BEFORE

激しい低気圧は、その島の上空からなかなか動こうとしなかった。 風と雨はなかなか止まず、『観測所』海域から無事脱出したサニー号だったが、 万が一別行動となった時の為の、落ちあう予定だった北の岬に向かう事が出来ない。  「どんなに早く天候が回復しても…明日の夜ね。」  「…夜になってからでは、沿岸を航行するのはキケンですしねェ…。」 ブルックが、窓から外を見上げながらナミの言葉を繋いだ。  「…サンジ…大丈夫かなァ…もう、痛み止めも切れた頃だと思うんだ…。」 チョッパーが言った。 ウソップが  「なァ…おれ、上陸して探しに行っちゃダメか?」  「…この悪天候の中、3手に分かれる方が、リスクが大きいわ。」 ロビンが答えた。  「いくらサンジが一緒でもよう…ゾロが迷ってねェ保証はねェよ…。」  「…それは…。」  「第一、あの状態で、ゾロがちゃんと北の岬なんて言葉自体、  耳に入れてたと思うか?絶対ェ聞いちゃいねェよ…!」 心配性なウソップ。  「大丈夫!大丈夫だ!!」 一番、険しい顔をしながら、それでも明るい声でルフィが言った。 悪天候日の日没は、意地悪に早く訪れる。  「まだ、歩けるか?」  「…余計なお世話だ…。」 人家の気配もない森の道。 それでも、森に分け入るのに使ったであろう明らかな小道。 その道を、どこに抜けるかもわからないまま進んできた。 深い木々の合間の森。 サニー号の漂う海辺よりも早く、陽は落ちた。  「…日が暮れちまったな…どこか、雨宿りできそうな場所を探すか。」  「………。」 サンジのいつもの悪態にも答えず、落ち着いた声でゾロは言った。 それが逆に、サンジの癇に障る。 怒っているはずなのだ。 捕まったことも。 シャークサブマージに、ウソップを乗せたことも。  「おい、コック。」 呼ばれ、声の方を見ると  「木の洞(うろ)だ。雨を避けられる。」 ゾロが、茂みの奥を指差した。  「…狭ェ…。」  「問題ねェだろ。」  「…あらかじめ言っとくが…ソッチになだれ込むのは無しだぞ…。」  「この状態でなるか、バカ。」  「………。」 沈黙。 ゾロが大きく息をつく。そして  「なってほしいんか?」  「ほしくねーよ!!」 真っ赤になって怒鳴った瞬間  「痛っ!!イダダダダダ…!!」  「そら、見ろ。」  「――――っ!!」  「ほら、入ってろ。」 背中を丸め、ぶつぶつと何かを呟きながら、サンジはゾロが見つけた 木の洞の中に潜り込んだ。  「…思ったより広い…あったけぇ…助かる…。」  「痛むか?」 続いて、腰を落として入ってきたゾロが尋ねた。  「…痛くねェ。」  「嘘つけ。」  「………。」 膝を抱える様にサンジは座り、ゾロは胡坐をかいて三刀を肩に立て掛け、抱えこむ。 風と雨の音。一向に弱くならない。  「…ところでよ…ゾロ…。」  「…なんだ?」  「おれ達はどこへ向かってんだ?」 サンジの問いに  「…確か…北の岬とかなんとか言ってた……ような。」  「…なんだよ…そりゃ…それに北って言ったって広いぜ…。」  「地図を持ってたのがウソップでな。」  「てめェも確認しとけよ…。」  「なんとかなる。」  「…へいへい…ま…いつも何とかなってきたしな…。」  「………。」  「…ウチには優秀な美人航海士がいるし…。」  「………。」  「………。」  「…コック?」  「………。」  「眠いのか?」  「…うん…ちょこっと…寝ていいか…?」  「ああ。」  「………。」  「…おい、寄りかかれ。楽だろ…。」 言って、サンジの肩に触れた瞬間、ゾロの表情が一変した。  「コック!?」  「………。」 体が 火のように熱い  「てめェ…!」  「…うっせ…騒ぐな…クソ…ちょっとホッとして…気が抜けた…。」  「…しゃべるな…寝ろ!」  「………。」 「寝ろ」と言うまでもなく、サンジは抱き寄せたゾロの胸にもたれた瞬間、崩れた。  「コック!?」  「……寒……。」  「寒いだ…?」 息が、途端に荒くなった。 ゾロの服の襟を掴み、サンジは荒い息の底から声を絞り出す。  「…おい…放せ…みっともねェ…。」  「何がみっともねェだ!こんなにフラついて何を言ってる!?」  「…あれも…これも…全部だ…!!」 拳で、ゾロの胸を叩いた。 まったく、力が入っていない。 海兵に、ムリに力を加えられて、指が青黒くなっている。 熱は、肋骨の骨折から起きているものだ。 無理をすれば、折れた骨が内臓を傷つけるかもしれない。 手荒な事は出来ない。 サンジはさらに言う。  「…本当は…怒りてェんだろ…?ナミさん庇って捕まって…  …助けに来てみりゃこのザマだ…。」  「わかってんじゃねェか。」 あっさりと、ゾロは肯定した。 サンジは、赤い顔で歯噛みし  「…だったら怒鳴ればいいじゃねェか…怒ればいいじゃねェか…  それを理解あるオトナのフリして、しれっとしやがって…ムカつく…。」  「………。」  「…今度はだんまりか…それとも何か…?理解あるツレのつもりか…?  余計なお世話だってんだよ…おれだけ…シャークサブマージに乗せようとしやがって…。」  「………。」  「…放せよ…キモイんだよ…。」  「だったら。」  「………。」 ゾロが、普段通りの落ち着いた声で  「だったら、何でてめェも何も言わねェ。」  「………。」  「…牢で言ったみてェに素直に、何で言えねェ?」  「………。」 サンジの目は、もう熱で朦朧とし、空ろだ。 だが  「…は…?」  「…痛ェんだろ?」  「………。」  「熱で辛ェんだろ?だったら、痛いと言え。辛いと言え。」  「………。」  「…牢でおれの顔を見た時。『よかった』と言ったろ?『嬉しい』と言ったろ?  何故、あん時みてェに、今、『辛い』と言わねェ?」  「………。」 サンジが、困ったように笑った。  「…言えるか…バーカ…。」  「………。」  「みっともねェ…。」  「何でみっともねェ?」  「…2人っきりで…言うセリフじゃねェよ…。」  「2人きりだから言えるだろ?誰もいねェ。聞いちゃいねェ。」  「…だから…言えねェんだよ…。」 ゾロのコメカミに筋が浮かんだ。  「…おれが…痛いって言ったら…辛いって言ったら…。」  「………。」 サンジは、熱い額をゾロの肩に載せ  「…てめェは…この世界の全部を…斬り捨てようとするだろ…?」  「………。」  「…だから…言わねェ…。」  「………。」 ゾロの手が、サンジの髪を探る。 愛しげに、ありったけの優しさをこめて。 だが、震える指先が、体内の怒りを必死に押し殺しているのがわかる。  「…痛くねェよ…。」  「…だから…嘘をつくな…。」  「…そこは察してくれ…大人なんだからよ…。」 ゾロの腕に力が籠る。 サンジをしっかりと懐に抱え、肌を合わせた。 小さな、囁くような声でサンジが言う。  「…あったけぇなぁ…てめェは…。」 雨の音 風の音 ざわめく草の音  「…あったけ…。」  「…寝ろ…。」  「…おう…寝る…。」 雨の音 風の音 ざわめく草の――― 抱く腕に、さらに力を籠める。 腕の中の、熱すぎる愛しい体。 ナミに サンジが海軍に捕まったと聞かされた時も 傷ついた体を鎖に繋がれた姿を見た瞬間も  「………。」 斬り捨ててしまおうと思った 世界ごと サンジごと 拷問を受けたとはいえ、性的に嗜虐を与えられたわけではない。 なのに、首輪を架せられ、吊し上げられ、傷つけられたその姿を見た瞬間、 他者に触れられてしまったという怒りが沸騰した。 そこまでにいたぶられたサンジ自身が憎かった。 サンジの、せいではないのに。 畜生 まだまだ おれは修行が足りねェ… 荒い息 熱は一向に、下がる気配を見せない。 翌朝、陽が昇っても、サンジの熱は下がらなかった。 だが、雨は上がり、風も収まり始めている。  「コック、おぶされ。」  「いやだ。」 言い終わる前の即答に、ゾロは青筋を立てたが  「…いつまでもここにいる訳にもいかねェだろう。」  「…歩ける…。」 そう言い、立ち上がった瞬間  「―――っ…。」  「そら、みろ。」 ふらつき、ゾロに抱きとめられた。  「それでも嫌だ…。」  「いい加減にしろ!てめ!」  「てめェにおんぶなんて…チョー究極にこっ恥ずかしい姿!  ナミさんとロビンちゃんに見せられるかァ!!」 再び ヨロヨロっと足をもつれさせ、ペタンと土の上にへたり込む。  「……じゃあ、ここに捨てていっていいんだな?」  「…おー、捨ててけ捨ててけ。捨ててって、てめェひとり迷子になって、  海軍に見つかって捕まっちまえー。」  「………。」 立ち上がり、ゾロは刀を腰に差し  「……なら、ここで待ってろ。」  「…へ…?」  「人を呼んで来る。」  「…え…?」 サンジの眉が歪む。  「…馬鹿言うな…てめェみてェな超有名賞金首…たちまち捕まっちまうだろうが…。」  「てめェが死ぬよりいい。」  「―――っ!!」  「おとなしく待ってろ、動くなよ。」  「ヤダ―――!!」 まるで、子供の様な叫びだった。 その後の言葉も、幼い子供が泣きじゃくるようで  「…ヤダ…。」  「………。」 黙って、ゾロは腰を落とした。 目を擦りながら、サンジは素直にゾロの肩に手をかける。  「…どこまで面倒な野郎だ。」  「…うるせぇ…。」  「…おい、首絞めんな…歩けねェ。」  「………。」  「寝たふりか。早ェ。」 背負い直し、ゾロは茂みを抜けた。  「…日が差してきた。」  「………。」  「…ゆっくり行くか。」  「アホ。急げ…。」  「起きてんじゃねェか。」 小さく、ゾロが笑った。 道を進むうちに、森を抜け草原を進む。 2人には、島の広さも目的地までの距離感も全くない。 だが、海岸線に出なければ、サニー号に出逢えない事だけは分かっている。 太陽が顔を出し、影が時を刻むことで方向を知る。  「…日が暮れてきたな…。」 背中でサンジが言う。  「…辛ェか?」  「…てめェこそ…いい加減疲れたろ…?」  「…いつだか3日間、ぶっ続けでヤった時に比べりゃ楽だ。」  「〜〜〜〜/////……。」 悪態も、蹴りも、来ない所を見ると、まだ辛いのだろう。 まだ、体も熱い。 大分、低くはなってきたが…。  「……このまま歩くぞ……。」  「…うん…。」 朱色の空が、やがて群青色になり、満天の星に覆われた黒い天幕になる。 遠くに、北天の不動の星が瞬き始めた。  「…あの星まで真っ直ぐ…。」 サンジが言った。  「わかった。」 草を踏みしめる音。 石を蹴る音。 ふたつの、心臓の音。  「…ゾロ…。」  「なんだ?寝ていいぞ。」  「…あのさ…。」  「あァ?」  「…2人だけだから…恥ずかしい事言うな?」  「おう、言ってみろ。」  「…ウソップを…シャークサブマージに放り込んだ時な…。」  「………。」  「…おれ…思ったんだよ…。」  「………。」 ゾロの脚が止まった。  「…ここで世界を…終わりにしてもいいって思った…。」  「………。」  「…思っちまった…。」  「………。」  「…おまえとなら…それもいいって…。」  「………。」  「…ごめんな…。」  「謝る必要はねェ。」  「………。」 再び ゾロはサンジを背負い直し、歩き始める。  「ああいう状況になっちまうと。」 ゾロが言う。  「…おれも、心の中でいつもそう思う。」  「………。」  「お前となら、世界をここで終わりにしてもいい。」  「………。」  「いつも、今も、そう考えてる。」  「………。」  「…こういう形での裏切りもあるんだと、つくづく思い知る。  ルフィ達に顔向けできねェ。」  「……うん……。」  「まだまだ修行が足りねェよ。おれ達は。」  「…はは…そうだな…。」  「………。」  「まだまだだ…。」 ざく ざく ざく ゾロの足音 満天の星 背中から伝わる暖かさに、青い瞳から涙がこぼれそうになる。 ざく ざく ざく 夢も野望も忘れていない。 一緒に進んで、いつか必ずこの手に掴むと決めている。 この想いが、何処かで、何かで、重く苦しい障害になるのも重々承知だ。 こんなに甘くて、暖かくて、けれど切なくて、時には見たくもない 深い心の闇まで晒されるくらい苦しい。 だけど 捨てたくない おれは この想いで、いつか こいつを死なせてしまうかもしれない…。 でも 『おれ達』は、『おれ達』2人だけじゃない。 おれ達には 細い月が中空に差し掛かっても、ゾロは歩みを止めなかった。 まっすぐに、不動の星を見据えて、それに向かって歩き続けた。 歩みを止めサンジを背中から下ろし、その目を見つめたら、たまらなく欲しくなりそうだった。 まっすぐ まっすぐ あの星のもとへ どれだけの時が過ぎただろう。  「…あ…。」 サンジが、小さな声を上げた。  「…ゾロ…。」  「ああ。」 ゾロの口元に笑みが浮かぶ。  「…潮風だ…海が近い。」  「…やっぱ…この香り…安心する…。」 サンジが言った。  「…だな…。お。」  「なんだ?」  「夜が明ける。」 ゾロが、右手を見て言った。 サンジはクシャクシャとゾロの頭を撫でまわし  「…えらいえらい…ちゃんと北に向かって歩いてたんだ。」  「へいへい、お褒めに預かり光栄だ。」 視界が開けた。 吹きつける潮風。 サンジを背負ったままゾロは歩みを進め、突端に立ち  「…おれ達の太陽が来たぜ。」  「……ホントだ…こっちは北だよな?」 低く笑い、サンジは軽く合図してゾロの背から降りた。 朝焼けに映えるオレンジ色の海に白い波涛を立てながら、とぼけた顔のライオンが近づいてくる。 そのライオンのてっぺんで  「お――――――い!ゾロォ!!サンジィ――――!!」 ?太陽?が、満面の笑みで手を振っている。  「おおおおおおお!!いたぁあああああ!ゾロォォォォォ!!サンジィィィィ!!」  「ヨホホホホホホ!スバラシイ!よく辿り着きましたね!ゾロさん!!」  「サンジが一緒だったんですもの。心配してないわ。」  「すごいなー!ホントにルフィが言う通りの所にいた!」  「まったく…つくづく覇気ってのはすげェもんだ。」 フランキーの言葉にナミが  「…どうかしら?もしかしたら、あの3人だけの特別なものかもしれないわよ?」 笑いながら言った。 やってくるサニー号を見つめながら、サンジが言う。  「なぁ、ゾロ。」  「あァ?」  「もうひとつ…こっ恥ずかしい事言うけど、いいか?」  「この際だ。何でも言ってみろ。」 サンジは微笑み、陽の光に髪を光らせながら  「……世界を終わりにする時は……。」  「………。」  「…お前…おれの側にいてくれ…。」  「………。」  「…おい、返事は?」 答えないゾロに、サンジは不機嫌に尋ねた。 頬が赤い。 熱のせい、ばかりではない。 ゾロはいつもの仏頂面で、海の方を見たまま  「…んな、わかりきった、当たり前のことを聞くんじゃねェ。」  「………。」 すぅっと、風が流れた。 ゾロの唇に 柔らかな何かが触れた。 一瞬のそれは、唇というより、サンジの口髭の感触だったような気がした。  「……おい、目標、誤ってんぞ。」  「…うっせぇ、後日改める。」  「今、改めろ。」 ゾロが、サンジを引き寄せようとした時  「ゾロォォォォォ!!サーンージーっ!!」 2人の間に、ルフィの伸ばした両手が飛んできた。  「掴まれ―――!!さっさと行くぞ!!」 ゾロが青筋を立てた。  「空気読め!このアホ船長!!」  「読まなくていい!!」  「何言ってんだお前ら!掴まれって!!」  「……うっせ!わぁったよ!」  「あー!やっとタバコが吸える!!」  「ぃよぉ〜〜〜〜し!ナミィ!!出航だぁああああ!!」  「了解!!」  「って!てめェ!しっかり回収してから言ェええええええ!!」  「あああああああああああああああああああああああああ!!」 朝焼けに送られて、サウザンド・サニー号はさらなる先の航路へ向かう。 速すぎる世界。 いつか、終わりが来るかもしれない。 だが、挫けはしない。 共に行こう。 どんな時も、この手を放さずに。 END ゾロ誕リクラストワン・akko様リク 『海軍に捕えられたサンジを助けに行くゾロ』でした。 バンプの『ゼロ』のイメージもほしい…とのことで だいぶ考えました結果がこれという…。 毎度のことながら申し訳ないです;; 19歳で書こうか21歳で書こうかと悩んで21にしました。 19歳ゾロだと、マジで世界全部たたっ斬るような気がしましたが 逆にそれでは全く話にオチが見えないので、21になりました(そういう理由;) どうしても素直じゃないウチのサンジ…。殴ってください akko様、大変お待たせいたしました。 こんなんでホンット申し訳ありません!  ありがとうございましたっ!(土下座) BEFORE                     (2013/2/11) ZERO‐TOP
お気に召したならパチをお願いいたしますv

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