鬨の声が聞こえる。



十重二十重に陣を囲む、圧倒的な敵勢の挙げる声だ。

その声が、ここまで聞こえてくる。

わずかな手勢を率いて、逃れてきた。



ここは、世界の源神・四天神の1人、海を司る『蒼天神』の神殿遺跡。

奥殿に、その巨大な像が安置されている。

この国の守護神、『蒼天』は、黄金の髪を持つ女神の姿で現される。

全ての生命の源、海は母の胎だ。



反乱を起こしたのは、信じていた一族の者だった。

攻め込まれ、城まで奪われた。

今、自分に従うのは1000にも満たぬ兵。



神像の足元で、この国の王は冷たい石の床に膝を着き、血を吐くような声で言う。



 「『蒼天』よ、どうかこの戦、我を勝たしめよ。」



充血した赤い目。

血に濡れた甲冑は、至る所が傷つき綻びている。

黒い髪は乾いて、泥にまみれて灰色になっていた。

赤い目が、女神を見上げる。

そして



 「今、我が妻は身籠っている…我に勝利を与えるのならば、赤子はそなたにくれてやろう…如何様にも好きにいたせ…!!」



先に、王妃は娘を生んでいた。

男子ならば、王の座を継ぐべき皇子である。



世界の源神四天は、そのいずれもが軍神である。

四人の神、蒼天と紅天と朱天、そして翠天は、太古の昔、4つに分かたれた“世界”をそれぞれに治めていた。



自国の守り神蒼天神に、王は勝利の願をかけた。

己が子を贄に。



それが何を意味するか、王にはよくわかっていたが躊躇うわけにはいかなかった。



勝たねばならなかった。



この謀反に、破れる訳にはいかなかった。













 「こらこらこらこらこら!!何処に行くんだゾロ!?藍国(らんこく)への道はコッチだ!!」



高い秋の空に、男の声が吸い込まれていった。



 「…ったく、いちいちいちいちうるせェな。」



低い、不機嫌な声が答える。



徒歩で、草原の街道を行く、2人の旅装束の男達。

一目見たら忘れられないような、特徴のある容姿。

先に声を挙げた男は、『高い』と形容するにはあまりに長すぎる鼻。

答えた男の方は、まるで芝生のような緑色の髪。



 「なんだぁ!?その態度はァ!?

 おれがいなかったら、お前みてェな方向音痴は今頃何処の空の下を歩いてるか、わかったもんじゃねぇクセによぉ!!」

 「あー、はいはい。わかったわかった。ガナるな、やかましい。」



長鼻の男は、緑の髪の男が自分に追いつくのを待って歩き出しながら。



 「…そもそも、お前、自分の立場わかってるか?」

 「わかってるつもりだぜ…。」



どうだかよ。

と、鼻の男は言った。

すると緑の髪の男は、にやりと笑い



 「そういうてめェこそ、誰に向かってきく口だ?」

 「碧国(へきこく)皇弟にして、第11皇子、ロロノア・ゾロ殿下にあらせられます。

 ついでに申し上げるならば、我々は今、碧国第105世皇帝・エネル様の命を受け、

 藍国126代女王ニコ・ロビン陛下へ密書を届ける任務の途中。」



説明台詞をありがとう。

ついでに、自己紹介もお願いします。長鼻君。



 「ぃよぉ〜し!説明しよう!聞いて驚け!!おれ様の名は、弓馬の名手にして8000人隊長!

 ロロノア・ゾロ殿下の乳兄弟、キャプテ〜〜〜〜〜ン・ウソッッップ様だ――っ!!」

 「どこに叫んでんだ?頭でも打ったか?てか、お前いつ、8000人隊長になった?」

 「え?あれ?いや、今、天から声が聞こえたような…。」

 「遊んでる暇はねぇぞ。日のある内にこの先の森、抜けちまおうぜ。」

 「って!だから森はそっちじゃねぇって!!ファンタジスタか!?その迷子っぷりはァ!!」



たった2人の旅人なのに、森は突然騒がしくなった。

この森を抜ければ、目的地の藍国の国境を越える。

ゾロの懐深くに隠された、兄皇帝の密書を藍国女王に届けるのが目的だ。



ラフテルと呼ばれる、ほぼ円形に近い大陸がある。

このラフテル大陸を、縦横十字の形に聳え立っているのは『赤の十字架』と呼ばれる山脈だ。

その山脈に分断された4つの平原に、それぞれの独立と自治をもった国がある。

今、旅人達が向かう北に藍国。

南に緋国(ひこく)。

西に燈国(とうこく)。

そして東に碧国。



4つの国の関係は悪くはない。

太古より続いた国々は、時折いさかい、衝突を起こすことはあっても、互いの国そのものを脅かすことはなかった。

20年前、藍国で王族の一部が反乱を起こしたことを除けば、国同士の平和は保たれてきたといえるだろう。

だが、ここに微妙な変化が起ころうとしていた。



南の緋国。



この国では、近来異常な気象が続いていた。

長雨、竜巻、海面の上昇、砂漠化。

人々の生活が、脅かされ始めていた。

それが、緋国一国にのみ起こる。

生活が出来なくなった場所の民は、土地を捨て、流浪し、難民となる。

自身の力でどうにもならなくなったとき、緋国王・フランキーは、その救いを他3国に求めた。



そして、その請いに、燈国のみが答えた。



その礼に、フランキーは弟のひとりを燈国王女と結婚させる約束をしたのだ。

燈国王・アイスバーグには2人の娘がいるが、男子はいない。

フランキー自身、まだ独身で子供がいない。

嫁も子供も面倒くさいと、常日頃豪語している男だ。

相手が第1王女か第2王女か知らないが、どちらにせよ、下手をすればこれは二国の併合である。

次期国王として立太子した・末弟ルフィと結婚させるというのだから、そう勘繰られても仕方がない。



そして、ゾロの長兄皇帝エネルは、そういう勘繰りをする男だった。



二つの国が盟約を結ぶのなら、こちらも、とばかりな今回のこの任務。



 「…大体…4国の中で一番力のあるものが、弱い国を助けてやってもバチはあたらねぇだろ?

 それを、あの耳たぶバカ兄貴、しみったれた根性しやがるからこういうことになるんだ。」

 「おいおいおい!陛下の悪口は止せ!」

 「ここは碧じゃねぇ。“狗”はいねェよ。」



碧には、“狗”と呼ばれる密偵がいる。

皇帝エネル直属の部下で、文字通り犬のようにうろつきまわっては、国内に不穏な動きをするものが居ないか監視をする。

それは、同腹、また異腹の弟たちに対しても同じであった。



ちなみに、ゾロと皇帝とは母親が違う。

ゾロは、先代皇帝の最晩年の愛妾の子で最後の皇子だ。



 「狗どもの目が無ェってのァ、いいな!空気まで美味い。」

 「あー、それは言えてる。」



晴れ晴れと言って、ウソップも背伸びした。



 「で、話の続きだがよ。おれなら、助けて、恩を売って、弱みに付け込んでやるけどな。」



ゾロの言葉にウソップは溜め息をつき



 「弱体化した国を助けたって、一文の得にもならねぇってコトだろ?耳たぶ陛下のお考えは。」

 「言うじゃねえか、ウソップ。…おれなら助ける。助けて恩を売って、おれに妹の1人でもいりゃ、

 そっちにルフィとかって王子を迎えて人質にしとけば、南は一気に手に入る。」

 「んでもって、燈国王女のどちらかを嫁に迎えて、3国併合かぁ?そりゃあすげぇや。そして3国の力をもって、残る藍国も一気に頂くと!」



そこまで言って、2人は同時に吹き出した。



 「盤遊戯(ボードゲーム)じゃあるめぇしな。」

 「無理無理!絶対無理!!武力・財力、どれをとっても、まだまだ4国は拮抗しすぎだ。

 緋国だって、まだ力が衰えたわけじゃなし。第一今、緋国に攻め入ってみろ。燈国が黙ってねぇ。」



11番目の皇子とはいえ、ゾロには王座への野心がある。



長兄エネルは6年前、父皇帝と5人の弟、それぞれの妻とその子供たちを根絶やしにして王位に就いた。

残る5人の年少の兄弟。

7番目は精神薄弱、8番目は四肢に障害があり、9番目はエネルの手を恐れて神に仕える神官になった。

10番目は無残な殺害を恐れ、自ら命を絶った。



だが、11番目、当時13歳だったゾロだけは、エネルの粛清の手から逃れた。



生みの母が、碧の守護神・四源天神の1人、翠天に使える元・巫女だったからだ。

しかも、生まれたゾロが翠天と同じ、人にはありえない緑の髪をしていた為、『翠天の息子』と呼ばれていた。



そのゾロに、さすがのエネルも手を出しかねたのだ。

神の子の化身と呼ばれる弟にまで手にかければ、自身の王位の正当性が揺らぐ。



ゾロの母は、ゾロが幼い頃に病で死んだ。

その後の王位を巡る血の争いを、見ることなく逝ったのは幸運だったろう。

巫女でありながら、王に愛され子を産んだ。

純粋な母は、それだけでも心を痛めていた。

そして、母は今わの際に、幼馴染にゾロを託した。

当時、次王位から程遠くあったゾロは、乳母の家で、その子のウソップと共に育った。

街を走り回り、野山を駆け、自らを鍛えながら成長した。

言葉遣いがぞんざいで、立ち居振る舞いもおよそ皇子らしくないのはそのせいだ。



特に剣に秀で、昨年の御前試合で準優勝を獲った。



優勝できる腕だったが、栄はエネルの近臣に譲ったのだ。



くだらないことで、兄にこれ以上睨まれるのはごめんだった。



その兄が、城に比べれば小さく、つつましいゾロの屋敷へ自ら赴き、藍国へ行ってくれと言った。

拒むことは出来ず、理由も無く、引き受けた。

おそらく兄は、この旅の途上に何らかのトラブルで、ゾロが不運に命を落とすことを期待しているに違いない。



 「…おい、おいでなすったぜ、ウソップ。」

 「あらららら〜〜〜。もー勘弁して、何回目だよぉ?耳たぶもよくやるよぉ〜。後から後から飽きもせず、まぁあ!!」

 「おいおい。今のセリフ、聞かれちゃマズイんじゃねぇのか?」

 「あ、やっべ。」

 「やれやれ、これじゃ1人も生かして返せねぇなァ。」



森がざわめいた。

2人は身構え、ゾロは剣の柄に手をかけ、ウソップは背に負った弓に矢を番えた。



 「何回目?いちいち数えちゃいねェけどな!!」



叫び、ゾロが跳ねた。



いつまでも、あんな王の後塵を拝していられるか。



時が来れば、必ず、その座を奪ってやる。



片刃の剣を鞘から抜き放ち、ゾロはウソップと背中を合わせ、黒い刺客たちを見回した。



 「行くぞ!!」

 「よし行け!ゾロォ!!」

 「てめェもだよ!!」



跳躍した体は風のように刺客達の間を駆け抜けた。

と、同時に、黒い影がバタバタと倒れる。

森の木々の間から、次々に同じ黒装束が、降ってくるように襲い掛かってきた。

剣戟の音が響く。

無数に立つ木々の間を、ウソップの矢の連射が唸りをあげる。

いくつものうめき声。

皆、エネルが送ったゾロを暗殺する為の兵士だ。



賢王ならば、黙って仕えていた。

助けもした。

だがあの皇帝は、人々を力で抑圧し、恐怖で支配する。



碧は、土地も肥沃で潤い、それなりに国力があるが為、支配者に逆らうことさえしなければ、人々は平和に生きていける。



だから、誰も皇帝に刃向かわない。



抗い、殺されていった人々を皆知っている。



恐怖は、抗う心を萎えさせ麻痺させる。



住んだ上澄み液の下には、澱んだ灰汁が沈んでいた。







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              (2008/1/22)

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