バラティエに居る頃から、サンジは与えられる愛には不自由しなかった。 ゼフはもちろん、パティにもカルネにも、他のコックにも、 訪れる客たちにも、サンジは愛されていた。 それはサンジが持つ天性で、ルフィのそれによく似ていると言ってもいい。 ただ、サンジのそれには少し『毒』があった。 その『毒』に、惑わされ、勘違いをして、サンジに言いよる者は多かった。 降り注ぐそれが鬱陶しくなったサンジが取った行動は、 自分から「女好き」をアピールすることだった。 功を奏して、サンジに粉をかけてくるウザイ奴らは少なくなった。 実際、女の子が嫌いなわけではなく、他愛のない話も、 一生懸命に自分を磨く様も、可愛く愛しいものだった。 時に、体の関係を求めてくる女性もいた。 客には手を出すなと、ゼフに厳重に言い含められていたが、 親の言う事は逆らうものだという時期にあった頃、幾人かの相手と関係を持った。 自分の夢と恩の狭間で悩み、苦しんでいた頃だ。 しかし、元々「与えられる愛」に慣れ切っていたサンジはやがて、 ベッドの上で女性を満足させる一連の行為が「面倒なもの」になっていった。 そんな時に、ゼフの部屋にルフィが砲弾を撃ち込んだ。 後の流れは、ご存知の通りだ。 ルフィで、本気の恋を、愛を知り。 ゾロに奪われ、ゾロを知り、ゾロに魅かれ―――。 望む全てを、ゾロは与えてくれる。 与えられる愛も、愛を与える事の喜びも 並び立ち戦う快感も、共に前へ進む夢も野望も、希望も もう、他の誰も見ない。 自分の心の中に、ゾロ以外、仲間以外、もう誰も入れない。入れたくない。 それなのに 「………っ。」 青い空 黄色い太陽 フラッシュバックの様に浮かんで消える、黒い髪の凶悪な顔。 同じ黒い髪なのに、その輝きは何と濡れて凶暴な事か。 瞬間締め付ける胸の痛みが、まるで苦しい恋の痛みにも感じる。 そして 「………。」 いい天気だ。 波も穏やかで、風もよく吹いている。 3時のお茶を出したばかりだ。 珍しく、ルフィのはしゃぐ声も聞こえない。 と、思ったら、メリーの頭の上で、大口を開けて大の字になっている。 ウソップも、『ウソップ工場(ファクトリー)』で何かを真剣作業中だ。 チョッパーも、ずっとロビンと並んで本を読んでいる。 ナミさんは…ああ、海図を書くと言ってたな。女部屋だ。 「……ゾロ?」 後部甲板側の窓に寄り、壁を軽く叩いてみる。 声はないが コンコン 答えがあった。 足早に、サンジはラウンジを出てゾロの元へ向かい――― 顔を見るなり、その首に抱きつき唇を貪った。 すぐにゾロの固い手がサンジの頭を抱え、熱く、舌を絡めてくる。 「……ふっ……ん……。」 長い長い 気が遠くなるほどの口づけの後、ようやく瞳を交わした。 「………。」 濡れた青い目。 その瞼に口づけ、耳に舌を這わせ 「……真昼間っからヤラシイ体だな。」 ゾロが囁きながら、スーツのパンツの上から「それ」を撫で上げる。 「……欲しくねェの……?」 辛そうに笑いながら、サンジはシャツを開いた。 「…何、サカってんだ?」 ゾロが問う。不機嫌な声。 「…欲しいんだ…。」 「………。」 「…ココに…てめェの凶暴なのが欲しい…。」 「…夜まで待て…。」 「待てねェ…。」 すがり、腰を摺り寄せ、ゾロの耳元でサンジは甘い息を漏らす。 サンジが、自ら求めてくるのは珍しい。 しかも昼。 声を上げたら、誰かの耳に届きそうな距離感で。 「………。」 腕から、ゾロはバンダナを解いた。 解いたそれを、サンジの口に噛ませる。 「……っ。」 「大声出されちゃ困るからな。」 サンジはうなずいた。潤んだ目を、急く様に瞬かせた。 自分の手で残りのボタンを外し、ベルトを外し、前を開く。 「………。」 告白した晩も、ゾロは暗示などお構いなしにサンジを抱いた。 だが、抱いている間のサンジはどことなく心虚ろで、貫き、 刺激を与えている間もずっと、視線はゾロを通り越して何か他の影を追っていた。 まるで、愛しい相手が別にいながら、見ず知らずの男に金で抱かれている娼婦のような顔。 こんな顔のサンジを知らない。 幾人かの女を、知っているとは言っていた。 最後まで許しはしなかったが、男にも、性的な行為をさせたことはあると言っていた。 だが、全てを許し、抱かれて、本当に心から悦びを感じるのはお前だけだと、 恥ずかしそうに笑いながら、サンジはゾロに告げていた。 それなのに だから怒った。 あろうことか、その相手がクロコダイル。 しかも、ゾロ達の様に一度でも接触があったのならともかく、 サンジはクロコダイルに会ってもいない。 そんな相手に、心を握りつぶされようとしている。 海楼石の牢獄の向こうで笑った、くすんだ色の目がゾロの脳裏によみがえる。 クロコダイルの鼻を明かしてやったとサンジは思っていただろう、 なのに、見えない楔で両手両足を貫かれたのはサンジの方だった。 「…解いてやる…。」 囁くゾロの声に、サンジの瞳から涙がこぼれた。 「おれが…絶対…解いてやる…!」 猿轡を噛ませた唇に激しく口づけ、食らうように肌に滑らせる。 サンジは自ら全ての衣服を投げ捨て、一糸まとわぬ姿でゾロに体を預けている。 誰かがここへやってきたら言い訳など通用しない。 かまわない、それでも…! 「…ん…んん…っ…。」 ゾロの、いきり立つそれを手に取り、サンジは自らの場所へあてがった。 「…まだ固ェ…。」 「……っ。」 首を振り、身をくねらせて、「早くくれ」と言うように肩を大きく上下させた。 「…ん…ん…っ…!」 「………。」 痛みを伴うのは分かっていた。 それと承知で望むのなら―――。 「――――――っ!!」 背を反らし、顎を晒して、まるで電流に打たれたかのように白い体が震えた。 挿入した瞬間に激しく締め付けられ、ゾロの視界にも稲妻が走った。 座ったまま正面から繋がり、身をよじり、やがて揺れ始めた背中を抱きしめる。 「…んっ…んん…!ん!」 声が聞きたい。 だが、今猿轡を外したら、どれほどの嬌声を迸らせることになるか。 「…くそ…っ!」 突き、ねじ上げながら、ゾロは獣のように低く呻いた。 その時、サンジの体が大きく前後に揺れた。 「――――!?」 太陽を背に、自分を見下ろすサンジの―――目。 「………!!」 あの男の、全てを侮辱するようなあの笑いが、聞こえてくるようだ。 「消えろ―――!!!」 熱かったはずのサンジの躰は冷えていた。 まるで、本物の水生生物のような体温。 「戻れ!コック――!!」 「………。」 明らかに、サンジの意識が失われているのがわかる。 なのに、黒い三日月のような目ははっきりと見開かれ、ゾロを冷たく見下ろしていた。 自分にすがりついていたサンジの手がゆっくりと上がり、猿轡を外し そして 「……………クッ…………。」 その笑みに 爆発のような衝撃音が、メリー号の甲板に響き渡った。 クルー全員、それが後部甲板で起きたものだと悟るのに、時は要らなかった。 「何!?」 ナミが、飛び出してきた。 ルフィも、メリーの頭の上で目をさまし、ウソップもデッキに飛び出してきた。 「後ろじゃねェのか!?てててて!敵襲かァ!?」 ウソップが上へ、駆けあがろうとした瞬間 「!!」 「ぐべへっ!!」 何かに躓いたかのように、ウソップは激しく転倒し、階段から転げ落ちた。 慌てていた為、自分の足を躓かせたのが、階段の上に咲いたロビンの手だとは気づかなかった。 と 「―――――来るな!!」 後部甲板から、ゾロの叫びが聞こえた。 「――!!ゾロ!?」 「敵なの!?どうしたの、ゾロ!?」 ルフィとナミの声に 「誰も来るな!!」 「―――!!」 それでも、上へ駆けつけようとするウソップを、すっと身を進めてロビンが止めた。 「……剣士さん。」 「………。」 静寂。 「私よ。」 ロビンが、ゆっくりと階段を上がり始める。 軽い、穏やかな足音。 ゾロは答えない。 沈黙の了承と取れる。 ルフィも後に続こうとしたが、ロビンは手を上げてそれを止めた。 「…任せて。」 「……わかった。」 ルフィも身を引き、上がって行くロビンを見送る。 ナミが駆け寄り 「…ロビン…?…ゾ、ゾロ…どうしたの?」 「あれ?…そう言えば、サンジは…?」 チョッパーが、きょろ、と見回した。 ロビンが、ゆっくりとラウンジの外を回って行くと、こちらに背中を向けたゾロが、 素肌のままのサンジをしっかりと抱えて身を折っていた。 「………。」 その真横の床板に、大きな穴が開いている。 激しい拳で穿った穴だ。 「…剣士さん。」 「………。」 「……!?」 サンジの顔は真っ青だった。 まるで、もう息をしていない死体の様に。 肌は蝋のように白く、ゾロの腕の隙間から見える目は固く閉ざされ、 金の髪はくすんで乾いていた。 「…コックさん…!」 「触るな―――!!」 激しい気に、ロビンはびくりと震え、伸ばしかけた指を引く。 「触るな!!触るな!!触るな!!」 「剣士さん!!」 能力を使わず自身の手で、ロビンはゾロの頬を打った。 「コックさんを放しなさい!その姿では…可哀想だわ!」 ロビンの声は震えていた。 生まれたままのサンジの躰。 見れば、まだ2人の体は繋がれたままだ。 「触るな…!おれのだ!!」 「わかってるわ!わかっているから!今は放して…!!」 ようやく、ゾロの腕から力が抜ける。 ぐらりと揺れて、サンジの躰はのけぞるように倒れ込んだ。 その体を、ロビンは4本の手を咲かせて受け止めた。 「!」 生きてる ロビンはホッと息をついた。 ゾロが、サンジを縊り殺したのだと思った。 サンジの首に、青黒い指の痕――。 「…殺す…気だったの…?」 ロビンの問いに、ゾロはうずくまり、顔を覆った。 ウィスキーピークから、ずっと見てきた心強い剣士の姿は微塵もない。 「…コックさん…?」 応えはない。 だが、薄く開かれた唇からは浅い呼吸が漏れている。 手早く、見苦しくない程度に服を纏わせた。 そして 「コックさん…。」 ぴくりと眉が歪み、目が、薄く開かれた。 「………。」 「…私がわかる…?」 サンジはロビンを見とめ 「…ごめんな…ゾロ…。」 「………。」 「ごめんな…。」 いざる様に、ゾロはサンジの傍らに寄り サンジを抱え起こし、抱きしめ 「………。」 何も言わず 「………。」 血が滲むまで、唇を噛みしめた。 「ロビン!!ロビン!!もういいか!?」 ルフィの声がした。 「もう少し、待って。」 「ねェ!何があったの!?ゾロ!?そこにいるんでしょう!?」 「ゾロ!?おい!何やってんだよ!?」 「なァ!サンジもそこにいるのか!?ゾロ!!」 ロビンは膝をつき 「10秒で戻りなさい。」 「………。」 立ち上がりながら、ゾロの腕に手を置いて 「今、行くわ。大丈夫よ、船長さん。」 「おう!!」 ルフィ達が、駆けあがってくる足音。 ゾロは、サンジをそっと床の上に寝かせた。 「………。」 あの男のような目をして、ゾロを見下ろし笑った。 その瞬間、血が沸騰し、サンジの首を掴んで叩きつけた。 押さえつけられながら、それでもサンジの目は虚ろに笑っていた。 …クックック…クハハハ… 沸騰した血に真っ赤に染まったゾロの目に、あの時、 金の鉤爪にハサミから引きずりおろされたビビの姿がサンジになって映っていた。 ごめん、ゾロ それでも詫びる。 わかっている お前のせいじゃない… 「うわああああ!サンジィ!!?」 「だあああああああああ!!なんっだ!?この穴!! ゾロ!お前ェ!!何やってくれてんだァァ!!」 「ちょっ…何でサンジくんが気を失ってるのよ!?何したの!?」 ルフィは、倒れているサンジの傍らに膝をつき 「…サンジ?」 呼びかけると 「………。」 「大丈夫か?」 身じろぎ、サンジはようやくという風に目を開き、小さくうなずいた。 「ん。」 ルフィがうなずき、サンジの頭をポンポンと叩いた。 そして、足を投げ出し、顔を伏せたままのゾロに向かい 「ゾロ。」 「………。」 「ケンカはダメだぞ。」 「……ヤー…キャプテン…。」 「ん。」 今度は、ゾロの頭をポンポンと叩く。 「………。」 チョッパーがサンジに言う。 「サンジ、診察するぞ。」 だが、サンジは首を振り、ようやく半身を起こした。 「大丈夫…。」 「大丈夫じゃないよ!」 ふらつく足で立ち上がり、サンジはゾロを見ずにナミとロビンへ 「大丈夫。」 微笑んだ。 ロビンは大きく息をついたが 「もう…ケンカも大概にしてね。」 「はい。気を付けます。」 サンジが、先に立って歩き出す。 かなり、足取りはおぼつかないが。 「………。」 ひとり、そこに座り込んだままのゾロを残し、皆ラウンジへと入っていった。 チラ ロビンが振り返ると、ゾロは、力尽きたように身を横たえた。 殺されてもいい。 確かにサンジはそう言った。 ゾロもまた、斬り殺してしまいそうだと言った。 このままでは、互いに深い愛を抱えながら、その愛に身を滅ぼしてしまう。 だが 私には関係ない。 誰が、何が、どうなろうと私には―――。 全てを許そう ニコ・ロビン なぜならおれは 最初(ハナ)っから誰一人 信用しちゃいねェからさ 「………可哀想な男………。」 誰が? 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