高く白い天井に、絡まりあう声が吸い込まれていく。 荒く、乱れた、だがどこか苦痛に彩られた呼吸。 絹のシーツの擦れる音。 濡れた唇の音。 天蓋に覆われた豪奢なベッド。 その薄布の向こうに、絡み合う二つの影が映る。 雄雄しい、まるで古代の彫刻のような肉体。 が、ふたつ。 抱く方も 抱かれる方も 共に“陽”の体。 固い腕は、しっかりと互いの体を抱き抱え、昂ぶった自分のものと相手のものを 同時に愛しながら、何度もキスを交わした。 しかし 熱い口付けを交わしているはずの表情は固く、苦痛に染まっている。 唇を交わしては、苦しげに目を細め、涙をにじませてはまた唇を貪る。 緑色の髪の男が、ちらりと枕元に置かれた物を見た。 と 「……っ!!」 抱かれている金の髪の男が、男の頬を白い手で包み、口惜しげにそれから目を逸らさせる。 だが、激しく唇を吸いながら、緑の髪の男は置かれていたものを手に取り、さらに金の髪の男の耳に何かを囁いた。 その言葉に、金の髪の男の目から、堪えきれずに涙が溢れた。 激しく首を振り、だが、観念したかのように小さくうなずいて、男の腕にすがり肩に顔を埋める。 緑の髪の男の手が、金の髪の男のものを激しく愛撫する。 乱れた小刻みな息と、切ない悲鳴。 放たれたそれを、緑の髪の男は手にしていた小さな試験管に受け止めた。 そして、崩れる男を抱きしめながら、その背の向こう側に手を回し、試験管にきっちりと蓋をする。 ガラスの中で、薄く白い液体が、とろりと伝い落ちていくのを確かめた。 それを、ベッドの上に置くと、緑の髪の男は、別の空の試験管を取り上げた。 ちら、と、金の髪の男がそれを見る。 「………。」 そっと、白い指がそれを取り、乱れた息のまま、金の髪が相手の太腿の間に埋められた。 唇で含み、舌で舐り、何度か指で刺激を加えた瞬間、それが放たれるのを察して、男は顔を上げた。 そして、同じ様にそれを試験管に受けて、蓋をする。 乱れた息だけが響いている。 2人は目を合わさず、裸のまま、ただそこにじっとしていた。 緑の髪の男は、苦しげな表情で天井を見上げ 金の髪の男は、痛いほどの悲しい表情で、うつ伏せのまま床を見下ろしていた。 やがて 「…おい。」 緑の髪の男の声に、すぐに反応があった。 広い寝室の壁にあるドアが、細く開いた。 緑の髪の男は、金の髪の男が手にしていた試験管と、ベッドに置かれていた試験管の2つを手に取って、 静かにベッドから降りると、素肌を隠しもせずにドアへ歩み寄り、隙間から差し出された手に、2つの試験管を載せた。 ドアが、沈黙のまま閉じられる。 男はまた、ゆっくりとベッドに戻ってきた。 うつ伏せになっていた金の髪の男は、白い均整の取れた体を枕に預け、じっと琥珀色の瞳を見つめる。 交わす瞳の色に、悲しみと、怒りと 激しい想い 「……っ!!」 緑の豹は、喰らいつくかのように金の鹿に覆いかぶさり、胸の下に組伏せた。 「…ん…ぁあ…っ!」 犯されるように押し倒されながら、金の髪の男の悲鳴は艶やかでさえあった。 それまで、堪えていたものを一気に爆発させるかのように、2人は声を殺さず、 感情の迸るままに名を呼び合い、唇を貪り、肌を愛し、高みへと駆け上る。 「……あ…ああ…っ!…あ…!!」 体が引き裂かれるほどに激しく貫かれ、音が響くほどに揺さぶられる。 だが、激しい痛みは、昂ぶり求める思いが紡ぐ悦びに屈服する。 この肉体に悦びを教えられたのは、もう何年前になるだろう? 互いに若く 恐れなど知らず ただただ、互いの想いだけが大事だった 愛してはいけない相手と知らず愛した。 知ってしまってもなお愛した。 知ったからこそ、さらに深く愛した。 愛してしまった その事を後悔はしていない。 だが、だれも、許してくれはしなかった。 許されるはずもなかった。 逆に、この関係が、2つの『ファミリー』を混沌の中に沈めてしまった。 全てを失ってもお前を愛していたい。 だが、本当に失う勇気は 持てなかった。 これが、最後の逢瀬。 “そのこと”の為に許された最後の夜。 溢れる涙が頬を濡らす。 涙は後から後から溢れてきて止まらなかった。 その条件を、先に受け入れたのは緑の髪の男の方。 金の髪の男が 本当は誰より優しく 誰よりも人間を愛し、ファミリーを愛し 自分を愛してくれている事を知っている。 自らの立場に最もそぐわぬこの男に、全てを秤にかける事などできるはずもない。 だから 何度も自分の名を叫ぶ男を抱きしめて、緑の髪の男も苦しげに囁く。 愛している 生涯 お前以外誰も愛さない 金の髪の男もそれに答える。 おれも お前以外愛せない 最後の瞬間まで おれはお前だけを愛してるよ…… 夜が明け、暁に空が染まる。 最後の夜が終わる。 ここへ来る時の服に、緑の髪の男が着替え、だが、最後にネクタイを結ぶ前に、 ベッドへ振り返り、同じ様にタイを結ぼうとする金の髪の男へ言う。 「これを結んだら…終わりなんだな。」 「………。」 「最後に、もう一度…キスを。」 「………。」 立ち上がり、ドアの前で、二人は最後の口付けを交わす。 何百年も前 同じこの街で、同じ思いで別れた恋人たちは、その恋にわずか7日で若い命を散らせたが。 死ぬ事すらできない。 だが、死んで結ばれる事は愚かだ。 固く手を握り、金の髪の男は言う。 「…大事にする…。」 「…ああ…おれもだ…。」 この部屋を一歩出たら おれ達は 『敵』に戻る 「愛してるよ…ゾロシア…。」 「…お前だけだ…サンジーノ。」 誓いは同時になされた。 今から 20年前の出来事。 「いよぉ〜〜〜〜〜〜〜し!終わった!!ご苦労サンだったな!みんな!!」 明るい太陽の下。 それ以上に明るい、しわがれた男の声が響いた。 「ありがとうね、みんな!」 男の隣に並んだ女が、口にくわえた煙草を揺らして腰に手を当て、額の汗を拭いながら 「今年も、いい収穫だったわ!ご苦労様!!」 一面に広がる葡萄畑。 1週間をかけて、収穫したのはワイン用の葡萄だ。 納屋の前に、息をつきながら明るい笑顔の男女が大勢集まってくる。 「明後日からは、フランキーの所の畑だな!」 この葡萄農家の主、ゲンゾウが、タオルで汗を拭きながら言った。 呼ばれた、ひときわ体の大きな男が、サングラスを外して汗を拭いながら答える。 「ああ、頼むぜ…このまま、天気ももちそうだな。」 「そうね!どうやら、晴れの内にどこの畑も獲り終えられそうだわ。」 ゲンゾウの妻のベルメールが、笑いながら 「ゾロ、あんたもご苦労様!あんたが一番よく働いてくれたわ、ありがとうね。」 ゾロ、と呼ばれた青年が、水を飲んでいた井戸端からこちらを見て、わずかに唇の端を上げて笑った。 ゲンゾウの家のドアが開き、中からオレンジの髪の少女が顔を出す。 「みんな、今日は奮発したわよ〜!たっぷり飲んで食べてってね!」 「って、誰が作ったんだ?」 少女に尋ねたのは、妙に鼻の長い青年。 「あたしとノジコ。」 「食えんのか?」 「失礼ねっ!!」 「おーし!メシだー!いったっだきまぁ〜〜〜す!!」 「って、おいコラ、ルフィ!待て!!」 火照った体を冷やすために、井戸端で頭から水をかぶっていた少年が弾かれた様に走りだす。 ナミが、いかにも迷惑そうな顔で言う。 「ルフィ!?あんたいつ来てたの!?」 「午後の作業の時!」 黒髪の少年は、嬉しそうに笑って答えた。 鼻の長い青年、ウソップが言う。 「昼メシの時に来てりゃ、いやでも気がつくだろ?」 「あっはっは!違いない!!」 ベルメールが笑う。 と、ゲンゾウが 「…いいのかねェ、シャトーの坊ちゃんに手伝いなんかさせて。」 「何言ってんの、ルフィは、あたしが育てたんだよ?ナミと一緒にね。 ウチの子と同じ!ウチの子が、ウチの手伝いをするのに何の支障があるってんだい?ねェ、ルフィ?」 「ん!そのとーり!ゾロ!メシ食いに行こうぜ!!」 「…いや、おれは帰る。」 「ああ、悪いが、おれも。」 ゾロとフランキーが声を揃えて言った。 「ええええ!?食ってかねェのか?ゾロォ!?」 「って、誰のウチのご飯よ!?」 ゾロは笑って 「…ああ、オフクロが待ってるからよ。」 その一言に、みな静かに笑った。 ルフィも 「そか!」 「ロビンによろしくな、ゾロ。」 「あ、ちょっと待って!ナミ!卵と芋とケーキ、包んであげな!」 「ん!ちょっと待ってて。」 「明後日、夜明け前に行くからな、フランキー。」 「ああ、頼む。悪いな、お先に!」 ゾロとフランキーは古い小型トラックで、帰っていった。 二人を見送って、ゲンゾウがぽつんとつぶやく 「相変わらず、仲のいい家族だ。」 「あら、あたしらだって仲のいい家族だよ?」 「そーかしら?」 「……ナァミィ〜〜〜〜?」 「ああああ!ごめん!ごめんてば母さん!!痛い痛いぃ〜〜!」 夕焼けに染まる、どこまでも続く葡萄畑。 丘を越えれば、蒼く美しい地中海。 芳醇な丘に育つ葡萄は、カベルネソービニョン、シラー、メルロー、グルナッシュ…。 今日、収穫を終えたゲンゾウの畑の大半を締めるのはソービニョン・ブラン。 小さなトラックは、フランキーの葡萄畑に差し掛かる。 明日からの収穫を待つ葡萄たちが、父と子の帰宅を出迎えて揺れる。 品種はアレアティコ。 珍しい、古い品種の葡萄だ。 この15年をかけて、フランキーが必死に育ててきた5haの畑。 葡萄農家としては、決して広いと呼べる畑ではない。 だが、家族3人で丹精をこめて作ってきた畑だ。 収穫の殆どを、この地域最大のシャトー・モンキー家に卸しているが、10年ほど前から自家醸造を始め、出荷もしている。 畑の隅に面した、小さな家。 トラックの前に、2匹の犬が駆けて来る。 嬉しそうに尻尾を振り、降りてきたゾロの足元にまとわりついた。 「帰ったぞ、ロビン!」 フランキーが言うのとほぼ同時に、玄関のドアが開いた。 「おかえりなさい。」 中から現れたすらりとした長身。 にっこりと微笑んで、フランキーのキスを頬に受ける。 「ただいま、ロビン。」 「お帰りなさい、ゾロ。」 ゾロも、小さく頬にキス。 「足の具合はどうだ?」 フランキーの問いに 「もう大丈夫。そんなに痛くないわ。ごめんなさい、ゲンゾウさんのお手伝いに行けなくて…。」 「明後日から、ウチの収穫だからな。無理しねェ方がいい。」 2日前、家事の最中に捻挫してしまった足。 フランキーは、すぐに座る様に促した。 「なんだ…メシ、帰ってからおれが作るって言ったろ?」 台所のテーブルの上を見て、ゾロが言った。 「あら、だって、何もしないでいるのって退屈なんですもの。そんなに大したものは作ってないわ。お母さんの料理は嫌い?」 「んなワケあるか。」 「そうだわ。さっき、ベルメールさんが電話をくれたの。あなた達に言い忘れてたって。 明日、台所を手伝ってくれる人を、シャトーのガープさんが寄越してくれるそうよ。助かったわ。」 「そうか!そりゃよかった!」 「ええ。」 「フランキー、ロビン。メシにしようぜ、腹減った。」 「はいはい。」 小さな葡萄農家の一家。 父親はフランキー 母親はロビン 息子はゾロ だが、息子は両親を名前で呼ぶ。 幼い頃はちゃんと、「パパ」「ママ」と呼んでいた。 だが、成長し、そろそろそんな呼び方が恥ずかしくなった頃、 自然と「親父」「お袋」と、呼ぶようになった時、フランキーが言ったのだ。 「一気に老け込んだみてェでヤダな。」 「右に同じ。」 「じゃ、『父さん』『母さん』。」 「それもちょっと…。」 「贅沢言うな!それでも親か!?」 「やっぱり『パパ・ママ』がよかったわ。」 「…勘弁してくれ…。」 「ついこの前まで、呼んでくれてたじゃねェかァ!」 「うるせェ!呼べるか今更!!…泣くな!大の男が!!」 「呼んでいいのに……。」 「あああ!見ろ!ロビンも泣いたぞ!!スーパー親不幸者!!」 「なんでだよ!?」 そして、今に至る。 彼らがこの地に住み始めたのは、ゾロが3歳の頃だ。 土地の人々は優しく、自然は美しく、毎日が喜びに満ちていて、不満は何一つない。 昨年、高校を出たゾロは、そのまま両親の仕事を手伝い始め、いずれは父の後を継ぐつもりでいる。 ルフィの家のような、大きなシャトーになりたいという大きな夢もあるにはあるが、今はまだこの家で、 強くて頼もしい父と、優しく美しい母と、一緒に葡萄を育て、ワインを造っていたかった。 頃は収穫の秋。 地域の葡萄農家達は、順番を決めて総出で収穫にあたる。 この時期だけのアルバイトも雇う。 アルバイト達は、シャトーのガープが雇い給料を払う。 だが、その間の3度の食事(特に昼食)は、収穫の順番に当たる家の主婦が担当するのだ。 畑の広さによって、派遣されるバイトや、手伝いの近隣農家の人数は変わるが、それでもロビンは、 明後日から収穫が終わるまで、毎日20人もの人員の食事の世話をしなければならない。 その矢先の、ケガ。 「ベルメールさんの話だと、今年初めて、半月前から雇われた人らしいんだけど、始め、収穫で雇ったら、 料理の腕があまりに抜群なので、賄いの方を専門に頼んでいるらしいわ。」 「へェ、じゃ、女か?」 フランキーの問いにロビンは首を振って 「男の子ですって。ゾロと、同い年だそうよ。」 「ふぅん…。」 「仲よくなれるといいわね。」 「………。」 人当たりは決して悪くはない息子なのだが、自ら進んで、人の和の中に入って行くような性格ではない。 シャトーの息子のルフィや、ゲンゾウの娘のナミや、ヤソップの息子のウソップなどは人懐こくて、 何をするにもゾロも一緒と、当然の様に引っ張って行ってくれるのがありがたいくらいだ。 「おやすみ」を言ってから、ゾロは2階の自分の部屋に上がった。 2階と言っても、古い農家のそれは屋根裏部屋と言った方がいい。 風は冷たくなって来たが、天井の低いその部屋は、まだ昼間の熱がこもっていた。 窓を開け、畑を眺める。 半月の下。 「………。」 フランキーが、畑を回っている。 懐中電灯の明かりが揺れている。 畑のずっと向こうに、ルフィの家のシャトーの塔が、高く聳えて見える。 ちかっ 塔の先端で灯りが瞬いた。 「おやすみ」のルフィの合図だ。 ゾロと、ナミ・ノジコの姉妹と、ウソップに。 毎晩必ず送る合図。 ゾロも、ベッドサイドのテーブルの上の懐中電灯を取り、3回点滅させて見せた。 ゾロが、フランキーとロビンに連れられて、この土地、コルシカ島にやってきたのは3歳の時。 始めは、あのシャトーの中に、部屋を間借りして暮らしていたのを覚えている。 生まれたばかりのルフィの世話を、ベルメールに手伝わされていた。 ルフィの母は、ルフィを生んですぐに亡くなり、1年前に生まれたナミに 乳をふくませていたベルメールが、ルフィの乳母になったのだ。 ゾロが6歳の時、フランキーが畑を手に入れ、引っ越すことになり、 シャトーを出るゾロを、ルフィが泣きながら『行くな』と止めた。 シャトーを中心に、この辺りの農家の子供たちはみな兄弟の様に育った。 農家全体が親戚のようなもので、1件の農家に何事かあれば、すぐに何十件もの仲間が助けてくれる。 今年も、葡萄は豊かに実った。 収穫が終わればすぐに仕込みに入る。 また、あの美しい赤が生まれる。 フランキーの作る自家醸造酒の名は『ベラ・ロッソ・アレアティコ』という。 アレアティコから造られた、『麗しき赤』という意味だ。 ブラックボトルに赤い文字、染め抜かれた1輪の薔薇のラベル。 誰が見ても、ロビンをイメージしたワインだとわかる。 「ラブラブだな!結構結構!!だっはっはっは!!」 初めてのワインを手にしたシャトーの主・ガープは、愉快に笑って褒めてくれた。 ラベルのデザインだけでは勿論ない。 味も、初めてのそれにしては上出来だと、高い卸値をつけてくれた。 最初の年からバカ高い値がついたのは、『アレアティコ』100%のワインは、希少価値が高かったからだ。 ボディが強く、クセがあり、一時姿を消しかけていた品種。 わずかな種から育てた樹を、フランキーは必死で育てた。 ゾロは、それがとても誇らしかった。 いつか 自分もこんなワインを造りたい。 「ゾロ。」 声に、ゾロは窓から離れた。 少し足を引きずるような音がする。 「ロビン、用ならおれが降りる。」 「いいの、もう来ちゃった。」 ウフフ、と笑って、ロビンが階段からひょこっと頭を出した。 「この部屋から畑が見たくて。」 「…ああ。」 母と子と、並んで、父が歩く畑を見る。 「…今年も…いい収穫になるわ。」 「ああ。」 2人が、どれだけ苦労をしてきたか知っている。 だからこそ、喜びは大きい。 「明後日から、休めなくなるわ。明日の内に用事は済ませておくのよ。」 「…別に、用事なんかねェよ。」 「…ナミちゃん誘って遊びに行けばいいのに。」 「何でナミ?」 「………。」 この息子の鈍感さには笑ってしまう。 「……!」 不意に、ロビンがゾロの肩に頭を預けた。 「………。」 「…母さん…?」 「…幸せだわ…。」 「………。」 「怖いくらい…。」 見上げる空に、半分に欠けた月。 「ゾ―――ロ――――っ!!」 まだ随分と距離があるのに、ルフィの声はよく通る。 夜が明け、太陽が中空に差し掛かる青い空の下。 トラックの荷台から、ルフィは麦わら帽子を握った手を大きく振った。 答えず、だがゾロは笑って、ホッテという収穫駕籠を修理していた手を休めて立ち上がった。 ルフィの声に、ロビンも外へ出てきた。 「手伝いの人を連れてきてくれたのね。」 「…あれ?運転してんの…旦那じゃねェか…?」 「…!あら…本当…ガープさんだわ…!…フランキー!フランキー!」 慌てて、ロビンはフランキーを呼ぶ。 フランキーも、すぐに納屋から走ってきた。 「ゾーロっ!!」 車が止まるより早く、ルフィは荷台から飛び降りてゾロの前に駆け寄る。 「連れてきたぞ!」 「おお、ごくろーさん。」 「旦那さん!!」 「おお、久しぶりじゃな、フランキー。収穫前にアレアティコを見ときたかったんじゃ!」 「そいつァ…どうぞ、御覧なって。」 「うむ、邪魔するぞ。…おお、ロビン。話していた手伝いを連れてきた。」 「ありがとうございます。」 トラックの助手席から、すらりとした長身の青年が降りてくる。 目深にかぶったキャップを、青年はロビンの前で取った。 「!!」 輝く金の髪。 さら、と音をさせる髪を撫でつけて 「はじめまして。」 その声に、ゾロもルフィから目を逸らして顔を見た。 フランキーも 「……っ!!?」 「はじめまして。」 フランキーを見て、青年はもう一度言い、最後にゾロを見て 「こんにちは。」 「………。」 「サンジです。」 と、ゾロに名を告げた。 ゾロを見る、青年の顔はどこか、何かに驚いたような表情だ。 が、すぐにまた、いたずらな青い目で微笑んだ。 「ワインの勉強がしたいと言ってな、本土の組合からの紹介で今年初めて雇った。なかなか働いてくれるぞ。」 ガープが笑って言った。 ルフィも 「あのなゾロ!サンジのメシ、スッゲー美味ェんだ!!びっくりすっぞ!!」 「へェ、楽しみだ。」 にこりと、サンジが笑う。 日の光に、金の髪が光って揺れた。 笑うその目がゾロを見る。 「………。」 身長は自分と同じくらいだ。 肩幅もそれなりにある。 だが、伸びやかな手足はしなやかに細く、それでいてどこにも不健康な部分がない。 首筋や腰は、少女の様になよやかで柔らかく、白い指は、農家の手伝いをさせるのがもったいないくらいに綺麗だった。 きっと、どんな大きな街に行っても、こんな綺麗な人間にはお目にかかれないだろう。 目が、離せなかった。 吸い込まれるような、青い瞳。 その時 「ロビン!?」 崩れるように、ロビンがその場に座りこんだ。 呆然とした目で、サンジを見つめている。 「ロビン…オフクロ…!」 ゾロが駆け寄り、肩を支える。 「…あ…あ…ごめんなさい…その…フフ…いやだわ…ちょっと足が…。」 「ムリすんな、中で休めよ。」 「…え…?…え…ええ…。」 サンジが、心配そうな顔でロビンに歩み寄り、体を屈めて手を貸しながら。 「大丈夫ですか?お疲れなら、おれ、今日からお手伝いしますよ?」 「…あ…。」 戸惑うロビンに、ガープが言う。 「おお、そうしてもらうといい!フランキー、かまわんじゃろ?」 「………。」 フランキーもまた、呆然と、言葉もなくサンジを見つめるだけだ。 ルフィが、不思議そうな顔でフランキーを覗き込み 「フランキー?ふ〜ら〜ん〜き〜〜〜〜?」 「…っ!あ!?…ああ…そ、そうして…もらえるなら…。」 「どうしたんだ?」 「…いや…なんでも…。」 「顔色悪いぞ、フランキー?」 本気で、心配そうな顔でルフィが尋ねる。 「…おお、よく実ったな!!今年は糖度が高い…これは期待できそうじゃな!」 葡萄を口に放り込んだガープの声に、フランキーははっと背筋を伸ばした。 ずんずん、畑の奥へ行くガープを、ちら、とロビンを振り返りながらフランキーは追いかけていった。 「…おい。」 ゾロは、サンジを見て言った。 「ん?」 「オフクロを中で休ませたい。奥の突き辺りが寝室だ、ベッド整えてくれ。」 「わかった。」 サンジはさっと立ち上がって、初めての家の遠慮もなく奥へ駆けていった。 ゾロは、さっと母親を抱いて立ち上がる。 「…ゾロ…。」 「今日はもう休んだ方がいい。」 「………。」 「…どうした?ロビン?」 「……なんでも…ないわ……。」 「………。」 後からくっついて来るルフィが、ロビンに尋ねる。 「なァ、ロビン。昼メシ食ってっていいか!?」 「ええ…もちろん…。」 「やった!サンジのメシが食えるぅ〜〜♪」 「そっちかよ。メシ食うなら、明日の準備手伝え。」 「ええええええええええええええ?」 ロビンをベッドに横にして、ゾロはサンジに 「後、頼む。おれも、旦那の所に行くからよ。」 「ああ、任された。」 「んじゃ、おれも!サンジ!メシ、よろしく!」 「了解。」 笑って、サンジは二人を見送り 「…ロビンさん…でしたよね?」 呼ばれて、ロビンは目を細め、静かに笑い 「…ええ。」 「お茶を入れましょうか?暖かいものを何か。」 「…コーヒーを…。」 「はい。」 立ち上がろうとするサンジに 「…サンジ…。」 「はい?」 「………。」 「…なんでしょう?」 ロビンは、しばらく黙っていたが 「…どこから…来たの…?本土?」 その問いに、サンジは首を振り 「イタリアです。」 「………。」 「ご存知ですか?ロミオとジュリエットの街。」 「………。」 「ヴェローナです。」 「ヴェローナ……。」 「はい。…コーヒー淹れてきますね。」 「…ええ…。」 軽い足音が遠のく。 その足音は、まるで…。 足音が聞こえなくなった時、ロビンは大きく天を仰ぎ、その両目に涙を溢れさせた。 顔を覆い、叫びたい衝動を押し殺し、肩を震わせて嗚咽する。 「………っ!!」 信じられない 信じられない 信じられない こんなことが…!! 『あれ』から 17年目の秋。 (2009/4/24) NEXT Bello Rosso TOP NOVELS-TOP TOP