BEFORE
翌日、サンジは、今度は黒い“口”のカードをルフィのポケットに入れた。
ウソップ1人に対する実験のみでは、まだ少し疑わしいと思った。
『本物』とは思うのだが、全てのカードに効果があるとは思えない。
心の中で「“目”のカードは、ナミさんかロビンちゃんに持たせて、
女の子たちのあーんな姿やこーんな姿…vvvv」なんて、企んでいたりする。
アブサロムに打ち砕かれた透明人間の夢を、思わぬ形で叶えられそうで、サンジの鼻は開きっぱなしだ。
だが、それこそ女の子たちの衣服に、カードを忍ばせるのは至難の技だろう。
そして、その日の昼前にはもう、“口”のカードはその威力を発揮した。
昼食の準備中、サンジはナミの用事で少しキッチンを離れた。
その間に
「ルフィ!!てめェまた盗み食いしやがってェ!!」
「えええええ!?なんでわかったァ!!?」
凄まじい駆け足で叫びながら舞い戻ってきたサンジに、ルフィは仰天したが、
口の中に頬張った食べ物は必死に手で押さえつけて守った。
そのままキッチンラウンジを飛び出し、ロビンの花畑まで逃げる。
そのルフィを追いかけて、サンジは叫んだ。
「ベーコンとゴルゴンゾーラチーズのパニーニに、デザート用のパイナップルとスイカ!!
食ったろ!?てめェ!!」
「何で食ったのまでわかるんだ!?スゲェなサンジ!!」
「わからいでかァ!!」
ナミの用事を済ませている最中に、口の中に広がった味覚。
それがルフィのものだという事は、赤いカードを持ったサンジには当然の感覚だった。
手も、鼻も、口も
みな、紛れもない他人の感覚を、感じることができた。
ロビンが花を咲かせて、ルフィの襟首を捕まえる。
「ロビンー!放せよォ!!」
「ウフフ…ダメよ。叱られてらっしゃい。」
「うわぁ〜〜〜〜ん!」
いつもなら、延髄切りの一発も食らわせるところだが、サンジはルフィの首根っこを捕まえてコメカミを拳骨で
「いだだだだだだだ!!」
グリグリしながら
ポケットから黒いカードを抜き取った。
さて
そうなったら
「…どのカードを持たせるか…。」
誰に?
もちろん
「………。」
別に
あいつが何を見ようが、何を聞こうが
おれの知ったこっちゃない。
けど
「………。」
夜、男部屋の自分の寝床で寝ているゾロの、ハラマキの中にそっと黒いカードを忍ばせた。
“耳”と、目”の、2枚のカードを。
“手”と“鼻”と“口”のカードは、サンジが意識していなくても、その感覚が飛び込んできた。
だが、“耳”と“目”は、少し意識をしないと拾うのが難しいようだった。
サンジ自身が「そういえば」と、意識をして目を閉じたり耳を澄ましたりしないと、
ゾロの視覚や聴覚を得ることができない。
もっとも、無意識に違うものが目や耳に飛び込んできたら、日常に支障をきたす。
その為の安全作用か、はたまた感覚として飛ばすのが難しいのか…。
あまりに何も感じ取れないので、サンジがサニー号の中でゾロを捜しに行くと、いつもの様に寝こけている事が多かった。
( …そうだった…万年寝太郎じゃ、耳も目も効果ねェ…。 )
芝生の上で寝転んでいるゾロのハラマキをそっと探る。
ちゃんとカードはある。
諦めて引き抜こうかと思った時
「…ん…。」
ゾロが身じろいだ。
「!!」
思わず手を引っ込め、反射的に離れようとした時
「どわっ!」
「……なんか用か?」
腰を抱えられて、仰向けに寝転がるゾロの腹の上に載せられた。
サンジを見つめるゾロの目は、まだ半分寝ぼけている。
「……別に…あんまりよく寝てっから、ついに死んだかと思ってよ。」
「…かまって欲しいならそう言え。」
「…っ!!誰が!」
「ぐはぁっ!!」
腹を踏みつけて、サンジは立ち上がった。
と
「!!」
サンジは一瞬目を擦った。
「どうした?」
背中から聞こえるゾロの声。
「……いや……。」
「?」
一瞬
自分の網膜の中に、自分の背中が映った。
「………。」
背中を向けたまま、サンジは静に目を閉じた。
見える
自分の眼に、自分自身の背中。
これは
ゾロが見ているものだ。
「………。」
「どうした?」
半身を起して、ゾロが自分を見る。
その光景が、サンジの網膜の中に広がる。
自分の背中を自分で見る。
奇妙な映像。
「…なんでも…ねェ…。」
答える自分の声が、自分の耳に届く。
「コック。」
呼ばれて、サンジはピクンと小さく震えた。
振り返るのは簡単だ。
だが、振り返ったサンジを見るゾロの目は、紛れもなく自分を捉えるだろう。
恐れるように、サンジはゆっくりと振り返る。
ああ。
サンジは、喘ぐように息をつく。
ゾロの目に映る自分自身の姿が、なんとも鮮やかに映しだされ、サンジの瞼に広がる。
顔が熱い。
なんて
まっすぐに人の目を見つめるんだ。
たまんねェ…。
恥ずかしさで、顔が燃えるようだ。
赤いカードをポケットの上から押さえる。
取り出して体から放せば、この甘美な拷問から逃れられるのに、もっと、
ゾロの視線を外側と内側から感じていたい衝動が捨てきれない。
と
瞬間固く閉じたサンジの目に、自分の顔がアップで映った。
はっとして目を開けると、唇が触れんばかりの距離にゾロの顔があった。
「…わ…!」
「熱でもあんのか?」
「ちが…っ!!」
こういう行為を、意外と天然にやってのける。
こつっと額を合わせて
「…なんとなく熱ィ。寝たほうがいいんじゃねェか?」
「あ…!ああ…!うん!そうだな…!!じゃ…じゃあ…夕メシの支度までちょっと休む…!!」
「おう。」
弾かれた弾丸のように、サンジはゾロの前から走り去る。
だが、ずっと目の前に、リアルに自分が観ている情景と、ゾロが見つめている自分の背中が映っていた。
息を切らし、男部屋のドアを閉めると、ようやくゾロの視覚は消えた。
向こうも、また昼寝でも始めたか。
サンジは自分のロッカーに飛びついて扉を開けると、あのカードの箱を引っ張りだした。
中から解説書を出し、開く。
『このカードで、送信者と受信者の関係に支障が起きても、
当方は一切の責任を負いません。その旨、充分ご了承ください。』
「………。」
煙草に火をつけ、さらに解説書を読み進める。
「…ん?」
気がつかなかった。
こんな事書いてあったか。
あったんだろう。
気がつかなかっただけだ。
『なお、受信は送信者の精神状態によっても変化します。
カードによっては受信しにくい場合がございます。』
「………。」
つまり
カードを持った人物のテンションでも…変わる?
「………。」
そういえば
チョッパーは、珍しいものを見つけて気持ちが昂ぶっていた。
ウソップは、ブルックのとんでもなく臭い屁で、怒り心頭だった。
ルフィは盗み食いのスリルと、成功と美味とで興奮MAXだっただろう。
そしてゾロは
「………。」
自分の恋人が目の前にいるのだ。
テンションが下がるわけはないだろう。
サンジは、もう一度目を閉じてみた。
できる限り、気持ちを落ち着かせて。
「………。」
見えない
何も
サンジが、ほっと息をついた時
『ゾーロ!』
「!!」
『ゾロ、おい、起きろゾロ!』
ルフィの声。
『……あァ?』
『ヒマならあそぼーぜ!この前買ったゲーム、4人じゃねェとできねェんだ!』
『……ブルックかフランキーに頼め。』
『ブルックは苦手だって言うし、フランキーは今、なんか作ってる最中でさー。』
「………!!」
ゾロの目が、ルフィの姿を捉える。
満面のルフィの笑顔。
愛しい笑顔。
だがこれは、ゾロが見ているルフィだ。
「………っ!!」
サンジは、ポケットの中の赤いカードを思わず捨てた。
心臓が、バクバクと鳴っていた。
自分が、とんでもなく馬鹿な事をしているのはわかる。
でも
震える手で、もう一度2枚のカードを拾う。
「………。」
『何とか言ってくれよゾロォ!ウソップずッけェんだ!!』
『計算と言ってもらいたい。』
『やめなよー2人ともー。』
ゾロ
これが
お前が見つめるルフィなのか?
お前の大切な
未来の海賊王
お前の船長
お前の指針
これがお前のルフィ
お前の……。
こんなに鮮やかに
こんなに明るく
こんなに輝いて
手の中に包んだカードを、サンジは震える手で握り締める。
いつの間にか目尻に浮かんだ涙が、頬を伝って落ちていく。
後から後からそれは溢れて止まらなかった。
いやだ
いやだ
いやだ
嫌だ、ゾロ!!
そんな優しい目で
おれ以外のヤツを見るな!!
ルフィを見るな!!
愛しいルフィ
それはおれも同じだ
なのに、こんなに苦しい
醜い爪が、心を掻き毟る
心
心
“心”のカード
「………。」
(2009/7/17)
NEXT
BEFORE
赤と黒の遊戯 TOP
NOVELS-TOP
TOP