抱きしめる手を、今度は拒まなかった。

腕の中で、サンジは何度も「クソ、クソ。」とつぶやき、みじろぐ。



 「………。」



これが、精一杯の素直さなのかもしれない。



 「悪かった。」



ゾロの言葉に、サンジは吐き捨てる。



 「…詫びねェって言ったじゃねェか…。」

 「気が変わった。…てめェにそんなツラさせて、そこまで言わせちまった。…そのことは、謝る。」

 「………。」



サンジが、小声でつぶやく。



 「…この先…こんな思いを何度もするんだろうか…?」

 「するな。」



ゾロの即答。



 「もう、負けねェ。」

 「…そのセリフは聞き飽きた…。」

 「………。」

 「けど…それがお前だな…。」



言葉に、笑みがあった。

サンジが、ゾロを見上げる。



 「ゾロ。」

 「………。」

 「あの事を、おれは一生許さない。」

 「…かまわねェ。」

 「だが、今度そうなった時は…もう、こんなにうろたえねェから…。」

 「…うろたえろ…その姿見て、満足して死ねる。」

 「…まぁだ言ってやがる…。」



顔が近づいたのは、自然の衝動だった。

触れたら壊れてしまいそうで、今まで触れられなかった。



唇を放し、額を合わせて、ゾロが少し苦しそうな声で囁く。



 「…本当は…連れて行きてぇなと思ったんだぜ…。」

 「………。」



眉間にシワを寄せて、サンジは笑った。



 「お前、ホンットにわかんねぇヤツだな…。」



サンジはゾロの額にキスして



 「まぁ、いいか…。お前にしちゃあ、精一杯だろな?」

 「…言ってろ…。」



抱きしめる手が、探る手に変わっていく。

少し息を荒くして、ゾロが耳朶を噛みながら尋ねた。



 「…生きてるな…おれは…。」

 「…あァ、生きてる…なァ…おれも生きてるよな…?」

 「…ああ、生きてる。」



生きてさえ、いるなら。



 「結果オーライだ。」



同時に言って、笑った。



もう一度、この日を向えた歓びを祝おう。

ふたりで

朝まで…。





END





まだ、納得いかない部分が大きいんですけれど

とりあえず、気分の赴くままに書いてみました。

「そうじゃない」と思う部分の方が大きいのですが。



                    (2008/3/2)




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