BEFORE
「なー、ゾロ。耳たぶの手紙って、何が書いてあったんだろうな?」
「さぁな。」
「お前、ホントに知らねェのか?これってよ、盟約を結ぶ為のお役目なんだろー?」
「お前ェ、マジでそう思ってたワケじゃねェだろ?」
「ハイ、思ってません。」
ゾロに与えられた『客間』。
城の一角にある独立した宮だ。
いわゆる迎賓館である。
今、ゾロがいる浴室だけでも、国の屋敷のそれの倍はある。
とりあえず、幕の外にウソップは控えている。
湯船に浸かりながら、ゾロは小さく笑った。
「ウソップ、もう部屋に戻っていいぞ。兄貴の手紙がなんだったにせよ、すぐにおれをどうこうってことはねぇだろ?
とりあえず、今夜は眠らせてくれそうだ。」
「…んー…でもなー。」
なおも躊躇うウソップに、ゾロは
「大丈夫だ。絶対に、何があってもおれは負けねェ。」
その言葉にウソップは笑い
「…ん、じゃあ、休ませてもらう。」
「おう。」
「夕飯美味かったなー。朝飯が楽しみだー。」
「そうだな。」
「それでは!失礼いたします、殿下。」
「おう、よきにはからえ。」
ふざけて言うゾロに、ウソップはげらげら笑った。
およそ皇子らしくない皇子に、藍国の連中もさぞや面食らったに違いない。
ゾロは、ゆっくりと風呂を楽しんだ。
ずっと野宿だったから、まともに風呂に入るのは久しぶりだ。
「………。」
気配がある。
多分、監視がいるのだろう。
もっとも、この宮で、ゾロの世話をする者全てがそうだと思って間違いないのだ。
まぁ、いい。
こんな目にも気配にも、ゾロは慣れている。
浴室を出て、酒の瓶を手に、ローブひとつでテラスへ出た。
風が冷たくて、心地いい。
さすがに北の国だ。
空気の匂いも違う。
負けない。
あんな兄には負けない。
その決意は固い。
だが、今のゾロにはあまりに力がない。
「どうするか…。」
ゾロは、自分が兄によって、この国へ人質に出されたことをまだ知らない。
それを思えば、道々のウソップとのやり取りの、なんと滑稽なことか。
酒を一口。
熱い感覚が喉を走る。
いい酒だ。
北の酒は美味いと聞いたが、本当に美味い。
と。
「よぉ。飲んだくれ皇子。」
ゾロの全身を電流が走った。
気配を探り、声の主を求めた。
「!!…どこだ!?」
慌てふためくゾロの声に、ひそめるような低い笑い声が答える。
「おい!サンジ!!」
その呼びかけに
「おいおい。ここの王子様に会ったんだろ?まぁだ、そんな名前で呼ぶのかよ?」
「だったら姿見せろ!出てきて名乗れ!!」
「あ。かっち〜〜ん!今の言い方ムカツク。」
「……っ!!って、てめェ、何でこんな所にいんだ?
やっぱり、お前がサンジじゃねぇのか!?あのガキとお前と、どっちがホンモノだ!?」
「……あのな?人の話し、聞いてるか?……。」
ゾロは、なおも叫びたかったが、ひとつ大きく息をついて、自分を落ち着かせ
「…頼む。姿見せてくれ。」
と、静かに言った。
「お前に会いたかった。」
「…おれに?」
「ああ。会いたかった。」
「………。」
「…何で、こんな所にいるんだ?お前が本当にサンジじゃないなら、よく入り込んだな。」
「言ったろ?おれは、森の番人だ。森には木々を抜ける道がある。」
「…あー、そうかい。」
「信じてねぇな。」
「信じる。」
「………。」
「信じるから、顔見せてくれ。」
少し、間があった。
「上を見ろ。」
その声に、ゾロは目を少し上へ向けた。
テラスの前に、大きな椎の木。
その枝のひとつに、月がひっかかっていた。
梢に体を預けるように、広げた手で軽く体を支え、地上の月は静かに微笑みながらゾロを見下ろしている。
「…見せてやったぜ、満足か?」
「…ああ。」
ゾロは、白い歯を見せた。
樹の上の、美しい月。
金の髪が、自ら光を放っているようだ。
ああ、やっぱり金色だ。
見間違いじゃねぇ。
不思議だ。
姿を見ただけなのに、何でこんなに幸せな気持ちになれるんだ?
「降りて来いよ。」
「調子に乗るな。」
「いきがるなよ。てめェ、おれに会いに来たんだろ?」
「なっ!!」
月の頬が、赤く染まるのがわかった。
ゾロは、それを見上げたまま笑った。
その瞬間、ゾロは理解した。
自分の中の疑問を。
そして
「一目惚れだって言ったら、信じるか?」
そうだ
おれは、こいつに惚れたんだ。
不機嫌そうな声が答える。
「…寝言を言ってるんじゃねぇよ。」
「寝言じゃねぇ。」
ゾロは、手を差し伸べた。
「来いよ。お前に触りてェ。」
「………。」
「降りて来い、サンジ。」
「サンジじゃねぇって…。」
「じゃ、なんて呼べばいいんだ?」
「………。」
「答えないなら、“サンジ”でいいだろ?」
「なんつー適当な…。ホンモノに悪いだろ?」
「来い。」
「お前、友達いねェだろ…?」
それでも、“サンジ”は笑った。
そして、ふわりと地面へ、ゾロの前へ降りてくる。
正面に立つ“サンジ”を、ゾロは見つめて
「もう一度聞くぞ?お前、おれに会いに来たんだろ?」
「………。」
黙ったまま、“サンジ”は少し目を逸らした。
その両頬を、ゾロは固い手でがっしりと掴み、自分に向き直らせ
「会いに来てくれたんだろ?」
「………………………………。」
眉間に、かすかにシワが寄る。
だが、じっとゾロに見つめられ、降参したというように息をつき、小さく、サンジはうなずいた。
「会いに来た。…もう一度、お前の顔が見たかった。」
こういう事が、あるんだな。
口に出さずにゾロは思う。
そんな趣味があるわけではない。
普通に女も知っているし、それが当たり前だと思った。
同性は、求める対象にはならないはずなのに、初めて出会ったあの時から、この姿以外要らないと思った。
「…なんでかな…?」
サンジがつぶやく。
何に対する問いなのか、言葉にはしなかったがゾロにはわかった。
「…同じだろ?おれ達は。」
「………。」
人であり、だが人でなく。
皇子でありながら、皇子でなく。
ゾロの固い腕が、サンジを引き寄せた。
それが、自然なことであるかのように、顔を、寄せ合い―――。
風が、優しく吹いている。
さっきまでの、冷たい風ではなかった。
暖かな、春のそよ風のような優しさ。
名残惜しげに唇を離した後、サンジは小さな声で。
「…もう…行かねェと…。」
「また、逢えるな?」
抱きしめる腕を解かずに、ゾロは尋ねた。
「………。」
答えはなかったが、サンジははっきりとうなずく。
「明日も待ってる。」
「………。」
また、黙ってサンジはうなずいた。
ゾロは、サンジの指に誓いのキスをした。
白い指が、するりとゾロの指からすり抜ける。
放したくない思いが、大きく膨らむのがわかる。
闇と、木の葉影がサンジの姿を隠してもなお、ゾロはそこに立ち尽くしていた。
心の中の焔が、大きくうねり始めるのが自分でもはっきりとわかる。
同時に、大きな運命の星が静かに動き始めたことには、ゾロはまだ気づいてはいなかった。
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(2008/2/22)
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