BEFORE
 

ゾロを援護していたウソップの矢が尽きかけている。

気づいてゾロは、ウソップから距離をとった。

木が生い茂り、蔦が絡まる森の奥へ、ゾロはひとりで駆けていく。



 「ゾロ!!おい、ゾロォォ!!」



声が、段々遠くなる。

自分の身は自分で守るだろう。

逃げ足だけは速いウソップだ。



奥へ、もっと奥へ。



うまくいけばやり過ごせる。



だが、1人減り、2人減りしながら、刺客の足は止まらない。

いよいよ藍国へ入るという前に、自分の領土の内で殺しておこうというのだろう。



 「くそ!しつけェ!!」



追いすがる刺客の数を、その気配と足音で確認する。

3…5…7…8…。

まだ、そんなにいるのかよ!!

心の中で、ゾロは舌打ちする。



殺るしかねェ!!



足を止め、ゾロは振り返り剣を構えた。

途端に、黒い影が襲い掛かる。





瞬間





ゾロの目の前で、緑色の何かが爆発したように見えた。

爆発と見えたそれは、木々のうねりだった。



 「竜巻…!?」



疾風は、ゾロを追う男たちの体を高く舞い上げる。



 「うわあああああああああっ!!」



いくつもの悲鳴があがった。

ゾロもまた、風の渦に巻き込まれまいと、手近な木の幹にしがみついた。



 「…っ!目が開けられねェ…!!」



轟音が、次第に遠のく。

風の音がやがて止み、ゾロは握った剣を構えなおしながら、辺りを見回した。



土の上に、苔むした木の幹の根元に、高い木の枝の上に。



 「…悪ィな…。」



兄の部下とはいえ、同じ国の民だ。

彼らはただ、皇帝の命令に従ったに過ぎない。

ここに到るまで、他にも何人もの刺客を倒してきた。

その度に―――。



 「ウソップ!!」



声がこだまする。

だが返事はない。

気配を探るが、新たな刺客の気配もない。

大分、離れてしまったようだ。



ゾロは、全ての男たちの死体を集め、その場に穴を掘り始めた。

道具がないから、剣とそれらしい木の枝を使っての作業だ。



しばらくして、それなりの大きさの穴がひとつできた。

そこへ、ゾロは死体をひとつ、丁寧に横たえる。







 「自分を殺そうと襲ってきたヤツに、ずいぶんと親切にしてやるもんだな。」







咄嗟に、ゾロは剣を構えて振り返った。

正確に、声のする方向を向いていた。

だが、気配がなかった。

どこから現れたんだ?

ゾロの視線は、高い木々の葉の生い茂る向こう側へ向けられていた。



そこに



 「……誰だ、てめェ。」

 「森の番人。」



答えて、 声の主はふわりと降りてきた。

まるで、背中に羽根でも生えているような軽やかさ。



いや



一瞬



確かに翼が見えた。



伝説に、こんな飛天が登場する。

蒼天神の吐息から生まれたという海の精霊たちは、白い肌に、金や銀、水晶の髪を持ち、宝玉の目をしているのだと。



森の天井を覆う梢の葉陰から、わずかに覗く隙間を裂いて陽の光が差し込む。

その下に立つこの生き物を、なんと形容していいのかゾロにはわからない。



ただ





( 綺麗だ…。 )





それだけしか、思いつかなかった。



自分を真っ直ぐに見つめる青い目。

片方が、髪に隠れて見えないのが惜しい。

すらりとした長身。

白い肌、細い腰、長い脚。

そして黄金の髪。



決して暖かい気候ではないのに、薄いシャツ一枚にズボンといういでたち。

だから、すぐにわかった。

肩幅も広い。

美しいが、これは男だ。

それに、海の精霊が森に居るはずもない。



 「明らかに、お前を殺そうとしていたぜ?殺気で森中がざわめいた。なのにわざわざ、墓穴掘って埋めてやるのか?

 …放っとけば獣が処分してくれるのに。」

 「それが忍びねぇからだ。そこをどけ。」



いきなり目の前に現れた男を邪険にし、ゾロはさらに穴を掘る。

そして、男はゾロが、全ての死体を始末し終えるまでじっとそこで見ていた。

ゾロが立ち上がり、大きく息をついた時



 「碧国皇子ゾロか?」



男が尋ねた。

別に不思議はない。

こんな髪をしているのは、ラフテル広しといえどゾロだけなのだ。



 「だったらどうした?」

 「…別に…ただ、ここはもう藍国の中だ。碧の皇子がウロウロしているのは妙じゃねぇか?」

 「…そう言うてめェは?」

 「ん?」

 「…藍国王子サンジじゃねェのか?」



男は、ぷっと吹き出した。



 「サンジ?おれがこの国の?何で?」

 「黄金の髪に青い目。蒼天女神の申し子。この大陸に、金の髪を持つのも他にはいない。」

 「…そんなこたぁない。大陸を出て、他の国…例えば海をもっと北へ行けば、こんな人間は他にもいる。藍はそんな国との交流もある。」

 「………。」

 「ジャマしたな。じゃ、おれはもう行くぜ。せいぜい道中気をつけるんだな。」



行きかけた男に、ゾロは



 「おい。さっきの竜巻はお前か?」

 「……あァ?竜巻?」

 「そうだ。」

 「…何のことやら…どうやって竜巻なんか起こせるんだよ?バッカじゃね?」



それにしては、絶妙のタイミングで現れた。

再び、行こうとする男へ



 「おい、サンジ!」

 「……はぁあ?だから、おれは王子様じゃねぇっての。そんな名前で呼ぶな。

 第一、おれがホントに王子だったら、いきなりの呼び捨てかよ!無礼者が。」

 「いや、テメェはサンジだ。藍国女王の弟だ。そうだろ?誤魔化すな。」



男は、肩で深く溜め息をついた。



 「…なら、城へ行って確かめてくりゃあいい。ロビン女王はお心の広い、お優しい方だ。

 頼めば逢わせてくれるだろうよ。で、自分のアホさ加減を反省するんだな。碧国皇子。」

 「………。」

 「重ねて言うが、ここはもう藍国の中だ。何の用事か知らねェが、物騒な騒ぎを起こすんじゃねぇぞ?」



木の根がはびこる森の道を、男は苦もなく歩いて行き、やがて森の奥へ消えた。

後に、静寂とゾロだけが残される。



 「…そういや…どっから現れたんだ?…あいつ…。」



深い森。

自分達以外に、人の気配はなかった。



 「ぅおお〜〜〜〜〜〜〜い、ゾロォ〜〜〜〜〜〜〜〜。お〜〜〜〜〜〜〜い。」



木々の合間を、ウソップの声がこだました。

ホッと息をつき、ゾロは答えた。



 「ここだ!ウソップ!!」

 「よかった…!怪我ねェか!?」

 「ああ。」



がさがさと草木を掻き分け、クモの巣を払い除けながらウソップが姿を見せた。

多少の擦り傷はあるものの、大きなケガはしていないようだ。

そして、まだ新しい土の山を見て



 「…よかった。」



と、またつぶやいて息をついた。



そして、ゾロの肩をひとつ叩いて笑った。



ウソップの心配は、痛いほどわかる。

本当ならゾロは、ウソップの家で平穏無事に生涯を終えるであろう立場だった。

兄が、無為な野心や猜疑心さえ持たなければ。

親友の、その気持ちをゾロはよくわかっている。



ひときわ声を高くして。ゾロは言った。



 「じゃ、行くか。」

 「おう!いよいよだな。」



ウソップも、打てば響くように元気に答えた。

森を抜け、山をひとつ越えれば、その谷合に藍国の首都・青都(せいと)が見えるはずだ。



『 …なら、城へ行って確かめてくりゃあいい。ロビン女王はお心の広い、お優しい方だ。頼めば逢わせてくれるだろうよ。

 で、自分のアホさ加減を反省するんだな。碧国皇子。 』



女王ロビンには、ゾロと同じく今年19歳になる弟がいる。

20年前。

藍国で反乱が起きた時、前国王が願を懸けて生まれてきた子だと伝え聞いた。

蒼天神に願を懸けた子ゆえ、黄金の髪を持ち、青い目をしているという。

ラフテルでは、神に願を懸け、叶えられて生まれた子供はその願を懸けた神の子だ。

その証に、それらの神と同じ特徴を持って生まれてくる。



蒼天女神なら、黄金の髪に青い瞳。

翠天源神なら、碧の髪に琥珀の瞳。

燈国の守護神、朱天侯神なら橙色の髪に黄金の瞳。

緋国の守護神、紅天竜神なら赤い髪に黒い瞳。



そして、神の力を分け与えられ、持っているという。



で、あるから。

当然、願を懸けた神が、全ての人に答えてくれるものではない。

20年に一度、50年に一度、割合はそのくらい低い。

碧でも、ゾロのような子が生まれたのは80年ぶりだという。



死んだ母は、いったいどんな願をゾロに懸けたのか。



聞いてみたかったが、もう叶わない。

それに、姿形は翠天の子であっても、ゾロにはその“神の力”は微塵もなかった。

奇妙な容姿を除けば、ゾロは普通の人間だ。



藍国の王子

名前をサンジという。



藍も碧と同じく、王位は男系優先のはずだが、成人している王子を差し置いて王女が即位した。

蒼天女神の子を押しのけて。



 「それが、心の広いお優しい女王様だ?」

 「あ?なんか言ったか?」

 「いや、何も…。」





 ( あいつが、本当に藍国王子じゃないなら…。もう、逢えないか…。 )



惑いの森の、一瞬の出会い。

胸を、チリと何かが引っ掻いたような気がした。











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              (2008/1/22)

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