BEFORE 関に、遅い春がやってきた頃。 参勤の為に、大坂に行っているミホークから手紙が届いた。 城主不在のため、ゾロは本丸で寝起きをしている。 その広間で、ゾロはぶつぶつ言いながら、父の書状を開き 「………。」 険しく変わった表情を、サンジは見逃さない。 チラ、と自分をゾロが見た。 その仕種を、家臣のみなが感じ取った。 氷雨が、末席に座したロビンに言う。 「……チョッパーを、部屋へ。」 「はい。」 一礼し、ロビンが席を立つ。 「難しい話なの?兄上。」 眉を寄せて、チョッパーが尋ねた。 「…むずかしかねェが、お前に泣かれるのは困る。」 「えええええ!?悪い手紙!?父上どうかしたの!?病気!?死んじゃったとか!?」 「…そこまで飛ぶのかよ。まぁ、いい。話、聞いてろ。」 チョッパーは、「うん!」と、またその場にどっかりと座る。 苦笑いしながら、ロビンがまた末座に戻った。 「…来る3月15日、京・笠取山の醍醐寺にて、太閤殿下が大茶会を催すそうだ。」 瞬間、ざわめきが起こる。 「それに、おれも出席しろと。」 「それは重畳!!」 家老が声をあげた。 「まだ、部屋住みの身で、太閤殿下のお声がかかるとは!この上なき名誉!」 「覚えがめでたい!」 だが、ゾロはしかめっ面をさらに歪めて 「……氷雨を伴えとある。」 「!!」 サンジが目を丸くした。 座が、静まり返る。 と 「やだ!!」 叫んだのはチョッパーだ。 家臣団もうなずく。 ゾロも黙ったまま、目を細め、顔をしかめる。 太閤秀吉が、人より好色なのは誰もが知っている。 足軽出身のこの男は、自分よりも出自の身分が高い、名家の出の、しかも人妻が大好きだ。 毛利家から嫁いで来た若妻。 こんな美味しいシチュエーションの“女”を、見逃す秀吉ではない。 「兄上が京へ行くのは全然いいけど、義姉上まで行っちゃうのはヤダ!!」 「そっちか。」 どこかがっかりしたゾロの目が、サンジを見る サンジも困った顔で首をかしげた。 だが、 「行かぬわけには参りませぬな。」 家老が言った。 ゾロも 「…まァ…そうだな。」 ガリガリと、頭を掻く。 ミホークが、こうやって手紙を寄越したのだ。 止められなかったということだ。 どんな言い訳をしても、秀吉は認めないだろう。 「………。」 サンジは笑って 「行こう。」 「………。」 「…茶会に出ればいいだけだ…。」 「………。」 「大丈夫。」 「………。」 答えないゾロに、サンジは呆れた顔をして、ゾロの傍らへ膝行し、耳元に口を寄せ手で隠しながら 「……なァに、もし、万が一、物陰に連れ込まれそうになったら、××××を×××で×××してやっから。」 「!!!!!!!」 ゾロの顔が真っ赤になる。 その一瞬の変化に、チョッパーが「ぶっ!」と、吹き出した。 家臣たちも、あまりのゾロの素っ頓狂な顔に、笑いを堪えるのが精一杯だ。 当のサンジは、しれっと元の座に戻ると、内掛けの裾を直し、にっこりと微笑んで、隣のチョッパーに 「チョッパー殿、留守を任せてよいですね?」 と、尋ねた。 チョッパーは、滅多に見られない兄の面白い顔に上機嫌で 「はい!義姉上!お任せください!」 と、元気に答えた。 家臣たちも居住まいを正し、一礼する。 さぁ、そうなれば忙しい。 醍醐の大茶会まで、あとひと月もないのだ。 「…お召し物を新調しなければね。ナミ。」 「…お裁縫キライ。」 ウフフ、とロビンは笑った。 「ねェ、ロビン?」 「なぁに?」 「あたしも…京に行くの?」 「そうね。」 「行ったら、いつ帰ってこられる?」 「………。」 京は遠い。 家臣達がわらわらと下がって行った後、ゾロが 「ロビン。」 呼ばれて、ロビンとナミは、ゾロとサンジの前へ寄った。 「…ルフィを、麦から呼び寄せてくれ。」 「ルフィを?」 ナミの顔が、少し悲しげになった。 それを労わる様に見つめながらサンジが言う。 「ナミ、ここに残って、チョッパーの側にいてやってくれるか?」 サンジは、ロビンとナミの前では男に戻る。 「…ルフィは…。」 ゾロと一緒に、京に行くのかしら? 「親父もいねェのに、おれとコイツもここを離れるからな。あいつにも強い従者が必要だ。 ルフィとお前で、チョッパーの側にいてやってくれ。…約束の15には、まだ少し早ェけどな。仕方がねェ。」 ナミの顔が、一辺に明るくなる。 まるで太陽のようだ。 「うん!…あ、はい!!」 「よかったわね、ナミ。」 「うん!」 サンジが言う。 「…正直でいいな、ちょっと寂しい。」 「あ。ごめん。」 報せを受けて、早くも翌日にはルフィがやってきた。 ウソップと、フランキーが一緒だった。 ゾロとサンジとナミとロビンは、彼らの到着を聞いて大戸口まで出迎えた。 「ナミ――――!!来たぞ――――!!」 「ルフィ!!」 仲のよい2人が、きゃっきゃっとはしゃぎ回って、これから共に暮らせる喜びを露わにしている。 微笑ましい。 「ナミ、来たぞ。って、挨拶はこっちが先じゃねェのか?」 「ぼやくな、ゾロ。」 笑いながらサンジが言った。 到着の知らせに、チョッパーも奥から飛び出してきて 「ルフィだー!!」 「おう、チョッパー!!」 「うわぁい!!ルフィと一緒だ!!」 「あははは!!よろしくな!」 「ルフィ!こっち!こっちがおれの部屋!!」 「おう!じゃ、またなー!ゾロ、サンジ!行こうぜ、ナミ!!」 「うん!」 ばたばた、きゃあきゃあと走って行く子供たちを、目で追いながらまたゾロがぼやく 「……てめェの名前を呼ぶ時ァ、気をつけろって言い聞かせねェとダメだな…今、サンジって呼んでったぞ。」 「あははははは!難しいぞ、ルフィにわからせるのは!」 ウソップが笑った。 ゾロは改めて 「…で、2人ともガン首揃えて、今日は何の用事で出てきた?」 ゾロの問いにフランキーが 「…ああ、ガキの使いなんだが。クローバーが…他の連中に伝えさせたくねェってよ。」 「なんだ?」 「京へ行く前に、一度里に来てくれねェか?話があるそうだ。」 「直に見せたい物があるって言ってさ。」 「………。」 サンジがロビンを見たが、ロビンも不思議そうな顔で首を傾げるだけだった。 フランキーが、背中に負った布袋から、油紙の包みを取り出し 「出来たぜ、サンジ。この前のヤツだ。」 「お!ありがとう!!」 「あ。今、フランキーもサンジって呼んだ。」 ウソップのツッコミに 「あ〜〜、メンドクセェな。なんだった?」 「氷雨様よ。」 ロビンが答える。 「ヒサメサマ、言い辛ェよ。」 サンジも、油紙を解きながら笑った。 「なんだ?」 「ん。この前、打たせてもらったんだ。」 包みの中から出てきたのは、数本の笄。 「ロビンとナミに。」 「まぁ、嬉しい。ありがとうございます、お方様。」 花の柄と、蜜柑の柄。 「大物打たせてくれって頼んでも、させてくれねェんだよ。」 サンジがぼそりと言うと、フランキーが 「たりめェだ。小鍛治の仕事は遊びじゃねェ。」 「わかってるよ。でも、今度…包丁…打たせてくれないか?」 「包丁?」 ウソップが言った。 「ああ。おれ、料理するの好きなんだ。」 「まぁ、そうでしたの?」 「うん。」 ゾロも 「そうなのか?」 「…うん。」 サンジは少し俯いて 「…前いた所でも、炊所(かしきどころ)の端場によく入り浸ってた。教えてもらって、結構覚えた。 一生懸命料理してると、嫌な事忘れられて楽しかったな。」 「………。」 ゾロは笑って 「今度は、お前用の台所作ってやるよ。」 「いいよ。そんな贅沢。」 「いいんだよ。お前に使わせる金だけは、小早川からたんまり戴いたからな。使わねェと、化けて出てこられそうだ。」 「………ありがと。」 ウソップが 「じゃあよ!お前達が留守の間に、おれとフランキーで造っといてやるよ!!」 「お前らが?」 サンジが言うと、フランキーもにやりと笑い 「おう!スーパーに任せろ!!刀打つためだけの腕じゃねェんだぜ!!大工仕事は大得意だ!!」 だろうな。 京へ発つ5日前。 ゾロとサンジはロビンを伴って、麦の里へ赴いた。 二の丸の台所工事の準備は進んでいる。 2人が京へ出かけてから、始める予定だ。 クロ―バーの家に、その工事責任者2人も呼ばれてやってきた。 サンジは、麻の簡素な着物になっている。 ここにいる時のサンジは、完全に男に戻る。 長い髪が映えて、逆にキレイに見えるから不思議だ。(ゾロ談) 「…わざわざお呼びたて致し、申し訳ない。」 サンジが首を振る。 クローバーは笑いながら 「ご足労願えるか?」 ゾロがうなずく。 麦の里の奥。 こんもりとした林の中に、村の鎮守神がある。 鉄の村の社に相応しく、鳥居は鉄で出来ていた。 全員、ここへ来るのは初めてではない。 春と秋に祭りがあるし、ロビンもウソップもフランキーも、ゾロも、幼い時はこの社でよく遊んだ。 社殿の屋根に昇って叱られたこともある。(除ロビン) サンジも、里の子供に誘われて、ここで幾度か 「………。」 「………。」 鉄の鳥居を見上げて、サンジはバツの悪そうな顔をする。 初めてここに来た日、この社殿の中でゾロと愛し合った。 とんでもない禁忌を犯している畏れが、逆に、普段味わえない快感を呼んで …たまらなくよかった…。 2人は、同時に頭を振って妄想を振り払う。 クローバーはその社殿に入り、フランキーに扉を閉める様に促した。 夜半。 灯りは、ウソップが携えてきた灯明ひとつ。 クローバーは、社殿の中央に置かれたご神体の鏡に手を合わせ、手に取り、恭しく、ゾロの前に置いた。 「…なんだ?」 ゾロの問いに、クローバーは黙ってうなずく。 「………。」 暗がりの中に、浮かび上がる金属の光。 「この鏡がどうした。」 ゾロの問いに、クローバーは答えずフランキーに 「手に取ってみよ。」 「………。」 黙って、フランキーは、自分の掌に収まる鏡を手に取る。 ご神体だ。 手に取る事などない。 その存在を知ってはいるが、触れるのは初めてだ。 神社の、鏡のご神体。 こういう場合、大概の鏡は… 「!!?」 びくん、と、フランキーの手が震えた。 「フランキー?」 ウソップが名を呼んだ。 「…嘘だろ…?」 そのつぶやきに、ゾロとサンジが顔を見合わせた。 戦国時代。 いや、明治になって近代化が訪れるまでは、鉄の製法に殆ど変化はない。 砂鉄を集め、それをタタラにかけて精錬する。 出来た鉄の塊が玉鋼だ。 現代の鉄の製法も、基本的に変わりはない。 ただ、純度の違いは当然圧倒的な違いはある。 そして、使う目的によって、様々な金属を融合させて、刀や生活用品を造るのだ。 刀も、まったくの鉄だけでできているわけではない。 「…なァ…これ…もしかして…。」 ウソップが、ごくんと唾を飲む。 フランキーの額からも汗が流れた。 ロビンも目を見開いている。 ゾロも。 だが、サンジだけは、そんな彼らを不思議そうに見つめるだけだ。 「……クロ―バー。」 ゾロが名を呼んだ。 「はい。」 「…これは誰が作った?」 少し、間を置きクローバーは答えた。 「ルフィの父親。」 「!!」 ゾロが、ルフィの父親に逢った事はない。 いや、もしかしたら、会ったことはあるのかもしれない。 だが、記憶がない。 ルフィ自身、父親の顔を知らない。 ただ、腕のいい大鍛治であった事は知っている。 「…すげェ…。」 フランキーがつぶやいた。 「な、なァ、触って…いいか!?」 ウソップが尋ねた。 クローバーがうなずく。 ウソップの手が震えている。 少しでも、明るさを求めて、明かりに鏡を近づけた。 白銀に光る塊。 「重い…。」 「そりゃ、重いだろ…。」 フランキーが言った。 サンジが、尋ねる。 「…これは…なんだ?」 「………。」 「…ただの鏡…じゃ…ない…?」 「…ああ。」 ウソップの手から再びフランキーへ、フランキーも溜め息をつきながら、鏡を眺める。 その隣からロビンも、身を乗り出すように銀色の輝きを見つめた。 フランキーの手から、ゾロへ。 「………。」 「…スゲェ…。」 「…どこが…普通と違うんだ…。」 サンジの問いに、ゾロはサンジの方を向いて 「これは銅鏡じゃねェ。鉄鏡だ。」 「鉄鏡!?」 「ああ。」 「鉄が、こんなに白銀に光るのか!?」 サンジの問いに、みな息を飲む。 ゾロは答えた。 「純鉄だ。」 純鉄 100%、混じり物無しの鉄。 クローバーがうなずいた。 「ど、どうやったら出来るんだよ!!?」 ウソップが叫んだ。 現代の工法でなら、鉄=Fe100%の鉱物を作り出すことは簡単だ。 だが、今、彼らの目の前にあるほどの大きい塊は、現在でも作れない。 必ず、不純物が混合してしまう。 そして鉄は、1%でも不純物があると、必ず酸化、錆びてしまうのだ。 純度100%であれば、鉄でも錆びない。 だがそれを、この時代の工法で製造するのは不可能に近い。 ウソップが言う。 「おれのじいさんが…爪くらいの大きさのモンを作ったことがあるって言ってたけどよ…。 けど、あれも結局錆びた、純鉄じゃなかった。」 「…スーパーだな、この大きさはあり得ねェ。」 「でも…きれい…。」 ゾロの顔が、鏡に照らされて青白く見える。 クローバーを見、ゾロは尋ねる。 「…で?これがどうした?」 「…これは…ルフィの父親と…あなた様の父上と母上の友情の証。」 「!!」 ロビンが大きく目を見開いた。 ぽろり、と涙が零れる。 「…ロビン…。」 「…うふふ…ごめんなさい…思いだしてしまったわ…。」 サンジが、不思議そうな顔でロビンとゾロを見た。 「…彼らの詳しい話は…若殿から聞かれるがよい…。今宵、わしはこの鏡を、貴方様に差し上げる所存でお呼びたて致した。」 そう言うクローバーの目は、ゾロではなくサンジを見ている。 「…おれに…?」 クローバーは、ゾロの手から鏡を取り、それを恭しくサンジに差し出す。 「…この鉄は、ロビンの姉がゾロを身篭った時、ルフィの父親が自ら都甲山へ入り、 鉄鉱石を掘りだし、タタラにかけ、精錬して磨きあげたもの。」 「………。」 「生まれてくる子は男の子だと…ルフィの父親は疑わなかった。 その子が携えるべき刀の玉鋼を、この世にひとつのそれを造ってみせると…。」 「………。」 「ゾロの母親はそれを喜んだが…やはり母親…この子が大きくなっても、 自分たちを苦しめるこの長い戦乱の世が続くのだろうかと案じた。 ミホーク殿は約束された。ゾロを城に入れない。 この里で、タタラを踏んで生きるも、鉄を打って生きるも好きにしたらいいと…。」 「………。」 「…ロビンの母親が死んだ時…ゾロはわしとロビンで育てていくつもりだった…。 それが叶わなかったのは、ミホーク殿に、無体な養子の話が持ち上がったからじゃ。」 サンジがゾロを見た。 ゾロは軽くうなずいて 「…秀吉の指図でな…そんな話があったと聞いた。」 ロビンはサンジに 「…だから…お屋形様は、自分にはちゃんと後継がいると…ゾロを引き取ったの。誰も反対できなかった。何より…。」 「そなたが行くと申された。無理もない…父親じゃ…離れて暮らしていても、交わりはあった。 当然の答え。その時、当時存命中だったルフィの父親は、この純鉄の玉鋼を、鏡に磨き上げた。」 「………なぜ?」 サンジの問いに、クローバーは答える 「選ばせるため。」 「………。」 「…この鏡に己の顔を映し…己の行く道を己に問いかけるため…。」 「………。」 「…が…幼かった若殿は…このようなものがなくとも、己の道を己で見つけ、前へとしっかり進んで行かれた ……この鏡は必要ない。それゆえここに収めた…が、思いましたのじゃ。貴方様に必要になるのはではないかと。」 「………。」 「…その異形と異質の姿…必ず…思い迷われ…戸惑い、挫ける事も起きましょう。 その時、どうかこの鏡を手に取っていただきたい。」 「………。」 サンジは、鉄鏡を受け取り、自分の顔を映した。 「………。」 男の、サンジの姿の自分が映っている。 城に戻れば、この中に映る自分は女でゾロの妻、氷雨姫だ。 2つの姿を生涯持って生きて行く自分に、これ以上の手向けはないかもしれない。 「…ありがとう…。」 「………。」 「…全ての想い…受け取った…。」 クローバーはうなずき、嬉しそうに笑った。 「お気をつけて行かれよ。」 「はい。」 「おう。」 大鍛治であったルフィの父親の偉大なところは、あの純鉄を生み出した時、 彼は既に両目の視力を失い、全てを感覚と勘だけで成し遂げたことである。 いや、もしかしたら、視力を失ったからこそ得る事ができた感覚が、この偉業をさせたのかもしれない。 重なる戦の中で、ルフィの父親は光を奪われた。 それゆえ、ミホークと背中を預けあって戦うことができなくなった。 武骨で、無口で、自分の感情を表に出せず、滅多な事で笑うこともしない男が、 ただ一度、妻が身篭ったと知った時だけは笑った。 嬉しそうだった。 その喜びが、肌を通して伝わってきた。 だから、最後の大仕事を、生まれてくる子供の為に。 純粋なる鉄 あらゆる可能性を持つ鉄 だが決して、その輝きを失わない鉄 錆びる事を知らず、その輝きを永遠に保つ 金や銀の様な、柔らかく役立たずの金属ではない。 鉄は、あらゆる力をその身に秘める。 最高の手向けを、最良の友に。 玉鋼ではなくそれを鏡にしたのは、そこに映る全てのものを見据えて生きていけという願い。 「………。」 その輝きに、失ったはずの記憶がわずかによみがえる。 赤銅色の手が、この輝きを携えて、自分に差し出していたような気がする。 『女の持ち物じゃないか。いらない。』 『はは…厳しいな。頑固さは……にそっくりだ。』 笑った顔が思い出せない。 あれが ルフィの父親だったのだろうか? 「フランキー、ウソップ。」 城へ戻っていく、ゾロとサンジとロビンの後ろ姿を見送りながら、クローバーは呼んだ。 「おう。」 「なんだ?」 「もうひとつ。そなたらに頼みたい事がある。」 「あ?」 「なんだ?」 「…この村を出よ。」 「はァ?」 驚く二人に、クローバーは表情を変えずに言う。 「若い者達を連れて、この里を出よ。…都甲山の東の向こう…秋水という一帯がある。 そこは50年ほど前まで、麦の古い里じゃった。」 「え!?」 「何?」 「織田信長に奪われた土地だ。昔は赤水より砂鉄が採れた。」 「そうなのか!?」 「………。」 「だが今は、川が枯れて、砂鉄も採れず人も住めぬ。だが、川はある。 ……関の先代の策で、川を堰き止めたのだ。そして作った川が赤水。」 「そんな話、聞いた事ねぇぞ!?」 フランキーが言った。 「当然じゃ、里の禁句じゃ。今それを知っているのは、わしとミホーク殿くらいのものじゃ。 ……信長に、黙って奪われるわけにはいかなかった。 だが、この地域を監視していた配下があまり賢くなかったのでな…策を弄した。10年かかった。」 「………。」 「堰を切れば、水はまた秋水に注がれる。古い鉱山の入り口は、閉じてはいるが、中にはまだ鉄がある。 そこに、新しい里を築け。新しい麦を。」 フランキーはごくんと唾を飲んだ。 ウソップも驚くばかりで、だらんと口を開けたままだ。 「よいか。こたびの大茶会は秀吉最後の華。秀吉が逝けば、また世は動く。 次に生き残るものが誰であれ、その者が、この国全てを握る。その時に、その相手と戦えるだけのものを蓄えねばならん。 だがそれは、金ではない。力ではない。よいか?人としての生きる力じゃ。」 「………。」 「………。」 ウソップが言う。 「…また…戦か…。」 「そうだ。」 「………。」 「…ゾロ達は…既に戦い始めておるぞ…。」 「………。」 「…戦って勝ち…天下を獲ることだけが戦ではない…。 本当の勝ち戦とは、生き残り、天寿を全うし、次代に、己の命を繋ぐ事を言うのだ。」 「………。」 「………。」 「純粋なる鉄は錆びず、折れぬのだ。」 クローバーは、声をひときわ高くし 「麦は滅ばぬ!」 その言葉に、2人は決意した様に笑った。 (2009/9/11) NEXT BEFORE 赤鋼の城 TOP NOVELS-TOP TOP