BEFORE





どかどかと、激しく床を打ち鳴らす音に、石田三成の使者は居住まいを正した。

通された部屋にミホークが現れ、使者は深く頭を下げた。



その目の前に



ぱさっ



何かが投げつけられた。



 「………?」



なんだ?これは…。



 「………っ!!?」



それは、髪の束だった。

それも、黄金色の髪の…。



 「…これは!!」



ミホークは、事も無げに言い放つ。



 「氷雨の髪だ。」

 「!!なんと…!」

 「氷雨は死んだ。おれが斬った。」

 「なんですと!?」

 「三成に伝えよ。関は、徳川殿にお味方いたす。恥知らずの傘下には参じぬとな。

 それゆえ、たしぎを差しだす事は断じて受け入れられぬ。どうしても、と言うのならば、おれを倒していくがいい。」

 「…っ!!そ、それは…!」

 「…ならば、その髪だけ持って行け。父親に届けてくれるとありがたい。…それとも、首級の方がよいか?」

 「!!……後悔めさるな!!」



ほうほうの体で、使者は大坂へと逃げ帰っていく。



夜は明けきり、ミホークは広間に家臣全員を集めた。

チョッパーとたしぎ、そしてルフィも広間に呼ばれた。



 「関は、この大戦、東軍に参陣することとなった!!」



おお!と、声が上がる。

戸惑いの声も混じっている。

むしろ、その方が大きい。



どこからともなく



 「…ゾロ様はいかがなされた!?」

 「若殿のお考えはいかに!?」

 「このような大事に、何ゆえゾロ様がおられませぬ!?」



ミホークが言う。



 「ゾロは出奔いたした。」

 「え!?」

 「嘘だ!!」



叫んだのはチョッパーとルフィだ。



 「出奔!?」

 「ゾロ様が!?」

 「そんな!!」



たしぎも、普段は怖くてしかたがない舅に叫ぶ。



 「義姉上様は…!?」



ミホークは、ちらりとたしぎを見て



 「斬った。」

 「!!」



たしぎの体がぐらりと揺れる。



 「…ゾロは、西軍につくことを主張した。関全軍のそれが適わぬのなら、己ひとりで馳せ参じると城を出た。

 …氷雨を残していった。氷雨は西軍総大将毛利輝元が娘、それゆえ、斬り捨てた。遺恨は残したくないのでな。」

 「ひどい!!父上!!」



チョッパーが叫んだ。

座もざわめく。



 「ひどい!!ひどいよ、父上!!義姉上は…義姉上は何にも悪くないのに!!」

 「…ここにおる事自体が善からぬ事なのだ。」

 「だからって…!!斬るなんて!!」



チョッパーが、父に向かって行った。

まだ体の小さなチョッパーは、あっという間に弾き飛ばされ、広間の隅に吹っ飛ぶ。



 「うろたえるな。それでも関の男か。」

 「…う…。」

 「…殿…!」



たしぎが駆け寄る。

目に涙があふれている。

助け起こされながら、チョッパーはたしぎの肩を抱いた。



 「ルフィ。」



呼ばれて、ルフィはミホークを見た。



 「…2人を、二の丸へ。」

 「………。」



黙って、ルフィは立ち上がった。

だが、



 「…ゾロが…サ…“氷雨”を置いて出て行った?」

 「そうだ。」

 「………。」

 「…二の丸へ、チョッパーとたしぎを。…ここ(本丸)はこれより軍議で忙(せわ)しなくなる。」



黙って、ルフィはチョッパーを助け起こした。



 「ルフィ…!」

 「行くぞ。」

 「でも!!」

 「来い。」















二の丸



チョッパーとたしぎは奥殿に向かって走った。

奥殿の前で、白い喪服に身を包んだロビンとナミ。



 「ルフィ!!」

 「ナミ!」



ナミが、泣きながらルフィにすがりつく。

チョッパーとたしぎは、ロビンにすがり



 「兄上は!?兄上は本当に出て行っちゃったの!?」

 「義姉上様は!?義姉上様は!?」

 「お二方とも…どうかお気を静めて…。」

 「義姉上様は!?義姉上様に会わせて!!」



ロビンはたしぎの腕を抱いて、眉を寄せながら



 「たしぎ様…よろしいですか…?何を見ても…お心をしっかりと…。」



たしぎの顔が、さらに青ざめた。

どんな悲惨な死に方だったのだろう。

瞬間、恐怖が襲ったが



 「大丈夫…!会わせてください…!!」

 「ロビン!おれも…!!」

 「かしこまりました…。」



ルフィがナミに尋ねる。



 「ホントに、ゾロは出てっちまったのか?」

 「…ええ…。」

 「………。」



奥の寝所。

几帳が下げられている。

香の香り…。



かすかに見える褥が、人の形に膨らんでいる。



 「義姉上様!!」



たしぎが、泣きながら駆けだし几帳を払い、中へ飛び込んだ。

そして



 「きゃああああ!!!」



悲鳴に、チョッパーも飛び込む。



 「え!?」



異変に、ルフィが側へ行こうとした時、



 「!!?」



気配に振り返り、思わず足を出していた。

繰り出された蹴りを受け止められ、ルフィは飛び退り、チョッパーとたしぎのいる寝所を背中に襲来者に正面から立ち向かう。



と、



 「ええ!?」



ルフィも、悲鳴のような驚きの声を挙げた。

そして



 「サンジィ!!?」



寝所の控えの間に、美しい悪戯な微笑をたたえて立っていたのは







サンジ







寝所の褥の上に横たわっていたのは、打ち掛けを纏わされた丸めた布団…。



 「義姉上!!?」



チョッパーが叫ぶ。



 「義姉上様ァ!!」



たしぎが、弾かれたように駆けだし、その胸の中に飛び込んだ。



 「義姉上様!義姉上様!義姉上様!!」

 「…驚かしてごめんね、たしぎ。」

 「義姉上様!義姉上様……え…?」

 「………。」



不思議そうな顔で、たしぎはサンジを見上げた。



 「…義姉上様…?」

 「…ん…?」



氷雨義姉上は、柔らかくて、いい匂いがして、たおやかで……。



 「………。」

 「…ごめんよ、姫…これが…氷雨の本当の姿…。」



呆然



 「…え…………え?………ええええええええええええっっ!!?」



青かった顔が、今度は真っ赤になり



 「…おと…おと…おとこ…っ!!…男…殿方…っ!!?」



困ったように、サンジは笑う。

長く滑らかだった髪が、首の後ろでバッサリと切られていた。

着ているものも、普通の狩衣。

たしぎは初めて見る姿だ。



 「男の方なのに…北の方…氷雨姫様…?…お、男の方なのに…ゾ、ゾロ義兄上様の…奥方様で…?

 …毛利家の姫君…???ど、どうして…?…どうして…こんなに綺麗なのに男の人なの――っ!?」



慌て、うろたえるたしぎに、チョッパーが



 「あれ?たしぎ、知らなかったの?」



と、さらっと言い、その発言には、サンジだけでなくロビンもナミもルフィも驚いた。



 「ええええ!?」

 「チョッパー!!知ってたの!?」

 「どうして…?」

 「お前が言ったのか?ルフィ?」

 「言ってねーよ!!失礼だな、サンジ!!」

 「チョッパー…いつから…?」



サンジの問いに、チョッパーはけろっと



 「義姉上がお嫁に来て、半年くらいかな?」

 「…なんで…わかっちゃったんだ…?」

 「……父上が大坂に行ってていなくて、兄上たちが本丸に居る時、いつだったか凄い雷の晩。

 おれ、怖くて、兄上たちの寝所に行ったんだ。」

 「いっ!!?」



サンジが真っ赤になった。

今度はたしぎより、サンジがうろたえる番だ。



 「そしたらさー。義姉上のお布団の中に先に兄上がいて、おれ入れなった。

 兄上も雷怖いんだな。あんなに強いのに。」

 「う!!」

 「へー。」

 「ほー。」

 「…その時に…お方さまの体を見たのね…。」

 「うん。後で父上に言ったら、誰にも言ってはダメだって。

 義姉上にずっと、関に居て欲しかったら、黙ってなさいって。

 だからおれ、ずっと黙ってた。」

 「チョッパー…。」



チョッパーはにっこりと笑い



 「もう、言ってもいいんだよな?」



ルフィがチョッパーに尋ねる。



 「なぁ、チョッパー。サンジの布団で、ゾロ何してたんだ?」

 「ちょっと、ルフィ!!」



真っ赤になってナミが叫んだ



 「知らない。でも、兄上、なんだかすごく急いでる様子だった。」

 「急いでた?」



ロビンが首をかしげる。

サンジが慌てて



 「ロビンちゃん!!追及しないで!!」

 「うん。だって、“もう、イキてェ“とか、“ガマンできねェ”とか、なんか急いでたぞ?」

 「ああ、そういう…。」

 「忘れろチョッパー!!忘れて!!頼むから!!」



たしぎが、ぷっと頬を膨らませる。



 「殿、ずるい!」

 「え?なんで?」

 「わたしには、黙っているなんて!隠し事はしないって、約束したのに!!」

 「…う〜〜ん…でも、これは…。」

 「…わかっています!でも、ずるい!!」

 「ごめんなさい…。」



チョッパーが謝る事ではないのに。

道理で、サンジが麦で男の姿をしていても、全然不思議がらないと思った…。



 「けど、よかった…!」



改めて、というように、チョッパーはサンジに抱きついた。

たしぎも、嬉しそうに夫に倣う。



 「義姉上様。」

 「…驚かせてごめんな?…たしぎ、できる事ならこれから、“サンジ”って呼んでくれるかな?」

 「サンジさま?」

 「サンジ、でいいよ。」

 「はい。」



にっこり笑い、だが



 「…氷雨義姉上は…本当に死んでしまったの?」

 「…うん…。」

 「兄上は、ホントに関を出て行ったの?」

 「…うん…。」



サンジは、チョッパーとたしぎを両腕に抱きしめて言う。



 「よく聞いてくれ、チョッパー。」

 「うん。」

 「…これから起こる戦は、天下を分ける戦になる。」

 「うん。」

 「関は、東につく事になった。」

 「徳川家康だね?」



サンジはうなずく。



 「そうだ。お前の舅殿だ。」



たしぎが、少し困った顔をした。



 「ゾロは、西軍に味方する。」

 「石田三成…。」

 「ああ。だが、実質の大将は三成だが、西軍の総大将は毛利輝元…おれの…いや、氷雨姫の“親父”だ。」

 「うん。」

 「ゾロは策を立てた。ゾロとお屋形様が東西に分かれることで、どちらが勝っても関が生き残れるように。」

 「…うん。」

 「この戦が終わったら、お屋形様は隠居をされる。その時、家康が勝っていればお前が次の国主だ。」

 「…西軍が勝ったら兄上?」

 「そうなるだろう…だが、この戦…おれもゾロも、東が勝つと思っている。」

 「………。」

 「…豊臣家の栄華は昔日のものだ…。」

 「………。」

 「…太陽は…東から登るものと決まっている…。」

 「………。」

 「…いいか、チョッパー…これから先は…ゾロもおれも、お屋形様も、お前を助けてやれない。」

 「………。」

 「…だが、お前は強く賢い…関を…たしぎを…。」

 「………。」

 「…守れるな…?」

 「うん。」



微笑み、チョッパーの肩を叩き、サンジは



 「ルフィ。」



と、呼び振り返った。



 「チョッパーを頼むな。」

 「…任せとけ…と、言いたいけど、言わねェ。」

 「え?」



ルフィは、サンジの前に立ち



 「サンジはどうするつもりだ?」

 「………。」













首筋に、確かにゾロの切っ先を感じた。

金の髪が、散っていた。



 『氷雨は死んだ。』



ゾロが言った。



 『サンジ。』



呼んで、ゾロはサンジを抱きしめた。

涙が溢れた。



 『お前は自由だ。今度こそ。』



ゾロの腕の中で何度もうなずき、頬の涙をぬぐった。



 『行こう。サンジ。』



そう言ったゾロに、サンジは首を振った。



 『おれは…やらなきゃならねェ事がある…。』

 『………。』

 『おれに、麦を守らせてくれ。』



サンジは、ミホークへ向き直り



 『この混乱に乗じ、この国を狙う敵が…攻めよせて参ります。』

 『さもありなん。』

 『麦を…守りたい…!』



ミホ−クはうなずいた。



 『麦は、関の要。奪われる訳にはいかぬ。…任せよう、サンジ。』



ミホークが、初めて“サンジ”と呼んだ。

そして



 『お屋形様!!』

 『なんだ?ブルック。』

 『ワタクシも!お暇を戴きたく!!』

 『ブルック!?』



ブルックはゾロに向き直り



 『すでに京屋敷は無いも同じ。ここに、ワタクシの場所はございません!』

 『何を言う、ブルック!』



国家老が叫んだ。



 『いえ、行きたいのです!どうか、ゾロ様にお供させてくださいませ!!』



ゾロが、感動したという表情でつぶやく



 『ブルック…お前ェ…。』

 『考えてみてください!!お屋形様!!このゾロ様が!!おひとりで大坂にたどり着けましょうか!!?』

 『そっちかよ!!?』



愉快そうに、ミホークは笑った。

城主が笑うのを、家老たちは初めて見た。



 『よかろう!許す!!ゾロ!ブルック!!いずこへなりと行くがいい!!』

 『ありがたき幸せ!!』

 『ゾロ。』



嬉しそうに、ミホークが呼んだ。



 『あァ!?』

 『…戦場で、まみえるやもしれんな。』

 『………。』

 『その時は、遠慮なくかかってこい。』

 『言われなくてもそうしてやるよ。』

 『次はこの黒刀が、お前の心臓を貫くぞ。』

 『…二度と負けねェ。』



立ち上がり、ゾロはサンジを見た。



 『…麦を頼む。』

 『任せろ。』



引き寄せ



抱きしめる



 『………。』

 『必ず…戻れ…麦へ…。』

 『ああ。』



サンジが尋ねる。



 『とりあえず、大坂へ…?』



ブルックが言う。



 『左様でございますな。このまままっすぐ、一度、大坂屋敷に入りましょう。』

 『…戦の前に、一度行く。』

 『お前が?』



サンジの言葉に、ゾロが尋ねた。



 『…フランキーに…折れた雪走の代わりの刀を頼んである。それを届ける。必ず。』

 『…わかった…。』



軽く、サンジの唇に触れる。



親も、家臣も見ている前で。



 『じゃ、その時に最後の逢瀬だな?』

 『…なんだ、その助平面は…。』



笑って、ゾロは身一つで関の城を出て行った。

チョッパーに、会えないままが心残りだと言いながら、明るく笑い飛ばして天下の浪人となったゾロは大坂へ旅立った。







(2009/10/1)



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