BEFORE





同じ頃、関を出奔したゾロは大坂城に入っていた。

ブルックを初めとする、ゾロに心酔する家臣50名の小さな部隊だ。

それでも毛利輝元は、実の父を捨てて馳せ参じた婿に感動し、喜び、そして悲しい運命の娘を哀れんだ。



そして、その日の内に、ゾロは淀君の呼び出しを受けた。



本丸の奥殿の、淀君の居室。

秀頼はおらず、女房も侍女もいない席で、淀君は上座からゾロを見下ろした。

甲冑姿のゾロを見る目は、この上なく冷たい。



胡座し、わずかに目を伏せたゾロの目線の先にあるものに、淀君も目を落とし、言った。



 「……なぜ、妻を残してきた?」

 「足手まといになりまする故。」

 「………。」



静かに淀君は立ち上がり、ゾロの前へ歩み寄り、“それ”を手に取る。



三成の使者が、関より持ち帰ったもの。



 「…可哀想に…。」

 「………。」

 「…可哀想に氷雨…。」

 「………。」

 「…可哀想に…可哀想に…。」

 「………。」

 「…氷雨…氷雨…。」

 「………。」

 「…虎、お前を許しませぬ…。」

 「………。」



ゾロは、深く頭を下げた。



 「お前も、やはり身勝手な男じゃ!!」



扇で、ゾロは額を打たれた。

淀君は、手にした金の髪の束を愛しげに抱いて、ゾロをそこに残し、走り去っていった。

打たれた額に血が滲む。

額と共に、少し心が痛んだ。







 「…お怒りは深いご様子で…。」



控えの間の前で出迎えたブルックに、ゾロはわずかに微笑んだ。



 「…これで済んだだけで良しとしねェとな…。」



額をさする。



ブルックが、ゾロに身を寄せて囁く。



 「…伊達殿から…報せが参りました。」

 「言え。」

 「家康殿は、いまだ江戸城にありと。」

 「…遅ェな。」

 「ハイ。…本気で、会津を攻める気はございませぬな。ですが、そろそろ腰を上げましょう。

 …すぐに、取って返せる場所までしか、進む気はないのでしょうから。」

 「政宗はどうするつもりだ?」

 「…上杉の背後で、睨みを利かせるつもりでございましょう。…おそらく…互いに打って出る事はありますまい。」

 「…いつ頃だと思う?」

 「…おそらく…仲秋の候の頃かと…。」

 「…1ヶ月ちょいか…。兵糧はもつか?」

 「ヨホホホ、ご心配なく。抜かりはございませぬ。万事!この骨めにお任せあれ!」

 「…ありがとな…。」

 「ヨホ?今、何かおっしゃられましたか?」

 「いや、何も。」



照れくさそうにそっぽを向いて、ゾロは、また額をこすった。



 「………。」



氷雨の死を悲しむ淀君。



ひとり、“氷雨”の死を悼む人間がいてくれる事が、何となく嬉しく、物悲しかった。







時は止まらない。



家康が江戸を出立し、北へ向かったのは7月21日の事だ。

全てが家康のシナリオ通りに運び、急かされるように三成は決戦への道を歩き始める。

三成に野心があるか否か、それは三成しかわからない。

時を惜しみ、己の齢に急かされているのは家康も同じだ。



時の波は大きくうねり、東からの道も西からの道も、全てそれは関ヶ原という一点に向けて繋がっていた。



江戸を出立した家康が、下野の国小山に到着したのは7月24日。

江戸から、3日の日をかけた。

その陣営に、伏見落城・鳥居元忠討ち死にの報せが入った。



予想していた事だった。



元忠の犠牲は、家康の中で納得していた事だった。



家康は使者の言葉に涙を流し、元忠の死に怒った。



だが



待っていた!この時!!



ネックは、この会津討伐に参加している豊臣恩顧の武将達…。



家康は、小山陣内の評定の幕内に、諸将を集めた。

そして、伏見落城を告げた。

諸将からざわめきが起こる。

そして家康は、大博打を打った。



 「諸将らに申し上げる。この家康、秀頼君のお側に侍る侫臣(ねいしん)を取り除くことを決意いたした。

 石田治部は秀頼君を手中にし、大坂城での権力を我がものとしている。これより西へ取って返し、石田治部を討ち申す。

 が、しかし!今、ここにおられる諸将の中には、亡き太閤殿下に恩顧を被られた方も多かろう。

 大坂に人質を取られている方も多かろう。……その方々は構いませぬ。このまま、西へお戻りいただいてよろしい。

 一切、恨み申し上げませぬ。街道を開き、足を止めることはいたしませぬ。兵糧も与え申そう。

 どうぞ、お好きにされるがよろしい。…戦場で、敵となり相対したその折は、力の限り刃を交えましょうぞ!!」



沈黙があった。



一世一代の博打



吉となるか凶となるか



重苦しい沈黙の中



口を開いた男がいた。



 「石田治部許すまじ!!」



叫び、立ち上がった男。



 「この福島正則!!徳川殿にお味方いたす!!」



呼応するかのように



 「山之内一豊!!福島殿に同意!!掛川城を、家康殿にお預けいたす!!」



2人の武将の言葉に、我も我もと―――。



真田昌幸、田丸直正などは、家康の真意を見抜いていたか、その言葉に従い東軍を離れた。

妻子の命を案じ、離れた武将もいるにはいた。

だが、それを抜いてもなお、家康の元には多くの将が馳せ参じる結果となった。



どよめく諸将を見渡し、家康は破裂しそうな心臓を抑えた。



家康は、関ヶ原最初の戦に勝ったのだ。



息子・結城秀康を、上杉への抑えの総大将として宇都宮城に残し、家康は江戸へと引き返した。



その前に、まっすぐ関ヶ原への道が延びていた。







すぐさま家康は、諸国へ参戦への書状を飛ばした。

石田三成も書状を送った。

だが、三成のそれは家康に比べると格段に数が少ない。

しかも、『上から目線』の書状には、誰もが眉を寄せた。



関にも、家康の誘いを断り豊臣方につくよう、三成、輝元からの書状が届いたが、ミホークは一瞥しただけで封を切ろうともしなかった。



家康が権力を握ったら、どんな世の中になるか想像はできない。

だが、間違いなく、時は家康に向かって流れている。



三成自身、わかっているのかもしれない。



それでも



 「……愚かと笑うか?」



関の大坂屋敷。

黄昏が、中庭に面した濡れ縁を照らしている。



初秋の夕陽を眺めながら、突然訪れた三成は、何の前置きもなくその言葉をつぶやいた。



 「…自分がそれを分かっていりゃ…人にとやかく言われる必要はねェ。」



盃をあおって、ゾロは答えた。



立ったまま柱にもたれ、三成は振り返らないまま



 「…私を拾ってくださったのだ…。」

 「………。」

 「殿下が笑う顔が大好きだった…。」

 「………。」

 「…殿下が笑うと…皆が笑う…だから…私は…殿下にずっと笑っていてほしかった。」

 「………。」

 「…それだけだったのにな…。」



ゾロが、盃を置く音が響いた。



 「同じようなやつを知ってる。」

 「………。」

 「…救ったやつの為に、そいつが守りたいものの為に、死んでもいいかと言った…。」

 「………。」

 「…死ぬことは許さない…生きろと答えた…。そいつの為に生きろと。」

 「………。」

 「…今になって…そうじゃなかったと思う…。」



三成は振り返った。



 「自分の為に生きろと言うべきだった。」

 「………。」

 「自分の為に生きる気になれば、自分が大事なものの為に生きようと思う。」

 「………。」



ゾロは、三成を見上げた。

静かに、三成は言う。



 「…死んではおらぬな…そのものは…。」

 「…ああ…死んじゃいねェ…。」

 「………。」

 「自分の為に生きてみろ、三成。」



三成は小さく笑った。



 「許されぬ。」

 「………。」

 「…私は…殿下の為にのみしか生きられぬ…。」

 「………。」

 「…そうでなくば…あのような化け狸を相手に戦うなど…恐ろしくて出来ぬ。」

 「………。」

 「…護るものがあるから戦える…それをそなたが教えてくれた。」

 「………。」

 「…その礼を…言いたくて来たのだ…。」

 「………。」

 「…お前が…大坂に来てくれるとは思わなかった…正直、驚いた。」

 「…下心ありありだがな…。」



楽しそうに三成は笑った。



 「虎。」

 「………。」

 「…天下を取ってしまえ…。」

 「わずか50でできるか。」

 「千人斬りが何を言う。」

 「数えた事ねェ。」

 「家康の首を取ればできるぞ。」

 「煽るな。のらねェぞ。てめェ、そっちが目的か?」

 「はっはっは!!」



ひとつ、大きく伸びをして、三成は肩をすっと落とす。



 「邪魔をした。帰るとしよう。」

 「ああ、帰れ帰れ。」

 「……ゾロ。」

 「あ?」



三成が、名で呼ぶのは初めてだった。



 「……奥方によろしくな。」

 「…氷雨は死んだ…。」

 「ああ、そうだったな。」

 「三成。」

 「ん?」









 「死ぬなよ。」





 「死なぬよ。」









夕陽が、故郷の方角を赤く染めていた。



















風が、少し冷たくなった。

少しずつ、ひとつずつ、風は東に向かって吹き始めた。

関の情勢もわからない。

だが、全てを残したものに託してきたのだ。



信じている。



父を、弟を。

仲間を。

そして、最愛の者を。







秋になり、月が満ち始めてくるのを見上げるたびに、あの笑顔が浮かぶ。

あの髪の色がよみがえる。

全てを残してきたが、あの笑顔を、今、ここで抱きしめていたいと思う。



一度、来ると言った。

その約束からすでに1カ月。



中山道・北国街道・東海道・東仙道。

全ての街道を、諸国の軍が進んでいる。

美濃の国の、ある一点に向けて。



ゾロも、明日この屋敷を出る。



空の月は、ほぼ満月。



三成を送った、あの中庭。







 「……サンジ……。」







空に月。



池の水面に映る月。



そして、艶やかに微笑む月。







 「…遅ェよ…。」



 「悪ィ。」







ほとんど警護の無い関屋敷。

元は忍びのサンジが、忍びこむことなど造作もなかった。



 「サンジ…!!」



駆け寄り、力の限り抱きしめ、唇を吸う。



長い口づけを解いて、だが、抱きしめた手を放さずゾロが言う。



 「…よかった…会えねェままかと思った…。」

 「あはは…焦ったか?」

 「焦った…も、絶対ェ、戦で死ねるかと思った。」

 「…死なれちゃ困る。…ごめんな…。」

 「それが、刀か?」

 「ああ。」



サンジは、背中に担った包みを解いた。

中から、金色の鞘に収められた一振り。

恭しく、サンジはゾロにそれを手渡した。



鞘を払う。









月明かりに、浮かぶ白銀の光。





しかし、それはよく見ると、わずかに赤く光っていた。





 「………。」



 「………。」





長い沈黙。



やがて、ゾロは立ち上がり、庭へ下りた。



月明かりに刀身をかざし、やがて、大上段に振りかぶり



 「むん!!」



光閃が、長く尾を引いた。



振り下ろされた切っ先。









ごとっ









鈍い音をさせて、ゾロの背丈ほどもある庭の大岩が真っ二つに両断された。



サンジの目に、笑みが走る。



 「……サンジ。」

 「………。」

 「………。」

 「………。」

 「…これは…あの鏡だな…?」

 「………。」



サンジは黙ってうなずいた。



 「…すげェ…こんな切れ味…味わったのは初めてだ…。」

 「お前の刀だ。」

 「………。」



ゾロは、サンジの手を掴み、その袖をまくりあげた。



 「!!」

 「………。」



白い腕に、無数の火傷の痕…。



 「…お前が打ったのか?」



隠しても仕方がない。

サンジはうなずいた。



 「…あの火傷の痕…やっぱり鍛治仕事でつけたんだな?」

 「…あはは…気がついてた?」

 「…てめェが料理で火傷なんかするか…麦から帰ると出来てる傷だ。他に理由があるかよ。」

 「………。」

 「…すげェ刀だ…よく…やってくれた…。」

 「おれだけじゃねェ…フランキーとウソップが…必死の思いで手伝ってくれた…。

 手を貸してくれた…2人がいなかったら…おれひとりじゃ作れっこなかった。」



刀身を真っ直ぐに天に突き立ててかざし、ゾロは言う。



 「…手に馴染む…いい刀だ。」

 「柄を、雪走のそれをそのまま使った。使い込んでるヒマがねェからな。」

 「ああ、そのせいか…ありがてェ。」

 「…どういたしまして。」

 「…こいつの名前は?」

 「決めてねェ。お前の刀だ。」

 「おれがつけていいか?」

 「もちろん。」



ゾロは、サンジをやさしい目で見つめ



 「氷雨。」

 「………。」

 「こいつの名は“氷雨”だ。」



涙をにじませ、サンジはゾロの胸の中へ体を預ける。







溶かし、打ち、研ぎ、磨きあげるまで、3人は一睡もしなかった。



まるで神がかったかのように、一心不乱に純鉄に向かい合い、真正面から戦いを挑んだ。

一度ロビンが、秋水の鍛治小屋を訪れたが、一言も言葉をかけずに城へ戻った。



振り返ると、どうやってここまで、この刀を打ち上げたのかほとんど記憶が無い。



何かが、この体を借りて突き動かしていたような気さえする。



心の中で繰り返す言葉は、ゾロの名前だけだった。



言葉を交わさなくても、フランキーやウソップの次の動きがわかった。



刀が完成し、その事を思うと、3人とも笑いながら首を傾げた。



純鉄で鍛え上げた刀は、思ったよりも華麗で、ほのかな紅色に光った。

鞴の炎の色を、熱を、そのままその身に帯びたかのように。



出来上がった刀を、クローバーに見せた。



 「見事じゃ…。」



一言

あとは、ただうなずいて涙するばかりだった。



ミホークにも



彼は、何も言わずにうなずいた。



愛しげに刀身に触れ、鞘に納めると、黙ってサンジにそれを託し、またうなずいた。



ミホークから刀を受け取り、その足でサンジは大坂へ向かったのだ。











 「…サンジ…抱きたい…。」

 「…うん…。」



唇を重ねながら、廊下に上がり、そのまま襖を開けて部屋に入る。

そこは寝所ではなく、普段は私的な客を迎える為の居間だった。

ほんの少し奥の寝所まで行けば、床はのべられているが、そんなわずかな時さえ惜しかった。



受け取ったばかりの大事な刀を、ゾロは無造作に置き捨てた。

苦笑いしながらも、サンジはゾロの腕の温もりに酔った。

今はただ、互いを感じていたい。



 「…あ…ゾロ…。」

 「…なんだ…?」

 「…襖…開けっぱ…閉めて…。」

 「…いい…ほっとけ…どうせ誰も来やしねェ…。」

 「…月が…明るい…恥ずかし…。」

 「…明るくて丁度いい…。」

 「…ん…っ…。」

 「…見ておくからな…戦の最中…ヤべェと思った時はてめェの乱れた姿思い出して、意地でも帰れるようによ。」

 「…アホ…。」



脱がせ、脱ぎ捨てた着物が床の上に散らばる。

荒い、肉を貪る獣のような声が響く。

絡まる声は艶を含んで、繰り返される愛撫に濡れる。



 「…ゾロ…帰ってこいよ…待ってるから…必ず帰ってこい…。」



 「…当たり前のことを言うな…帰るに決まってんだろ…おれの生きる場所はお前の隣だ…。」



 「…ゾロ…ゾロ…好きだ…すげェ好きだ…。」



 「ああ、おれもだ…お前の何倍も何十倍も好きだ…。」



 「…ありがとう…。」



 「何をいきなり?」



 「…お前に逢えてよかった…。」



 「………。」



 「お前に出会えて…おれは初めて…生まれてきた事を誇りに思えた…。」



 「………。」



 「みんなが愛しい…お前が愛しい…おれはおれ自身が愛しい…。」



 「………。」



 「だから…おれを1人にするな…絶対に…絶対に…帰れ…。」



 「わかった…。」



 「ゾロ…。」



 「わかったから…もう黙れ…。」



 「………。」



 「…後は…いい声だけ聞かせてくれ…。」



 「ん…。」



 「おれの名前だけ…呼んでくれ…。」



白い腕が、ゾロの首に絡みつく。



腕に残る、誇り高い傷跡に口付ける。



腕に、脇に、胸に、腰に



あらゆる部分に口づけを繰り返す。



その度、サンジは悦びの声を挙げ、震え、跳ねた。



かつて、この身の上を通り過ぎて行った獣たちを、ゾロが斬り捨ててくれた。

甘美な歓びを、教えてくれたのはゾロだ。



 「…ゾロ…ゾロ…。」



嬉しいのに、幸せなのに、涙が溢れるのはなぜだろう?



白い腰を両手で引き寄せられ、ゾロは膝でサンジの太ももを割って、その膝を、

足の付け根にぐいと押し付け刺激を与えた。



 「…んあっ…!」



腰をしっかりと抱えられていた。

ぐいぐいと押し上げられ、快感と痛みに同時に襲われる。



 「…痛…ゾロ…痛ェ…。」



 「…ちっとだけ…我慢しろ…いい顔だ…。」



言って、右の手でサンジの男根を握る。



 「…ああっ…!」



親指で先端を嬲り、蜜を煽る。



ぷちゅん、と音を立てて溢れたそれを、ゾロは舌で舐め取った。



 「…ひ…ゃあ…ん…っ。」

 「………。」



くちゅ ぴちゃ



舌の先が、細やかに蠢いて震えるそれをやさしく愛し続ける。



 「…ゾ…ロ…や…そこ…ばっか…。」

 「…うるせェ…てめェの一番素直な場所はここなんだよ。」



サンジは真っ赤に染まった顔を左右に振り



 「…なァ…他も…。」

 「…も…ちっと…。」

 「…やぁ…イっちまう…。」

 「イケ。」

 「…こんな早くヤダ…。」

 「…イキたい時にイケ…1回で終わると思ってねェだろうな?」

 「………。」

 「…夜明けまで…寝かせねェからな…!」



サンジは、涙を溢れさせながら、ようやく動かせる方の左足で、力なくゾロの背中を蹴った。



 「………。」

 「…これが…最後じゃねェんだぞ…!」

 「………。」

 「…おれが…抱きたかったら…帰ってこいよ!!」

 「………。」

 「…少しでも弱気になってみろ…!!…万が一死んだりしたら…おれは死ぬまでおれを許せねェ!!

 お前を許せねェ!!お前を信じて…送り出してェのに…てめェは!!」



息が詰まるほど抱きしめられた。

素肌の上を、ゾロの堅い手が駆け巡る。

サンジの腰を抱え、猛るふたつのそれを共に手に包み、擦り合わせる。



 「ああああっ!!」



腰を突き動かしながら、先走って溢れる蜜に濡れた手で脈打つものを愛撫し続ける。



 「ゾロぉっ!…や…やぁっ…!!」



叫びながら、サンジ自身も腰を淫らに蠢かす。



 「…あ…あああっ…!!」

 「…弱気になんかなるか…!」

 「…ん…んんぅ…ぁあ…っ!」



ゾロとて人。

弱い心が無い方がおかしい。

弱い心があるからこそ、もっと強くなりたいと願う。



 「…は…!…あああ…―――っ!!」



達したのは、ほとんど同時だった。



ゾロの手が、互いの腹が、濃いそれに濡れた。



荒い息のまま、サンジの唇を吸う。

たった今、達して精を吐きだしたばかりのそれが、もう、わずかに立ち上がっていた。



 「…ゾロ…。」



ゾロの手に背を回す。

抱きしめ、触れる部分に口づけて、サンジは微笑む。



 「…待ってる…。」

 「………。」

 「…待ってるからな…。」

 「………。」

 「…おれも…お屋形様も…チョッパーも…たしぎも…。」

 「………。」

 「…ルフィも…ロビンも…ナミも…ウソップも…フランキーも…。」

 「………。」

 「…待ってるから…。」



ゾロはうなずいた。

穏やかな笑みで。



繰り返される愛撫の果てに、ゾロは、サンジの中へ身を沈めた。



 「ああ…。」



切ないような、悦びの声。



一点に集まる快楽に、ゾロは目眩を覚える。



 「動くぞ…。」

 「…ん…っ…。」



ゾロの動きに合わせて、サンジもゆっくり腰を振る。

吸い込まれるようなうねりに、ゾロは思わず声を挙げた。



 「…く…あ…っ…!」

 「……ふ…っ…。」



サンジの背中をこする音が響く。



ぎっ ぎっ と、規則正しく。



 「…ゾロ…ゾロ…っ。」



呼ぶ声が、突き動かすリズムに重なる。



長い



長い



律動



やがて、音は小刻みになり、交わる息のリズムが速くなる。



 「……ゾロ…あ…イク……なァ…このまま…イって…一緒に……っ!」

 「…ああ、言われなくてもそうする…。善すぎだ…てめェ…!」







腕の中の金の髪を抱きしめ、何度も髪を探って口づけた。

はぁはぁと荒い息が、冷たい空気の中へ溶けて行く。

月明かりに映える、濡れた髪。



正面から、背中から、足を絡ませ、入れ替え、時には立ったまま



身を繋ぎ、肌を愛し、そして吐き出し合った。



明日の朝



ゾロは戦場へ、― 関ヶ原 ―へ、行く。









 「…サンジ…。」



幾度、身を繋げて愛し合ったのか。



繋いだ身を離して、互いの呼吸を肌に感じていた時に、ゾロがサンジの名を呼んだ。



 「…ん…?」



サンジが、目を合わせて答えると、ゾロは真摯な目で



 「氷雨に逢わせてくれ。」



 「………。」



 「…おれは…氷雨を愛してやれなかった…。」



 「………。」



 「…氷雨のお前を愛した…だが氷雨を愛した事はなかった…。」



 「………。」



 「…お前は氷雨を演じていたが…氷雨は確かにお前の中で生きていた…。」



 「………。」



 「…家臣たちが愛した氷雨…輝元がいたわった氷雨…隆景が案じた氷雨…淀が愛した氷雨…。」



 「………。」



 「…お前は氷雨だった…。」



 「………。」



 「…その氷雨をおれは斬った…。」



 「………。」



 「一度も…愛してやれないまま…。」















 「殿。」



呼ぶ声に、ゾロが我に返ると



 「………。」



 「………。」



 「…氷雨…。」



 「はい、殿。」





微笑む青い瞳。





白い柔肌。

滑らかな肌が、ぴったりとゾロの肌に合わされていた。

しなやかで伸びやかな、温かな手足。

円やかな肩。

細い腰。

果実のような胸。

ゾロの頬を包むたおやかな指。

その指をやさしく握って



 「氷雨。」



 「はい、ゾロ様。」



赤い唇を吸い、白いうなじに口付ける。

柔らかな白い胸を掌で包んで、桃色の乳首を軽くつまんだ。



 「…あ…っ…。」



 「…ああ…いい声だ…。」



 「…殿…恥ずかしゅうございます…。」



 「…お前は可愛いな…もっと早く…気付いてやればよかった。」



 「…いいえ…嬉しい…。」



両手で胸を愛撫し、舌で食み、体の線をたどって臍の下の茂みに顔を埋める。



 「…ああ…っ…。」



 「………。」



 「…殿…や…恥ずかしい…。」



 「………。」



 「…ゾロ様…。」



 「…氷雨…。」



 「…は…い…。」



 「…濡れてる…。」



 「…っ…ぁあ…っ…。」



しなやかな足、柔らかな肌



それが、サンジの体内から吐き出される、薬のせいである事はわかっている。

だが、ゾロはそれに身を委ねた。



 「氷雨…。」



 「…はい…。」



 「…入るぞ…。」



 「…殿…。」



“氷雨”の目から、涙が溢れる。



歓びの



美しい涙





 「氷雨、…おれの妻は、お前ひとりだ。」



 「…殿…愛しい殿…わたくしの…ただひとりの夫…。」



 「…氷雨…。」



頬を伝う涙を指で拭う。



その指に触れ、手を握り、“氷雨”はその掌に頬ずりする。



ゾロが愛しているのはサンジだ。



“氷雨”は、サンジの他を欺く為の姿で、ゾロは“氷雨”の存在を認めていなかった。



だが



サンジにとっての“氷雨”は、やはりもうひとりの自分だった。



欺き、装う内に、“氷雨”は間違いなくサンジの一部になっていた。



死んでくれと言われた時、“氷雨”なら、喜んでゾロの刃に倒れると思った。



あの時、逆らわずに背を向けたのは、サンジではなく“氷雨”だった。





その氷雨を



ゾロが、愛おしんでくれている……。







“氷雨”の“女陰”に、ゾロはゆっくりと身を進めた。



同じサンジのはずなのに、それは本物の女性のように濡れて、うねり震えて、ゾロをやさしく包み込む。



 「…ゾロ様…。」



 「………。」



 「氷雨は…幸せでございました…。」



 「………。」



 「…慈しんでくださり…感謝しております…。」



 「………。」



 「…殿…くださりませ…。」



まやかしなのは百も承知



なのに



“氷雨”が、たまらなく愛しかった。



優しい、深い交わり。

切ない声に急かされるように、ゾロは“氷雨”の中で果てた。





















(2009/10/8)



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