BEFORE







 「義姉上―!!」



大手口で、輿から降り立った姉・氷雨に、チョッパーが満面の笑みで抱きついてくる。



ほぼ同時に馬から降り立ったゾロは、駆けてくるチョッパーの為に広げていた腕を宙に浮かせたまま



 「そっちが先か…。」



と、コメカミをひくつかせた。



 「じゃ!おれが代わりに!!」

 「お前はくっつくなルフィ!!」

 「お帰りなさいませ!!お方様!!」

 「ただいま、ナミ。変わりはありませんか?」

 「はい!」

 「お土産がありますよ、ルフィ。」

 「肉か!?」

 「京の菓子です。」

 「やったー!!大好きだー!サン…(ボゴッ!!)痛ェ!!」



今、やったのが誰か、目に止めたのはゾロだけだ。

瞬速の速さでルフィの頭に踵を落としたのは、氷雨姫自身だ。

ルフィ自身、きょろきょろと辺りを見回す。



そして、この帰路の旅にもう1人、着いてきたものがいる。



 「ヨッホホホホホ!!ハイ!みなさまお久しゅう!!

 死んで骨だけブルックで――――す!!」

 「出た―――っ!!」



関家臣団が慌てふためく。

ブルックが、幼い時からの苦労で骨のような姿なのは知っているが、毎度毎度この骨は、国に帰る時は突然で、

しかもまともな帰城をしたことが無く、そうやって周りを驚かせるのが大好きだった。

今回は、比較的まともな帰国である。

なのに、この男が現れると、誰もが一気にテンションを下げた。



だが、昔馴染みの国家老だけは



 「おおお!!良く帰った!!相変わらずの骨じゃ!!息災か!?お屋形様にはお変わりないか!?」

 「ヨホホホホホ!!お元気でございますとも!!」



ゾロがぼそりとつぶやく。



 「持病の癪はどうしたんだ、まったく。」



こういう珍しいモノを見ると、途端に目を輝かせるのは



 「うひょー!なんだこいつ!おもしれェ〜〜〜!!」

 「うおおおおおおおお!!おれ、ブルック初めてだ――!!」

 「おお!チョッパー様!?お初にお目にかかります!ブルックと申します!!

 お見知りおきを!!…って言っても、ワタクシ、目、ないんですけど――っ!!

 ヨホホホホ!!スカルジョ――――――ク!!」

 「だっはっはっは!!おもしれェ〜〜〜〜〜〜!!」



しばらくは、にぎやかな毎日になりそうだ。



ゾロとサンジは、チョッパーとルフィと、ナミとロビンとブルックに囲まれ、絡みつかれながら二の丸に向かう。



 「ええ!?チョッパーのお嫁さん!!?」



ナミが叫んだ。

ロビンが笑って



 「ええ、びっくりしたでしょ?」

 「へぇ〜〜〜、どんな子だ?」



ルフィの問いに、サンジは



 「井伊直勝様のご息女で、たしぎ様。きらきらした目が大きくて、可愛い姫君。」

 「…家康の養女として輿入れする。まぁ、婚儀はまだ先だがな。」



ナミが、チョッパーを見ながら、少し不安げな顔で言う。



 「…見たこともない子と結婚するんだ…。」

 「仕方ないよ。そういうもんだもん。」



チョッパーは、あっさりと言った。



 「…弟の方が大人だねェ…。」



サンジがつぶやく。

そして



 「でも、本当に可愛くて、良い姫君ですよ。」

 「うん!大事にする。」



二の丸、奥屋敷。

奥から、どかどかと駆けてくる音。



 「お帰り、ゾロ!!サ…いやいや!オカタサマ!!」

 「スーパーに祝着至極!!」

 「ただいま、ウソップ、フランキー!!台所は!?」

 「お!早速か!?いいぜ!見てくれ!!」



ゾロがルフィに言う。



 「おい、ルフィ。アイツ、京でクジラを捌いたぜ。」

 「クジラ!?クジラってなんだ!?」

 「海で一番大きい魚よ。勇魚っていうのよ。」

 「スゲェ!!どんくらい大きいんだ!?山みたいか!?」

 「ああ、あの岩くらいあったな。」



ゾロは庭石を指差す。



 「スゲェ!!食ってみてェ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 「ははは!クジラは無理だな。が、熊なら食わせてやるって言ってたぜ。」

 「おおおお!!じゃ、早速!熊獲りに行くぞ!熊!!」



叫ぶや、ルフィは外へ飛び出して行った。



 「アララ。元気なご家来で。」



ブルックが言った。







 「おお!こりゃ、すごい!!」



側にいるのがウソップ達なので、サンジはすっかり油断しまくって“サンジ”に戻っている。

淀から餞別に贈られた豪華な小袖姿なのに、動きは見事に“サンジ”だ。



 「もっと、こじんまりしててもよかったのに。」

 「まぁ、そう言うな。」



支度場も竈も、かなり大きく作ってある。

土間口からすぐの場所に、井戸まで掘ってくれていた。

サンジが料理をしたくなったら、いつでもできる。

これからは、炊場(かしきば)の女たちに遠慮しなくてもいいのだ。



 「ありがとう!ウソップ!フランキー!」

 「いいってことよ!」

 「美味い料理食わせてやんな!」



サンジは、白い歯を見せて笑い



 「……フランキー、ウソップ。」

 「あ?」

 「ん?」

 「…頼みがあるんだ。」

 「なんだ?」

 「…今度は何が欲しいんだ?と、言っても、おれ達は今、少々忙しくてな。」



昔の地に新しい里を築いていること、まだ、ゾロにも黙っていろと言われている。



 「…実は…。」

 「………。」



サンジは、醍醐の花見での出来事を2人に語った。

さすがに、雪走が折れたと聞いた瞬間には、顔を青ざめさせて言葉を失った。



 「ゾロの、新しい刀が欲しい。」



ウソップが、袖をまくり



 「ぃよぉ〜〜〜し!そういうことなら!このウソップさまに任せておけ!!

 どんと大船に乗ったつもりでいてくれていいぞ!!」

 「なぁにをぬかしやがる、この半人前!」



サンジは、はやる2人を止めて



 「待ってくれ。…その刀…おれに…打たせてくれねェか?」

 「!!」

 「…はァ?」



呆れた声を出したのはフランキーだ。



 「おい、サンジ…。お前ェ…小鍛治の仕事をナメてんのか?」

 「なめてねェ…!」



ウソップも



 「…サンジ、おれだって、茎鋏を握らせてもらうまで何年かかったと思うんだ?」

 「…それでも…。」

 「無理だ。」



冷たく、フランキーは言った。



 「刀だぞ。それもゾロが使う刀だ。包丁や笄を打つのとは訳が違う。」

 「…わかってる!無茶は百も承知だ!!」

 「無理だ、サンジ。」



ウソップも言った。

ふと、フランキーが



 「……サンジ…お前ェ、まさか…“アレ”を使おうってんじゃねェだろうな!?」

 「………。」

 「サンジ…?」



サンジは、懐から錦の袋を出した。

中から、あの鉄鏡が出てきた。



肌身離さず持っている。



鉄の塊は重く、ずしりと腰に響くが、それでも離す事が出来なかった。



 「…頼む…一生一度の頼みだ!!おれに!ゾロの刀を打たせてくれ!!」

 「だめだ!!」

 「フランキー!!」



フランキーの顔は、青ざめている。



麦の里の、社のご神体。

ルフィの父親の魂。

大鍛治の誇り。

二度と、誰にも作り出せないかもしれない純鉄。

それを



 「素人が、いじくり回していいもんじゃねェ!!」

 「………っ!!」

 「加工の段階で、下手にいじって不純物が混ざったら、その時点でアウトだ!!

 二度と、元のこの輝きは取り戻せねェ!!」



サンジは唇を噛んだ。



無茶を言っているのはわかっている。

だが、京の屋敷で政宗を送ったあの夜から、サンジがずっと考えていたことだ。



この純鉄で、ゾロの新しい刀を。

それを、おれの手で打ちたい!



 「無茶は百も承知だ…!この鏡を毎晩見ながら、その事ばかり考えた。この玉鋼で刀を打つ!ゾロの刀を!!」

 「だから!!おれでさえ、純鉄を使って刀を打った事なんかねェんだ!!

 はっきり言う!!おれだって自信がねェ!!」

 「……う……!」

 「ルフィの親父が、ゾロが持つに相応しい、この世にただひとつの刀を打ち上げる為に、命削って練り上げた玉鋼だ!!」

 「………っ!」



フランキーは息を整え



 「…ゾロの刀なら、おれが打ってやる。これはあきらめろ。」

 「………。」

 「…クローバーは…ただの鉄クズにするために…これをお前に渡したんじゃねェ…。」

 「………。」



うなだれるサンジに、ウソップが言う。



 「……サンジ、気を落とすな…フランキーは間違ってねェ。」

 「………。」



鏡を握りしめ、サンジは血を吐くような声で



 「…せめて…魂だけでも…側にいてェんだ…。」

 「!!」



新しい竈の前に座り込み、サンジはうなだれる。

髪に隠れた顔の表情は見えないが、震える肩が、悔しさを物語っている。



 「…ゾロの側にいられるなら…一生、この姿でいる事もかまわねェ…けど…

 どんなに愛してもらっても…おれは“氷雨姫”だ…。どんなにあがいても…望んでも…戦場(いくさば)には行けねェ…。」



醍醐での、政宗との立ち合い。

あれが、戦うゾロ。



 「………。」

 「…他の家臣に男とバレたら…なぜ、こういう事になっているのか…知られたら、ここにはいられねェ…。

 ゾロが戦に出るときは…奥方として、ここで、ずっと待つだけだ…。…望んでも望んでも…待つだけだ…

 おれができるのは、女としての戦だけだ…!それならせめて…!せめて魂だけは…ゾロの側にいてェ!!」

 「サンジ…。」

 「おれの魂で…敵を払ってほしい…生き残ってほしい!!」

 「………。」

 「…願ってはダメか…!?…おれの望みが無謀なのはわかってる!!

 けど、おれはこれで…ゾロのために作られたこの玉鋼で、おれが刀を打ち上げて、

 魂を込めて、ゾロと共に戦場に行きてェんだ!!」

 「………。」



肩を落とすサンジを、フランキーもウソップも、ただ黙って見ていた。



サンジの気持ちは痛いほどわかる。

だが、あまりに無理な願いだ。



 「サンジ。」

 「………。」

 「ゾロの刀はおれが打つ。…諦めてくれ…。」



フランキーの言葉に、サンジはうなずかなかった。

と、その時



 「おぉ〜〜〜〜〜い!サンジ!!熊はいなかったんだけどよ!!イノシシ捕まえたぞ!!イノシシ!!」



戸口から、自身の体の倍はある猪を抱えてルフィが顔を出す。

あの短時間に、見事としか言いようがない。



重苦しい空気を裂いたのは、サンジ自身だった。



 「おお!…スゲェな!!…どうやって食べたい?」

 「丸焼き!!」

 「あはは!やっぱりそう来るか!……じゃ、まず毛皮を剥いで血を抜こう。手伝ってくれ、ルフィ。」

 「おう!」



サンジは打掛を勢いよく脱ぎ棄てた。

今の涙を忘れたかのように、明るい声で笑いながらタスキをかける。



 「おお!こりゃスゲェな!!」



ゾロの声に、ウソップとフランキーは振り返る。

ロビンとナミとチョッパーを連れて、ゾロが腕を組みながらこちらを見ていた。

ルフィが胸を張って言う。



 「な!スゲェだろ!?」

 「いや、この炊場。」

 「ええええええええ!!?」



サンジは笑って、ルフィの頭を撫でた。







その日、本丸で、ゾロの帰国と参勤の功を祝って宴が開かれた。

ウソップとフランキーも、末座ではあるが席を与えられた。

この身分社会の時代に珍しい事だ。

だが、まだ後の江戸時代のように、凝り固まった身分制度の時代でもない。



であるから



 「55ば―――ん!ルフィ!!気持ち悪い芸しま―――っす!!」

 「見たくねェ―!!」

 「見たい!おれ、見たいぞ!!」



チョッパーが囃す。



 「新技!!かいじゅう、きんぐあらじんのマネっっ!!」

 「いや、なんだよ!それ!!?」



ウソップがツッコム。



 「それだけじゃ、キングアラジンにはならないわよ。そのままゴロゴロ転がらなきゃ。」



ロビンがさらにツッコム。



 「だから、なんなんだ?キングアラジン…。」 (®究/極超人あ/〜る©ゆう/きまさ/み)



フランキーがつぶやき、ブルックがオオウケして転がり回る。

チョッパーが、サンジの前で、箸を鼻と口の間に挟んで踊りまわる。



 「見てくれ!これ、ウソップに教わったんだ!」

 「お止めくだされ若君!!」

 「はっはっは!!おもしれェ!いいからやらせとけ!!」

 「殿ぉ!!(汗)」

 「せっかく親父がいねェンだ。こんな時でもなけりゃ、馬鹿はできねェぞ!!」

 「お方さま!お止め下され!!」

 「さぁ?(微笑)」

 「ぃよぉ〜〜〜〜〜〜し!踊れぇ〜〜〜〜〜!!」



ルフィが、座の中央で躍り出す。



 「ヨホホホホ!お任せください!!」



ブルックが琵琶を取り出し、弦を鳴らす。



 「じゃ、おれも!!」



ウソップが、太鼓を持ち出し叩き始めた。



 「あたしも!」



ナミは、笛を。



誰となく楽器を持ち出し、楽器のない者は器を鳴らし、手を打ち、囃したて、歌い、踊り…。



並んで座り、互いに盃を傾けながら、ゾロもサンジも思う。



 …ああ…やっぱり、ここがいちばいい…。





宴の火が落ちる頃合い、ゾロはフランキーとウソップに、雪走が折れた事を話し、詫びた。

後で、クローバーにも詫びるから、伝えておいてほしいというゾロの話は、サンジが語った経緯と寸分の違いもなかった。



 「フランキー。申し訳ねェが、おれが以前に使っていた、

 “秋水”という一振りがある。手入れはしてるが、それを診てやってくれるか?」

 「……ああ、かまわねぇが…いいのか?それで。」

 「…元服してすぐに親父から譲られた剣で…いいヤツなんだが軽い。

 いずれチョッパーに譲るつもりでいる刀だ。この機会に少し使い込んでおくかと思ってよ。」

 「…わかった。」



ウソップが、何かを言いたげだが、フランキーは無視した。

ゾロの隣にはサンジがいる。

顔はニコニコと微笑みながらチョッパーと話をしているが、耳はこちらを向いているはずだ。

無理を、しているのだろうと思う。



 「じゃ、頼むぜ。」



ゾロが席を立った。

ゾロが立てば宴は終わる。

長い馬鹿騒ぎに、老いた家臣はそろそろ疲れているはずだ。



ゾロが席を立ち、サンジも立ち上がった。

家臣団が一斉に頭を垂れる。

ロビンとナミも立とうとしたが



 「大丈夫。今宵はこのままお休み。」



と、言い、ゾロの後を追って行った。



 「………。」



若い家臣たちは、まだまだ立つ気はないようだ。

ざわめき、人の出入りが激しくなった広間から、様子を伺いながらウソップが出て行ったのを、気がつく者はいなかった。









 「サンジ!!サンジ!!」



廊下の角で、呼ばれる声にサンジは振り返った。

少し怒った顔で、すたすたとこちらへ戻ってくる。



 「アホ!まだ、人がいる!!」

 「あ、ごめん!…えと、氷雨様。」

 「…もう、いい。こっちへ。」

 「どうした?ウソップ。」



ゾロが尋ねたが



 「あ〜〜〜、えと、炊場にちょっとした仕掛けを作ったんだよ!それを、教えなきゃと思ってさ!!」

 「仕掛け?」

 「ホラ!行こうぜ!!すぐ!すぐすむから!!」

 「おい、ウソップ…。悪ぃ、ゾロ。先に行ってくれるか?」

 「…すぐ来いよ。」



あ。今夜ヤる気だな、こりゃ…。



頬が少し染まる。



だが



 「………。」



二の丸炊場の土間に、サンジは腰を下ろした。

小袖打ち掛け姿なので、仕方なく膝をそろえて座る。



 「…なんだ?ウソップ…?」



ウソップは少し考え、だが、意を決したように振り返り



 「……刀、打ち方教えてやる。」

 「………!」

 「…おれもまだ、フランキーから見りゃ半人前だけど、それでも、お前よりはプロだ。」

 「…ウソップ…。」

 「フランキーには内緒だぞ。…あのな、これはまだ、ゾロにも言うなって言われてるんだが

 …麦は今、別の場所に新しい里を作ってる。」

 「え!?」

 「…世が動く…必ず麦は、また他国からの危険にさらされる。その時の為の準備だと、若い連中で突貫でかかってる。

 だから、今、フランキーの鍛治小屋は無人になる事が多い。もちろん火は残ってるけどな。

 だから、フランキーがそっちにかかっている間に、おれがお前に、小鍛治の仕事を教える!」

 「………。」

 「…ゾロにも内緒で、麦へ来られるか?」

 「行く…!!」



サンジは叫ぶように言った。



 「ありがとう!ウソップ!!」

 「礼を言うのは早ェよ!今から始めて、いつ、あの玉鋼で刀が打てるか、おれだって見当つかねェし…。

 フランキーに見つかったら…殺されっかもしれねェ…。」

 「それでも…!」



サンジはウソップの手を握り、目を潤ませた。



 「…それでも希望が見えてきた…ありがとう…!」

 「…何年もかかるかもしれねェぞ…。」

 「覚悟の上だ。」

 「…よし。じゃあな、フランキーが出かけた時、狼煙を上げる。」

 「狼煙?」

 「妙な狼煙だと疑われちゃマズイから、ごく普通の焚火の煙だ。だから、気をつけてくれよ。

 そうだな…毎日、辰の刻に天守から麦の方向を見ろ。フランキーがいない時は、煙が2本。いる時は1本。」

 「行ける時は2本だな。」

 「そうだ。白い煙を挙げる。黒い煙だと、タタラと間違えちまうだろ。」

 「わかった…ありがとう…!」

 「お前が来られない時は、特に知らせなくていいからな。余計な決め事して、バレたくねェし。」



ウソップはにやりと笑い



 「がんばろうな!」

 「おう!」



少し照れくさそうな笑顔で、ウソップは土間口から出て行った。



刀が打てる。



まったく希望が断たれたわけではない。



サンジは大きく息を吸った。



草の香りがここまで漂ってくる。





懐から、鉄鏡を取り出す。



薄明かりに輝く鏡面に映る、女化粧の自分の顔。



 「………。」



ゴシゴシと、拳で紅を拭った。



戦がある度、何故自分は見送るだけなのかと何度も思った。

この姿で生きる事を決意しながら、惑う事は多すぎた。



醍醐での一件以来、その思いがますます強くなった。



戦いたい



ゾロと一緒に



ルフィの父親も、こんな気持ちだったのだろうか。

光を失い、その姿を見送る事すらできなくなった身で、造りあげたこの玉鋼。

その遺志も、継ぎたいと思うのは贅沢な望みか…?



だが



胸に鏡を抱きしめ、サンジは静に目を閉じた。





造りあげてみせる



ゾロがその手に振るう刀を



おれが





 「サンジ。」



呼ぶ声に、サンジは目を開いた。

待ちきれなくて迎えに来たか。



 「ゾロ。」



微笑んで振り返るサンジに、ゾロも笑った。



 「ウソップは?」

 「今、行った。」

 「…遅ェぞ。」

 「…(笑)…そんなに急かすな、マリモちゃん。」

 「あァ?マリモってな、なんだ?」

 「…あれ?」



なんか、勝手に口を突いて出た。



 「ま、いっか。」



抱き寄せて、軽々とサンジを抱えあげる。



 「…風呂入った?」

 「いや、まだだ。」

 「…じゃ、一緒に入ろ…。」

 「………。」

 「……なんだよ…嬉しくねェ?」

 「…いや、てめェから誘われるの、悪くねェなァとしみじみ思った。」

 「………。」



嬉しそうに笑って、サンジは全身を預けた。



どんなに辛くても



乗り越えられる









醍醐の桜が、緑色の葉に覆い尽くされた、慶長3年(1598年)8月18日





太閤秀吉が死んだ。



また、歴史が動きだそうとしている。







(2009/9/24)



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