その島は、古い街並みの綺麗な島だった。 クリーム色の壁に施された美しい装飾。 細やかな細工の手すりに飾られた窓に咲く、色とりどりの花々。 石畳 パタパタと足音を響かせて走る子供たちの明るい笑顔。 道を行く女性は華やかで美しく、そんな女性とすれ違う度、 サンジは鼻の下を長くして振り返り、メロリンハートを撒き散らす。 今日は1人での買いだしなので、「アホ」と切り捨てる(ヤキモチ焼きの)剣士はいない。 今日は朝から、ナミとロビンの荷物持ちに、フランキーとブルックと駆り出されている。 ので 「ああ、空よ!雨よ!太陽よ!ありがとう!! 今、ボクは、それらが貴女という麗しい花を育んでくれたことを感謝します!!」 「この美しい街の片隅で、キミという素晴らしい女性に出会えるなんて、 今日のボクはなんて幸運なんだろう!」 そんな言葉を撒き散らし、サンジは苦笑いする女の子たちに あしらわれながら、久しぶりの一人歩きを楽しんでいた。 古い街並みは、時折興味をそそる路地裏を垣間見せる。 ふと現れた空間に、楚々と歩く女性が見えたなら 「お。」 と、思わず入ってしまう。 大きな通りから1本外れただけで、不思議な静寂が漂っていた。 「あれ?いねェ。」 残念。 サンジは小さく笑った。 狭い路地だと思った。 だが、すぐ側を小さな川が流れている。 用水路だ。 生活の流れだが、思ったより水は澄んでいる。 流れの先を見ると小さな橋もかかっていた。 小さな、ウォーターセブン。 あの街の女の子達も可愛かったなァ…。 思い出して、またサンジは1人微笑んだ。 あ。ヤベェ。 いけない方向も思い出しちまった。 この記憶はデリート(消去)だ!デリート!! 人魚がなんだって? 人魚は可愛いんだ! 人魚は美人と決まってる! うん。 女の子はいい。 綺麗で可愛くて。 ひらひらふわふわきらきらしていて。 鮮やかで。 艶やかで。 前に、ゾロにそう言ったら。 あの野郎 素で 「てめェの方が可愛い。」 勿論 蹴り飛ばしましたが、何か? 元の通りに戻ろうとした。 と 「ニャァァーン。」 ふと下を見る。 「!!」 猫だ。 川の中を、黒い仔猫が流されていく。 「おいおいおい!」 川の流れは、小さな仔猫には急過ぎた。 仔猫はアップアップと喘ぎながら、水の流れに飲み込まれそうになっていた。 「ニャァァ……。」 「…っと、もちっとがんばれ!」 サンジは仔猫の行く手に先回りし、躊躇うことなく川の中へ入った。 人間には大した深さではない。 だが、サンジは膝上まで水に浸かりながら、流れてきた仔猫をキャッチした。 「ニャァァ〜〜ン。」 「よーしよし。もう大丈夫だ。」 「ニャァァ…。」 川から上がり、ハンカチで仔猫の体をゴシゴシと拭う。 目が青い。 綺麗な子猫だ。 ぷるぷると震えている。 ショックだったのだろう。 「ニャーン。」 鳴き方が変わった。 落ち着いてきたようだ。 「まったく…なんだって川なんかに落ちたんだ?」 「ニャーン。」 「…さて…お前のママはどこだ?…猫のママか人間のママか?…人間だと嬉しいなァ。」 「ニャーン。」 「……まさか迷子かァ?……お前、ゾロなんて名前じゃねェだろうな?」 「ニャァ。」 あ。 今確かに、鳴き方変わったな? サンジは、子猫を抱き上げて顔を近づけると 「…ゾロ…。」 「ニャァ。」 「ゾロ。」 「ニャァ。」 「…ゾロ?ゾーロ、ゾロゾロ?」 「ニャァァァァ。」 「あっはっは!」 連れてってやりてェけど…ちょっとムリだな。 チョッパーは喜ぶだろうけれど…。 「…どうしたね?」 しわがれた声に、サンジは思わず振り返る。 一瞬、声の主を求めて目が泳いだ。 背が低い。 かなり、年配のレディ。 背筋はしゃんとして、身なりも整っている。 そして、その足元にやはり黒い猫。 「ニャオーン。」 「ニャーン。」 黒い猫が鳴くと、サンジの手の中の子猫が答えて鳴いた。 「…びしょ濡れじゃないか…まさか…川に落ちたのかえ?」 「ああ。たまたま通りかかったんで、拾ったんだ。貴女の猫ですか?レディ?」 「…いや…うちの猫はこの1匹だけさね…まぁ…うちのはオスだから… これの子供かもしれんの。」 「…おい、お前の子か?」 サンジが、黒い猫の前に子猫を突き出すと、大きい黒猫はぺろんと仔猫を一舐めした。 「ニャーン。」 「おやおや、どうやらその様だ。」 「はははは。」 サンジが子猫を地面に下ろすと、子猫はちょこちょこと走って父猫 (推定)の元へ駆けて行き、甘えた声を出した。 大きい猫も、至極当たり前の顔で、仔猫の顔を舐めた。 思わず苦笑する。 「旅の人かえ?…どちらからお出でかね?」 「…ああ、東の海(イーストブルー)から。…ここ、記録(ログ)貯まるのゆっくりだよねェ。 買出しがてら、ブラブラしてるとこ。」 「ほほ…急ぎの旅には19日はさぞ長かろう。」 「…まぁね。でも、今日でその19日目。」 「おや、そうかい。」 老婆は笑い、ふと、サンジの濡れた足に目を止めた。 そして 「うちへおいで。その濡れた服を乾かしてお行き。」 「え?」 「…“うちの猫”の恩人を、そのまま帰すんじゃ申し訳がないからね。」 「ありがとう、レディ。」 老婆の家は、すぐ近くにあった。 同じ通りの、小さな橋の前。 狭い入り口。 と、サンジは玄関の上にかけられた看板に気がついた。 小さなドア。 商売をしているようには見えないが、看板には『黒猫館』とある。 「商売してるのかい?」 「まぁね。」 「これ?」 サンジは、指で酒を飲む仕種をして見せた。 「…残念だね。」 老婆は笑い 「占いだよ。」 と、答えた。 入り口は狭かったが、中はそれなりの広さがあった。 占いをしていると言ったが、なんだか雑貨屋のような雰囲気がある。 すすけたガラスケースの中や、棚の上に、いろんな物が雑然と並べられている。 売る気があるのか?と聞きたくなる様な、品揃えと陳列の仕方だ。 ご丁寧に埃もかぶっている。 「…あたしは辻占でね…こっちは昔の相棒がやっていたんだ。」 「ご主人?」 「そんな上品なもんじゃない……借金こさえて逃げたのさ。」 「あ〜…失礼…。」 「売っ払って、少しは足しにしようと思ったけど…なんにも売れなかった。捨てるのも面倒だし。 こんなガラクタでも欲しいって物好きがいたら、吹っ掛けて売ってやろうかと思ってね。」 「あっはっは!……あ、ごめん。」 老婆は楽しそうに笑った。 サンジが、憐れみもせずに笑い飛ばしたのが嬉しかったのか、目を細めて 「お茶でいいかえ?あたしは酒はやらないんだよ。」 「お茶なら、おれが淹れていいかな?おれ、コックなんだ。」 「おやおや…それでは礼にならないじゃないか…。」 老婆とキッチンへ向うサンジの足に、仔猫がまとわりつく。 靴も靴下も脱いでいるから、半乾きの毛がくすぐったい。 店のソファに座って、サンジの淹れたお茶を飲み終えた老婆は、大きく息をついた。 「……ああ…美味しかった…こんなに美味い茶を飲んだのは初めてだよ。 いつものお茶っ葉なのに、一体どんな魔法をかけたんだい?」 「恋のエッセンスを一滴。」 「おやおや。もう一杯、もらえるかねぇ?よかったら、淹れ方を教えておくれ。」 「よろこんで。」 と、 「お礼に、あんたを視てあげよう。」 老婆が言った。 断る理由もない。 水晶玉とか、手相とか、そういうものを連想したが、老婆は、 サンジの手をとると、軽く握った拳を自分の額に当てて目を閉じた。 しばらくして 「……何も案ずる事は無いね。自分と仲間と…魂の相手を信じて… 真っ直ぐ行けばいいだろう……。」 「………。」 それだけを言った。 えっと 「……それだけ……?」 サンジの当惑に 「他に聞きたい事があるのかい?」 他に 「ないだろう?」 老婆は言った。 サンジは、思わずうなずいた。 老婆は笑って 「…運命なんてもんは、自分が掴むもんだと思ってる者に、 それ以上の言葉は要らないだろうて。」 「………。」 優秀な占い師だ。 サンジは笑ってうなずいた。 ふと 「……魂の相手……って……。」 老婆は、確かにそう言った。 仲間、のカテゴリ外に、あえて。 一瞬、憎たらしい顔が浮かんだ。 「おるじゃろう?」 「………。」 視えているのなら、隠しても仕方がないのかもしれない。 サンジの気持ちを察したように、老婆はサンジの手を軽く叩いて言った。 「信じていい相手だ。決して裏切らない。 …そんなことは、あたしが言わなくてもよぉくわかっておるだろうて。」 小さく、サンジはうなずいた。 少し頬が熱い。 と、店の壁にかかった古い時計が、重い音を響かせた。 「…お…もう、帰らねェと…。」 「ニャーン」と、仔猫が擦り寄ってくる。 「元気でな。」 頭を一撫ですると、ゴロゴロと喉を鳴らした。 「ああ…お待ち。よかったら、この店のガラクタ、何か持ってお行きよ。」 「…いいのかい?」 「気に入ったのがあったらだけどね……。 コックさんが使うようなもんはないかもしれないねェ。」 「遠慮しねェよ?おれ。…実はさっきから、 あれこれ何に使うんだろうって、興味深々だったんだ。」 「はははは、そうかい!遠慮しなくていいよ。全部持ってったってかまわないさ!」 ごそごそ、がたがたと、棚の中を物色する。 いろんなものを引っ張りだして、埃を払って、老婆と笑いながら「なんだ?こりゃ?」を連発する。 くだらない便利グッズや、怪しい器具。 あきらかな大人向けのオモチャ、対して子供騙しのオモチャ。 その中に 「ん?」 サンジが棚から取り出したのは小さな革製の箱。 埃も被っておらず、比較的綺麗だ。 サンジの掌に収まる、煙草の箱くらいの小さな箱。 開けてみる。 すると中から、6枚の赤と黒のカードが現れた。 「?」 きっちりと型に納められたそれを、サンジは取りだして広げた。 カードと言っても、薄いプラスチックのような板でできていて、かなり丈夫そうだ。 「…綺麗なデザインだな。」 赤のカードも黒のカードも、それぞれに美しい紋様で彩られている。 蓋の裏側に、折りたたんだ小さな紙。 広げてみると 『シックスセンスカード』 と、書いてある。 「“六感カード”?」 「…これは初めて見るねェ…。…ダメだ、字が小さくて読めないよ。」 サンジは、明るい方へ紙を向けて 「『これは、6つの感覚を共有するゲームです。遊び方:送信者は黒のカード。 受信者は赤いカードを持ちます。カードは6枚、お互い同じ感覚のカードを持ちましょう。 違うカードを持っても送受信はできませんのでご注意を。』 ……なんだ?こりゃ?」 「…子供のおもちゃかねェ…。」 「…う〜ん…かもしれねェな。…でも、綺麗なカードだよな。」 ナミとロビンが遊べるかもしれない。 「これをもらってくよ。」 「いいのかい?そんなんで?」 「ああ、絵を見ているだけでも綺麗だ。どうもありがとう、レディ。」 「どういたしまして……こちらこそありがとう。またおいで。」 「………。」 「…ああ…記録(ログ)は貯まったんだったねェ。」 サンジは笑った。 この島で過ごすのは今日が最後だ。 「じゃあ、ありがとうレディ!元気で!」 「よい旅を。」 「ニャーン。」 「ニャァアアン。」 「もう川に落ちるなよ!」 肉屋と魚屋と八百屋に寄らないと。 預けっぱなしの食材たちが、サンジを待っている。 ポケットに革の箱を押し込んで、サンジは店を出て、表の通りへ走った。 翌朝 サウザンド・サニー号は予定通り、再び『偉大なる航路』へ出航した。 (2009/7/10) NEXT 赤と黒の遊戯 TOP NOVELS-TOP TOP