「……おい、みんな怪我ねェか?」



 「…ええ…だいじょうぶ…。」



 「ロビンちゃん!……ああ、びっしょりだ…!しっかり!」



 「……クソ…!一体どこだ、ここは!?」





暗がりに、ゾロ、ロビン、サンジ、フランキーの声がした。

声は反響し、エコーがかかっている。

どこか、閉鎖空間にいるのは嫌でもわかった。



 「全員いるか?」

 「いるように見えるか?」

 「おれ達4人だけだな。」

 「………。」



暗さに慣れてきた目で、周りを見回す。



 「鍾乳洞だな…。」

 「…見りゃわかる…。」

 「…あそこから落ちたのか…よく助かったなおれ達…。」

 「水に流されたからな…おい、ニコ・ロビン、大丈夫か?」

 「…ええ…。」



水に濡れてぐったりとしたロビンを抱え、サンジは濡れて張り付いた前髪を払いながら、天井を見上げた。

自分達が落ちてきたであろう穴から、僅かに光が見える。



 「…あそこから20メートルはあるぜ…ルフィ達はどこまで行ったか…。」



ゾロが言った。



 「さぁな…。」

 「…ああ、ナミさん…無事でいてくれ。」





さて



何が彼らに起こったか。







ある日、ある時、ある海域。

麦わら一味の海賊船、サウザンド・サニー号はとある島に到着した。



その島は火山が造った島で、底を絞った茶碗を海に伏せたような形の…

ええい、日本人向けにぶっちゃけて言ってしまえば、富士山のような形の山を中心に、海に浮かんだ島だった。



300年ほど前の噴火で溶岩が流れたという地域は、

開発されないまま樹海となって、そのまま切り立った断崖に続いている。

山の形状から、噴火が起きると溶岩は必ずそちら側へ流れていくから、

人が住むのには向いていない地域なのだそうだ。



そして、深いその樹海は、島の人々から「真実の森」と呼ばれ、こんな伝説を持っていた。



『真実の森を抜けよ。そこに宝がある。』





 「お宝探しに出発よー!!」

 「お――――っ!!」

 「ぅおいっ!!」



目がベリーになった航海士は、勇敢なる狙撃手の『何かヤベーセンサー』の信号音など耳に入らない。

冒険大好き船長と、ナミさん大好き料理長と、何が何だかわからないけど面白そう船医と、

リズムに乗れ乗れ音楽家が、一斉に諸手を上げて賛成し、今、9人は樹海の入り口にいる。

樹海の入り口。

ホントに、ここからいきなり森が現れている。

島の幹線道路を境目にして、森はどこまでも広がり、さすがに奥の方は暗くて臨む事ができない。



そしてそこには



 『ちょっと待て 考え直せ もう一度』

 『家族があなたを待っている』

 『死ぬよりも まず 電伝虫』



 「自殺の名所か!!?」



ウソップが叫んだ。



 「…けっこう入る人がいるのね。」



ロビンがつぶやく。



 「いつからの伝説か知らねェが、この看板、相当古いぞ?ホントに宝なんてあるのか?」



フランキーが言った。



 「今でも宝があるから、こういう看板が要るんじゃない?」

 「行ってみりゃわかる!!冒険だァ!!しゅっぱぁーつ!!」



テンション最高潮のルフィを先頭に、歩き初めて4時間後。



現在地



どこかの鍾乳洞の中



以上。



 「……随分なナレーションだな、おい。」

 「誰に話してんだよ、フランキー。」

 「…おれ達…フツーに森を歩いてたよな?」



9人で森を進んでいた。

確かに周りに岩場が多くなっていた。

勾配を、下っていた感じも覚えている。

気がつくと、少し空気が湿っていて、靄も出ていた。

ロビンが、周りを見回して、ふとつぶやくように言ったのだ。



 「……ねェ…随分と周りを岩が取り囲んでいない?」

 「…え?…あ、ホント…。」

 「…木も少なくなったな…なんか…靄が上から振ってくるみてェ…。」



ウソップが言った。

と、フランキーが



 「……なんか…丼鉢の底にいるような気がするな…岩壁が迫って見える。」

 「…………あれ?」



くんくんと鼻を鳴らして、チョッパーが首をかしげた。



 「どうしました?チョッパー?」



ブルックが問うと



 「……水の匂い……?」

 「水?」



ルフィが言った。





と





 「………。」

 「………。」

 「………。」





ゴゴゴゴゴ……。





 「………。」

 「………。」

 「………。」





ドドドドドド……。





 「………。」

 「………。」

 「………ヨホ?」





ドドドドドドドド

ゴゴゴゴゴゴ





全員、その音をそれだと認識した時は遅かった。



 「水だ!!」

 「逃げろ!!」

 「どどど、ドコへ――――――っ!!?」



水は、周りの岩壁を滝の様に伝って落ちてくる。

丼鉢と、フランキーが例えたのは正しい。

360度を、水が押し寄せてきた!!



 「ルフィ!!」



ゾロが叫んだ。

手を差し伸べたが届かなかった。



 「ナミさん!ロビンちゃん!!」



サンジも叫ぶ。



 「チョッパー掴まれ!!」



フランキーも叫んだが、寸での所でチョッパーの手を掴めなかった。



 「ヨホホホホ―――っ!!」



最も軽く、そして悪魔の実の能力者であるブルックが、真っ先に渦に飲まれて沈んでいく。



 「ブルック―――!!」



木の幹を掴みながら叫ぶゾロの声も、水音に掻き消されていく。



 「あああっ!!」

 「ロビン!!」



水に飲まれそうになるロビンの腕を、フランキーの手が掴んだ。

水のせいで、ロビンは体に力が入らない。

押し寄せる水は止まらない。

途切れるどころか、どんどん水嵩を増していく。



 「ルフィ!!ルフィはどうした!!?」



サンジが叫んだ。



 「ルフィ―――!!ルフィ!!どこ!!?ルフィ―――っ!!」



ナミの悲鳴が聞こえたが、押し寄せる激流に為す術がない。



 「うわああああああああああっ!!」



ゾロの目に、気を失ったチョッパーを抱えて流されていくウソップの姿。



 「ウソップ!チョッパー!!」

 「ゾロォォォ〜〜〜〜〜っ!!タスケ……っ……。」

 「ウソップ!!」

 「ダメだ!!水が増えてく一方だ!!」

 「!!」



奇妙だ。

今までここには水溜りなどなく、周囲には川などなかったのに。

ここへ水が流れ込む仕組みなら、今までここに流れ込んでいた水はどこへ行く?



 「…歯ァ食いしばれ!!水が収まるのを待て!!」



ゾロが叫んだ。



 「ゾロ!?」

 「なんで!?」



ナミが、木の枝に捕まりびしょ濡れになりながら問い返した。



 「水が流れ着く場所があるはずだ!!それまで耐えろ!!」

 「確証は!?」



フランキーが叫んだ。



 「無ェ!!」

 「無ェのかよ!?」



サンジがキレる。

ゾロは、それを軽くスルーして



 「任せろ、運に。」

 「運任せかよー!?」



前にもこんな会話があったな。

そう思った瞬間、全員水に飲み込まれた。





そして



ゾロが目を覚ました時、周りは暗く、瞬時に状況を悟るのは難しかった。

天井から、水が滴り落ちている。

ゾロ自身、びしょ濡れだ。

仲間の姿を求めて、周りを見回す。

と、少しずつ離れた場所に、倒れているフランキーとロビンと、そしてサンジの姿があった。



サンジの姿を見て、ゾロはゆっくりと近づき、首筋に指を当てて脈を診た。



 「………。」



規則正しい感触があった。



ほっと息をつき







 「痛ェ!!」

 「………。」

 「てめ…!思っクソ!!デコピンしやがったなァ!!?」

 「死んでんのかと思ってよ。」

 「生きとるわァ!!」

 「ほー、そりゃよかった(棒読み)。」

 「上等だ…。」



臨戦体勢。

とったその時に



 「…う…。」



ロビンの声。



 「!!ロビンちゃ――ん!!」



サンジが飛んでいった。



 「……ぁあ…クソ…!」



ぶるんと頭を振って、フランキーが半身を起こした。



ゾロが言う。



 「……おい、みんな怪我ねェか?」

 「…ええ…だいじょうぶ…。」

 「ロビンちゃん!……ああ、びっしょりだ…!しっかり!」

 「……クソ…!一体どこだ、ここは!?」

 「鍾乳洞だな…。」

 「…見りゃわかる…。」

 「…あそこから落ちたのか…よく助かったなおれ達…。」

 「水に流されたからな…おい、ニコ・ロビン、大丈夫か?」

 「…ええ…。」



鍾乳洞の、天井までの高さは約20メートル。

その天井に空いている穴は、バケツほどの大きさにしか見えない。

そこから漏れる光だけが。唯一の太陽光だ。



地下のぽっかりと空いた空間。

石灰質の柱。

彼らが倒れていたすぐ側を、川が流れている。



流れはそれなりにあるが、人が流されるほどの速さではなかった。

しかし、先程までの水流があったなら…。



 「他の連中は…。」

 「見あたらねェ…流されたと見るべきだろうな。」



ゾロが答える。



彼らは、激流の中を最後まで持ちこたえた組だった。

ロビンはフランキーに抱えられていたお陰で、流されずに済んだのだ。

最後の緩やかな水の落下に巻き込まれて、“漏斗”のような器の穴からここへ落ちた。

ゾロの予想通り、水はここへ溜まり、どこかへ流れさって行くのだろう。



と、いうことは



 「この流れの先に、ルフィ達はいると見ていいな。」



サンジが言った。

ゾロが答える。



 「能力者だ。流れに逆らわずに行っただろ。」

 「…全員一緒に居てくれりゃあいいが…。」

 「希望的観測だな…。」

 「…いちいちムカツクな…てめェ…。」



ここで一発、ブチギレたかったが。

本当に顔色の悪いロビンの手前、ガマンすることにした。



なんとか相手の顔が判別できるのは、穴からの僅かな光と目が慣れてきたせいだと思ったが、

岩壁がほんのりと光っているお陰もあった。

ヒカリゴケが生えているのだ。

サンジが、煙草を口にくわえてライターの火を点けようとしたが、湿っていて点かない。



 「火ならあるぜ。―――フレッシュファイア!」

 「おぅわっ!!…ありがとよ……あ〜あ、半分燃えちまった…。」



言いながら、煙草を目の高さに持ち上げる。



紫煙が、水の流れていく方向に―――。



 「空気が動いてるな。」

 「決まりだな。進むぞ。」

 「ロビンちゃん、大丈夫かい?」

 「…ええ…なんとか…。」



ひょい、とフランキーがロビンを抱える。



 「服が乾くのを待ってられねェからな。」

 「ありがとう…。」



3つの足音が洞窟の中に響いている。

空気は冷たく湿っている。

体が濡れているせいもあるが、寒さが増してきた。



 「…ナミさん…無事でいてくれよ…。」



思わず、口を突いて出た。

フランキーの腕の中からロビンが言う。



 「この水の先が滝だったりしたら、アウトかも。」

 「どーして毎度毎度、お前ェの想像はそう不吉なんだ!?」



フランキーが怒鳴る。

わんわんと、声が洞窟の中を響く。

だが、それに対する他からの反応が無い。

近くに仲間が居る様子は無かった。



1時間程が経った頃、ロビンがようやく動ける様になり、自分の足で歩きはじめた。

道は少し細くなり、だが石灰質の石柱や石筍が立て込む様になってきた。



サンジが独り言のように



 「おい、ゾロ。頼むから迷子になってくれるなよ。」

 「この1本道で、どう迷うってんだ?」

 「それを、迷うから…………って。いねェ――――っっ!!?」

 「あら。」

 「マジかよ(タメイキ)。」

 「あのアホ!!……ゾロ!!おい、ゾロ――!!」



返事が無い。

ロビンが



 「探した方がいいわ。こんな場所で迷ったら、抜けだせなくなるかも。」

 「おれが行くよ。ロビンちゃん、ここで待っててくれ!」

 「その先の広い場所、そこで待ってるぞ!」

 「時間的にもう夜だわ、今夜はそこで夜明かししましょう。気をつけてね。」

 「了解!」







サンジの靴音が遠ざかる。

「アホゾロ」「クソマリモ」「マイゴリラ(迷子ゴリラ略して:エネゴリではない)」

と、悪態が聞こえていたが、段々聞こえなくなり、やがて静かになった。

残された2人は、見えていた広場へ移動し、腰を下ろした。



 「……お、ありがてェ!流木が溜まってるぞ!火を起こせる。」

 「よかった。」

 「空気も流れてるからな、大丈夫だろ。」



火が焚かれると、洞窟内は途端に明るくなる。



 「…まぁ、きれい。」



ロビンが声をあげた。



 「ほぉ、コリャ確かに。」



よく見ると、石の壁がきらきらと、白く、または金色に光っている。



 「こりゃ、金か?」

 「いいえ、石灰質に黄鉄鉱が混ざっているのね。黄鉄鉱は、昔はよく金と間違えられたのよ。」

 「なんだ、ただの光る石か。」

 「ええ、でも綺麗ね。」



火を真中に向かい合って座り、フランキーが言う。



 「…ったく、えらい目にあったぜ。ここから脱け出せんのか?おれ達は。」

 「だいじょーぶ!なんとかなる!」



ロビンの、似ていないルフィの真似に、フランキーは一瞬驚き、だが笑った。











 「ゾロ――!!ゾ―――ロ!!」



答えは無い。

全く、あの一瞬でどこまで行ったんだ、あのバカは。



サンジは、元来た道や、ちょっとしたくぼみの中を探し回った。



なんだってこう、あのハラマキ野郎は!!



しかし

その時ふと



スリラーバークで、クモの化け物に捕まった時のことを思いだした。



 「………。」



自分が捕まった後、ゾロも同じ様に捕まったと聞いた。



地底空間。

地底の王国。

ガキの頃読んだSFに、そんな話があったな。

地底人に捕まって、インプラントされてるかも知れねェ……。



 「いや、ないない。」



あの話に出てきたな。

クソデッケェムカデが、トンネルみてぇな道をこう…ワシャワシャワシャ…。

人間なんかパクっと咥えて一飲み…みてぇな…。







不吉な想像







鷹の目に斬られて死ぬならともかく、そんな死に方っていくらなんでも、おれ的にも悲しすぎる。



この時点で、その想像がかなりぶっ飛んでいることに気がつかないのは、

やはりここが非日常の異空間だからだろうか。



そしてここで、サンジはまた、「はた」と思った。



アホ迷子のせいで、何でこんなにオロオロしなきゃならねェ?



 「……こんな場合じゃねェんだよ……ナミさんが無事かどうか…。」



 「ウソップやチョッパーがどうしてるか……。」



 「ついでにブルックとか……。」



 「ルフィとか……。」



 「あんなアホの事で…。」



 「………。」





もう1回。



もう1回呼んでみよう。



それで返事が無かったら、ロビンちゃん達の所へ戻ろう。



もう1回だけ……。



煙草を唇から放し、サンジは大きく息を吸う。









 「ゾロ―――――――!!」









チクショウ



もし無事じゃなかったら



こんな洞窟ぶっ潰してやる!!









静寂





サンジは唇を噛み締めた。



ホンキで、不安が心臓を締め付ける。



と



 「!!」



 「……やぁっと来やがった……。」

 「!!ゾロ!!?」



声は、足元から聞こえた。

目を凝らしてよく見ると、ゾロの手が自分の足首を掴んでいる。

一段下がった、鍾乳石の間。



 「何やってんだ!?このアホ――!!」

 「……ああ、悪ィ。」



お、素直。



 「あれ?」



サンジが眉を寄せた。



 「……どうした!?」

 「見ての通りだ…。」



ゾロの足が、鍾乳洞の岩の間に挟まれている。

挟まれているというより、めり込んでいるのだ。



 「…なんだ…?こりゃ…?」

 「…おれもただの鍾乳石だと思って踏んだんだ…そしたら…こうなっちまった。」

 「…うわ…なんだ?“ぶに”ってなる…石じゃねェ…。」

 「抜けなくてよ…踏み込めば踏み込むだけ…はまってっちまう。

 刀も効かねェ。…手ェ貸せ。」

 「…しゃーねぇな…。」

 「…足元気をつけろ。」

 「言われなくても…。」



ふと、サンジはゾロの後ろを見た。



 「!!」

 「………。」

 「…抜けだせねェと、ああなるみてェだ。」



熊がいる。

だが、石灰化している。

これと同じものにハマって、抜けだせずにいる間にああなったらしい。



その隣には鹿、足元に蛇…。



 「やっべ!!」



サンジは堅い岩場を探し、足をかけ、ゾロの腕を掴み



 「行くぞ!せ―――の!!」

 「!!!」

 「……っ!!うおりゃぁあっ!!……重て……!!」

 「…引っ張られんだよ!!」

 「……て、こいつ…石じゃねェのか!?」

 「!!おい、コック!気をつけろ!!」

 「!!?」



サンジが、足をかけている岩の感触が変わった。

慌てて、ゾロの腕を放して飛びすさる。



 「こいつ…生き物だ!!」

 「…こうやって…養分取ってんだな。」

 「落ち着いてる場合かァ!!てめェ食われてんだぞ!!?」

 「ああ、あんま、いい感触じゃねェな。」

 「抜け出す姿勢を見せろォ!!」



再び、ゾロの腕を掴み引っ張る。

だが



 「…ぐぐぐ…!」

 「おい、フランキーはどうした?」

 「呼んでる内に、てめェが食われる!!」

 「………。」



サンジまで、巻き込まれるかもしれない。

ゾロは、サンジの肩に手をかけた。

それに気づかず歯を食いしばるサンジの口から、ぽろっと煙草が落ちた。

煙草が、ゾロの足元に触れた瞬間。



 「!!」



まるで、タバコの火を押し付けられた風船のように、「ボワン!!」と、激しい炸裂音をさせて



 「……き、消えた?」

 「………。」



日の射さない、火の気の無い地下の生き物、きっと弱点は火なのだな、と、納得することにした。



 「………。」

 「………。」



あっさりと、命の危険から解放されて、なんだか今の悪あがきが恥ずかしくなる。



 「!!?」



いきなり、サンジは引き寄せられてキスをされた。



 「……っ!!なんだよ!?いきなり!!」

 「いや、してェなァと。」

 「こんな時に!!」

 「…こんな時だからしたかったんだよ。」

 「!!」

 









(2009/5/11)



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