あの時、ロビンはとっさの判断で、サンジの首にかかっていたバンダナを外すことをしなかった。
外せば、ゾロの指の痕を皆に晒すことになった。
だいぶ薄くなってきたが、まだ消えない。
サンジは襟の高いシャツにチーフタイを締めて、首の痣を隠した。
それでも
この痕が消えなければいいと思う。
首に手を触れ、サンジは恍惚の表情さえ浮かべて笑う。
貫かれ、達すると同時にあいつに殺されるなら、どんなに幸せだろう…。
「………っ。」
過(よ)ぎる
冷血な生物の影にさえ、身が震える。
その度に、ゾロが欲しくてたまらなくなる。
そんなサンジにゾロは怒る。
怒る相手はサンジではないが、ぶつける相手はサンジ本人しかいない。
以来
抱かれている最中に、サンジの方からゾロの手を、自分の首に誘う事が多くなった。
望むままに、遠慮なく白い首を締め上げる。
濡れた唇から洩れる細い喘ぎに、サンジの中に穿った自分のものが激しく怒張するのがわかる。
その度、ゾロの怒りの目が、琥珀から金に変わる。
獰猛な野生の虎の目。
…ああ…この目が好きだ…
かけられた暗示に、サンジが狂いかけているのはわかる。
しかし、かけられたのはサンジであるのに、ゾロの狂気はさらにその上を行く。
サンジへの独占欲はますます常軌を逸し、触れられない時間が多ければ多い程、
触れた時の反動は激しく、愛し方は常識を超えて残酷でさえあった。
どれだけ愛しても、サンジの中に植え付けられた暗示の芽が消えない。
抱けば抱くほど、暗示は息を吹き返し、ゾロを見降して笑うのだ。
牢の中のルフィや、自分や、立ち向かってくるビビに、次々に浴びせてきた
クロコダイルの侮辱の数々が、まるで昨日聞いた言葉のように甦ってくる。
電伝虫で言葉を交わしただけ。
なのに
「………っ!!」
「…あ…ぁあ…ゾロ…ぉ…。」
奴に、この愛しい体を犯されてしまったかのような、激しい口惜しさ。
「…もっと…な…ァ…もっ…と…。」
暗示の事を知ってから、抱かない夜はなかった。
消してやる
解いてやる
おれが――!!
なのに――!!
「…あ…ああ…ぅ…っ…ん…。」
深夜の後部甲板の片隅で、床に磔けられ、足を思いっきり左右に開き押し入って、
激しく腰を打ち付けられながらサンジは切ない声を漏らす。
「…死にてェ…もう…このまま…死にてェ…よ…。」
本心なはずはない。
望む夢も野望も、まだその欠片すら掴んでいない。
「……っ!!」
傍らにあった鬼徹を、勢い取り上げ鞘を払う。
「………。」
薄闇に浮かぶ黒い刃。
その向こうに、ゾロの赤く充血した金の目。
「…斬って…。」
荒い息と共に、懇願するようなか細い声。
「…斬ってくれ…。」
誰が死のうが
何が滅びようが
私には関係ない
目覚めた時
いつの日か、血塗れの床に転がる2人を、見る事になるかもしれないと思っていた。
人は弱い
ルフィの様に強いものなど、世の中にそうそういるものではない。
海の広さを知れば知るほど、「個人」など、小さなものだとロビンは知っている。
けれど
ここにいたら、「それは違う」と、誰かが言ってくれそうな気もした。
『きっと、ロビンちゃんもこの船を気に入るよ。』
コックの言葉に、ロビンは笑ってうなずいたが…。
「コック。」
「………。」
鬼徹の刃を向け、言うゾロの声は、どこか神託の様に厳かだ。
「いいか?」
「………。」
「…お前の血が見たい。」
サンジの目が涙で潤む。
「お前の赤い血が…見たい。」
「…いいぜ…。」
「………。」
「斬れって言ったろ…?」
「………。」
手を伸ばし、微笑んで、サンジは喘ぐように答える。
「見せてやる…お前だけ…。」
「………。」
空にも、金の刀が浮かんでいる。
小さな血飛沫が宙に舞う。
ゾロの頬を濡らし、伝い落ちていく。
舌で舐めとり、放たれた愛液を味わうように、ゾロは愛しく指で唇を拭った。
決して美味ではない。鉄と、海と同じ潮の味。
だが
愛しい血
この血の一滴まで
お前が愛しい
白い胸に一筋
もう一筋
腹に、肩に
赤い筋を作るたびに、サンジの唇から洩れる切ない声。
そして
「…コック…。」
「………。」
「…腕を出せ…。」
サンジの目に、わずかに正気が戻る。
「………。」
だが
鬼徹の切っ先が肘の内側にあてられた。
腕 手
サンジの命
料理人の至宝
「………。」
わずかな躊躇いもなく、鬼徹の刃はサンジの左腕の肘から手の甲まで、真っ直ぐな傷をつけた。
血は吹き出すことなく、じわり、 と白い肌に滲んだ。
他の傷よりわずかに深く、赤い血はポタポタと甲板の床に垂れていく。
がらぁん!!
鬼徹が、床に転がった。
投げ捨て、たった今自分が傷つけた腕にゾロが口づける。
「…っ…。」
サンジの血で、ゾロの唇が、舌が、真っ赤に染まっていく。
胸の傷も腹の傷も、まったく痛みを感じない。
だが、腕の傷の痛みは、サンジの胸を激しく締め上げた。
息が苦しい。
「…手…。」
「…手…おれの…。」
流れる血は止まらない。
命にかかわるような激しい出血ではないが、じわりじわりと滲んでは床に落ちていく。
ゾロの顔も、手も、胸も、サンジの血で真っ赤に染まっていった。
「…手…。」
「……血…。」
口づけ、舐り、抱きしめる。
沸騰する嗜虐が止まらない。
わずかな理性が死に絶えたら、きっとサンジの両手足を斬り落とすか砕いてしまう。
「…あ…ぁ…あ…は…っ…。」
サンジのそれと、ゾロ自身のそれとを重ね擦り合わせる。
サンジの血に染まった手で。
「…ふ…ああ…っ…!」
閉じた目の奥で、嗤う、爬虫類の顔。
だが
「!!」
サンジの頬に、暖かい何かがかかった。
瞬間、どちらかが放った体液の飛沫かと思った。
だが、サンジはまだ達していない。
ゾロのか?
頬を伝うその液体が、サンジの唇に届く。
「―――!!」
違う
開いたサンジの目に映ったものに、愕然となる。
「…ゾロ…!?」
答えず、ゾロは力の限りサンジを引き寄せ唇を吸った。
苦い
鉄と塩の味
「…ゾロ…だめだ…!」
拒み、青い瞳に涙を溢れさせてサンジは叫ぶ。
「ゾロ…!ゾロ!ゾロ!」
答えるよりもなお、その唇が欲しいというかのように、
頭を抱え、押さえつけ、何度も何度も唇を合わせ、舌を絡め―――。
「ゾロ!やめろ…!!お前が死んじまう――!!!」
ゾロの
首筋から胸へ
おびただしく流れる赤い血
サンジのものではない、明らかなゾロの血…。
それは首から、溢れんばかりに…。
「ゾロ!!やめろ!!やめろ!!死んじまう!!」
すがりながら、正気を取り戻そうと胸を叩く。
「ゾロ―――!!」
嫌だ
嫌だ 嫌だ!!
愛しい 愛しい
だが、これ以上理性を投げ出したら殺してしまう。
こいつの中の鰐を引きずり出すには、この愛しい体を引き裂くしかないのか!?
その思考に至った時、サンジを切り裂こうとした刃をゾロは己に向けた。
自分の首を、躊躇いもなく
「嫌だ…!!嫌だ嫌だ!!ゾロォォォォォォ―――!!」
思わず
サンジはゾロに傷つけられた方の手で、ゾロの首筋を押さえた。
止まれ!止まってくれ…!!
「嫌だ…死ぬな…死なないでくれ…!!嫌だよ…!!」
左手がどんどん真っ赤に染まって行く。
涙と血にまみれた頬を歪ませて、サンジは子供のように泣く。
真っ赤な手を、ゾロの右手が掴んだ。
「…誰にもやらねェ…てめェはおれんだ…!」
「…あ…。」
瞬間
「……っ!!ふ…!?…あ!あああああっ!!」
血に染まっていたそれを、ゾロはいきなりサンジの中に埋めて突き上げた。
「ああああああ!!ぁあ…!あ――――!!」
唇から、悲鳴と涎が漏れる。
流れる咥内の液体は血に混じって、まるで血を吐いているかのようだ。
心は乱れ、心臓は早鐘の様に打っている。
ゾロの、命の危険を目の当たりにしながら、それでも
穿たれた激しい凶暴なものに、サンジは翻弄され悲鳴を上げた。
「…あ…!…あ…!…ああ…っ…!!…イ…!」
突き上げ、揺さぶりながら、ゾロの歯がサンジの肩に喰らいつく。
「ああああああっ!!」
食い千切られる…!
痛みに、わずかにそれを思ったが
「…喰えよ…ゾロ…!おれの全部…喰っちまえ!喰らい尽くせ…!!」
ゾロの吐き出す声は、まるで本物の虎のようだ。
むしゃぶりつき、齧り、押さえつける様は、正しく獲物を喰らう野獣そのものだ。
「…あっ…あ…んあっ…!ああ!!」
「………っ!!」
このまま
逝けたら
だけど
サンジの瞳が固く閉ざされる。
閉じた瞬間に涙が溢れ、散った。
「お前が好きだ…!」
ゾロの首を抱き、サンジは言った。
「…ずっと…一緒に生きていきたい…!」
呻くような、ゾロの声が止んだ。
激しい律動も。
「生きていこう…一緒に…。」
「………。」
「一緒に…生きよう…。」
固く、ゾロの手がサンジの背中を抱きしめた。
血でもなく、体液でもないのが、サンジの胸を濡らす。
「…おれの手を…どうか…放さないで…。」
サンジの言葉に、ゾロはうなずいた。
「…言われなくても放さねェ…。」
サンジの胸に埋めていた顔を、ゾロはゆっくりと上げた。
何かに怯えたような幼い顔。
「てめェこそ。」
「………。」
「…おれを放すな…。」
「……おう……。」
ようやく
ゾロは白い歯を見せて笑った。
再び、ゾロはサンジを抱きしめ、キスし
「…んん…っ…!」
ぐい、と腰を突きながら、床に押し倒し覆いかぶさった。
「……ぁ…ああ……っ……!!」
優しく
肌を愛し、口づけ
しっかりと互いを抱きしめ合い
「………――――っうっ…は…ぁ!!」
無意識に、指を絡ませ、握り合った手は力強く―――。
「―――だから!!ケンカもここまで度を越したらバカよ!?
てか、どんなケンカをしたら、こんな事になるのよ!?」
「ガキのケンカだってルールがあるぞ!!
いくらなんでもケンカで、ここまでするか!?」
「幸い頸動脈からずれてたんでよかったけど!!
あと数ミリずれてたら即死だぞ!即死!わかってるか、
ゾロ!サンジ!バカ!ホンットバカだな!!」
チョッパーが手当てをする間中、ゾロとサンジは、
ナミとウソップとチョッパーの説教を受け続けていた。
特にチョッパーの説教は、いつになく激しく強く、
小さくて愛らしいトナカイの限界ギリギリまでの怒りようだった。
翌朝
ラウンジ
全員集合
首に巻かれた包帯を、鬱陶しそうに撫でながらゾロが言う。
「…悪かった。」
「その言い方!全っ然!思ってないね!悪いって思ってないね!
命の危険感じてないね!!」
「ねェよ。(ちっ)…オーバーなんだ、ったく。」
「今、舌打ちしたな!?『ちっ』って言ったな!!
船医をなんだと思ってんだァァ!!うおおおおお!!」
「おごぅおっ!!」
「うわああああ!いきなりデカくなるなァァ!!」
突然デカくなり、ゾロにコブラツイストをかける船医。
「おごごごごご!!ギブギブギブ!!」
「心底反省するまで許さないからな!ごめんさいって言えェ!!」
「…ぐごぼぼぼぼ…っ…言う…かぁぁぁ!!」
「…船医さん、また出血するわよ?」
「ああああああああああっ!!」
白目をむいて落ちたゾロを抱え、チョッパーがオロオロ駆け回る。
「あああああああああああ!!医者ァァ―――!って、おれだ――――っ!!」
椅子に腰かけたサンジの腕に包帯を巻きながら、ロビンが小声で言う。
「…酷い事をされたわね…。」
「………。」
微笑み、紫煙の向こうでサンジは首を振った。
「…おかしな人達…。」
「…はははは…。」
「…笑えるの?」
「…笑えるよ…。」
「………そう。」
包帯を巻き終え、ロビンは立ち上がった。
「終わったわ、船医さん。これでいい?」
「あ、うん!うわぁ!ロビン上手いな!」
「うふふ、ありがと。」
サンジから離れる瞬間、ロビンは言った。
「勝手に、何処かで野垂れ死にしてしまえばいい。」
「…気を付けるよ…。」
人を愛したら
何かを壊してしまいたくなるほど、狂うものなのかしら…。
心の中で呟いて、ロビンは小さく息をつき
笑った
治療の後、ゾロが昼寝をするかと甲板に出ると、
「ゾロ――!」
ルフィが、見張り台の上から呼んだ。
見上げ、見下ろすルフィを見とめる。
「……痛かっただろ?」
ルフィの一言に、ゾロは目を見開く。
「……ああ。」
ゾロの答えにルフィは笑い
「大丈夫!」
「………。」
「大丈夫!!」
「………。」
「信じろ。」
「……ああ。」
ルフィは白い歯を見せて笑い、そのまま引っ込んだ。
「………。」
ふと気づくと、すぐ後ろにサンジがいて、同じように見張り台を見上げていた。
「………。」
すっ と、金の髪が近づき、風の様に唇を重ね、そのまま階下へ降りて行った。
大丈夫
大丈夫
「あんな恋人には、もう出逢えないわよ。大事にしなさい。」
「……てめェに言われるまでもねェ。」
顔も見ずに言い残し、ゾロもまた階下へ降りて行った。
くす
小さく笑い
「……本当に、興味の尽きない一味だわ……。」
ロビンは、クロコダイルから受けた胸の傷に手を触れた。
出逢えたものと、出逢えなかったものの人生。
「………。」
いつか
誰か
何処かで
私を待っていてくれている?
青い空を見上げ、ロビンは自嘲する。
「コック。」
呼ぶ声に、格納庫から顔を出し、微笑みながらサンジが答える。
「ここにいるよ。」
「――― Mr,プリンスはどうしている?」
いきなり問われ、ルフィは不機嫌に振り返り
「知らねェ。でもきっと、どっかで元気だ。」
「………クハハハ……。」
「…お前、サンジに何かしたんだろ?」
「…さぁ…知らんね。」
「………。」
「……やっぱり、お前ェ嫌いだ。」
「結構だ。」
「…サンジは…。」
「………。」
「ちゃんと笑ってるぞ。」
「……ほう……。」
インペルダウンから、マリンフォード海軍本部までの軍艦の上。
わずかな時の中で、ルフィとクロコダイルが交わした言葉はそれだけだ。
クロコダイルの強力な暗示は、消えずにサンジの中に残った。
しかし
あの夜、ゾロに斬りつけられながら交わした愛の深さの方が、
より強くサンジの中に刻み込まれたのかもしれない。
やがて、サブリミナルの様に浮かんでいた黒い影は、船が前へと進むごとに薄れていった。
今でも時々、ふとした拍子に目を奪われることがあるようだが、
そんな時はいつも、ゾロが手を差し伸べて追い払ってくれた。
「…サンジは…ちゃんと、笑ってる。」
「…クハハハハ!大したものだ…どこまでも可愛げのねェ。」
「………。」
後に
マリンフォードでエースを失い、赤犬によって傷ついたルフィを
戦場から吹き飛ばしたのがクロコダイルだとジンベエから聞かされた。
大事なものなら、しっかり守れ
そう叫んでいたとも聞いた。
だが、ルフィはその話を後にロビンにだけ話した。
そしてロビンは
「………。」
何も言わずに微笑んで、一粒だけ涙を流し
「…そう…。」
とだけ言った。
サンジがクロコダイルに会っていたら
クロコダイルにサンジが魅かれていたら
クロコダイルもまた、あの激しい心に動かされていたかもしれない
けれど
「くぉら!クソマリモ!!てめェはいつになったら
そのどうしようもねェ迷子癖が治るんだ!!」
「うっせェな!!てめェが勝手にいなくなるのが悪ィんだろうが!!」
「何をぅ!?」
「ヤんのか、あァ!?」
愛しい痴話喧嘩を眺めながら、首をかしげ
「…ないわね…。」
微笑んだ。
END
BEFORE
(2013/1/13)
2012年ゾロ誕リク、みかん姫のナイト様リクです。
『ロビンちゃんとサンジ君が共犯者もしくは秘密の共有者っぽい関係。』
から始まる、詳細な設定のリクを頂戴いたしました。
が、半分も生かし切れなかった気がいたします;;すみません;;
毎度、いただいたリクを生かし切れない己の未熟さに恥じ入るばかりでございます;
ゾロの狂気を主に書きたくなりまして;;
ホントにすみません;;
楽しんでいただけましたら幸いです…頓首
烈愛‐TOP
お気に召したならパチをお願いいたしますv
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