BEFORE
藍国首都・青都。
緑の多い、白い壁の家々が並ぶ美しい街だ。
街の中央を蒼江という川が流れ、それを中心に街が栄えている。
川には交易・商売の船が行き交い、整備された白い石畳の道は、馬車と人が往来している。
人々の顔には笑顔がある。
穏やかな、よい笑顔だ。
北の国でありながら、東の碧よりずっと暖かさがある。
商店の軒先に並ぶ物は豊富で、しかも値段も安い。
外の大陸との交易も盛んと聞いていたが、これほどとは思わなかった。
「すげぇ街だな。」
「ああ…4つの国で一番栄えているのはウチだと思ってたが、どうしてどうして…財力はこっちの方があるんじゃねぇのか?」
しばらく、賑やかな通りを歩いていると、次第に人々の目がゾロに集中し、ひそひそと囁いているのに気がついた。
まぁ、無理もない。
「ゾロォ…見られてるよなーおれ達。」
「ああ、お前ェの鼻が珍しいんだろ?」
「てか、お前ェの頭の方だろぉ?まったくよぉ、あれほど帽子を被れッつったのに。」
ゾロは笑って
「こうしてりゃ、アチラさんからお迎えが来るんじゃねぇかと思ってよ。」
すると
人々を掻き分け、馬に乗った兵士3人が、2人の前に立ちはだかった。
ざわめきが大きくなる。
ウソップが、(とりあえず)さっと、ゾロの前に立ち、身構えた。
ゾロは悠然と、身構えもせず馬上の兵を見上げた。
「碧国第11皇子・ロロノア・ゾロ殿下であらせられるか!?」
兵士が尋ねた。
「そうだ。」と、ゾロが口を開こうとした時
「いかにも!コチラは碧国第105代皇帝エネル陛下の御弟君、第11皇子にして翠天源神の御子ロロノア・ゾロ殿下にあらせられる!!
藍国兵士と覚えるが、馬上からの誰何(すいか)とは無礼であろうぉお!!?」
お見事ウソップ。
背中でゾロが、小さく拍手をするのが聞こえた。
「こ、これはご無礼をいたした!」
兵士たちは馬を降り、被っていた頭巾を取る。
そして、膝を折った。
人垣の中から、囁き声が交わされる。
「碧のゾロ皇子だってよ。」
「やっぱり…!」
「あの髪はそうじゃないかと…。」
兵士はちらりと周りを見回して言う。
「碧国皇子におかれましては、如何なる理由をもって、かような場所へおいでなされましたか?」
ウソップが答えようとしたが、ゾロはそれを制して
「この国の、女王と王子に逢いに来た。」
は?
と、ウソップがゾロを見た。
女王は当然だが、王子の話は聞いてない。
「王子…?」
兵士も、きょとんとした顔をしている。
「まぁ、いい。とにかく城へ連れてってくれねぇか?話は女王の前でする。」
兵士らは立ち上がり
「かしこまりました。…失礼ながら、お腰のものを、お預け願えませぬか?」
「…わかった。ウソップ。」
ウソップも、背中から弓を下ろし弦を外した。
ゾロも、腰に挿した大剣と小剣3振りを、ベルトから外して兵士に渡す。
と、ゾロの剣を受け取った兵士が、あまりの重さにふらついた。
がちゃり、と大きな音が辺りに響く。
「おいおい、大事に扱ってくれ。」
「ご、ご無礼を!」
詫びて、剣を抱えなおした兵士は心の中で、『こんな剣を3本も、腰に帯びて平気な顔をしているのか?化け物だ。』と、つぶやいた。
「では、ご案内いたします。どうぞ馬を。」
「いらねぇよ。」
言って、ゾロは散歩でも楽しむように、兵士らの後について歩き出す……。
「だから!!こっちだって言ってんだろぉ!?いっぺん脳味噌引きずり出して組み立て直せェェ!!」
およそ従者らしからぬウソップの叫びは、城に着くまで続いたという。
藍国城。
左右に並び立つ2つの塔は、首都を目指す旅人の格好の目印だ。
ほんのりと薄い青に染まった白い壁が、青い空に向かって聳え立っている。
塔の天辺に立つと、平野の向こうに海が見えると聞いた。
側に来て見ると、それは想像以上に大きく、高く、見るものを圧倒する。
塔の間に建つ、青タイルの装飾の美しい建物は蒼天女神の神殿で、象牙で出来た女神像が安置されているそうだ。
その奥に王宮。
だが、城の門内に入ったとはいえ、ゾロとウソップは前宮殿と呼ばれる控えの間の一角で、かなり長い時間待たされることになった。
しかも、『ここから先は殿下お1人で。』と、引き離された。
ウソップは、かなり渋い顔をしていた。
だがゾロが、あっさりOKしては食い下がることも出来ない。
もっとも、素手でもゾロは強い。
今日まで、兄の魔の手を掻い潜って生きてきたのだ。
一人待つ長い時間。
その間、お茶もお菓子も酒も料理も、ついでに可愛い侍女も出たが、ゾロは酒だけに手をつけて、その長い待ち時間を居眠りで過ごした。
図太いことこの上ない。
と、
「お待たせいたしました、ロロノア・ゾロ殿下。女王がお会いになられます。謁見の間へ。」
身なりのよい男。
神官の姿だ。
黒地に金のモールのついたマント姿の神官は、硬い表情でゾロを案内する。
ここへ至るまでの話を聞いていたのか、何度も振り返ってはゾロが着いて来ているか確かめている。
ゾロは薄く笑いながら
「王子も一緒か?蒼天女神の御子様は?」
「…女王にお尋ねくださいませ。」
「………。」
もったいぶりやがって。
ゾロは、今でも森で出会ったあの青年が、この国の王子サンジだと確信している。
他大陸との交流があるといいながら、街で、あんな姿の人間を一人も見なかった。
まぁ、いい。
すぐにわかるこった。
視界が開けた。
眩しいばかりの白い大理石の部屋。
広いその部屋の、床も壁も天井も白く、そして金に彩られた石に覆われている。
その奥の、一段高い玉座の上。
「碧国皇子、ゾロ殿下をお連れいたしました。」
男の声に、玉座にいた女が立ち上がった。
すらりとした長身。
黒い髪はわずかな癖もなく、艶やかで美しい。
「ようこそ藍国へ。碧国皇子殿。」
藍国女王ニコ・ロビン。
声も、その姿にふさわしく落ち着いた、澄んだ声だ。
濃紫の目は、まっすぐにゾロを見つめている。
優しい、慈愛に満ちた微笑だ。
女王の色である紫色のドレスに、レースのベール。
額と髪に、紫水晶の飾り。
ゾロは、膝を折り、頭を垂れた。
「碧国皇帝エネルの名代、ロロノア・ゾロ。」
短く名乗り、答えを待つ。
「遠い所からよくお越しくださいました。兄上様にはお変わりなく?」
「おかげさまで。」
当たり前の儀礼を交わしながら、ゾロの目は王子の姿を探している。
「さて…ゾロ殿下。兄君の名代と申されたが、いかなる御用の赴きか?」
「これに、兄よりの書状を預かっております。兄より、直接陛下にお届けいたせと。」
「受け賜わりましょう。」
ロビンが、手を差し出した。
すると、先程の神官がゾロに近寄ったが
「直接陛下に。」
と、それを制した。
一瞬、神官の目が曇ったが、ロビンは笑って
「では、近くへ。」
とゾロを招いた。
ゾロの手から直接手紙を受け取り、ロビンはそれを開いた。
しばらく、文面に目を落としていたロビンへ、ゾロは
「ところで、王子はどちらに?」
その問いに、神官の方がびくりと震えた。
ロビンも上目遣いに、手紙から目をゾロへと移す。
神官が何かを言おうとするより早く、ロビンが言った。
「王子?……サンジのことですか?」
「そう、そのサンジ王子。国境の森で会ったのですが、危い所を助けられました。ゼヒ、もう一度お会いして御礼を。」
「それは何かの間違いでしょう?」
即答だった。
そしてロビンはさらに
「弟が、国境の森などに、いるはずはありません。」
と、ぴしゃりと言い切った。
だがゾロも引き下がらない
「黄金の髪に青い目、蒼天女神の子がこの国にはそんなにゴロゴロしてるのか?」
「……!」
「殿下!碧の皇子といえど、陛下への無礼は許しませぬぞ!」
神官が叫んだ。
だが
「…では、王子に会えば納得していただけますね?」
ロビンが言った。
「陛下…!」
「かまいません。サンジをこれへ。」
ロビンの声には少し怒気があった。
神官は一礼し、命令に、足早にその場を離れる。
出て行く瞬間、ゾロの目を睨み付けていった。
( 随分と過保護なことだ。 それとも…。)
「森で会ったと言いましたか?」
ロビンが尋ねた。
「ああ。金髪碧眼、白い肌、…ああ、それと、マユゲが面白い形だったな。」
「………。」
沈黙があった。
しばらくして
「殿下をお連れいたしました。」
その声に、ゾロは振り返った。
「!!?」
「…サンジ、ここへ。姉さまの側へ。」
ロビンの笑顔が変わる。
家族に向ける、優しい暖かい笑みだ。
「はい。」
答えがあって、“小さな足音”が、ゾロの脇をすり抜けていった。
『王子』は、姉女王の側へ走りより、その膝に甘えるようにもたれかかった。
「…これがわが弟、サンジです。」
ゾロは、我が目を疑った。
ずっと、森で会ったあの男がそうだと思い込み、信じて疑わなかった。
そのはずだ。
あんな髪の人間が、どうして2人いると思う?
今、ロビンの側にいる、サンジと呼ばれた王子。
幼い。
あまりに幼い。
確か、ゾロと同い年のはずだ。
なのに、これではまるで、10歳くらいの子供ではないか。
きちんと、王子の準礼装をし、額に、蒼天女神を象徴する真珠の飾り。
耳にも真珠のピアス。
首や腕、髪の至る所を宝石で飾っている。
あの男と唯一同じなのは、片方の目が髪で隠れて見えないことだけだ。
飾りが多くて、眉毛の形までよく見えない。
それ以前にどう見ても、この子供はあの時の男ではなかった。
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(2008/2/2)
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