BEFORE




船が揺れている。



揺り篭のように心地よい。



千の波を越える太陽の船は、柔らかなその光に包まれて目覚めの時を迎えていた。





そっと





扉を開けて、きょろっと外を見回して、ゾロは甲板に出た。

腕に、眠るサンジを抱えている。

朝食の支度を始める時刻まで、もう少し。



船首甲板。

サニーの真横に立ち、ゾロはサンジの頬に口付けて



 「おい、起きろ。」

 「………。」



すぐに、青い瞳は開かれた。

そして、ゾロの顔を見上げる。



まだ、ぼうっとした青い目。



その目が、少し戸惑う。



そして、のろりと左手を上げ



 「…いい加減はずせ…。」



まだ、カードを握らされたままの手。



 「…ああ、外す。…これが最後だ。」



答えて、ゾロは前を見た。

サンジは目を閉じて、ゾロの胸に頭を預ける。



青く広がる大海原

ゆっくりと昇る太陽

水平線に浮かぶ雲



腕の中の、自分自身



 「…ゾロ…。」

 「あァ?」

 「……おれはやっぱり…怖い……。」

 「………。」

 「自分自身の心が…怖くて仕方がねェ…。」

 「………。」

 「…お前が…決しておれを裏切らない事は知ってる…でも…この禁忌を…貫き通していいのかって

 …きっとこれからも…何度も悩む…おれは…悩む…。」

 「……しょうがねェな……。」



呆れた様に言い、だがゾロは笑う。

ゾロはサンジを甲板に下ろした。



このカードをくれたあの老婆の言葉が耳に甦る。





 何も案ずる事は無い。自分と仲間と、魂の相手を信じて、真っ直ぐ行けばいい。





心で思い浮かべた言葉を聞きとったのか、ゾロはサンジの髪を撫でて引き寄せ、優しく抱いた。



その腕に手をかけて、サンジは穏やかな声で言う。



 「…ありがとう…。」



 「…礼を言われる類のもんか…?」



 「………。」



 「…まだわからねェなら…このまま上で続きするぞ…。」



 「………。」



小さく笑い、サンジは首を振る。



ようやく、サンジの左手は解放された。

バラバラと、赤いカードが床に散る。



ずっと強く握りこんでいたのに、シワや折れ目ひとつなかった。



掌に残ったカードの痕を、ゾロは舌で舐める。

赤いカード6枚を拾い集め、ゾロはポケットから黒いカードを取り出す。

それを、サンジは受け取り、そのまま波間へばら撒いた。



 「………。」



 「…あんなもん…もう…いらねェ…。」



 「………。」



瞳を交わし、触れて、唇を重ねる。

ゾロが言う。



 「あんなもん無くても、おれ達はこれまでも…これからも…同じものを見て、聞いて、触れて…前へ往くんだ…。」



ゾロの腕の中で、サンジははっきりとうなずいた。











































さて



3日後



 「うわああああああっ!!」



いきなり、サニー号に響き渡るウソップの悲鳴。



 「ぎゃはははははっ!!」



同じく、響き渡るルフィの爆笑。



 「いやァァァァァあああ!!見たくないものが見えるぅぅぅぅぅ!!」



轟くナミの絶叫。



突然に何が起こったかと、サンジはキッチンから芝生の中央甲板に飛び出した。



 「どうしたんだい!?ナミさん!?」



見ると、ナミは芝生に這いつくばる様にして突っ伏し、ウソップは仰向けに悶絶し、

ルフィは腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。



 「あ!サンジ!」

 「なんだ?一体どうしたチョッパー?」

 「これだよ、これ!」



言って、チョッパーが見せたもの。



 「!!??」



瞬間、サンジの顔が青ざめた。



 「この前、魚用の網に引っかかってて、ウソップとフランキーが拾ったんだ。」



ロビンが重ねて言う。



 「“シックスセンスカード”。10年ほど前に流行したオモチャよ。私も見た事があるわ。

 けど、あまりに不道徳的なオモチャなものだから、発売中止になったものなの。

 昔捨てられたものが、流れ流れて辿り着いたのかもしれないわね。」

 「………。」



サンジの背中を冷たいものが流れていった。

フランキーが言う。



 「…しかし…バラバラの状態で…12枚きちんと流れ着くのはおかしくねェか?

 あんまり汚れても、潮に晒されてもいねェし…。まるで、ついさっき捨てたってカンジだったぞ。」

 「!!!!!」



サンジは動揺を隠してフランキーに尋ねる。



 「…いつ…拾ったんだ…?」

 「あ?いつだったか…2,3日前か?」



おれが捨てたカードじゃねェかァァァ!!



そうだ!

あの前の晩、網を下ろしてたんだった!!

忘れてたァァ!!



 「サンジ、知ってるのか?このカード。」



チョッパーの無邪気な声が、心臓に突き刺さる。



 「え?い、いや、知らねェなァ!!」

 「あのな、ロビンが使い方知ってたんだ。こっちの黒いカードが送信で…こっちの赤いカードが…。」

 「…あ、いや…別に…おれ…見たいもんねェし…。」

 「え?何で、人が見てるものが見えるの知ってるの?」

 「うぐっ!!」

 「…あれェ?そういえばこれ、前に一度どこかで見たような…。」

 「あ〜〜〜〜〜!!いい天気だなァ!!洗濯でもすっかなァ!!」



と、ルフィが目じりの涙を拭きながら



 「でな!今、これゾロのハラマキん中に入れてあるんだ!!おもしれェぞ〜〜〜〜!!」



ゾロ!?



ナミが叫ぶ。



 「もぉ、嫌ァァ!!何か弱みを掴めるかと思ったら、見たくもないモノ見せられた―――っ!!」



って、ナミさん、ナニを見たの!?



 「……おれ…ここんとこ災難続きだ……ブルックのもすんげぇ臭ェけど…ゾロも負けてねェ……。」



ウソップが力尽きた。



 「………。」

 「なァ、今度おれ!!おれになんかのカード貸して!!」

 「“鼻”貸してやる…。」

 「“鼻”はいらねェ。おれこのままで充分だ!やっぱり目かな〜〜〜〜。」

 「“目”なんてつまんないわよチョッパー…。」

 「じゃ、おれの“耳”は?」

 「そーだ、サンジ!こっちの“心”持ってみろよ!!」

 「え!?」



するとウソップが



 「おお!そうだな!!サンジ、普段聞けねェゾロの本音が聞けるかもしれねェぞォ〜〜〜?」

 「いらねェ!!」

 「いいからいいから!!ホラ、サンジ!!」

 「いいって…!」



間に合ってます!!



嫌がるサンジの手に、ルフィは無理矢理“心”のカードを握らせた。



それに、どうせ“心”のカードを持ってもらうなら、ナミさんとかロビンちゃんとか…。

って、おれは何を考えてるんだァ!!?



と



握らされたカードをよく見ると。



 「!!?」



黒い…



黒の“心”のカード



 「あれ?おい、ルフィ。おまえ、ゾロのハラマキに赤い方入れたのか?」

 「んん?あれ?…っかしぃな〜〜〜?黒いの入れたつもりだったのに。」

 「目を覚ましそうだったから、慌てたんじゃない?」

 「………。」



て、ことは?



その時、けたたましい足音がして、ゾロがズボンのファスナーを上げながら、芝生の甲板に駆け込んできた。



 「あ、ゾロ。」



駆け込むや、ハラマキの中から数枚のカードを引っ張りだし、叩きつけた。

黒のカードの中に、1枚だけ赤いカード。

怒りに満ちたゾロの目は、ルフィやウソップでなく、サンジを睨み付けている。



 「…コック…てめェ…。」

 「お、おれじゃねェ!!」

 「はーい!おれとウソップとチョッパーでーす!」

 「バラすな――――っ!!」



いや、ゾロの怒りはそこじゃないな。



それに、どうせ“心”のカードを持ってもらうなら、ナミさんとかロビンちゃんとか…。





あの瞬間、そう考えちまった。





ビックリしてかなり高揚してたから、きっとダイレクトにゾロのハートを斬りつけたと思う。



引きつった笑いを浮かべ、煙草をひとつ揺らし、サンジは



 「ごめんネ。」



と軽く詫びた。



 「ごめんで済めば警察も海軍も要らんわ――っっ!!そんで、“ネ”とか言うな―――!!」

 「それが海賊のセリフかよ。」

 「…ルフィ…そのカード…全部寄越せ…。」

 「おう、いいぞ!」

 「渡すな!!」



何で、これがここにあるんだ?と、疑問を抱いた目で眺め、

だが、次の瞬間には悪魔の様に笑い、チラ、とサンジを見て言う。



 「……そういや…リバースで使ってねェよな……。」

 「う!!」



そのやりとりに、ブルックがぽつんと



 「あら、ゾロさんの物だったんですね?」

 「……何に使ったんだあいつら……。」



フランキーが溜め息をついた。

ナミも、さらに深い溜め息をつく。



 「ホント、男ってバカ。」

 「ウフフ。」







サウザンド・サニー号は、今日も偉大なる航路を進む。



大きな夢と想いを載せて。











ここでEND



いえいえ

















その晩、ゾロは勇んで赤いカードを身に着けたが



 「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」



灯りを落とした展望室。

サンジが勝ち誇った様に言う。



 「……へへっ。ザマミロ。」



カードを身につけた途端に流れ込んできたサンジの感覚。



あまりの照れ臭さに、その夜のゾロは結局何もできないまま終わったという。



“シックスセンスカード”はその後、次の島の古道具屋でナミが5万ベリーで売り払い、その日の贅沢な夕食代となった。

















END

 





川端康成『片腕』を読みたい。

そう叫んでいた時にふと思いつき。

ここに少し澁/澤/達/彦のエッセンスが入る。

暗いまま終わらせるのもありかと思ったけど

ウチのゾロサンはザッハトルテにメープルシロップを

かけて食っていただくのが基本なもので。



…オマケにこんなの描いてみました。

ぷっと笑ってくだされば結構です;;







(2009/7/20)





BEFORE

赤と黒の遊戯 TOP


お気に召したならパチをお願いいたしますv

TOP
COMIC-TOP