BEFORE





 「いいか!!西の切り通しで敵を迎え撃て!!あの狭い間道は、大軍では抜けられねェ!!

 真正面に鉄砲隊を置き、後方の谷の上から漏れた兵を打ち払え!!」



男たちを指揮して、フランキーは麦の里の最終防衛線の守備につく。

戦国の世になってから100年。

その間、このタタラの里を守り抜いてきた。

普段は、大鍛治であり小鍛治であり、百姓である彼らだが、ひとたび戦乱となれば、関、最強の軍団となる。

忍びの頭が駆け戻り、叫ぶ。



 「関軍300、ルフィが率いてこちらへ向かっております!!」

 「ありがてェ!!東の道を抜けてくるな…敵の腹を突いてくれと伝えろ!!」

 「承知!!」

 「おい、ウソップ!!」

 「なんだ!?」

 「お前ェ、秋水の堰に迎え。」

 「え!?」



秋水の堰。



川の流れを変えるために、その昔造られた堰。

信長や秀吉の間者に悟られぬように、木を植え、草を生やし、隠し通した堰だ。



 「…万が一…の時に…。」

 「………。」

 「爆薬を仕掛けて、丘の上から撃て。お前の腕ならできる。」

 「…わかった!」

 「10人くらい連れてけ!!」

 「ありがとう!!」



ウソップを見送り、フランキーはにやりと笑って拳を鳴らす。



 「ところで、この里を狙おうって不届きな輩はどこのどいつだ!?」

 「日之出と旻長!!」

 「…いい、度胸だ…!!おい、野郎ども!!たっぷり後悔させてやれ!!」

 「おおう!!」



麦の里がどよめいた。

タタラの火は、真っ赤に燃え盛っている。







 「見えた!!麦の里だ!!」



ルフィが叫んだ。

谷上からはるか下。

タタラの煙が細く上がっている。



と



 「ルフィ!!上だ!!」



サンジが叫んだ。

山間の道。

里に至る、山にへばりついた道の上。

生い茂る木々の間から、矢が降ってくる。



 「んなろっ!!」



ルフィは、降り注ぐ矢をぬって、猿のような跳躍力で上へと跳ね上がる。

山の上に十人の射手。



 「まとめて来い!!」



ルフィの叫びに、敵は容赦なく襲いかかる。

だが、ルフィの拳一閃で、なぎ倒された。



そして、その下の道の上。

すぐ脇は崖。

その行く手に、待ち構えていた敵が一斉になだれ込んでくる。



 「…討ち漏らしたら頼むぜ。」



穏やかな声で、サンジは背後の兵らに告げた。

兵らは、この氷雨の方にそっくりな忍びの正体がわからず、不思議に思いながらここまで共に駆けて来た。

が、この非常時だ。

ルフィも親しく、『サンジ』と呼んで信頼しているようだった。

きっと、氷雨姫の縁者なのだろうと納得する事にした。



 「お任せあれ!!」



兵らの頼もしい言葉に微笑み



 「さぁ…誰から料理されたい?」



氷の様な微笑に、敵の兵らは思わず背筋を凍らせる。

しかし



 「…ええい!怯むな!!たかが300の兵!!蹴散らしてしまえ!!」



敵の将らしき男が、先軍の後ろで叫んだ。



 「…ブランクなんざねェからな…後悔しても知らないぜ?」



元々、暗殺者として鍛え上げられたサンジだ。

人間の急所、すべてを知り尽くしている。

肉や骨や筋の、どこを突き、攻撃すれば相手が動かなくなるか体が覚えていた。



 「ぐわぁっ!!」

 「おごっ!!」

 「がああああっ!!」



風のように駆け抜けながら、一瞬の一突きで―――。



 「うおおおおおおおっ!!」



刀を振りかぶり襲いかかってくる巨漢に、サンジは深く身を沈め、地面を激しく手で打つと、

しなやかな足がまるで独楽のように回転し、男を崖下へ吹き飛ばす。



 「わあああああっ!!」



と、ルフィが、上から飛び降りてきて、サンジの背中に背中を合わせた。



 「…終わったか?ルフィ?」

 「おう!!あと、こんだけか!?」



と、関の兵らが



 「ルフィ殿!!サンジ殿!!ここは我らに任せて先へ!!」

 「そのお力、蓄えられて!」

 「すぐに追いつきまする!!」

 「麦をお守りください!!」



その数々の言葉に



 「わかった!!」

 「任せた!!麦で会おう!!」



2人は、後ろを見ずに走りだした。









関ヶ原の乱戦から遠い東北の地で、もうひとつの戦いが繰り広げられている。

奥州・伊達政宗と最上義光連合軍と、上杉景勝との戦いだ。

政宗は、徳川家康から、東軍が勝った暁には、旧領7郡を合わせた領土を政宗のものとする約束を結んでいた。

後に言う、『百万石のお墨付き』である。



醍醐の花見の頃は、その関係は決して悪いものではなかった。

今でも、その関係に悪感情はない。

だが、これが情勢なのだ。



関ヶ原の戦いの行方は、伊達と上杉双方の命運をも含め、立ち込める暗雲はまだどちらに日の光も見せはしなかった。





太陽が中天を越えた頃、大谷隊が福島正則の隊を押し戻した機を捉え、ゾロは声を挙げた。



 「行くぞ!!野郎ども!!」

 「おおう!!」



野武士の様な一喝。

従う配下も同じようなものだが、統率された50の兵が、一気に前へ押し出される。

ゾロは、一振りの刀を抜き払い、その刀身に口付ける。



 「…行くぞ、サンジ。」



ぶん!と一閃させ、ゾロは雄叫びを挙げる。



 「“氷雨”!!参る!!」





うおおおおおっ!!





大地が鳴動した。

その気に、ミホークは閉じていた目を開いた。



傍らの将が



 「お屋形様…若殿が動きました…!」

 「そうか。」



あっさりと、ミホークは答える。



井伊軍の左隣。

背後には家康のいる桃配山。



関本軍。



 「黒刀を。」

 「はっ!!」



ミホークが刀を取る。

自ら出陣するつもりなのだ。



 「…お屋形様…。」

 「これも戦。いずれかが倒れても、うろたえるな。」

 「…ははっ!!」



ゾロが、馬上より叫ぶ。



 「…いいか!!たとえ相手が昨日までの友でも遠慮すんなよ!!ためらったら、斬られるのはこちらだと思え!!」

 「御案じなさいますな!!」

 「国を出た時より、元より覚悟の上!!」

 「向こうも遠慮などしますまい!!」

 「よく言った!!…そのまま真正面!!」

 「…って、ゾロ様――!!そっちは右でございます―――っ!!」



ブルックがヨホホと叫んだ。



どよめきが高くなる。

その正体を諸将は探った。

松尾山の小早川秀秋も、眼下のどよめきを見て



 「…何事じゃ…!?何があった!?」



青ざめた顔で尋ねた。



 「…関の虎が動いたようでございます。」

 「虎…虎か!?…鷹は…鷹は動くのか!?」

 「…虎が攻め込めば、鷹も動きましょう。…殿、家康殿も…痺れを切らす頃でございますぞ…!」

 「…家康は嫌いじゃ…!わしは、あの男が恐ろしい…!!」

 「では、三成に味方しますのか!?」

 「三成はもっと嫌いじゃ!!」



子供のように、秀秋は叫ぶ。

義父隆景が見たら、深く絶望しただろう。



その小早川軍に見切りをつけ、ゾロは真っ直ぐに目の前の敵を目指してひた走る。

右手に氷雨、左手に和道一文字。



目の前の敵



関軍――!!



 「出て来い!!鷹の目―――!!」



叫び、ゾロは3本目の鬼徹を口に食(は)む。



その声を耳に捕らえ、ミホークは白い歯を見せて笑った。





桃配山の家康

内応しているはずの武将が動かない理由を、家康とてよくわかっている。

この戦の行方によっては、再び家康を裏切り三成につこうと考えているものは多い。

少なからず恩を受けた豊臣家を敵に回して、家康につく。

そんな連中が、再び家康を裏切る可能性は高いのだ。



この戦が、今日この戦闘が正念場、負けるわけにはいかないのだ!!



家康は、誰にともなく



 「鉄砲隊は残っておるか?」



と、尋ねた。



 「ただいま、30ほど本陣に。」

 「………。」



家康はおもむろに立ち上がり



 「…その30。小早川の本陣に向けて撃て。」

 「は!?」

 「そのような事をしたら、秀秋はあちらに寝返りはしませぬか!?」

 「かまわん!!撃て!!」



家康には珍しい怒号。









 「このおれに刃を突きたてる勇気は、己の心力か。はたまた無知なる故か。

 …貴様おれを倒したその先に何を目指す?」

 「最強!!」

 「よかろう。」



ミホークは、滅多なことでは愛刀を抜かない。

その必要が無いからだ。

ミホークの剣技は、並みの剣士では歯が立たない。

短い脇差ひとつで、一度に100人を倒すとまで言われている。

そのミホークが



黒い刃の刀を抜いた。



 「剣士たる礼儀をもって、この黒刀で沈めてくれる。」



にたりと笑い、ゾロは氷雨を上段に構えた。

父が、この黒刀を抜いてくれた。

それだけで、剣士として認められた事を悟る。



 「来い、息子よ。」



ブルックが叫ぶ。



 「一騎打ち!!手出し無用!!」





ミホークが一歩を踏み出す。

ゾロが、馬から飛び降りた。



 「参る!!」







その激突の音は、混戦の平野に轟いた。









 「………!?」





気が揺らいだ。

思わず足を止め、サンジは東の方を見る。



 ( …ゾロ…? )



 「サンジっ!!」



ルフィの声に我に返る。

目の前に、白銀が躍った。



 「!!」



反射的に足を横薙ぎ、相手を沈める。



 「何やってんだよ!!」

 「悪ィ!!」



そこへ



 「ルフィ!!サンジ!!」

 「ウソップ!!」

 「お前、なんでここに!!?」



ウソップが、目的を告げるとサンジは青ざめた。



 「…そこまで…そんな事をしたら麦の里は!!」

 「無くなりゃしねェ!!秋水が残れば麦は何も変わりゃしねェよ!!」



ルフィが問う。



 「秋水ってなんだ!?」

 「…ああ…ルフィはまだ知らねェんだな…。」

 「説明してるひまはねェよ!!とにかくおれは行く!!」

 「おう!!頑張れよウソップ!!」

 「お前らもな!!」



右と左に分かれ、間道を走る。



 「見えた!!麦だ!!」



ルフィが叫ぶ。



 「ルフィ!!」



サンジがルフィの腕を掴み、身を伏せさせる。

サンジの指さす方に



 「敵だ…!」



茂みを切り開きながら、麦の里の谷上から駆け下ろうというのだろう。



 「サンジ、行ってくれ!」

 「大丈夫か?」

 「だいじょーぶ!!あのくらいの人数なら軽い!!」

 「油断するなよ…!」

 「わかってる!!」



言い放ち、ルフィは一気に敵めがけて跳躍した。



この数年の間に、ルフィは本当に強くなった。

時折体術を教えてはいたが、ここまで成長するとは思わなかった。

守るものがあれば、人は強くなれる。

それを、ルフィが示してくれているような気がする。



守りたい



麦の里



関の国



この想い





どん!!



爆音が聞こえた。



黒煙が立ち上る。



麦の里の方向。



 「!!」



喚声が上がった。

明らかな、勢力の激突の音。



 「里長!!フランキー!!」



サンジが目にしたものは、麦の里への唯一の表街道での戦いだった。

桑折川で生き残った日之出兵士がどっと押し寄せてくる。

数では敵が勝る。

その兵らを



 「鉄砲隊!!前へ!!―――撃て!!」



一斉掃射の後、鉄砲隊は後方へ引く。

槍隊が代わりに前面へと押し出す。



 「フランキー!!」

 「おう、サンジ!!刀は無事に届けたか!?」

 「ああ!!状況は!?」

 「見ての通りだ!…やつら、大砲を持ってやがる!!よくもまぁ、この山道を引きずってきたもんだ!!」

 「後方からも寄せてきてるぞ。間道を開いている連中をルフィが食い止めてる。」

 「…上から寄せられたらマズイな…。数は?」

 「正確にはわからねェ…だが合わせて200は越える。」

 「スーパーだな。」

 「やるしかねェだろ。」

 「まったくだ!!」



鉄砲隊の準備ができた。



 「前へ!!――撃てェ!!」



爆音。



サンジが叫ぶ。



 「フランキー!!後方の、街道の一番狭い場所まで下がろう!!

 そこなら鉄砲10列で迎え撃てる!!2段構えで掃射するんだ!!」

 「おお!!その手があったか!!よし!!牟田口まで後退するぞ!!」





(2009/10/14)



NEXT



BEFORE

赤鋼の城 TOP



NOVELS-TOP

TOP