BEFORE





大坂城、本丸。



名を呼ばれて、チョッパーは小さな体を裃に包み、後ろにルフィを従えて大広間へと進んだ。



関ヶ原の戦いから数カ月。



論功行賞と仕置きの決済が続いている。



あれから、ミホークは城に戻り、すぐさま隠居の旨を家康に告げ、日を置かずに家督をチョッパーに譲った。

ミホークの帰参に、ブルックらゾロに着いて行った兵らも紛れこみ、国へ戻った。



ゾロだけがいなかった。



 『申し訳ございません…!』



ブルックの土下座に、サンジは首を振って笑った。

そして



 『…きっとまた、迷子になってんだ…大丈夫…帰ってくる。』





ゾロは、島津の正面突破に紛れこみ、桃配山を駆け上がり、家康本陣を襲った。

だが、それは伏せられ、家康側からその話が漏れる事はなった。

その話が、噂となって流れ始めたのはそれから10年も経た後の事で、その武士がゾロであった事はかなりあやふやとなり、

大谷吉継であったとか、真田幸村であったとか諸説語られることになる。





ここで



仕置きを受ける敗者の話をしておこう。





石田三成



関ヶ原から大坂を目指し脱出したが、捕らえられ、京で斬られた。

斬首という、武士としては重い刑だった。

だが、それは実に潔い、高潔な死であった。



いよいよ刑の執行と言う時、辞世を詠み、三成は一言つぶやいた。



 「……死なぬよ……。」



微笑んで



目を閉じた。







小西行長、安国寺恵慶も、共に斬られた。



小西と共に激戦した宇喜多秀家は逃亡に成功したが、捕らえられ、しかし刑一等を減じられ、八丈島に流される。

宇喜多秀家の領地岡山に、その後入国したのが小早川秀秋である。

秀秋は、関ヶ原の裏切りを世にそしられ、自身の良心の呵責に耐えきれず、

精神に異常をきたし、若くしてこの世を去った。

後継を生まなかった為に、小早川家は絶えた。



だが、無様な形で家が残っても、秀秋の義父・隆景は、きっと喜びはしなかっただろう。



氷雨姫の実家、毛利家。



輝元は、関ヶ原の直後、大坂城から逃げ出した。



が、参謀の吉川広家は、自分が内応していたのだから、取り潰される事はあるまいと信じていた。

しかし、文書に無い口約束、家康はそれを反故にした。

西軍大将なのだ。

許されるはずもない。

それでも広家は、決死覚悟で家康に談判。

命と、家の存続を許された毛利家だが、広大な領地を取り上げられ、長州・萩という僻地へ追いやられた。

萩は、広大な三角州。

事実上の島流し。

輝元・秀元親子は、この恨みと涙を抱いて生涯を終え、毛利家はその怨嗟を幕末で晴らすことになる。



東北の雄・上杉家







 「………。」



長い廊下の向こうからやってくる主従。

チョッパーは初めて見る。

もっとも、こんな場所で外交をすること自体、チョッパーは初めての事なのだ。



主君の方と、目が合った。



 「………。」



小さな小さな国主に、主君が労わる様に眉を寄せる。



こういう時、普通なら侍従のルフィが頭を下げ名乗るべきだが



 「………。」



 「………。」



ぷっ



相手の、家臣の方が吹き出した。



そして



 「…間違えましたならばお許し願いたい…もしや…関の…ゾロ殿の弟君でございますか?」



家臣が尋ねた。

優しい声だ。



 「はい。関国主、ミホークが後継にございます。」

 「…利発なお答えだ…。」



笑って、その家臣は頭を下げた。

一国の国主に対する、きちんとした礼儀。



ルフィも、ペコと頭を下げた。



チョッパーは、男の衣装に着いた家紋を見た。



…竹に



飛び雀…



驚いて



 「上杉景勝公!!」



慌てて、その場に腰を折る。

五大老のひとり

120万石の国主



 「あ?どした?チョッパー?」

 「ルフィ!!控えて!!無礼!!」

 「…よいのだ、関殿。顔をあげられよ。」



優しく、景勝は言った。



 「…ミホーク殿は息災か?」

 「はい。」

 「…虎殿は…。」



チョッパーは唇を噛んだ。



 「…兄は…関を出た身…行方は知れませぬ。」

 「左様か…。」



景勝の後ろに控えた直江兼続が、ルフィを見て



 「頼もしげなご家臣だ。…貴公の名は?」

 「おれか?おれは、ルフィだ。」

 「………。」



その時、「関殿」と呼ぶ声がした。

ついてきていると思ったチョッパーがいないので、先導の者が探す声だ。



 「では…。」



会釈をして、景勝と兼続は去っていった。



この時、上杉家は家康の仕置きを受けた。



会津120万石から出羽米沢30万石へ移封。

北信越の雄、上杉謙信がその名を有名無実のものとした上杉家は、出羽半国の小大名に転落した。





 「へぇ〜、あれが上杉謙信の息子かぁ。知らなかった。」

 「…ルフィ…知らない事多すぎ…。」

 「あっはっは!!」



関ヶ原の折、この上杉を北で押さえた伊達政宗は、『百万石のお墨付き』により、“奥州王”の望みを果たせたかと思いきや、

領内のつまらぬ一揆の責任を問われ、わずか2万石の加増で終わってしまった。





 「関国主殿、お越しにございます。」

 「入られよ。」





すぐに答えがあり、平伏するチョッパーの前で襖が開いた。



そして



 「これは婿殿!!」



上機嫌の声が、頭の上から降ってきた。

衣擦れの音がして、足音が近寄る。



 「婿殿!そんな下座におらずともよい!近う、近う!」



チョッパーは顔をあげた。

目の前に、白髪の好々爺。

たしぎの養父だが、チョッパーは初めて会う。



徳川家康



ニコニコと笑いながら、家康はチョッパーの目の前に胡坐をかいて座った。

ルフィは目を丸くしたまま、じっと家康を見る。



 「おお、おお…これは噂にたがわず利発なお顔じゃ。婿殿、姫は息災か?」

 「はい。お陰様をもちまして。」

 「はははは…!よいご返事をなさる。」



家康の目がルフィを見た。



 「…骨のありそうなご家臣じゃ。…名は?」

 「ルフィ。」



ぶっきらぼうに、ルフィは答えた。



 「そうか。」



無礼な答え方にも関わらず、短く言い、家康は軽くうなずく。



 「…さて、その後ミホーク殿の『癪』の具合はいかがかな?」

 「はい。その後は、養生の甲斐ありまして。」



ゾロがよく言っていた。



 『あの野郎!また丸投げしやがった!!』



今回もまた丸投げ。



 「それでは早速、論功行賞の話に入ろうかの。……関ヶ原においての関の働きに報わせていただこう。」

 「ありがたき幸せ。」

 「10万石の加増でいかがじゃ?」

 「…もったいないことにございます。」



家康は満足げに笑い、脇にあった地図を広げ



 「が。」

 「………。」

 「…虎殿の叛意をここから差し引かせていただこう。7万石じゃ。」

 「…はい…。」

 「今の5万石に加え、7万石。安芸12万石の大名じゃ。元の毛利の所領を与えよう。」



 「!!?」



チョッパーと、ルフィの顔色が変わった。



 「…国替えじゃ。安芸ならば不足はあるまい。」



 「………。」



 「……異論はないな?」



ルフィが、ぐっと歯噛みする。



関を出る時に、サンジやナミにうるさく言い含められてきた。



何が起きようとも、何を言われようとも、チョッパーの判断に従え。



だが



これは



 「…関の国は水野に与える。鉄の里はいずれ天領とする。」



チョッパー



 「……謹んで。」

 「うむ。」



チョッパーが、顔をあげた。



 「お断り申し上げます!!」



 「………。」



ルフィの顔に笑みが浮かぶ。



対して、家康の顔は





笑ってはいる



だが目は笑っていない。



 「…今、ご自分が何を言っているか、おわかりでないな?婿殿?」

 「…重々承知しております。その上で、重ねて、国替えの話はお断りいたします。」

 「………。」

 「…関は…関にあってこそ…。」

 「…それは誰もが申すのだ…。」

 「………。」

 「…一時の感傷に過ぎぬ。加増のどこが不満じゃ?」

 「………。」

 「…関の民は手厚く扱おう…水野にはよくよく言うて聞かせるゆえ…。」



チョッパーは、ピンと背筋を伸ばし



 「家康さま。」

 「なんじゃ?」

 「……関は譲れませぬ。」

 「………。」

 「関の民も、我ら以外の国主は認めませぬ。」

 「そうだ!!」



ルフィが思わず叫んだ。



ちら、と家康はルフィを見たが、何も言わなかった。



 「我らは仲間。」

 「…仲間…。」

 「どうしても、関の国を奪おうと仰せなら、どうぞ関へ参られませ。…我ら、全力を持ってお相手いたします!」

 「………。」



急速に、家康が不機嫌になっていくのがわかる。

だが、チョッパーは怯まなかった。

真っ直ぐに、目を反らすことなく家康を睨み続ける。



そして



 「改めて申し上げまする!関の国土、一片たりとも差し上げはいたしませぬ!!

 どうあってもと仰せなら、どうぞ兵を率いて国を奪いに来られますよう!!

 一戦交え、その上での所領没収とあらば、致し方なし!」

 「………。」



その時、ルフィが言った。

静かに、だがはっきりと怯まずに



黙っていろと言われた。

だが、麦の里の意思を、伝えなければ気がすまない。



 「その時は、タタラぶっ壊して、全部谷底に埋めてやる。」



 「………。」



瞬間、ルフィを見た家康の目に、明らかな殺気が走った。



チョッパーも、無礼な家臣の言動を止めもせず、怒りもせず、ただ真っ直ぐに、

戦国乱世を生き抜いた男の目を睨み続ける。

家康は、目を細めて幼い婿を見、そして手を振った。



 「…今日の婿殿は…ひどくお疲れのご様子だ。」

 「………。」

 「本日は…帰られるがよい。追って、改めて沙汰をいたそう。」

 「………。」



チョッパーは、すっくと立ち上がり、ルフィに言う。



 「ルフィ。」

 「…はっ!」

 「…国に早馬を。戦の支度をいたせと。」

 「承知!」



振り返り、チョッパーは



 「ご無礼つかまつった!!」



言い放って、家康の前を辞した。













どっどっどっどっどっどっ



わざと足音をさせて、チョッパーは控えの間に飛び込んだ。



ぴしゃんと襖を閉めた瞬間



 「……うわあああああああん!!怖かったああああああああ!!」



ルフィに抱きつき、大泣きする。



 「偉かったなチョッパー!!凄かったぞ!!よくやった!!」

 「あああああああああ!もぉヤダァ!!帰るぅぅぅぅ!!」

 「うん!帰ろう!!みんな待ってるからな!!」

 「あああああああああああああああああああああああああ!!

 父上の馬鹿ぁぁぁぁ!!兄上の馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」





















 「いかがなされますか?」



家臣に尋ねられ、家康は息をついた。



 「……是非もない…こちらの出方をよくわかっておるわ…ミホークの入れ知恵だけではあるまい。

 こちらが、ここで無駄な戦を仕掛けない…いや、仕掛けられないのをよォく分かった上でのハッタリじゃ。」

 「……なんと……。」

 「…9歳の子供に後を継がせて、何を考えておるかと思ったが…なんのなんの…

 あの小僧、頭の中は孔明並みの深慮遠望の持ち主じゃ…やはり、鷹の息子、虎の弟…

 狸の様な顔をして…末恐ろしいわ。あの小僧を…あの家臣を…敵に回してみよ、5年後が怖い。」

 「では…御沙汰は…。」

 「…据え置きじゃ…それ以外にあるまい。島津と同じだ。関は江戸から遠い。うかつに攻めてもこちらに義はない。

 …日之出旻長4000の兵を、寡兵で全滅させたのはあの小僧だと言うではないか…まったく…姫を嫁がせておかなかったら…。」



あの



戦いの終幕



たしぎがいなかったら、あの虎は、あの切っ先を振りおろしていたかもしれない。















 「開門!開門!!大坂からの伝令にござる!!」



関の城門を、早馬が駆け抜ける。

ミホークは大戸口まで走り、使者を迎えた。



 「申し上げます!!2万石の加増をもって!褒賞とする旨、承れましたとのこと!!」



家老がつぶやく。



 「2万…少ない。」



ミホークは薄く笑い



 「…ゾロの分を差っ引かれればさもあろう。加増があるだけ儲けものだ。…で?」

 「…チョッパー様、そのまま関の国主に留め置かれました…!!

 国替えはございません!!チョッパー様が、守り抜かれました!!」

 「…うむ。」



ミホークは笑い



 「……よくやってくれたと伝えよ。」

 「ははっ!!」



家老が笑って



 「…お屋形様が、若君をお褒めになるのは珍しい…。」

 「…おれはもうお屋形様ではないぞ。」

 「そうでございました…。」

 「……民に知らせてやるがよい…これより先も、お前たちの世話になる。とな。」

 「は!!直ちに!!」



ミホークはその足で、ひとり天守に登った。



眼下に広がる愛しい風景を眺め、腕を組む。



彼もまた、この国で生まれ育った。



若い時分は、強い敵を求めて諸国を旅したりもしたが



 ( …やはりここからの景色が一番美しい…。 )



2人の妻も、同じ事を言った。







 “お守りくださいませ。この風景を。”



 “この景色が、どこより美しゅうございます。”







さて





あのバカ息子は



今どこで、何をしているのか…。













(2009/10/14)



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