BEFORE 「両名、見事!」 太閤は上機嫌だ。 おねも、大きくうなずく。 淀はサンジを見て、にっこりと笑った。 「………。」 笑い返すしか、ない。 「佐助!2人に褒美を。」 三成が、頭を垂れた。 「………。」 拍手が沸き起こる。 ゾロと政宗は、膝をそろえ深く頭を下げた。 2人の顔に笑みはない。 『余興』が終わって後、ゾロは足早に幕を出て行った。 サンジは淀に請い、辞して、ゾロを追う。 だが、声をかけなかった。 黙って、ゾロの後ろをついていった。 桜の道を。 ゾロの心の中のように、風が吹き荒れ花が舞う。 本堂の前まで来ると、ゾロは足を止めた。 その背中に向かい、サンジは 「…偉かったな、ゾロ。」 「………。」 「………。」 「…おれは馬鹿野郎だ…。」 「…今頃気づいたか…。」 小さく、サンジは笑う。 ゾロは、折れた雪走を見つめ、悔しげに歯噛みする。 「…連中の誇りを…折っちまった…。関の誇りを、おれは汚した!!」 「…雪走には申し訳ねェが…あれはあれでよかった。正解だ。おれが褒めてやる。」 「………。」 「…恥じることはねェんだ…。」 ゾロは、側の木に拳を叩きつけた。 「…おれがもっと利口なら…こんなことにはならなかった!」 「政宗も大馬鹿野郎だ。」 「……っ!!」 空を見上げる。 黄昏の迫る空に、舞い散る桜。 まるで―――。 衆目監視の真ん中で、関の誇りである刀を折られた。 なんという恥辱。 あんな刀に、負ける刀ではなかった。 あのまま力で押し通していたら、折れたのは、政宗の太刀の方だった。 右に携えていた、孫六兼元。 太閤の刀を、折る訳にはいかなかった。 政宗は、ゾロの力が緩んだと感じたがそうではない。 逆に、政宗の腕の力を雪走の刀身一ヶ所に集めさせたのだ。 力を刀全体に分散させたら、弱い刀の方が折れる。 関の小鍛治が打った刀は、決して容易く折れたりはしない。 持ち手のゾロの意思を、刀は、雪走は察して、自らの命を断ったのだ。 「…勝ったのはお前だ。」 「あいつらに申し訳がねェ…。」 ゾロは、雪走の折れた刀身を見つめ、苦しげに、その眼を伏せた。 「関の誇りを、おれは折った。」 「………。」 「…権力に屈した…おれ自身が許せねェ…。」 不意に、サンジの香りが鼻をくすぐった。 「………。」 ふわり と、サンジの腕が自分を抱きしめていた。 「…お前がお前を許さなくても…。」 「………。」 「…おれがお前を許してやる…。」 「………。」 「…おまえがそんなに苦しんだら…雪走だって浮かばれねェ…。」 ゾロの手が、サンジの手を握る。 「…ここは寺だ…弔ってやろう…。」 サンジの言葉に、ゾロはうなずいた。 20年、生まれてくるのが遅すぎた。 だがサンジは言った。 今だから、出逢えたのだと。 本当に、お前でよかった……。 花の戦は、結局権力者の勝利に終わった。 醍醐の花見は華やかな内に終わり、参列者は夢見心地で大坂へと帰った。 ゾロ達は許されて、そのまま京都の屋敷に戻った。 戻ったのは、かなりの夜更けであったが 「ゾロ様、お方さま、お客様でございます。」 ロビンが、忍ぶような声で、寝所に入ろうとしていた2人に声をかけた。 と、ブルックの声が 「お休みでございましたか?」 「いや、起きてた。」 「かような時刻、と申し上げましたが…このまま大坂へ行かねばならないと申されまして…。」 「誰だ?」 「…梵天丸と名乗られております。」 「!!」 梵天丸 政宗だ 「ゾロ…。」 「…わかった。通せ。」 「はい。」 ブルックの足音が遠ざかり、失礼いたします、と、ロビンが襖を開けた。 寝巻のまま、ゾロは出ようとしたが振り返り 「…サンジ。」 「………。」 「来てくれ。」 サンジはうなずいた。 ゾロの居間で、政宗は待っていた。 片倉景綱が一緒だ。 景綱は、深々と頭を下げた。 政宗も、沈痛な面持ちで頭を垂れる。 その頭を、2人ともなかなか上げようとしない。 「顔をあげてくれ、政宗殿。」 ゾロが言ったが 「………。」 「…伊達さま…どうかお顔を…。」 サンジに促され、政宗はようやく顔をあげた。 だが、目を伏せたまま、唇を真一文字に結んでいる。 が、やがて 「…どうしても…今宵の内に、貴殿に詫びたかった。」 「………。」 「…調子に乗りすぎたと悔やんでいる…取り返しのつかぬ事をした…許されることではないが、詫びたい。」 「………。」 「…貴殿の刀は…貴殿の国そのもの…その刀を、折るようなことになってしまった。」 サンジが、ゾロを見た。 政宗が、それを理解してくれたことが嬉しい。 「…それがしの力が、及ばなかっただけの事…。」 「わざと勝ちを譲って、今、こうしていてそのようなことを言うのか?」 「………。」 「…秀吉とて、気づいているぞ。貴殿がおれに勝ちを譲ったことは。あの時、兼元が折れていたら……。」 「………。」 「許してくれとは言えない。言う資格がない。だが、どうしても詫びておきたかった。」 サンジが言う。 「…政宗さま、関にもお心は伝わっております…どうかもう、それ以上は申されますな。」 「氷雨殿。」 「…はい。」 「関殿。」 「………。」 政宗は、少し声を低くして言った。 「貴殿を敵に回したくない。」 「伊達の。」 自分よりずっと年上の政宗を、ゾロは呼び捨てた。 「それ以上は口にされるな。」 だが政宗は 「…貴殿は、豊臣家に殉ずるつもりか?」 「!!」 サンジの顔が一瞬青ざめた。 「秀吉が逝ったら…内府は動くぞ。」 「…おれは、どっちでもかまわねェんだ。」 「………。」 「…関という国が…誇りと、仲間と家族が残ればそれでいい。」 「…それほどまでに強い誇りを、踏み躙られることになったらどうなのだ?」 「おれの心が恥じなければ、踏み躙られても汚れねェ。」 「………。」 「今、あんたの側の人間になるとは言えねェ。」 「太閤は長くない。」 「わかってる。」 それでも 「関は関だ。誰にも支配されねェ。」 「………。」 「………。」 政宗の目が、サンジを見た。 サンジも、微笑んでうなずく。 そして 「政宗さま。」 氷雨が呼んだ。 「万が一…戦場で夫にまみえる事がございましたなら、今度こそ遠慮のう、斬りかかってくださいませ。」 政宗は、一瞬きょとんとした眼をした。 景綱の眉がわずかに寄せられる。だが、唇は笑っていた。 ゾロも憎らしげに笑い 「受けて立つぜ。今度こそ、どちらかが倒れるまでな。」 「…その時まで、せいぜい3本揃えて磨き上げておくんだな。」 「おう。」 政宗はにやりと笑った。 「…ああ、おれがお前を斬ったその時は、この美しいお内儀は岩出山 (当時の政宗居城)へお連れいたす故、安心して逝け。」 「なんだと、あァ!!?」 サンジが絡む冗談となると、ゾロは本気で反応する。 それがあまりにおかしい。 だが、嫌いではない。 夜中の関・京屋敷に、伊達男の高笑いが響いた。 醍醐の花見より1カ月。 ゾロと氷雨はようやく許されて、関への帰路についた。 最後の挨拶の時、淀はひどく残念がり、おねも、名残を惜しんでくれた。 側室たちも、みな泣いて別れを惜しんだ。 これが今生の別れではございませぬ、と、言ってサンジは笑った。 ゾロも、秀吉と三成らに帰国の挨拶に伺い、ゾロは秀吉から多くの土産を賜った。 「またの参勤まで、息災でな。秀頼も待っておりやぁすで。」 2人は、この滞在の間、それぞれに可愛がられたが、去ってしまえばそれは一過性のもので、 少し珍しい人形で遊んだだけの事に過ぎなかったかもしれない。 淀君の側に、氷雨姫の記録はなく、三成や秀吉の側にも関の若殿の記録はない。 今生の別れではないと言って別れてきたが これが、今生の別れになってしまう。 咲いた花はやがて散るさだめだ。 (2009/9/24) NEXT BEFORE 赤鋼の城 TOP NOVELS-TOP TOP