BEFORE
 





 「…サン…ジ…?これが…?」



呆然とするゾロに、ロビンは眉を寄せて



 「…幼いでしょう?でも、これでも、貴方と同じ19歳なのですよ。」



と、言った。

声に、深い悲しみがある。



 「…確かに蒼天の子として生まれながら、体が弱く、心の方も…。これでも、やっとここまで大きくなったのです。」

 「………。」

 「おわかりになりましたか?この弟が、ひとりで森などにいよう筈がありません。

 ましてや、貴方と同じくらいの年頃の姿だったのでしょう?ありえません。」

 「…う…。」



ロビンはにっこり笑って



 「その者が何処のどなたかは存じませんが、きっと光の具合ででも、髪の色が違って見えたのではないのでしょうか?」



そんなはずはない。

だが、今、目の前にいる王子がサンジなら…。



と、ロビンの側にいたサンジは玉座から降り、とことことゾロの側まで来ると、その顔を覗き込み



 「遊ぼう。」



と、言った。

にっこりと、笑うその笑顔は、無邪気でまるで天使のようだ。

体の未発達と同じように、精神や知力の方にも、遅れがあるらしい。

だが、19歳と思わなければ、これはただの幼い子供だ。



 「…サンジ殿下、ゾロ殿下は大事な御用でお出でなのでございますよ?」



神官が告げたが



 「いいぜ。遊ぼう。もう、用事は終わったからよ。」



ゾロは笑って答えた。

サンジは、輝くような笑顔で笑った。



 「何して遊ぶ?」

 「庭に行こう!池に魚がいるの。」

 「よし!そら、来い!」



ゾロはサンジを抱えあげ、肩車した。

きゃあ、と声をあげて、楽しそうにサンジは笑う。



 「殿下!!」



神官が叫んだ。

物陰から様子を窺っていたらしい、女官や侍女らも驚いた声を上げた。



 「ゾロ殿下…あまり激しいことは…!」

 「お体に障りますゆえ…どうか!」

 「そうやって、必要以上にかまうから、強くならねぇんだよ。」

 「殿下!!」

 「陛下!何とか仰ってくださいませ!!」



女官達の慌て方とは違い、ロビンはどこか悠然としている。

だが、目が、まったく笑っていなかった。



 「ゾロ皇子。」



一言。



 「大丈夫だ。ムチャはさせねぇ。」

 「………。」

 「信用できないなら、着いてくりゃいい。」





神官が、ロビンに何かを囁いた。

それに



 「…大丈夫でしょう。あの方も碧の皇子。ご自分の立場はわかっているはずです。」



と、答えた。

しばらくして、神官は



 「…して、碧の皇帝はなんと?」

 「………。」



ロビンは、黙ってエネルの手紙を差し出した。

神官はそれを受け取り、そして目を見開く。

エネルの書状にはこう書かれてあった。



 このもの、此方にお預けいたし候。

 両国の盟の証として。

 ご不要とあらば、如何様にも。



 「まさか、ここまで辿り着くとは思っていませんでしたか?皇帝エネル…?」



ロビンは、サンジを肩車して出て行くゾロの後姿を見て、小さく笑い、溜め息をついた。



奥宮の中庭。

木々に囲まれた広い芝生の庭に、大きな堀がある。

その堀にかけられた橋を渡りながら、サンジがゾロを見上げて尋ねた。



 「お兄ちゃん、なんて名前?」

 「ゾロだ。」

 「ゾロ?変な名前。」

 「お前ェも充分、変な名前だ。」

 「ゾロって呼んでいい?」

 「ああ、好きにしろ。」

 「ゾロ、何しに来たの?」

 「ガキの使いだな。手紙を届けに来た。」

 「郵便屋サン?」

 「…まぁ、似たようなもんだ。」

 「1人で来たの?」

 「いや、友達と来た。ウソップってんだ。」

 「ウソップ?もっと変な名前だね。」

 「顔も変だぜ?鼻がな、こ〜んな長ェんだ。」

 「ははは!変なの!」



その時だ。



 「うおおお〜い!ゾロォ〜〜!!」

 「お。来た来た。あれがそうだ。」



サンジがぷっと吹き出した。



 「ホントだ。あはは!変な鼻!!」

 「なんだとぉ!?このクソガキ!シメルぞ!!」



ウソップが叫んだ時。



 「無礼者っ!!!」



雄叫びと共に、凄まじい蹴りが飛んできた。

そのキック力に、ウソップは庭の片隅にある彫像の前まで吹っ飛ばされた。



 「蒼天の御子であり、我らが藍国の王子に向かって、何たる無礼な言い様!!」



女だ。

背の高い、長い亜麻色の髪。



 「あ、カリファ。」



サンジが言った。



 「姉さまの女官長だよ。」

 「へェ。スゲェ蹴りだな。」

 「はっ!申し訳ありません!つい、我を忘れておりました。」



カリファと呼ばれた女官長は、居住まいを正し、ずれた眼鏡を調えて



 「ロロノア・ゾロ殿下。女王陛下よりのお言葉にございます。しばらくの間、どうぞこの城にご滞在くださいますようにと。」

 「そうか、ありがてぇ。」

 「ゾロ、ここにいるの?」

 「ああ、そういう事になったらしい。」



サンジが、うれしそうに笑った。



森の中で会った男とは違う。

これはやっぱり別人だ。

あの男はどこか憎々しげで、口が悪かった。

こんなに素直に笑うタイプではない。

金の髪に見えたのは、錯覚だったのだろうか。

だが、思い起こしても、それ以外の色が甦らない。

確かに、こんな金髪だったと思う。

似ているといえば、似てはいる。

しかし、あまりに姿形が違いすぎる。



 「それよりも殿下、そろそろお部屋にお戻りくださいませ。風が出てまいりました。お体に障ります。」

 「ヤダ!」



サンジは即答した。

そして、ゾロの腕を抱えるように握り



 「もっと遊ぶ!」

 「殿下…。」



カリファが、困った顔でゾロを見た。



 「明日、また遊んでやるよ。だから、今日は帰りな。」

 「ホント?約束?」

 「ああ、約束する。」

 「ウソップも一緒に遊ぶ?」

 「ああ。」



それなら、と、サンジは素直にカリファの差し出した手を取った。



 「じゃあ、また明日ね、ゾロ。」

 「ああ。」



サンジは、庭から宮の中へ入る時、また振り返って手を振った。

ゾロもそれに答えたとき、ようやく復活したウソップが、頭をさすりながらよろよろとゾロの側にやってきた。



 「あー、えれェ目にあった…。なんなんだよぉ〜もぉ〜〜〜。」

 「蒼天女神の御子様だ。あの女もそう言ってたろ?」

 「げっ!?じゃあ、あれが王子!?」

 「…だそうだ…。」



失望。

自分が、がっかりしているのを、ゾロは感じている。

あの男に、ここへ来れば会えると確信していた。

根拠のない確信だったが、自信があった。



だが、違った。



あの男は、サンジ王子ではなかった。



自分自身を笑い捨てて、ゾロは頭を掻いた。



会いたい。



何でこんなに会いたいのかわからない。



何故?



自分に問う。



 「殿下、客間のお支度が整ってございます。どうぞ。」



先程の神官が、数名の下位の神官を連れて迎えに来た。

どの国も、王は祭祀を司る長であるから、神官は政治的な職務も兼ねる。

この神官長は、官房長官というところだろう。



 「ああ、世話になるぜ。」

 「………。」



答えはなかった。



 「おれ達、招かれざる客だよな?」



ウソップが小声で言った。



 「今気がついたのか?」



ゾロも小声で答えた。







運命の夜が、訪れようとしている。



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              (2008/2/2)

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