BEFORE あれほど、晴れやかな気持ちでゾロを見送った事はなった。 氷雨ではなく、サンジとして、初めてゾロを送り出した。 そして、自分には次の戦が待っている。 「ルフィ。頼む。おれにはおれの戦がある。だから、お前はチョッパーと戦ってやってほしい。」 「……わかった!あんま、おれの性には合わねェ戦だけどな!! けど、もし誰かが攻めてきたら、そん時は、遠慮なくぶっ飛ばしていいんだな!?」 「ああ!もちろん!!」 サンジは、数年を過ごした二の丸の奥殿を見上げ、大きく息を吸った。 ナミとロビンはルフィと一緒に、チョッパーとたしぎの側に残る事になった。 「がんばれよ!サンジ!!」 「おう!!」 サンジもまた、関の城を後にした。 目指すは麦の里。 胸に抱いた鉄鏡を、確かめて、サンジは一歩を踏み出した。 サンジ。 あなたに話しておこうかしら。 何を?ロビン? お屋形様と、ゾロの母親と、ルフィの父親の事。 ゾロに断たれた髪を整えながら、ロビンが言った。 …ああ、聞きたい。 知りたかったんだ。 ゾロの母親はね、私の姉だけれど、血は繋がっていないの。 幼い時、ルフィの父親と一緒に、里の近くで死にかけていたのを、 まだ若君のミホーク様が見つけて連れて来たのよ。 …うん…。 2人は一緒だったけれど、兄妹かどうかわからなかった。 2人とも、記憶を失くしていたそうよ…とても…恐ろしい目に遭ったのでしょうね。 そんな2人を、ミホーク様はとても気遣ったらしいわ。 …あんな方だから…それは不器用だったらしいけれど…。 うん。 やがて、戦場で戦う仲間となり、ルフィの父親は命を賭けて戦った…。 けど、姉は…女の身…一緒に戦う事は出来なかった…その事を、姉は疎んでいたわ…。 膨らみ始めた胸や…まろやかになり始めた体を疎んで… 初めは、2人と変わらなかった腕力も…どんどん敵わなくなっていく …月のものが始まった年頃には、毎日のように男になりたかった…一緒に戦場に行きたかったって…悔しがっていたわ…。 ………。 その悔しさを、姉は2人にぶつけたの。 ルフィの父親はその頃すでに戦えなくなっていて…ミホーク様は背中を預ける仲間を失っていた…。 悔しい、悔しい、替わりになりたいのになれない。なんで自分は女なのだろう? その時、ルフィの父親が言ったの。 “女は、男には逆立ちしてもできない事がある。子を産む事だ“って。 ………。 “名を残そうが、国を為そうが、そんなものはいつか潰える。だが女は、子を産むことで、自分の生きた証を残せる。 これほどの仕事が他にあるか?おれにはその方が羨ましい。” …ミホーク様とどれほど心を通わせても、どれほど命を捧げても、それだけはできない… 光を失ったルフィの父親にとって…残せるものが何もないという事は…死ぬほど辛かったのだと思うわ…。 でも、ルフィの父親は、ルフィを残した…。 ええ。ゾロの為に、ふたつとない玉鋼を作るのだと、麦の里一の大鍛治に弟子入りしてね… その大鍛治の妹にずいぶんと支えられたの…その支えに…心を委ねて…。 ルフィを産んですぐに死んでしまったけど…。でも、ルフィの父親は、 ルフィが生まれた事をとても喜んだわ。自分も、自分の命を残せたって…。 …ゾロの母上は…。 …それが…面白いのよ 面白い? 男の人との、そんな事を考えた事が無かったって。 ………。 気がついた時、側にいたのはミホーク様だけだったのよ。 ………。 ミホーク様も…ああいう方だから…。 ルフィの父親の…自分が気付けなかった苦しみを知って…そういう気持ちになったのかもしれないわ…。 ミホーク様、こう仰ったのだって、姉は言っていたわ。 “お前の子なら、おれのような父親でも許してくれるかもしれんな”って。 ……はは……。 だから、姉は城には入らなかったし、ミホーク様も強いる事をしなかったの。 側室ではないんですもの。 …形式的には…ただ、側女に手をつけたのと変わらないわ。 でも、お屋形様は、姉を『側室』としてくれたの。 ………。 お屋形様が、麦に来た時は、本当に3人は家族だったわ。 確かな愛情があったから…ゾロは、姉の死後、関の城に入ったのよ。 ……そうか……。 ふふ…。 何? あのね、ひとつ、おかしい事があるの。 何?なんだい? あのね うん たしぎ姫様 たしぎ? ええ ………。 ………。 もったいぶらないで、ロビン。 ごめんなさい…そっくりなの 誰に? 姉に ………。 ゾロの母親 くいなに だから お屋形様は、たしぎ様も守りたいはず。 もちろん、チョッパー様も。 あんなお屋形様の御子だから、ゾロも……。 守るよ、ロビン。 おれも、全部守って見せる。 守って、またみんなで、麦の里で笑おう。 「サンジ!!?」 麦の里にやってきたサンジを見て、ウソップは途端に涙をあふれさせて抱きついてきた。 「よがっだー!!死んだって…!!氷雨の方が斬られだっで聞いで…!!おれ、お前ェが死んじまったんだと…!!」 「ごめん!色々あったんだ!!そっちは後でゆっくり話すから…ウソップ!!時間がねェンだ聞いてくれ!!」 「あ゛!?」 サンジは、懐からあの鏡を出し。 「ゾロが出陣する…!!刀を作りたい!!」 「サンジ…!!?」 「…時間が無い…家康が会津から取って返すまでしかねェんだ!!」 「…って、言われても…お前ェ、やっと脇差を打てたばかりじゃねェか!!無理だ!!」 「無理だなんて言ってられねェ!!頼む!!…この通りだ!!」 「……っ!!」 サンジの気迫に負け、ウソップサンジとは鍛治小屋へ向かった。 「フランキーは?」 「…今、クローバーの所だ…お前が斬られたって話が入って、これからの事を話してる。…関が東につくってのは本当なのか?」 「…ああ…。」 サンジは、昨夜の出来事とゾロの件を語った。 「ゾロが…!?西に!?…それで…どちらが勝ってもって…!?」 「ああ…。」 「それじゃ…家康が勝ったら…ゾロはどうなるんだ!?」 「………。」 「サンジ!!」 「死にやしねェ!!」 「!!」 「…死なせねェ…だから…!」 鉄鏡を抱いた手に、力をこめる。 鍛冶場。 鞴(ふいご)には、赤々と火が燃えている。 「…これだけは約束してくれサンジ…。」 「………。」 「…しくじっても、後悔はするなよ…。」 「わかってる…。」 「…じゃ…。」 その時 激しい音と共に、入り口の木戸が弾け飛んだ。 「!!?」 「げ!?」 逆光で陰るその顔。 「…フランキー…。」 「…あ…フランキー…こ、これは…!」 次の瞬間、ウソップの体が吹っ飛んだ。 「ウソップ!!」 「……っっ!!」 「…なぁに、ふざけた真似してくれてんだ、この半人前がァァ!!」 「…半人前じゃねェ!!」 よろけながら叫ぶウソップに、フランキーはたたみかける。 「半人前じゃなきゃなんだ!?ただのバカか!?あれほど言ったのに、勝手な真似しやがって!!」 サンジが叫ぶ。 「フランキー!!ウソップを責めるな!!おれが…!!」 「ああ!!馬鹿はお前ェだな!!小鍛治の仕事に、てめェ泥を塗りやがって!!素人が!!」 「……っ!」 「…ここ1年チョイ…なぁんか企んでるとは思っちゃいたが…まだ、諦めてなかったのか!!」 「諦めるか!!」 サンジは、自分より背の高いフランキーに向かいなおも叫ぶ。 「馬鹿なのも…アホなのもわかってる…!!でも、おれが作りたいんだ!!この鏡で!!ゾロの刀を!!」 「…てめェ…。」 「…ずっと…この胸に抱いて…この顔を映してきた…氷雨の魂も、おれの魂も…全てこの中に籠めて来た… だからこれで、ゾロの刀を作りたい!!これじゃなきゃ、意味がねェんだ!!」 「………。」 「この玉鋼には、おれだけじゃない…ミホークの思いも、ゾロの母親の思いも、ルフィの父親の思いも籠められている… この鏡は、鏡でいる意味はもうない!!ゾロが戦うんだ!!ゾロの手の中に、刀としてあるべきものだ!!」 フランキーは沈黙を解かない。 「…フランキー…おれが…これを作る事を許されないなら…頼む…お前が作ってくれ…。」 「サンジ!!」 ウソップが叫ぶのをサンジは止めて 「悔しいが…確かに、今のおれには…。」 「…諦めるのか?」 「諦めたくねェ…!!けど…だけど…!!」 フランキーは、手を差し出した。 「それを寄越せ。」 「………。」 「………。」 「…サンジ…フランキー…。」 「…寄越せ…。」 震える手で、サンジは鏡をフランキーへ が 「…嫌だ…諦めたくねェ…!!」 「………。」 「フランキー!!」 サンジは鏡を抱え込み、地面に土下座した。 「頼む!!打たせてくれ!!おれに、ゾロの刀を作らせてくれ!!フランキー!!」 「…どこまで頑固な野郎だ…!!」 「フランキー!!…お、おれも!おれからも頼む!!」 「お前は黙ってろ!!」 「フランキー!!」 「だあああああっ!!」 フランキーは髪を掻き毟り、叫んだ。 「あああああああ!もう!!」 フランキーの額に汗が浮かぶ。 火の、熱さのせいばかりではない。 「…失敗する確率の方が大きいんだ…。」 「…わかってる…。」 「わかってねェ!!てめェはちっともわかってねェ!!」 「…これに…どれほどの価値があるか…。」 「価値?」 「そうだ!!純鉄なんざ…これからどんな腕のいい大鍛治が出ても…造れるかどうか…!」 その言葉に、サンジは 「……ふざけんなフランキー……この玉鋼は…価値なんぞの為に造られたもんじゃねェ!!」 「!!」 「これは、ルフィの親父がゾロの為に造ったもんだ!!今!ゾロの為に使わねェで、何が価値だ!!?ふざけんな!!」 「……っ!!」 サンジは鏡の鏡面に指で触れ、振り絞るような声で 「……頼む……。」 ウソップも、苦しい声で言う。 「フランキー…クローバーのじいさんは…サンジが迷わないようにこの鏡を託したんだ…。」 「………。」 「…サンジに迷いはねェ…!」 フランキーは、見開いた目でサンジを睨みつけながら 「……つくづく馬鹿だ……。」 「………。」 フランキーは歯噛みし 「…あああああ!!畜生!!」 「フランキー…。」 「畜生!!このアホ共!!おれだってなァ!!」 「………。」 「サンジ、ウソップ。支度しろ!行くぞ!」 「え?」 「い、行くってどこへ!?」 フランキーは、鍛冶場の道具を片っ端から袋に詰めながら答えた。 「秋水だ!」 「秋水!?」 「…新しい里か?」 「そうだ!…正確には、古い里だがな。もう、タタラにも鞴にも火は入ってる。 …だが、鞴はまだ、一片の鉄も入れてねェ。」 ウソップが、はっと息を飲む。 「そうか…!」 「カスは全く無ェ鞴だ。混じる物は一切無ェ!!あっちの鞴でやるぞ!!」 サンジの顔が、太陽のように輝いた。 「ありがとう!!」 「ただし!!」 「!!」 「…打つのはお前ェだ。」 フランキーは、サンジに指を突き付けて言った。 「おれは、手を貸すだけだ!自分で打って、後悔するのは御免だからな!!」 「…ありがとう!!」 「そうと決まれば…!!」 ウソップも、自分の道具をかき集めた。 秋水の麦の里は、すでに予定の7割方出来上がっていた。 少しずつ、まず女子供や老人を移り住まわせ始めている。 これからまだ、田畑や道を整備しなければならない。 それでも、新たな里に、サンジは感嘆の声を挙げた。 「すごい…2年で…。」 「見物は後だ。こっちだ。」 タタラのある精練所から、黒い煙が上がっている。 その側に、新しい鍛冶場はあった。 前のそれより鍛冶場は広く、鞴も3か所備えている。 一大工場だ。 2基の鞴に、すでに火は燃えていた。 その一基の前にフランキーは立ち、パンパンと柏手を打って一礼した。 「やるぞ!!」 「おう!!」 (2009/10/8) NEXT BEFORE 赤鋼の城 TOP NOVELS-TOP TOP