葡萄畑の上の夜空が、今まで見たどの夜空よりも美しいと思う。
サンジーンも言った。
夜に、しっかりと闇が訪れる。
闇が訪れるからこそ、夜、その空に満天の星を鮮やかに映し出す。
初めてゾロに抱かれた夜も、同じ秋の夜だった。
「……まだ冷てェな……寒いか…？…それとも…傷のせいか？」
「…ちょっと寒ィ…だから…もっと強く抱きしめてくれ…。」
「……傷…忘れちまいそうだ……。」
「…いいよ…忘れて…。」
唇まで冷たい。
だけど
「……ん…っ…あふ…ん……っ……。」
「…よし…熱くなってきた…。」
「…アホ…。」
「……サンジ……。」
「……うん……？」
「…おれは…絶対にてめェを放さねェ…。」
「………。」
「…例えてめェが…自分勝手におれから離れようとしても…。」
「………。」
「…おれがてめェから離れねェ。」
「………。」
「何度でも言う…。てめェがこの先…ロロノアのドンになっても…おれはお前を放さねェよ…。」
「…うん…。」
肩は痛む。
だが耐えて
「…ゾロ…おれも…。」
ゾロの首に腕を回し、引き寄せ、自分から口づける。
「…お前を愛する事をやめたりしない…お前と生きる事を…諦めたりしない…！」
「………。」
笑い、ゾロはうなずいた。
「…さあ、もう黙れ…。」
「…んっ…。」
「…ぁあ…黙っちゃ困るな…たっぷりいい声聞かせろよ？」
「…エロマリモ…。」
幼い頃
一度だけ、一緒に遊んだという。
ゾロシアとサンジーノに見守られて。
子犬のようにじゃれ合って、かわいかった、とブルックが言った。
出会う為に生れてきた。
激しい愛を受けて生まれてきた。
どちらがどちらの本当の子などと、もうどうでもいい。
おれ達は2人が2人とも、ゾロシアの子でサンジーノの子だ。
どちらも、実の父親だ。
兄弟よりも、ずっと濃い血
「……ああ…ゾロ……ぉ……っ！」
「…サンジ…サンジ…っ…！」
直に熱い肌を感じたい。
直に触れたい。
背中の土の感触は冷たいが、重なる肌は熱かった。
「…ん…ふ…っ…。」
どこかで、サンジーンが見ているかもしれない。
そんな考えも一瞬頭をよぎったが
「……固くなってる……。」
サンジのものを手に包み、軽く上下させると、ビクンと震えて―――。
「…お…デカクなった…。」
「言うな…！馬鹿！」
ゾロの笑顔が好きだ。
この笑顔に包まれていたいと、きっと誰だって思う。
サンジーノ
あなたもきっとそうだったんだろう
それが叶わない運命を、あなたはどれだけ呪ったんだろう
けれど
あなたは馬鹿だ、サンジーノ
ゾロシアは
このゾロに血を分け与えたあなたの大切な人は
何もかもを乗り越え享受して、そして斬り捨てて、生涯あなたを愛してくれたのに
「…うあ…っ！…バカ…やろ…歯ァ立てんな…！」
「あァ…悪ィ…カワイイもんだからつい…。」
「…うう…///」
「…ほら…もっとケツ上げろ。解せねェ。」
「………。」
「……挿れてェ…。」
ゾロは真摯な目で、膝に抱えあげたサンジを見上げた。
「……来い…ゾロ……。」
「………。」
埋められた熱い塊が、内臓まで抉るような感覚。
固い熱
「…あっ…ああ…っ！」
「…っ…おい…あんま…無茶すんな…。」
「…う…っ…あ…は…あ…っ…。」
血の匂いがする。
明らかに、サンジの肩からの出血だ。
サンジーノから受け継いだ血
「…サンジ…！」
「………！」
勢い、固く抱きしめられた。
「…ゾロ…。」
「………。」
「…お前を死なせない。」
「おれは死なねェ。」
「……生きていこうな……。」
「ああ…。」
夜明け前に、ゾロシアの自家用ヘリ・NH90がガープのシャトーに降り立った。
ギンは、満身創痍のゾロシアに仰天し
「何があったんです！？ドン！！」
「何もねェ。」
「何もねェって事がありますか！！あんたが…ここまでやられる敵ってな…一体！！」
ギンは元々バラティエの人間だった。
彼も、サンジーンの存在を知っている。
しかし
「…サンジが戻ったらすぐに出る。エンジンは落とすな。」
「ドン！！」
自分の足で歩き、ヘリに向かうゾロシアのコートの裾を、跪いたままギンは掴んだ。
「………。」
「……ドン！！」
「……この位で死にやしねェ。」
「……どうか……。」
「………。」
「……御無理はなさらねェでください…！」
「………。」
「…おれは…二度もドンを失いたくねェ…！！」
「………。」
「…あんたの他に…おれのファーザーはいねェんです！！」
「………。」
裾を引き、ゾロシアは黙って歩きだす。
「おれはサンジーノのバカとは違う。」
「………。」
「死んでるほどヒマじゃねェ。」
「…へい！！」
発つ前に、ゾロとサンジは診療所を訪れた。
「…ゾロ…サンジ…。」
フランキーは息子達を抱きしめた。
「…電話で旦那に聞いた…お前ら…。」
「ああ、行ってくる。」
「ママロビンは…？」
病室のドアを、フランキーは細く開けた。
すると
ベッドの上で、にこ と、白い頬が微笑んだ。
「…おふくろ…！」
ゾロが、ベッドの側に走り寄る。サンジも、それに続いた。
「……よかった…２人とも無事ね……。」
白い手を上げ、ロビンはゾロの頬に触れた。
「おふくろ…！」
「…ママ…。」
「…サンジ…痛くない…？」
「痛くないよ…。」
「…よかった…。」
「………。」
「……どこへ…行くの……？」
顔が蒼い。
手を動かすのがやっとの様子だ。
「……ちょっとイタリアに行ってくる。」
「……え……？」
ゾロの言葉に、朦朧としたロビンの目にわずかな戸惑いが走った。
サンジが笑い
「…ゾロシアと、3人で旅行してくるよ。」
「…え…？…え…え…？」
サンジはロビンの手を握り
「すぐに帰って来るからね、ママロビン。」
「…サンジ…ゾロ…。」
不安げなロビンに、フランキーが言う。
「帰って来る。すぐにな。」
「………本当ね………？」
「ああ。」
「約束するよ。」
「………。」
微笑み、ロビンはうなずいた。
「気をつけるのよ…。」
「うん。」
「ああ…。」
「…ロビン…そこまで送って来るからな…。」
「…ええ…ああ、ゾロ…。」
「あァ？」
ロビンは身を起こす事も出来ない体を、わずかによじって
「……ハンカチを忘れちゃだめよ……。」
「…………わかった。」
にこり
「…気がついてるかな…ママロビン…。」
サンジの言葉に、フランキーも小さく笑った。
「…気づいてるな。」
「………。」
「…気をつけてな…。」
「…ああ…。」
「ゾロ…。」
ゾロは、フランキーの顔を見上げた。
「…ロビンが止めたら…おれも止めるつもりだった。」
「………。」
「あの時と同じだな…。」
「………。」
「ただ…今度の相手は…お前にわずかな情もねェ。」
「わかってる。」
「……今度も…おれは何もできねェな……。」
「そんな事ねェよ。」
ゾロは笑い
「…大好きだよ、親父。」
「……！！」
ブワッと、一気に流れだす涙
「こんな情けねェ親父残して、息子が先に死ぬわけにはいかねェだろ？」
「このやろ…！！」
ガン！ゴン！と、鈍い音がした。
「…なんでおれまで…。」
頭をさすりながら、サンジも笑う。
「はっはっは！！そのコブが消えねェ内に帰って来い！！」
「来るわ！！…ったく！」
ナミも、ウソップも、エースも
ルフィも
皆フランキーと同じように、明るく笑い、憎まれ口を叩き
「帰ってこいよ！絶対だぞ！！絶対だぞ！来なかったら殺すかんな！！」
「…帰ってこねェ時は死んだ時だぜ、ルフィ。」
「だから！！絶対！！絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対
ぜ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ったい！！帰ってこいィ！！」
黒い髪をくしゃくしゃにして、サンジはその頬にキスをして
「ああ！」
約束した。
やっとの思いで、2人はプロペラを回転させ始めたヘリにやってきた。
「……遅ェ。」
不機嫌に言うゾロシアに、サンジは頬にひとつキス。
「！！？」
「ごめん。」
ああ、マフィアのボスもこういう顔をするんだと、居合わせた人誰もが思った。
サンジが乗り込み、ブルックが乗り込み、ギンが最後に乗り込むと
「ちょ―っと、待ったァ！！」
えっちらおっちら駆けて来たのは
「チョッパー？」
「ゾロシア！！おれも行くぞ！！」
「邪魔だ。」
「邪魔だと言われても行くからな！おれは、お前の主治医だ！！」
「…逃げ出しやがった奴が何を言う。」
「……行くからな！」
「…勝手にしろ…。…ったく…なんだこの大所帯。」
ギンが、ゾロへ声をかける。
「シニョール・ゾロ。お早く。」
「…ああ…。」
和道一文字を手に、ステップに足をかけ、だがゾロは、振り返る。
大勢の人がいる。
ドメンヌの仲間達。
ゲンゾウ夫婦、ヤソップ夫婦、子ども達を傷つけられたのに、誰もゾロ達を悪し様に言う者はいなかった。
「気をつけてな。」
「いってらっしゃい。」
「…必ず帰るのよ。」
「待ってるからな！」
ゾロはうなずき
ぞして
「…サンジーン！！」
声が、シャトーの城壁に反響してこだまする。
「聞いてるんだろ！サンジーン！！」
「……ガルダ湖で待つ！！逃げんなよてめェ！！」
殺される側の人間からの挑戦状。
林の梢から、一斉にカラスが羽ばたいていった。
コルシカ島の北、バスティアという港がある。
イタリア本土サヴォナまで、25時間で辿りつける。
その港から、一隻の自家用クルーズ船が盗まれたという知らせは、ガープからゾロシアへもたらされた。
ガルダ湖
初めてここを訪れた時、ここにいるメンツは物騒な殺し合いをした。
あの時の場所は、ぐるりと湖を半周した向こう側である。
ゾロシアの持ち物である広大な別荘。
別荘というが、こうなるともはや城。実際、18世紀初めに建てられた要塞の城だ。
昨年の春。
サンジはここに、ゾロを招待した。
ルフィと、ナミと、ウソップも一緒にだ。
ロビンとフランキーも招いたが、葡萄の授粉を始めると言ってやんわりと断った。
やはり、ゾロシアの別荘に来るというのは、どこか躊躇いがあるらしい。
調度のいくつかをはしゃぎまくったルフィが破壊してしまい、かなり焦ってウソップが誤魔化した跡がそこかしこにある。
ゾロとサンジが入った部屋は、湖に面した客室。
石壁が剥き出しの、古い中世の雰囲気そのままの部屋。
昨年来た時は、ここはルフィとウソップが使った。
広大なこの城に、居るのはたったの５人。
ゾロとサンジと
ゾロシア
ブルック
そしてチョッパー。
ギンは、無理矢理にヴェローナへ返した。
ゾロシアとサンジの怪我の事は、誰にも言うなと緘口令を布いて。
2人の部屋には広いバルコニーがある。
テニスでもできそうな広さだ。
実際、ルフィとウソップはここにスケボーを持ちこんで遊んでいた。
「あ。…こんなトコにあった。ルフィのスケボー。」
「…ああ…やっぱここに忘れたんじゃねェか。」
ウソップがペイントした、ルフィの真っ赤なスケートボード。
しっかり、裏面に『Luffy』の飾り文字。
「ま、いっか…帰りに持ってってやろ…。」
「…だな…。」
湖を渡る風が冷たい。
山は、もう冬が近いのだ。
向こうを発ったのは朝だったが、もう日が暮れる。
「…来るかな…。」
「来るだろ。」
「…船の盗難の話がサンジーンなら…今夜は来ないだろうけどな…。」
「わからねェよ…あの野郎のやる事は…常識じゃ計れねェ…。」
テラスの石垣に2人で腰かけ、互いの腰に手を回す。
「…チョッパー…大丈夫かな…親父があんなだから…来てくれたのは心強いけど…。」
「…その自信があるから来たんだろ…。」
「…うん…。」
「…ここなら…他に誰も犠牲は出ねェ。」
「………どっちが言いだしたんだ？」
「…ゾロシアだ…。」
「…やっぱり…。」
サンジは溜め息をついた。
ゾロの肩に頬を載せる。
湖を見つめながら、ゾロはサンジの髪を撫でながら言う。
「…ここはいいトコだな…。」
「……うん……。」
「……今度は…おふくろも連れてきてェ。」
「うん。」
「何があろうと、おれと友達でいてくれ。」
別れ際、ゾロシアはそう言った。
日も暮れ落ちたフィレンツェの街の片隅で、サンジーノはゾロシアの言葉にうなずいた。
動き出した列車から、満面の笑顔で手を振るゾロシアが、愛しくてたまらなかった。
男の自分が男のゾロシアに恋をした。
全てにおいて、許されるものではない。
だが、動き出してしまった心は止まらない。
「…また来てくれるか…？」
「当たり前だ！」
ヴェローナから遠く離れたフィレンツェなら、誰の目も届かない。
傷ついたサンジーノを慮って、父のゼフーノはフィレンツェでのサンジーノの暮らしに口を挟まなかった。
だから、週末ごとに、ミホークの息子のゾロシアが、フィレンツェの息子に逢いに行っているなど、夢にも思っていなかったという。
それは、ミホークの方も同じだった。
週末ごとに、「ミラノに行く。」「ナポリに行く。」と言う息子の目的を聞いた時、「野暮は言うな。」と答えたがゆえに、女でも買いに行くのかと単純に思っただけだという。
それが、仇になった。
だが、仇になったと思ったのは、彼ら以外の大人だけだ。
逢う毎に、恋慕は深まる。
夜明けに逢う事は悦び
日暮れに別れる事は悲しみ
知るごとに、重ねるごとに、サンジーノのゾロシアへの愛は深まっていく。
ただ、知られたくない。
こんな邪な感情を知られたくない。
友として、自分を好きでいてくれるゾロシアを裏切れない。
名を呼ばれるごとに、胸が締め付けられる。
触れるごとに、熱くなる。
週末に、ゾロシアに逢う事だけが生きている喜び。
だが、そんな幸福が、誰にも知られず続く事などなかった。
サンジーノの元に通っている家政婦が、ふとしたことからゾロシアの存在を明かした。
まるで世間話の様に。
そして彼女は、毎週サンジーノに逢いに来る若者が、まさか遠いヴェローナから来ているとは思いもしなかったらしい。
学校の仲のいい友達と、ずっと思っていたと言って泣いて詫びた。
家政婦を責める事ではない。
サンジーノの父ゼフーノは、すぐさま息子をヴェローナへ呼び戻した。
ミホークの方も、息子を屋敷の中に閉じ込めた。
ゼフーノは、自分の息子がゾロシアに恋をしている事を見抜いていた。
どんな絶望を感じたか、今はもう尋ねる事は出来ない。
上の息子は性格破綻者、下の息子は、敵対するファミリーの同性の子を愛した。
そんなタイミングで
「ファーザー…！！ドン・ゼフーノ！！サンジーン様が…！！」
「…何…！」
いきなり、屋敷に舞い戻ってきたサンジーンの姿は凄惨に過ぎた。
イタリア陸軍の軍服を身に纏っていたが
「……サンジーン…そのなりはなんだ……。」
「…おかしいか？似合ってるだろ？」
「……貴様……。」
「軍服ってのは戦う服だろう？……血塗れなのが、そんなにおかしいか？」
金の髪から足の爪先まで
これは
何人分の血だ…。
「ジーノ！！ジーノが帰っているんだってな！？どこだ、ジーノ！？サンジーノ！！」
まるで、ピクニックから帰って来たかのような陽気な、歌う様な声。
「ドン…！！」
「…なんだ…。」
「……軍から電話が……サンジーン様が…将校2名と兵士6名を殺して逃亡したと…！」
「………8人……。」
肩越しに、サンジーンが振り返った。
その、氷の様な微笑に、居合わせた全員が思わず後ずさった。
「サンジーノ♪顔を見せておくれ♪愛しいサンジーノ♪ボクの小鳥♪」
歌いながら、サンジーンは私室の方へ上がっていった。
ゼフーノはがっくりと肩を落とした。
浅はかだった。
いきなり、サンジーンが大人しくなったのは、決して軍が厳しかったからではない。
計算したのだ。
軍で、自分に必要な知識と技術を手に入れる為に、身を潜めて息を殺していただけだった。
却って、サンジーンを恐ろしい殺人兵器にしてしまった後悔が、どっとゼフーノを襲った。
「サンジーノ！！」
弟の部屋には、見張りがいた。
当時、ファミリーの１人になったばかりのギンとカティ・フランコだ。
まだ若造のギンにとって、その時のサンジーンの姿は、何も言えずに道を譲る程の恐怖だった。
しかし、サンジーンよりも年下のくせに、偉く図体のでかいフランコの方は――。
「…どけよ。」
「…許可なく開けるなと、ファーザーから言われています。」
「…口のきき方に気をつけろ…おれは次代のファーザーだぜ…？」
「………。」
「開けろ。」
背筋を冷たいものが走った。
カーテンを引いたままの暗い部屋。奥の寝室。
「…ジーン…？」
ベッドの上で、横になっていたサンジーノは、突然の兄の帰宅に戸惑いながら身を起こす。
弟の顔を見るなり、サンジーンは血塗れの、着崩した軍服のまま駆け寄り抱きしめた。
サンジーノの鼻腔を、血の匂いが襲う。
「……ジーン…その姿はなんだ……？」
呆然と、サンジーノは問う。
「…ぁあ…大したことじゃない…もう軍に用はなくなったからね…帰ろうとしたらうるせェ事を言うんで、片づけて来たんだ。」
「…�爐泙伸瓠鎮�かを殺したのか…。」
「…いけないか？」
「………。」
「おれの邪魔をする奴は、誰だって殺すよ。」
「………。」
「…お前を守る為なら…おれは誰だって…。」
「………！！」
背筋を走るものに、サンジーノは兄を突き飛ばした。
「……ジーノ……？」
「………っ。」
ベッドから飛び降り、サンジーノは寝室の壁まで逃れた。
「……ジーノ……。」
「……う……。」
「…なんでそんな目でおれを見るんだ…？」
逃げるサンジーノ。追う、血まみれのサンジーン。
「…おれは…お前を守る為に帰って来たんだ…。」
「………。」
「…お前を守る為に…強くなって戻ってきたんだよ…？」
「…ジー…ン…。」
「…思い出して…サンジーノ…。」
「………ジーン………。」
「…お前を守ってあげられるのは…おれだけだよ…。」
「…ジーン…！」
サンジーンの、最初の殺人は１２歳の時。
２歳年下のサンジーノは１０歳だった。
時折、父を訪ねてくるその男が、どういう人物なのか知らない。
ただ、幼い兄弟に土産を忘れず携えてくる、その男をサンジーノは好きだった。
男は優しく、小さな子供の戯言も、礼儀正しく丁寧に聞いてくれた。
だからその日、サンジーノは当時の趣味だったジャムの瓶のコレクションの事を、その男に自慢げに語った。
『部屋に来て、見せてあげる。』
今ならば、サンジーノが自分からそうするように、男が仕向けていたのだとわかる。
しかし１０歳の子どもは、何の警戒心もなく、男を自分の部屋へ招き入れた。
紳士と思えたその男は、あっという間に豹変した。
君が好きだよ、サンジーノ。ずっと君に触れたかったんだ。触れさせておくれ。
『天使』と、誰もが呼んだ美々しい容姿。
１０年後、どれほどの美青年に育つだろうと、人々が噂する程の子。
優しく、朗らかで素直なその子を、元からその性癖のあった男は、ずっと機会を狙っていた。
その為の、懐柔だった。
抱え込まれ、ネクタイで手を縛められ、剥ぎ取られたズボンで足を縛られ、剥き出しにされた幼い性器を弄ばれた。
泣き叫ぶ口を唇で塞いだ後は、剥いだ下着で猿轡し、悲鳴を奪った。
まだ、感じることすらできないそこを攻め立てられ、あまりに固い蕾に指を挿れられ、
恐怖と痛みにガタガタと震える幼い羊が、何の抵抗も出来ないまま屠られようとしていた時、いきなり、目の前が真っ赤に染まった。
裸の男に、背中から馬乗りになったサンジーンの姿。
ボタボタと
男の首から流れる血が、サンジーノの顔に落ちてくる。
次の瞬間、男の首はぐらりと揺れ
無機質な音を立てて
床に転がった。
その後の数か月を、サンジーノは記憶していない。
忌まわしいその記憶が、１０歳の記憶の全てだ。
自分の為に、サンジーンは幼い手で人を殺した。
自分を、何も厭わず守ってくれる兄。
その兄に、サンジーノは全てを依存した。
だが、そうまでして守ってきた弟は
「……あいつか……。」
「……！！」
「…ゾロシア…あいつか…？」
「……やめろ…ジーン……。」
「…お前…あいつを選ぶのか…？…サンジーノ…？」
「…違う…違う…ジーン…。」
「…あいつなのか…？あいつが…いいのか…？」
「…違う…！！」
追い詰めた、サンジーンの手がサンジーノの手頸を鷲掴みにする。
「痛ェ…！！」
「許さねェ！！あんな野郎にお前を守れるか！？お前を守れるのはおれだけだ！！」
「……おれは…もうガキじゃねェ！！自分の身くらい自分で守れる！！自分の心は…自分で決める…！！」
「………。」
「…お願いだ…ジーン…。」
「………。」
「……兄さん…これ以上……もう、誰も傷つけないで……傷つかないで……。」
長い沈黙。
自分と同じ青い目が、真っ赤に染まって睨みつけている。
おれのせいだ。
おれがこの人の人生を歪めた。
「……渡さねェ…ゾロシアなんぞに渡さねェ……お前はおれの弟だ…おれのものだ……。」
「…そうだよ…兄さん…おれはあなたの弟だ…それだけは…おれ達が死ぬまで変わらない…だから…おれにあなたを嫌いにさせないで……。」
「……ゾロシア……。」
「……ジーン……。」
「…渡さねぇ…渡さねェ！サンジーノ！！お前はおれのものだ！！ゾロシアなんぞに渡さねェ！！」
「ジーン…！！」
あの時、自分を守ってくれたはずの兄。
その兄が
同じ父母の血を持つ兄が
「…嫌だ…嫌だ…！！ジーン！…兄さんやめてくれ…！！」
「渡さねェ！奪っていくなら殺してやる！！ゾロシア…！！殺してやる！！」
「……殺さないでくれ…殺さないで…！もう誰も…ゾロシアを…ゾロシアに手を出さないでくれ…！！ジーン！！」
「……ジーノ…ジーノ…おれのジーノ…可愛いジーノ……！」
「……っ！！」
もう
この兄が狂っている事を、十分に理解している。
自分のせいだ。
あの殺人が、この兄を狂わせてしまった…。
「…あ…っ…やっ…やぁっ！…やめ……！」
自分は何と非力なのだろう。
この人に守られ頼り切ってきた自分は、跳ねのける力さえない。
衣服を奪われ、全裸にされ、あの時の様に縛められはしなかったが、サンジーンの力は常軌を逸していた。
逃げようと一瞬の隙をついて、腕の中から逃れた時
「うああああああああああああっ！！」
「……逃がさないよ、ジーノ。」
サンジーノの目に涙が溢れる。
足を
折られた…
「………。」
「…ジーノ…おれの…。」
握られたそれが、単純に与えられた刺激に反応する。
ビクビク震えるそれを、血に濡れ、乾いた手が擦り、上下に扱いて快楽を煽る。
「…可愛いジーノ…。」
「……っ！……！！」
やめてくれと何度懇願しても、サンジーンは止まらなかった。
軍服を纏ったまま、猛ったものだけを解放して
「…駄目だ…駄目…駄目…ジーン…！！」
「…おれのだ…あの野郎になんざ渡さねェ…！！」
「…ジーン…！！…兄さ……！！」
その塊に、心臓まで貫かれると感じた。
激しく突き上げるそれが、挿入した部分を苛み、激しく傷つけているのがわかる。
快感など微塵もない。
激痛だけがサンジーノを襲う。
繋げた部分から、激しい出血が起きている。
なのに、サンジーンは、愛し守り抜く弟を犯す事を止めない。
流れ出る血を見ながら、サンジーンの唇には笑みさえある。
鉄の匂い
自分の血なのか、それとも兄の軍服に染みついた血の匂いなのか…
「…ああ…ああああっ…！！あああ…っ！！」
肌を打つ音が、淫らに響いている。
「…ジーノ……ジーノ…サンジーノ…おれの…。」
荒い息が頬にかかる。
違う
違う
おれは、あなたのものじゃない…。
ゾロシア
助けて……
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（2011/12/27）
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