BEFORE
爆音と砂塵が止んだ。 時が止まった。 いや、動き始めた。 止まったはずの時が。 砂塵の向こうに、皆信じられないものを見る。 それに最初に声を上げたのは、やはりナミだった。  「ダイヤモンド!!」 噴火で崩れ、なおかつ、エメロード海賊団の船大工オルギールによって爆破された鉱脈の入り口が、彼等の前に現れた。 まるでホールのような空間。 天井も、壁も床も、すべてダイヤの原石。 ある場所は白く、ある場所は銀色に、またある場所は緑色、黄金色桃色…。  「原石なんてもんじゃない…!剥き出しのダイヤだ!!」 サンジが叫んだ。 フランキーも  「カットしなくても充分だな、こりゃ…。」 それはまさしく、女王の宮殿だった。 切り開かれた洞穴の中で、ダイヤはわずかな光を受けて煌めきを放っている。 塞がれてより30年振りの輝き。 ナミも、目がベリーになるよりも、その美しさと荘厳さに圧倒されている。  「ルフィーナ様…。」 ペロが、よろめく足を奮い立たせながら、奥へ進む。 あの時、たった一度振り返った。 ルフィーナの笑顔を、今でも覚えている。 と、ゾロが入り口の脇にある『もの』を見つけた。  「………。」 その側に、フランキーが立つ。  「オルギールだな。」  「ああ。」 サンジもウソップも、その声に振り返る。  「………。」 腕、1本分の骨だけだった。 漂白されたように白く、何かを握るような形。 ただ手首の部分に、翡翠のブレスレットが残っていた。 フランキーが、そこに刻まれた字に気づき抜き取った。  「“エメラルドは永遠なり”」  「………。」 エメラルド 彼らが愛した船長。 ダイヤの宮殿で、ずっと1人で眠っていた。 どんなに豪華であろうとも、それは冷たい石でしかない。 海賊女王ルフィーナ・エメロード。 金の髪の、碧の目の、美しかったペロの船長。  「………。」 サンジが、上着を脱いだ。 ルフィに手渡す。 ルフィはそれを、そっと――――。 輝く褥の上に、流れるような黄金。  「ルフィーナ様…。」 ぽろぽろと、涙がこぼれて落ちる。 顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、歩み寄り、ペロは帽子を取った。 そして、帽子の羽根飾りの付け根にある、碧の石の飾りをむしりとる。 指輪だ。 輝く、エメラルドの指輪。 覚えている。 その場にいたのはペロだけだった。 ルフィーナ様は、シャルル様に仰った。 このカタチはお前に返すけれど 心だけ、この指にはめておく ルフィーナ様へ、シャルル様は仰った。 わかった これはおれが持っている だが、おれの心はお前のものだ 他の誰にも渡さない ペロは、細くなったルフィーナの左手の薬指に、その指輪をそっとはめた。  「…ルフィーナ様…あの時貴女が、ご主人様にお返しになられた婚約指輪です…よかった…やっと貴女にお返しすることが出来ました…。」  「帽子にずっと…。」  「それで、帽子にこだわったのね。」 その為に30年…。  「あううううう!!切ねェじゃねぇか!!ちくしょー!泣いてねェ!泣いてねェぞ!!」 感激屋フランキーが、滝のように涙を流す。  「おい、コック、ウソップ。」 ゾロが言った。  「ああ。」  「ん!」 何も言わなくても、わかった。 3人とフランキーは、黙ってホールを出て行こうとした。 その時  「…う…ぐうう…。」  「!!」  「コイツ!まだ動くの!?」 倒れたはずのベリエが、傷だらけの体で這うように、ダイヤのホールへ現れた。 咄嗟に、ペロがルフィーナの前で両手を広げる。  「ベリエ…!!」  「…ぐ…。」  「まだやろうってのか!?」 ウソップが構える。 ルフィも、低く腰を落とした。 サンジも、ゾロも。 だが、ベリエは麦わらの一味の誰も見ていない。 見ているのは  「………。」 じりじりと、這いながら、何かを求めて近づいてくるベリエを、ペロはありったけの憎しみをこめて睨み付ける。  「…ルフィーナ…。」 血まみれの手が、のろりと上がり……。 サンジが息を呑んでつぶやく  「…こいつ…まさか…。」  「…ルフィーナ…ルフィ…ナ…。」 涙。 もう、かすんで何も見えないであろう目から。 差し伸べる手、だが その行く手を、ゾロの太刀が阻んだ。  「…情けをかける理由はねェ。」  「………。」 ナミが、苦しげな声で言った。  「どうして…?どうしてあんた…!」  「………。」 ロビンも目を伏せる。 誰も、何も言わなかった。  「ルフィーナ…。」 手が、床に落ちた。 沈黙を裂いて、サンジが低い声で言う。  「…てめェが本当に欲しかったのは…ダイヤじゃなく……エメラルドだった…か…。」 海賊女王 海軍兵士でありながら、それは憧れにも似た想いだった。 自由で、奔放で、力強くそこにあった。 初めて、海の上でその姿を見た時、その戦う姿のあまりの美しさに、心を奪われた。 その女王が、今、自分の前にいると知った30年前のあの日。  「無様な男だ。」 フランキーが吐き捨てた。 ロビンが、小さな声で言う。  「…そして、不器用な男ね…。」 そして  「ああ。」 ルフィ。  「…バカだ。」 と、チョッパーは我に返った。  「ペロ…?ペロ!?」  「どうしたの、チョッパー?」  「ペロ!ペロがいねェ!!」  「ええ!?」  「だって、今そこに…!」 ルフィーナの遺体の側にいたはずだ。 なのに  「ペロ!!」  「ペロー!!」  「おーい、猫!!」  「お〜い!非常食B―!!」  「だから止せって!」  「くぉうら!化け猫ォ!!」  「ペーロー!!」 ホールに、声が反響する。  「!!」 チョッパーが、目を見開いた。  「いた!?」  「………。」 ルフィーナにかけられた、サンジの上着。 その下から、銀の尻尾が見えている。 上着を、チョッパーはそっとめくってみた。  「………。」 がんばったね がんばったね たくさん、たくさん、がんばったね だから 疲れちゃったんだよね…… 服を着ていなかった。 帽子もマントも被っていなかった。 長靴も、履いていなかった。 剣も指していなかった。 ただの猫。 歳を取って、くたびれた、ただの老いた猫…。 何が、ペロを動かしていたのかわからない。 何故、人の言葉を話せたのかも、2本足で歩いていたのかも。 でも、そんなこと、どうでもよかった。 ただ、ここに心強く、賢く、誰よりも勇敢な海賊がいた。 それだけだ。  「…ペロ…ペロ…!」  「泣くな、チョッパー。」 ルフィが静かに言った。  「こいつ、笑ってるじゃねぇか。」  「…う…うう…う…!」 チョッパーの嗚咽が、ホールに長く響いていた。 ゾロとサンジとウソップとフランキー。 4人は、各所に野晒しになっていたエメロード海賊団の遺体を集め、入り江のエメロード号に運んだ。 最後に、ルフィがルフィーナを抱いて運び、チョッパーがペロを抱いて、焼け残った船室の床に並べた。 ルフィーナの腕にペロを抱かせ、その隣にテオを横たえ、ウソップがその手にしっかりと銃を握らせてやった。 ジョゼの遺体はサンジが運び、ゾロが運んで来たジルの隣に横たえる。  「…レシピ、ありがとうな。」  「あの世で決着つけて来い。」 サンジが横目でゾロを睨む。 ゾロは、あの刀をジルの脇に横たえた。 ふと、ナミがちょっと欲を出して  「持っていかないの?いい刀なんでしょ?」  「今のところ、刀の本数に不自由してねェ。それにこれは、コイツのもんだ。」 フランキーは、オルギールの腕だけ、ルフィーナの横に置いてやる。 結局、バードックの遺体は見つからなかった。 おそらく、自爆して跡形も残らなかったのだろう。  「…ルフィーナ…シャルルは連れてこられないけど…いいわよね?向こうできっと会えるから…。」 ナミが囁く。 全員が船を降り、そして、火を放った。 燃え上がるエメロード・オブ・シンフォニア号。 ゴーイングメリー号との別れを思い出したのか、ウソップはダダ泣きだ。 チョッパーも…。 船は勢いをつけて燃え上がり、そして火は、炭素の塊であるダイヤをも焼いていく。 ゾロが言う。  「…“もったいない!”とか言わねェのか?ナミ?」  「言わないわよ。第一これ全部、持っていけるワケないでしょ?このくらいが精一杯よ。」  「って、しっかり掘り出してるー!!」 ナミのポケットいっぱいのダイヤを見て、フランキーが呆れて叫んだ。 よく見ると、ルフィとサンジ、ウソップのポケットもダイヤでいっぱいだ。  「油断もすきもねぇな。」  「うふふ…海賊ですもの。」  「って、お前ェもかよ、そのポケット。」  「あら、だって。」 イタズラに、そしてどこか寂しげに笑って  「女ですもの。」 と、ロビンは答えた。 船が焼け落ちる瞬間、チョッパーは耐え切れず叫んだ。  「ペロぉぉぉー!!」  「さ〜〜〜〜〜〜て!!お宝もたんまり手に入れたし、飯も食ったし、次の冒険へ出航だー!!」  「おー!!」  「って、言いたい所だけど、サンジく〜ん…くれぐれも気をつけてね〜この島の近海を抜ければ霧は晴れると思うけど、用心してよ〜〜〜。」  「お任せを!」 ディアマンテ島を出航する、海賊船サウザンドサニー号。 だが、数日続く霧で、視界がよくない。 それでも無人島にいつまでもいるわけにも行かず、記録(ログ)が別の島を指してしまっては元も子もない。 霧が晴れる頃合いを見越して出航した。  「………。」 船べりに捕まって、チョッパーはずっと浮かない顔。 無理もない。 初めての、人間の言葉を話す、動物の友達だったのだ。 きっと二度と、あんな奴には会えない。 そして、ペロの死を思うと、いつものように明るい出航の気分になれなかった。 それを察してか、舵を切りながらサンジが怒鳴る。  「おい、こらトナカイ!!しっかり前方見張ってろ!!ボケっとしてんじゃねェ!!」  「あ、う、うん!ごめん!!」 と、チョッパーが前へ目を凝らした時  「!!!!????」 同時に、展望室のゾロも叫ぶ。  「船だ!!真正面!!」  「え!?ウソ!!どこから!?」  「うおおおおおおおっ!!」  「ナントカしろコック!!」  「言われなくてもやってらぁ!!」 力任せの取り舵。 フランキーが走る。  「風来砲で、船の向きを強制修正する!!舵離すな!!」  「間に合わないわ!!」 ロビンも、声を上げた。  「うわああああああああああああああああ!!」  「ゴムゴムのォォォォ!!バズ―――カ―――!!」 ルフィが、目前の船へ。 だが、ナミが仰天し  「バカーっ!!なんてことす……!!?」 ルフィの腕が、すり抜けた!!  「え!?」  「な…!?」  「!!!!!」 霧の向こうの船。 それはゆっくりと、サニー号の真横を通っていく。 音もなく、静かに。 だが、帆いっぱいに風を受けて、力強く。  「!!」 この船に、彼等は見覚えがある。 つい、先日、彼らが……。  「…誰かいる…。」 ウソップがつぶやいた。  「………。」 チョッパ-が、船べりに取りすがり、叫んだ。  「ペロ!!」 真横を行く船。 その船体の文字が、彼等の前を横切っていく。  エメロード・オブ・シンフォニア 甲板に立つ、7つの影。  「ペロ!!」  「………!!」 銀の髪の料理長。 赤銅色の肌の船大工。 ひょろ長い背の狙撃手。 たくましい肩の短髪の剣士。 眼鏡をかけた黒髪の船医。 そして、腕に記録指針(ログポース)、亜麻色の髪の航海士と、その腕の中に、黄金の髪に碧の輝石の瞳の船長。 サンジが思わず感嘆した。  「…凄まじい美人だ…。」 船長の肩に、銀の毛の猫。  「ペロ――!!」 にゃおーん…。 猫が、嬉しそうに一声鳴いた。  「ああ…!」 泣きながらチョッパーは笑い、叫び続ける。  「ペロ!ペロー!!ペーロぉぉー!!」 ペロは、ルフィーナの頬に身を摺り寄せ、嬉しそうにシャルルを見る。 ルフィーナも幸せそうに微笑み、ペロに頬を寄せると、シャルルもまた恋人を抱いた腕に力をこめた。 ルフィーナの指に、輝くエメラルドの指輪。 行過ぎる瞬間 ジョゼが、サンジに手を上げた。 サンジは、大きくうなずく。 オルギールが、フランキーに親指を立てた。 フランキーも応える。 テオが、銃を担ってウソップへ敬礼をして見せた。 ウソップもおどけて返す。 ジルが、金丁を打った。 ゾロも返す。 美しい音が響いた。 バードックが、静かにロビンへ頭を下げた。 ロビンも、微笑で返した。 ルフィーナが、じっとルフィを見つめる。 海賊女王 なんて、力強い瞳。 シャルルも、ナミを見る。 ナミは涙をこぼしながら  「よかった…よかった…よか…っ…。」 静かに、静かに、エメロード号は霧の中へ消えていった。  「…ペロ!!がんばれよー!!」 チョッパーの声が、霧に吸い込まれていった。 と、ウソップが  「あの世で頑張るのか?」  「あの世でも、海賊か?」  「こりゃ、うかうか死ねねェな。」  「うふふふ。」  「そしたらその時は勝負だ!!海賊女王!!」  「おいおいおいおい。」 やがて、霧が晴れた。 ルフィが両手を突き上げ叫ぶ。  「よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜し!!出航だ ―――――――――――っ!!」  「お―――――――――――――――っ!!!」 サウザンドサニー号 目指すは新世界。 END BEFORE 王道ONEPIECE でした。 祝・東映動画50周年の年に 大筋だけ作っておいたネタです。 やっとカタチにできました。 うまくまとまらなくて困っていたのですが フランキーが仲間に入って、やっと書き出せました。 実は、ぱたはこの名作 『長靴をはいた猫』を映画館で見ております。 テーマソングも歌えます。 それだけ、印象深い作品です。 ゾロサンネタでない話 まぁ、たまにはいいよね? 長靴をはいた猫TOP
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