BEFORE
 

翌日の朝早く。

まだ、朝もやが青都を包んでいる時刻。

ゾロの眠っている寝室に、密かに忍び足で近づく影があった。



よい気分で眠りについた。

酒も入っていた。

だがゾロは、それくらいのことで前後不覚に眠りこけるタイプではない。

常に剣は手放さず、どんな気配でも感じ取る事をしなければ、生きて来られなかったからだ。

だが、この気配に殺気はない。

邪気も。

目を閉じたまま、様子を探ろうと気を張り詰めた瞬間。



 「ゾロ!遊ぼう!!」



叫ぶや、その小さな影が襲い掛かってきた。

意外な敵襲に、ゾロは咄嗟に、自分の殺気を抑えるのが精一杯で、その攻撃をまともに腹に食らった。



 「ぐはぁっ!…げほ!ゲッホゲホゲホ!!…なんだァ!?」

 「おはようゾロ!遊ぼ!」

 「…お前…。」



見ると、王子サンジがゾロの胸の上に乗っかって、わくわくした顔で覗き込んでいる。

髪や耳の飾りが、ゾロの顔にかかって、冷やりとした感覚があった。



 「お前、1人出来たのか?」

 「うん。」

 「怒られねぇかぁ?」

 「大丈夫。手紙書いてきた。遊ぼ、ゾロ。」



にっこり笑うサンジの顔を、ゾロはしげしげと見つめた。



 「似てるっちゃ、似てる……か?」

 「なぁに?」

 「いや……。」



そうだ、マユゲ。



確かめようと、サンジの前髪に手をかけた時



 「ゾロ!どうした!?今の悲鳴なんだぁぁ!?」

 「今頃来るのか?遅ェよ。」

 「あ!ウソップおはよう!遊ぼう!!」

 「……殿下ァ?そのようなお約束を?」

 「おう、した。」



ウソップが肩をすくめる。



 「ちょっと待ってろチビ。今、服着ちまうから。」

 「…チビ?」



サンジがきょとんとして尋ねた。



 「ああ、お前と同じ名前のヤツがいてよ。だから、今日からお前はチビだ。」



と、ぷっとサンジは頬を膨らませた。



 「ボク、チビじゃない。」

 「立派にチビだろ。チビナスだ。」

 「何でチビでナス?」

 「お前ェの頭、昨日食った白ナスにそっくりだ。」

 「ゾロ、意地悪!!」

 「あっはっは!何だ?お前ェ、結構元気じゃねェか。一体どこが悪いんだ?」

 「…わかんない…。」

 「…ああ…そうか…。」



相手が、19歳であることを忘れてしまう。

体が小さいから、子供と思えば違和感はまったくないのだ。



 「馬に乗った事あるか?」

 「…ない…。」

 「乗りたいか?」



サンジは、少しうつむいて



 「…乗りたいけど…乗っちゃダメって…。」

 「じゃあ、おれが乗せてやる。」

 「ホント!?」



サンジの顔が、輝いた。

だが、またすぐに憂いを含んだ目になって



 「姉さまには内緒?カリファにも言わない?」

 「ああ、姉ちゃんには内緒だ。」

 「乗る!乗りたい!!」

 「よし!じゃあ行こう!ウソップ、馬借りて来い!」

 「だ、大丈夫か?」

 「大丈夫だ。ああ、借りたらちゃんと、ロビン陛下に王子様と一緒に遠乗りに行くって言っとけ。」



サンジには聞こえないように、ゾロは言った。



 「ヤベェ!それはヤベェよ、ゾロ!!」



笑ったままゾロは答えず、サンジを容易く肩に担いで、ゾロは庭へ出た。



 「ケンカ売りに来てるんじゃねぇんですけどぉぉぉお!!」













 「陛下―!陛下!!殿下が!!殿下がぁあ!!」



大慌てで、女王の執務室に飛び込んできたカリファ。



 「まぁ、どうしたの?何かあったの?」

 「碧の殿下が、サンジ様を、殿下を遠乗りに連れて行くとおっしゃって!!」

 「まぁ。それは困ったこと。」



全然、声は困ってない。

だが、少し顔は蒼ざめていた。



 「連れ戻しますわ!!とんでもないセクハラですわ!!」



セクハラ?



 「カリファ、落ち着いて。」

 「落ち着いてなどいられません!!殿下に、藍の神の子にもしものことがございましたらーっ!!」

 「それこそ、サンジは蒼天の加護があるわ。大丈夫…お任せしましょう。」



と、ロビンの側に控えていたあの神官が潜めた声でロビンを呼ぶ。



 「…陛下…。」

 「…何?」

 「…万が一…という事もございます。」

 「………。」

 「いくら殿下があのお姿でも…。」



と、カリファが



 「お控えくださいませ。他の者の耳もございます。」



と、神官の言葉を遮った。

だが、神官はちらりとカリファを見て



 「陛下。よくよくお考えのほどを…あの翠天の皇子は我が国にとって、災厄を運ぶ者にございますぞ。」

 「…碧にとっては、サンジがそうね。」

 「陛下。」

 「それをわかっていて、エネルはあの皇子を我が国へ寄越した。」



と、カリファが、怒りに眉を寄せて



 「…何を考えているのでしょうか?」

 「わからない。ただ、多少の混乱を望んでいることは確かね。だからこそ、うろたえてはいけないわ。

 泰然として、あの皇子をもてなして、時を見て丁重にお帰りいただく他はないわね。」

 「盟約の儀は?」

 「それも議会に図りましょう。緋と燈をないがしろにするわけにはいかないわ。」



ふと、神官が言う。



 「なによりあのゾロという皇子、殿下に逢わせろなどと軽く口にされたが…自分の立場を知っていてよくも言えたもの。」

 「…サンジも男の子ですもの…。それに、森で逢ったと思い込んでいらしたのなら、礼を言いたいと思うのは当然でしょう。」

 「そうでしょうか…?そうならよいのですが…。」



カリファが少し微笑を浮かべた。



 「今の殿下はまだ幼うございます。あの方に妙な趣味がない限り、案ずるにはおよびませんわ。」



ロビンも小さく笑った。



しかし神官は、その職務からしてもまだ不安を抱えた様子だったが、やはり笑い



 「左様でございますな…。」



と、息をついた。

そして、カリファが



 「栄え抜きの侍女達を、迎賓館に置きましょう。気に入った娘が出来ればよいのです。そうすれば、そのようなことにはなりません。」



ロビンは小さく息をつき、思い出したように



 「森で逢ったと言っていましたね。」

 「はい。」

 「……困ったこと……。」



女王の微笑みは、どこか悲しい。









城下から少し離れた丘を目指し、ゾロは手綱を振るう。

腕の中の小さな体が、少し熱くなるのがわかる。

だが表情は明るく、挙げる声もはしゃいでいて元気いっぱいだった。

何を遠慮して、温室の花のように扱うのか知らない。



 「ゾロ!速く!もっと速く!!」

 「振り落とされても知らねェぞ!」



丘の上に辿り着き、ようやく手綱を引く。

はぁはぁと、サンジが肩で息をしていた。



 「大丈夫か?」

 「…うん…!大丈夫!…面白かった…!…あれ?ねぇ、ウソップは?」

 「あー、そのうち来るだろ?」



ウソップ、置いてけぼり。



馬の背から降り、サンジを抱えて降ろす。

地面に足をつけたとき、小さな体がよろめいた。



 「おっと!!」

 「………。」



ゾロの腕に体を預けたまま、サンジは動かなかった。

まだ、息が乱れている。



 「…おい、やっぱ無理したんだな?」

 「…してない…!」



答えた横顔が、どこか口惜しげだった。



 「休もう。」



抱き上げて、そのまま柔らかな草の上に座らせる。



 「寒くねェか?」



サンジは首を振った。

そして



 「面白かった。また乗せてね。」



そう言って、笑った。



その笑顔が



 ( 似てる。 )



兄弟だといわれたら、素直に納得できる。

本当に、このサンジとあの“サンジ”は、まったくの無関係だと言えるのか?



サンジは、額の汗を手で拭った。

髪や耳についた飾りが、しゃらんと乾いた音を出す。



 「…鬱陶しくねぇか?そのジャラジャラ。」

 「…ずっとつけてるから…別に…。ゾロだって、耳につけてるじゃないか。」

 「ああ。これか?…そういや、ガキの頃からつけてたな…。多分お袋がつけたんだと思うけどよ。」

 「ゾロのお母さんってどんな人?」

 「…よく覚えてねェ。おれがずっと小さい時に死んだからな。けど、優しかった…かな。」

 「ふーん。…いいね。」

 「あァ?」

 「…ボク、かあさまに抱いてもらったこと、ないんだ。」

 「………。」

 「ボクを抱いてくれるのは、姉さまだけ。」

 「…そうか、おれは親父に抱いてもらった記憶がねぇな。もっとも、会った所でおれが誰で、どの妾の子かわかってなかったんじゃねぇか?」

 「とうさまは、時々抱っこしてくれた。でも、ボクを抱っこするといつも悲しそうな顔をしたの。かあさまが…ボクを嫌いだったからかな…。」

 「…なんで、お前の母ちゃんはお前を嫌いだったんだ…?」



サンジは、小さく笑った。



 「わかんない。」



笑顔



また



 「………。」

 「どうしたの?ゾロ?」

 「…チビ…お前…。」

 「……?」

 「…何日か前に、碧との国境の森に行かなかったか?」



何を言ってるんだと、自分でも思う。

だが



 「国境の森?」

 「…夕べ、おれに逢いに来たか?」

 「…夕べ…?」



愚問だ。



自分でもおかしいと思う。



なのに



目の前の小さなサンジが、あのサンジに思えてきた。



サンジの目に困惑がある。

何がなんだかわからない。と、目が訴えていた。



 「サンジ。」

 「…なぁに?ゾロ?」



落ち着け、おれ。

何を考えてる?



ありえないのに、そう言い聞かせながらゾロの手は無意識に動き、サンジの前髪に触れようとした。



と、



 「ゾロぉぉ〜〜〜!」



丘の下から届くその声に、サンジが立ち上がった。

ひらりと、小さな体が翻る。

ゾロの手は、宙に浮いてしまった。



 「ウソップ!遅い!馬が得意だって言ったじゃないか。」

 「うっせェ!そりゃ、人並のレベルで言えばの話だ!ゾロがバケモンなんだよ!」



言いながら、ウソップはサンジを抱き上げて肩車した。

口調は怒っていたが、顔は笑っている。

ゾロは膝を立てて座りなおし、肩車ではしゃぐサンジを微笑んで見つめた。



 ( そんな事がある訳がねェ…。あのチビが、どうやったらあいつになれるってんだ?)



はしゃぐサンジにさすがに疲れ、ウソップは肩からサンジを降ろした。

弾かれるようにサンジはゾロに向って駆けてくる。



 「ゾロ!」



受け止めた小さな体。



 ( 違う。)



心の中でもう一度つぶやき、ゾロはサンジの肩を叩いた。



風が出て来た。

さすがに、いきなり動かし続けては体に障る。



 「さて、戻るか。」

 「もっと遊びたい。」

 「また、明日な。」

 「明日?ホントに?」

 「ああ。」

 「明日も遊ぼう!」



ウソップも言い、サンジはにっこりと微笑んだ。



 “明日も来る”



あいつには、今夜逢える。





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              (2008/2/22)

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