BEFORE




こんな事をして何になる。



こんな事をして、もし、本当に、ゾロの心のパーセンテージの殆どが、

ルフィで占められているのだとしたら、おれは…。



何度も抱き合って

何度もキスして

何度も肌を合わせて

何度も好きだと言って

何度も好きだと言ってもらって



なのに



何でこんな事…。



残り1枚



“心”のカード



夜半、誰もいないキッチンカウンターに座り、黒と赤のそれを両手に持って、サンジはまだ葛藤を続けていた。



ゾロは今、風呂場にいる。

上がって行き、衣服のどこかにこの小さなカードを忍ばせればいい。

そうすれば



ゾロの心がわかる。









こんな









弱い女の子みたいな自分の思考。



たまらなく嫌だ……。







 「………。」







ルフィが



仲間の誰に対しても、あの明るく愛しい笑顔を向けるのは当たり前のことだ。

だから自分もかつてルフィを愛したし、今だってゾロとは別の意味合いで深く愛している。

同じなのだとわかっている。

ゾロも、自分と同じだと。



なのに





腹が立つ。



ムカつく。



自分の醜い嫉妬に。







ゾロに







ゾロにあんな風に、見つめられるルフィに





サンジはゆっくりと立ち上がった。

キッチンを出て、そのまま風呂場へ上がる。



赤の“心”のカードを右ポケットに、黒のカードを左のポケットに入れて。

ポケットに手を突っ込み、2枚のカードをそれぞれの掌で包んで、ゆっくりと階段を上がる。

風呂場にはほのかに明かりが灯り、水音が聞こえてくる。



かちゃ



そっと脱衣所のドアを開け、駕籠の中に放り込まれているハラマキを取り出し





 「………。」





そっと





 「………。」

















黒い



“耳”と“目”のカードを取り出した。



そして





 「………。」





そっと







 「………。」



水音は途切れない。



ぱたん



静かに、ゆっくりと、サンジはまたキッチンへ降りて行った。



調理台の前に戻ると、キッチンの棚の中に隠し場所を変えた例のカードの箱を取り出し、

抜き取ってきた“耳”“目”、そして“心”のカードを納めた。



 「………。」



古新聞に包み、キッチンの上棚を開け、隅に置いた。



捨ててもよかった。

だが、捨てる気にもなれなかった。



捨てたら



ますます自分が惨めになる…。



















 「おっはよ〜〜〜〜!サンジ!!」

 「ああ、おはようルフィ。」



いつものように、背中に抱きついて来るルフィに、サンジはいつもの笑顔で答える。



 「今朝のメシなんだ?」

 「今朝はブルックのリクエストで、英国風正統ブレックファストだ。」

 「なんだ、そりゃ?ワケわかんねェけど、美味そうだ!」



後ろ手に、ルフィの頭をポンと叩き



 「ホラ、いい加減離れろ。続きができねェ。」

 「お、悪ィ悪ィ。」



ルフィは弾むボールの様にサンジから離れ、ダイニングテーブルの前に座る。



 「おはよう、サンジくん。」

 「おはよう。パンのいい香りね。」

 「おはよ〜〜〜〜、ホントだ〜〜〜いい匂いだァ〜〜〜。」

 「チョリーッス!!」(木/下優/樹菜風)

 「ヨホホホホ!おざま―――す!!」(小/倉智/明風)

 「んん〜〜〜〜〜〜ス〜〜〜〜パ〜〜〜〜〜〜!!」

 「おいっす。」(い/か/りや/長/介風)



サンジはにこやかに笑い



 「おはよう、ナミさんロビンちゃん。」



と、女性だけに挨拶を返した。



いつも通りの朝。







サニー号は快調に偉大なる航路を進んでいく。

今日は天気もよく、ナミの命令一下、全員で掃除と洗濯に明け暮れた。

夕方には全ての洗濯物も乾き、取り込んで、さぁ一息と思ったら、そこはグランドラインで

突然の激しい雷雨に見舞われ、船を守る為にあたふたと駈け回り、やっと全員が落ち着けたのはその日の夜遅くだった。



 「あ〜〜〜……なんかすっげェ駆けずり回った1日だったな〜〜〜〜……。」



ダイニングのテーブルに突っ伏して言うウソップにナミが



 「でも、充実した1日だったでしょ?」

 「ええ、もぉ、充実しすぎて全身めちゃくちゃ痛いわだるいわ…。」

 「フランキーに、疲れない身体に改造してもらえウソップ。」



笑いながらゾロが言った。



 「おお、スーパーにかっこよく改造してやるぜ?」

 「改造か………憧れだよなァ〜〜〜〜。」

 「うん、憧れるよなァ〜〜〜。」



目をキラキラさせて、ルフィとチョッパーが言った。

ナミが呆れて言う。



 「そこ!憧れない!」

 「ついでにとんでもない変態になったりして。」



ロビンが言った。



 「聞き捨てならねェな、ニコ・ロビン。言っとくがおれ様は、改造人間になる前から、生え抜きの変態だ!!」

 「あら、ごめんなさい?」

 「…あ〜〜〜!ダメだ!おれ、もう寝る!…あれ、今夜おれ、見張りじゃねェよな?」



ウソップの問いに、すぐ



 「ああ、おれだ。」



ゾロが軽く手を上げた。



ドキン



サンジの心臓がひとつ鳴った。



 「あら、ゾロなの?それじゃ、みんなさっさと寝てあげましょ〜〜〜。」

 「ナ、ナミさんん!?」

 「あら、なぁに?サンジくん?どうしてサンジくんがうろたえるのかしらァ?」

 「…あ…う…。」



思わず口ごもってしまった。

こうなると、みなが調子に乗る…。



 「ああ、悪ィがコックに用がある。早めに外してくれるとありがてェ。」



ずばっと、言ってのけたゾロにナミが仰け反り



 「聞いた!?今の聞いた!?」

 「あ〜〜〜聞いた聞いた……おやすみなさい…。」

 「じゃ、私も。」



ロビンが本を閉じ、笑いながら立ち上がった。

チョッパーも素知らぬ風で



 「ルフィ、男部屋でUNOやろう!」

 「おう、いいぞ!フランキーもやろうぜ!」

 「ああ、風呂入ってからならつき合うぜ。」



がやがやと、まるで潮が引くように仲間がラウンジを出ていく。

最後に出て行こうとしたブルックが、ドアの隙間から顔だけ出して



 「あの、ワタクシ、よろしければムードミュージックなど奏でさせていただきますが。」

 「いらねェよ!!」



叫んだのはサンジだった。



 「は〜いはいはい。ブルック〜〜〜気持ちはわかるけど退場よ〜〜〜〜。」

 「あああああああああああ、アフロを引っ張るのは止めて〜〜〜〜〜。」



それでも、遠ざかりながらバイオリンを奏でる。

古い恋愛映画のBGM。



 「……ったく。」

 「………。」



ドアから目を逸らすと、目の前にゾロの顔。

その目が、じっと自分を見つめている。



 「………。」

 「…何の用事だか知らねェが…これ終わらせるまで待ってろ…。」

 「わかった。」



「何の用事だかわかってんだろ?」とは返さず、ゾロは黙って酒の瓶を仰ぐ。



サンジは、翌朝の朝食のための仕込みを再開した。

野菜を切り分け、パンの生地を捏ね、スープの鍋の火を加減しつつ、ルフィ用の肉をマリネにし冷蔵庫にしまう。

その間、ゾロはずっとサンジを見つめていた。

サンジの手元ではない。

真正面から、その表情から目を離さない。



カードを抜き取っておいてよかったとマジで思う。



とてもではないが耐えられない。



ゴーイング・メリー号の時は、背中から視線を浴びていた。

その状況もかなり食らうものがあったが、今のカウンターキッチンではダイレクトに

視線を浴びてしまい、不意に上げた目が絡まることも多くなった。



忙しい1日を過ごして、改めて思う。



バカな事をした。



明日、あのカードを捨てよう。



本当は今すぐにでも捨てたいけれど



今夜は



きっとこのまま



だから、明日の朝







きゅっ





と、蛇口を閉める音がして、ゾロはサンジの手元を見た。



コンロの火は消えている。



サンジが、唇から煙草を離すより早く、ゾロが言う。





 「おい。」



 「…あ?」



ゾロは立ち上がり、キッチンの中に入ってきた。

そして、サンジの正面に立ち、すっと右手を上げた。



 「?」



いぶかしむサンジの前で、ゾロは、ゆっくりと右手を開く。



 「……あ!!?」



サンジが小さく叫んだ。



バラバラと、ゾロの右手から零れて床に散らばった。



赤と黒の12枚のカード。



 「!!」



 









(2009/7/17)



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