BEFORE 無礼講になり、座が賑わってきたのに紛れて、ゾロとサンジはそっと座を離れた。 丁度、秀吉の賜杯を受ける順番で、第2位の側室・松の丸が少々騒ぎを起こしたので、これ幸いと身を隠した。 サンジは先ほどの小姓姿のままだったので、誰にも見咎められなかった。 「…あ〜〜〜…どっと、疲れた…。」 ずっと、秀頼を膝の上に載せていた。 「虎、虎。」と、すっかり気に入られてしまった。 サンジが言う。 「チョッパー、どうしてっかな。」 「元気だろ?ルフィが側にいりゃ、退屈はしねェ。」 「あははは…そうだな。」 「ところで…なんだよ、そのカッコ。」 「茶々さまが、あっと言わせる趣向をしたいと仰るからさ。まぁ、こんなことができまする…ってカンジで?」 「焦った。」 「あはは!そうだな!けど、あれは茶々さまのアイデアだ。言われた時は、おれも焦った。」 「…凄かった。」 「熊も捌けるぜ。」 「おお、じゃ、今度頼むわ。」 「おう、任せろ。」 笑って、自然に手を繋いで桜の並木を歩く。 「夢みたいに綺麗だ。」 「…てめェの方が綺麗だ。」 「………(赤)」 不意に、桜の木に身を押しつけられた。 顔にかかる髪を払われ、唇が重ねられる。 「…そろそろ戻らねェと…。内府様との約束もあるんだろ?」 「…も、ちょっと…。」 「………。」 風が吹いた。 薄紅の花びらが舞い踊る。 「…ほうぉお、これは眼福。」 「!!」 いたずら気な声に、2人は慌てて体を離す。 振り返ると、2人の男。 それぞれに、家臣を1人伴っている。 その家臣2人が、深く頭を下げた。 「あ。」 と、サンジが声をあげ、少し慌てて口元を隠す。 初めて会う男だが、何者か、一目でわかる特徴をその男は持っていた。 右目を隠す眼帯。 「…伊達殿…?」 ゾロが言うと、眼帯の男はにぃっと笑って 「伊達藤次郎政宗にござる。」 と、答えた。 サンジは女仕草で、頭を垂れた。 そして 「上杉弾正殿にござる。」 と、もう1人を示して政宗が言った。 五大老の一人、上杉景勝。 わずかに、うなずいて見せる。 身分はあちらの方が上だ。 ゾロも頭を垂れる。 上杉景勝。 では、その後ろにいるのは 「直江兼続にござる。」 そして 「片倉景綱にござる。」 政宗の後ろの家臣も名乗った。 「………。」 伊達政宗と上杉景勝。 サンジの肩が、わずかに震えた。 それを察したかのように、政宗が言う。 「…そう怖がってくださるな。獲って食いはいたしませぬ。」 「………!」 「このような姫を見るのは初めてだ。関殿が大事にされる気持がわかる。」 ゾロは、わずかに眉を歪ませた。 噂では、この男も相当の色好みと聞いている。 その男と、このいかにも堅物そうな上杉景勝が、一緒にいるのが不思議だった。 ニコニコと微笑みを絶やさない直江兼続と違い、上杉景勝はにこりともせず、 片や、ニヤニヤと笑う伊達政宗に対して、にこりともしない片倉景綱。 面白ェ 心の中で、ゾロはつぶやいた。 「貴公らも、やっと抜け出してきたというところか?」 「…まぁ…。」 「はっはっは!その様子では、相当いじられまくったと見える。お主、真面目なのだな。適当にあしらえばよいものを。」 「“伊達者”ではございませぬゆえ。そうそう傾(かぶ)くこともできませぬ。」 「傾くことはできずとも、我を曲げぬことはするそうではないか。…三成がこぼしておった。 “関の虎は、鉄のごとき固い男だ”と。」 「………。」 政宗は、低く笑い。 「我ら3名。生まれてくるのが20年遅すぎた。」 「………。」 「20年前に生まれておれば、天下を争いあったのは、我らであったかも知れぬな。」 ゾロは答えなかった。 景勝も答えない。 政宗の言葉を、景綱が「殿。」と、小さくたしなめた。 が、政宗はかまわず 「そうは思わぬか?御両名?」 「………。」 「………。」 と 「それは困りまする。」 サンジの声だった。 サンジは、少し間の抜けたような顔で、だが大真面目に 「殿が20年前に生まれてしまわれていたら、わたくしは殿に嫁ぐことができません。」 「!!?」 「!!」 サンジは真剣な顔で言う。 「わたくしは、殿が今、ここにおいで下されて、よかったと思うておりまする。」 「……は!!」 政宗が笑った。 景勝の後ろで、兼続も笑った。 「はははは!!これは見事に一刀両断されたな!!」 上杉景勝の口元が、わずかに緩んだ。 片倉景綱も、白い歯を見せる。 そして 「私も、殿が20年も前に生まれておられたら、ここまで苦労することもございませんでしたな。」 「なんだと、小十郎?それが主君に言うセリフか?」 「主、主足らざれば、臣、臣足らず。と、申しますれば。」 「おい、上杉の!こいつと直江をトレードしてくれ!!」 「お断りする。」 初めて、景勝が口を開いた。 兼続が、サンジを見て言う。 「お方さまの申される通りでございます。」 「………。」 「“今”でなくば、この巡り合わせはなかった。お方さまは正しい。」 サンジは、ゾロを見て笑った。 その時 「東北の竜虎と、西国の虎が集まって、何の悪巧みの最中ですかな?」 その声に、男たちが激しく反応した。 「内府殿…!」 役職で、その男を呼んだのは政宗だった。 振り返ったそこに立っていたのは、老齢の、肥り四肢の男だった。 白い髪、白い髭、身に付けた羽織に三つ葉葵の紋。 サンジは青い目を見開いてその男を見た。 大坂城や伏見城にいた時にも、姿を見たことはなかった。 これが 今、秀吉が最も恐れる男。 徳川家康 政宗が、笑い飛ばして言う。 「悪巧み!?とんでもない!!頭上の花と、この金の花を、愛でておりましただけの事!!」 「!!?」 サンジの頬が赤く染まった。 ぎろっと、ゾロが政宗を睨みつける。 家康は笑ってサンジを見 「伊達者は、綺羅がお好きだのう。」 「は!この上なく!!」 「っ!!」 「…落ち着け、ゾロ…。」 小声でサンジが囁いた。 家康の隣に、中年の男がいる。 その傍らに、小さな姫。 「………。」 家康が 「景勝殿、政宗殿。悪いが、関のに用がある。外してくださらぬか?」 「これはこれは…内府殿こそ何の悪巧みじゃ?」 政宗が尋ねる。 「隠す事ではないが、まだ公にできぬのでな。関の嫡男殿に、わしの娘を娶わせたいのだ。」 ああ、この子が…。 ゾロとサンジは、同時に、小さな姫君に目を落とした。 大きな目。 聡明な光。 臆することなく、まっすぐにこちらを見ている。 サンジはすっと姫の前で膝を折り 「姫、おいくつ?」 「7歳でございます。井伊掃部頭直勝が娘、たしぎと申します。」 「上手なごあいさつ。」 言って、サンジは姫の髪を撫でた。 少し頬が染まり、姫は嬉しそうにほほ笑む。 では、姫の傍らにいる、この男が、家康の懐刀・徳川四天王の一人直正の息子直勝か。 政宗が言う。 「…秀頼君と千姫様との御婚約、それがしの娘、五郎八(いろは)と内府殿の子忠輝殿との婚約、 そして関殿の嫡男との婚約。めでたいこと続きでござるな。」 「誼を結ぶ。悪い事ではござらんな。」 家康は、事も無げに答えた。 政略結婚。 女にとっては悲しいことか、喜ばしいことか。 だが、この小さな姫を、幸せにしてやりたいと素直に思う。 「たしぎ様。」 「はい。」 サンジは髪を撫でながら言う。 「チョッパーは、賢く、聡く、心健やかな方です。」 「お強いですか?」 強い? 「ああ、強い。」 答えたのはゾロだ。 「誰より、強い心を持っている。」 「………。」 たしぎは、にっこりと笑った。 その顔にほっと安堵し、だが、寂しげな笑みを浮かべて直勝が言う。 「生まれてすぐに母親が死に、母の温もりを知らぬ姫…可愛がってやってください。」 「…かしこまりました。」 この子は愛されて育ってきた。 きっと、チョッパーの良い相手になってくれる。 「婚儀はまだ先になろうが、幾久しく。」 家康の言葉に、ゾロは頭を下げた。 政宗が、ぱちぱちと拍手をする。 片倉景綱と直江兼続が、「おめでとうございます。」と告げた。 ひときわ、音曲が高まった。 秀吉が、幕を変えたらしい。 「たしぎ様、参りましょう。」 サンジが手を差し伸べると、たしぎは嬉しそうに手を伸ばしてきた。 手を繋ぎ、サンジは男たちに軽く挨拶して、秀吉たちの元へ戻って行った。 「…輝元の娘と聞くが。」 家康が、サンジの後ろ姿を見送りながら言った。 「…は。」 「あれは、隆景の差し金の嫁であろう?」 「………。」 「…まだ…子に恵まれぬと聞いた。」 「………。」 ぎろりと、ゾロの目が家康を見る。 政宗の目も、いたずらに笑った。 「…側室を持つ気はないのか?」 「ございません。」 きっぱりと、ゾロは言い放った。 家康が、「持つ気は」と言ったあたりでの返答だった。 ぷっと、政宗が笑う。 「野暮でござろう内府殿。この男の心は鉄でできておる。」 「………。」 「妻が愛しいという思いに、どんな刃も歯が立ちますまい。」 「………。」 「良い女子がいるのなら、それがしに下さらぬか?」 「…そんな女子がおれば、上杉殿に差し上げる。」 景勝は、困ったように目を泳がせた。 この男も、自分の正室である妻、菊姫一筋だ。 だが、後継を望まぬわけにいかず、やがて側室を置くことになるのだが…。 ゾロは井伊直勝に向き直り 「…ミホークが後継は、我が弟。」 「はい。」 「大事にいたします。氷雨も心を尽くしますゆえ、ご安心を。」 「はい。」 満足げに、直勝はそれだけを答え、うなずいた。 時が進むにつれて、座はますます高まり無礼講の呈を見せた。 大名たちも酒が回り始め、家康など、太閤一家の前で腹踊りまでして見せた。 この間に、ゾロは舅、毛利輝元とも逢ったが、ここでの会話に内容はなかったので、詳しくは語らない。 輝元は、この時に至って初めて、まじまじと“自分の娘”の顔を見たらしく、 父親であるくせに、一瞬我を忘れて見惚れていた。 まだ、小姓姿のままの氷雨を、淀は傍らから離さない。 どうやら、『本物の美男のように麗しい』氷雨が、ツボにはまってしまったらしい。 淀殿だけでなく、加賀御前や三の丸殿など、目の前の『男装の姫君』にすっかり有頂天になってしまっている。 事あるごとに、側に侍ってくるのだから、太閤に睨まれはしないかとヒヤヒヤものだ。 もっとも、みな氷雨を女性と思っているからの事ではあるのだが。 そんな状態であるから、太閤は少し意地悪心を起こし 「虎!!そなたも女房にならって、何か趣向を見せぬか!!」 「いぃっ!!?」 「おお!それは一興!!」 「見せてくだされ虎殿!!」 やんやとおだてあげられる。 ゾロは慌てて手をつき 「恐れながらっ!それがし武骨者にて!!」 「武骨は百も承知じゃ!その武骨もんが、何かをするから面白いんでにゃぁか!!」 「…っ!!」 世の風雅というものに程遠いゾロ。 あのミホークの息子だ。長けている方がおかしいと、おまつの傍らで前田利家が言った。 ところでミホークは、今回、「持病の癪が出ました」と言ってのけて息子を名代に立て、堂々とサボっている。 ゾロ、最大のピンチ。 と 「殿下!!それがし清正公にあやかり、この不届きな虎めを退治てご覧にいれましょうぞ!!」 叫んで、まかり出たのは。 「政宗か!!」 秀吉が手を打った。 加藤清正 朝鮮出兵の折の虎退治で有名だ。 現在もまだ、朝鮮・明への派兵は続いている。 政宗は意気揚々、ゾロへ白刃の切っ先を向けると 「関の!!噂の三刀流!!見せていただきたい!!」 「!!」 秀吉が立ち上がった。 「許す!!」 「ありがたき幸せ!! 参るぞ!!」 「…ちょ…待て!!」 「待たぬ!!」 「1本しかねェンだ!!」 「誰ぞ!!虎の腰のものを!!」 さっと、サンジが立ち上がり、風のような速さで駆けもどると 「殿!!」 残り2本の刀をゾロへ投げた。 両手で受け取るや、白刃を払う。 「参る!!」 政宗が跳ねた。 火花が散った。 初めの衝突音は、爆発のそれにも思えた。 側室、女房たちが、あまりの衝撃に悲鳴を挙げる。 だが秀吉は 「情けにゃぁぞ!おかかと茶々を見ろ!!微動だにせんでよぉ!」 戦場の中で生き抜いてきた、おねと淀。 なさぬ仲の二人は、もしかしたら心の深いどこかで、誰よりも強くつながっているのかもしれない。 関の虎の三刀流。 実はサンジも、その姿を初めて見た。 (…すげぇ…。) 携える刀は、和道一文字、三代鬼徹、そして雪走。 和道一文字はフランキーが打った刀だ。 鬼徹は祖父から譲られ、雪走は麦の里から譲られた剣だと言っていた。 対する政宗 手に、山城橡藤原国。 だがさすがに、3本と1本では分が悪い。 すると秀吉が 「これも使え!!」 と、政宗に刀を投げた。 孫六兼元。 「ありがたし!!」 互いに、両手に刀を携えた立ち合い。 初め、軽くあしらうつもりであったゾロだった。 だが、『軽く』あしらうには 政宗は出来すぎた。 互いの口元に笑みが浮かぶ。 ( 面白ェ。 ) だが、そう思っているのは政宗の方も同じらしい。 ここが、華麗なる花見の場であることをすっかり忘れている。 舞い散る桜の花の下、まるで舞を舞うような。 しかし、額に汗のにじみ始めた2人の立ち会いは、熱を帯びはじめる。 ( …そろそろ止めてくれねェか…。 ) チラ、と、サンジは太閤を見たが、秀吉はすっかりご満悦で、手を打ちながら煽り立てている。 秀頼も、本物の立ち会いに興奮して、きゃあきゃあと声をあげていた。 その為、誰も2人を止められない。 それはどうやら、刃を交える2人も同じなようで。 どちらかが、「参った。」と言わなければ終わらない。 だが 言うワケがない2人。 その有様に、片倉景綱が大きな溜息をついた。 ( 終わりにするか。 ) ほぼ同時に、2人は思った。 「もらった!!」 「させるか!!」 ガキン!! 稲妻が走った。 悲鳴が上がる。 次の瞬間、5本の刀が、まるで絡み合うようにせめぎ合っていた。 激しい鍔迫り合い。 しくじった そう思ったがもう遅い。 「力勝負ですな。」 家康が事も無げに言った。 ( この野郎!! ) 心の中で同時に叫んだ。 真っ当な試合なら、斬り伏せてやるところだ!! 退かない。 退けない。 鍔迫り合うのは、互いの武人としての意地。 ( いい加減にしろ、このバカ…! ) サンジが心の中で叫んでも、今のゾロには届かない。 ギリギリギリ 鍔迫り合いの音が、誰の耳にも届く。 あまりの真剣勝負に、誰も息をすることすら忘れている。 秀吉も、おねも淀も、秀頼も黙りこんでしまった。 微妙な空気が漂い始める。 その時 ぎちっ… 「!!?」 ゾロの目に、驚愕の光が走った。 次の瞬間、ゾロの手の力がわずかに抜けた。 そして ガ! キ――ン!! 乾いた、高い衝撃音。 だが、それは美しい鈷の音にも聞こえた。 「!!」 サンジの青い眼が見開かれた。 銀色の矢が、弧を描いて地面に突き刺さる。 それは、刀の切っ先だった。 折れたのだ。 どちらの!? 誰もがそれを探った。 「………。」 「………。」 ゾロが、左手に持っていた刀の先が無い。 雪走…!! 「殿!!」 思わず、サンジは叫んでいた。 折れたのは、ゾロの雪走だった。 (2009/9/24) NEXT BEFORE 赤鋼の城 TOP NOVELS-TOP TOP