BEFORE
出航の忙しさにかまけて、ポケットに入れたままの小さな箱に気がついたのは、出航した日の午後だった。
ナミとロビンにお茶を出し、ルフィ達におやつを出して、一服しようと煙草を探って思い出した。
『シックスセンスカード』
説明書の文字を、指でなぞりながら追って読む。
「……『これは、6つの感覚を共有するゲームです。遊び方:送信者は黒のカード。
受信者は赤いカードを持ちます。カードは6枚、お互い同じ感覚のカードを持ちましょう。
違うカードを持っても送受信はできませんのでご注意を。使い方:送信者の体に触れていればOKです。
受信者も、カードに触れているだけでOKです。その際、必ず同じカードを持ちましょう。
例えば、送信者に“黒の耳”を相手に持たせたなら、受信者は“赤の耳”を持ちましょう。
それで、受信者は送信者と同じ音を聞くことができ、同じ感覚を共有できます。』
……??つまり…この黒い方のカードを持ってるヤツの聞こえてる音が、
赤のカードを持ってるヤツに聞こえるって…そういうことか?」
サンジはかなり真剣な表情で、説明書を読み進む。
「『…送信者と受信者の距離が500メートル以上離れると、
相手の感覚を得る事はできません。』……ふーん……。ん?」
説明書の末尾。
「…『このカードで、送信者と受信者の関係に支障が起きても、
当方は一切の責任を負いません。その旨、充分ご了承ください。』……。」
説明書をカウンターテーブルの上に置き、サンジはじっとカードを見つめた。
ひっくり返してみる。
よくよく見ると
『eyes』 目
『ears』 耳
『A nose』 鼻
『A mouth』 口
『hands』 手
『A heart』 心
と、6枚のカード双方に書いてあり、抽象的だがそれとわかる図柄も描かれていた。
「…こっちの黒いカードを相手に持たせると…こっちの赤いカードをおれが持ってれば…
これを持ってるヤツと同じ音を聞けたり…見られたりするって…?」
瞬間
あの琥珀色の目が浮かんだ。
「…………まっさかぁ〜〜〜〜〜〜!!(笑)」
明るく、サンジは笑い飛ばした。
「おもしれぇオモチャ!」
「………。」
「………。」
「………。」
「……まさか……!」
「………。」
「……あるわけねェじゃん……。」
「…第一…心ってなんだよ…?」
「…バカバカしい…。」
感覚を共有できる。
目を
耳を
心 を
あいつが何を見て
何を聞いて
何を
思うか
サンジは、ぶるんと頭を振った。
「何考えてんだか…。」
「………。」
その時、いきなりドアが開いた。
かなりの荒っぽい解放音に、サンジは心臓が止まるかと思うほど驚いた。
だが、侵入者はそんなサンジの様子に全く気づかず
「…ったく!!あのバカ船長!!…おい、コック!水くれ!」
剣士ロロノア・ゾロ。
確か
サンジの連れあい。
「どうした?」
「あ?」
「顔、赤ェ。」
「…あ?そ、そう?…あ、水ね…。へいへい、水、水…。」
「………。」
冷蔵庫から水のサーバーを取り出し、コップに注いで、
「ホラ。」
「おう。」
受け取ったグラスを煽り、ゾロは一気に水を飲み干した。
「…ルフィ…何したんだ?」
サンジの問いに、ゾロは腕で口元を拭いながら
「……ったく、てめェがゴムなもんだから、こっちにゃギブアップものの関節技かけやがって……。」
ふと見ると
「…!!ゾロ!!てめェ…!何だその腕!?異様に長ェぞ!?」
だらりと下がったゾロの左腕。
どう見ても、右のそれに比べたら異常なまでに長く垂れ下がっている。
ゾロはけろりと
「…だから…ルフィに関節技かけられて肩から抜けた。」
「のんびり水飲んでる場合か!?チョッパ―――っ!!」
サンジの叫びと同時に、チョッパーがラウンジに飛び込んでくる。
「見せろってばゾロ!!尋常な音じゃなかったぞ!!」
「大丈夫だ、すぐ嵌る。」
「素人が偉そうにいうなァ!!」
叫ぶや、チョッパーは人型になり、力ずくでゾロを椅子に座らせると、関節の外れた腕をむんずと掴んだ。
「ぎゃああああああああああああ!!」
ごぎぎゅっ
不気味な音がラウンジに鳴り響く。
東の海(イーストブルー)の魔獣、海賊狩り、懸賞金1億2千万ベリーの男ロロノア・ゾロ。
「ハイ。治療終わり。お大事に。」
愛くるしいトナカイの笑顔と、最愛の女房の呆然とした顔に看取られて、昇天。
同じ頃、甲板でも、航海士の拳で船長が昇天していた。
嵌った腕で、すぐまたゾロが無茶をしないように、チョッパーは気を失ったゾロの肩をテーピングしながらサンジに尋ねる。
「サンジ。それなんだ?」
カウンターテーブルの上に、広げられたままの12枚のカード。
「え?…あ、ああ…オモチャだ。」
「へェ、カードゲーム?」
テーピングを終え、チョッパーはちょこんとカウンターの椅子に座り、カードを手に取る。
「………。」
黒の、“手”のカード。
そっと、チョッパーに気づかれないように赤の“手”のカードを手に取る。
すると
「………!」
感じる。
今、サンジは左手にカードを持っている。
なのに、チョッパーがカードを握る右手の方に、確かに、板状の物を握っている感触があるのだ。
「………。」
「なァ、これ、どうやって遊ぶんだ?」
チョッパーの問いに、サンジはテーブルの上を見た。
説明書がない。
そういえば、さっき、ゾロが入ってきた時に慌ててポケットにねじ込んだ。
「さ、さぁ、おれも…よくわかんね…。」
「なんだ、つまんねェ。」
ポイっと、チョッパーはカードをテーブルに戻す。
左の指先の、感触が消えた。
「………。」
と、外からルフィの声。
「ゾロー!!治ったか!?続きやろーぜ!!」
「アンタはァ!!」
再びナミの拳骨。
ようやく気を取りなおしたゾロがソファから立ち上がる。
ドアを開けて、下に向って叫んだ。
「一抜けだ。おれァ寝る。」
「ええええええええええ!!?」
「ガッチガチにテーピングされちまったんだ。取れたらな。」
「ちぇ。」
ルフィと話しながら、振り返りもせず、ゾロはラウンジを出て行った。
そのまま展望室へ上がったのだろう、ルフィのブーイングがしばらく続いていた。
「じゃ、おれも。もう少し本読もう。」
チョッパーも、出て行った。
「………。」
広げたままのカード。
ポケットから、説明書を取り出す。
『このカードで、送信者と受信者の関係に支障が起きても、当方は一切の責任を負いません。
その旨、充分ご了承ください。』
それでも
それでも
知りたいと
思う
一瞬、サンジは目を曇らせた。
だが、それは、ほんの一瞬だった。
サンジは“鼻”のカードを取り上げると、にやりと笑い
「“鼻”っつったら、やっぱりアイツだろ?」
丁度その時
「お〜いサンジィ!!」
待ってましたァ!!
言いながらラウンジへ入ってきたのは、当船の狙撃手、キャプテン・ウソップ。
「なァ、これ針にかかったんだけど、食える魚か?なんかえらくグロい色でさァ。」
傾けたバケツの中に、なるほど確かにグロテスクな色の魚。
「ニジイロダイじゃねェか。こいつ、時々妙な色のが出るんだ。大丈夫、食えるぜ。」
「じゃ、生簀に入れておくなー。」
「ああ、ごくろーさん。」
ごくろーさん、と、肩を叩いて言いながら
ウソップのズボンの後ろのポケットに
黒い“鼻”のカードを忍ばせた。
さて
どーなるか?
サンジも、赤い“鼻”のカードを、スーツのポケットに入れた。
夕方になり、夜になっても、特に変わった事が起きるわけではなかった。
同じ船の上、潮の香りは当たり前の様に漂っているし、匂いという点では、
サンジの方が独特な匂いの漂うキッチンにいるのだから、ウソップの感覚を捕らえる事はできなかった。
後片付けの当番もウソップだったから、食後もずっとウソップが側にいて、
これではカードなど持たせなくても、同じ感覚を共有してるよな、と、自分で自分に呆れていた。
(…そーいや、どうやって回収するかまで考えなかったな…。)
まぁ、いいか。
風呂に行った時でも…。
不意に、ウソップが「あ。」と声をあげた。
「そーだ、サンジ。」
「ん?」
「後でさ、ソルジャードックシステム格納庫に、夜食もらえねェかな?フランキーと2人分。」
「今夜?何かするのか?」
「ああ、シャークサブマージ3号の推進システムのクランクが、怪しいカンジでさ。
今夜中に交換しようって事になってよ。」
「そっか…よし、わかった。」
「見張り、ブルックだよな?なんかリクエストしてるのか?」
「芋、蒸かしてくれってさ。」
「蒸かし芋…おお、たまにはいいな、そういうシンプルなの。おれも!」
「了解。」
笑って、ウソップは出て行った。
その頃には、サンジ自身、ウソップのズボンのポケットの中の事など、すっかり記憶から零れていた。
1時間後
ウソップとフランキーとブルックに、『サンジ謹製:蒸かしただけのサツマイモ』を
届けて、そろそろコックさんもお休みの時間と、風呂場に向った。
「………。」
風呂場に気配がある。
この水音
この時間
「………。」
ま……いっか……。
「…入るぞ、ゾロ。」
「おう。」
すぐに答えがあった。
脱衣所に入ったサンジに、風呂場から、髪を洗っている音交じりにゾロは言う。
「今日は早ェな。」
「ああ、夜食が簡単なメニューだったから。……もう、出るか?」
少し間があった。
「いや。」
「………。」
「入って来いよ。」
優しい声だった。
皮肉っぽい、意地悪げな声ではない。
サンジは、少し頬を染めて、ネクタイに手をかけた
時
「!!?」
思わず、サンジは鼻を押さえた。
一瞬、驚いて体がよろめき、脱衣所に置かれていたゾロの3本の刀を倒してしまった。
「どうした!?」
弾かれた様に、ゾロが風呂場から飛び出してくる。
「………っ!!」
「コック!?」
鼻を押さえ、サンジは苦悶の表情で喘いでいた。
「おい!どうした!?」
ゾロが、サンジの肩を掴んだ時
「どわああああああああああああああ!!」
「だあああああああああああああああ!!」
2つの悲鳴。
「―――っっ!!!う…ぐわあああああっ!!…しっンじらんねェェェ―――っ!!」
ウソップだ。
「このガイコツァ!!よりにもよって!!あの狭い部屋で!!」
フランキー。
ゾロは、声の方向とサンジを交互に見た。
「ヨホホホホホ!!失礼いたしましたァ!!つい!ついうっかり!!不可抗力です!!
出物腫れ物所嫌わず!!も〜〜〜〜〜〜しわけありませんでした〜〜〜〜〜!!」
ブルックの声だ。
すると、騒ぎにナミとロビンも顔を出し
「一体なんの騒ぎ!?」
「聞いてくれよ!!この野郎!!格納庫でトンでもねェ臭い屁ェしやがったァァァ!!」
「まあ。」
「いやはや!やっぱり蒸かしサツマイモはテキメンに来ますねェ!!(ブ――っ!!)あ。失礼。」
「いやぁ!!もぉ!!ブルック――!!」
「ヨッホッホホホホ!!ごめんなさ―――い!!」
眼下での騒ぎに溜め息をつき、ゾロはサンジを振り返った。
「コック?」
呆然としたサンジの顔。
「…どうした?」
「……あ……。」
いぶかしげなゾロの顔に、サンジは引きつった笑いを見せるしかない。
今の、突然の異臭はブルックの…。
だが、格納庫でぶっ放した屁が、ここまで匂って来るわけは、いくらなんでも……ない。
現に、ゾロはまったく匂いを感じていない。
ということは
「………。」
サンジは、布の上から、ポケットの中のカードを押さえた。
騒ぎが収まる。
この大騒ぎの中でもルフィの声は聞こえない。
爆睡中なのだ。
「……!!」
ゾロの唇が、サンジのそれに触れた。
「………。」
「…風呂…入ろうぜ…。」
思わず、うなずくしかなかった。
(2009/7/10)
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