「あれ?サンジは?」



チョッパーが、ふと気づいて周りを見回した。

ウソップが



 「え?今そこに…。」

 「さっき、慌てて逃げてったじゃない。衝撃の私生活を暴露されて。」



ナミが答えた。

自分をチラ、と見た視線を外さず、ゾロは言い捨てる。



 「とっくに知ってたクセしやがって。」

 「あぁら、何のこと?」



チョッパーが少し不安げに、ゾロを見上げて言う。



 「ひとりにしといて大丈夫?」

 「ガキや女じゃあるめぇし。」

 「うわ!差別的発言!セクハラよ、セクハラ!」



だが、ふと



 「………。」



昼間の、あの視線。



この壁の中から放たれていた、ねっとりとしたあの視線。

あの目が見ていたものは……。



と、ルフィが座っていたベッドから飛び降り、



 「ゾロ、サンジ探せ!!」



と、叫ぶように言った。



 「………。」



ルフィの言葉に、ゾロは黙ってきびすを返し、部屋を飛び出した。

後を追うように、ルフィも飛び出していく。

船長の中の本能が、仲間の危機を察知したかのようだ。



残った4人は、一瞬のことに呆けていたが、



 「うわー、ゾロのヤツ、意外に心配性のカレシ?」



ウソップがつぶやいた。



 「恋は盲目ですもの。」

 「何よルフィまで!しょうがないわね、行くわよ、ウソップ!ロビン!チョッパー!!」

 「うっ!い、今急に、“探しに行ってはいけない病”が…っ!」

 「あ、そう?いいのよ?ここで1人で待ってても。なんならチョッパー、ぶっっっとい注射、してやって!」

 「おっけー。」

 「なななななな、治りましたぁ!!」

 「さ、行きましょ。却って、1人になる方が危ないわ。」



ウソップはひくっと喉を鳴らし、ルフィの後を追いかけた。











 「…ああ…美味しい…!こんなにおいしいお茶、初めてよ。いつものお茶と、同じ葉とは思えないわ。」

 「光栄です。喜んでいただけて、本当に嬉しい。」



城の最上階にある、エリザベートの部屋。

美しい、ロココ調の家具の数々。

いたる所に飾られた花、ガラスの装飾品。

大理石のマントルピースの上には、金や銀の置物が居並びまばゆいばかりだ。

その中に、まるで隠すように、幼い男の子のミニアチュール(小肖像画)が飾られているのを、サンジは見つけた。

丸々とした頬の、黒い髪の男の子。



 「……息子さん……ですか……?」



一瞬、彼女の肩が震えたように見えた。

だが、サンジの問いに、エリザベートは笑って答える。



 「ええ。」

 「今、どちらに?」

 「…神様の御元に…。」

 「すみません…。」

 「気にしないで。もう遠い昔のことですもの。悲しいと思う気持ちも、もうずっと遠くに行ってしまったわ…。」

 「でも…お寂しい時もあるでしょう…?」



また、エリザベートは微笑む。

彼女は、いつも微笑みで返す。

美しく、妖しい微笑で。



 「優しいのね、サンジさん。優しくて…いい子…。」



エリザベートはサンジの手を取り、その手を自分の頬に当てて



 「優しくて…とても綺麗な子…。」



綺麗 と、言われて、サンジは複雑な顔で笑った。



幼い頃から、よくその容姿を褒められた。

女だけでなく、男からも、よくコナをかけられた。

人より、わずかに優れた容貌を持っているという自覚はあった。

だが

実は、顔を褒められて、喜んだことは一度もない。

コックに、顔など不必要だった。

どんなに美しく、可愛いレディでも、味ではなく、サンジ自身を目当てにバラティエに来る女の客は、

はっきり言って鬱陶しいことこの上なかった。



なのに



今日、ゾロに抱かれている最中に、『綺麗だ』と言われた時は、嬉しくて舞い上がりそうだった。

こんな関係になる前にも、ふとした事からゾロに『小綺麗な顔』と、

言われたことがあったが、その時はなぜか、心臓が踊ったのを覚えている。

照れ隠しに、蹴り飛ばしたが。

多分

あの時にはもう、オレはゾロにイカレていたのかもしれない。



 「…ああ…あの子を思い出すわ。イケナイ子ね。…思い出させて。」

 「…オレ…息子さんに似てますか?」



すると、エリザベートは首を振り



 「いいえ、全然。むしろ、あなたの船長さんに似ているかもしれないわ。

  元気で、無邪気で、追いかけるのが…大変で…。いい子だったわ…とても…いい子だった…。」



サンジは、エリザベートの手の甲に、羽根のようなキスをした。

いたわるような、優しいキス。



 「サンジさん。あなたの髪に、触ってもいいかしら…?」

 「え?…ええ…どうぞ。」



キスされた方の手で、エリザベートはサンジの髪に触れた。

指先で触れ、一筋を摘み、指し入れて、何かを確かめるように。



 「…思った以上の綺麗な髪…。」

 「………。」

 「…まるで、金の糸のよう…それに、綺麗な指…。細くてしなやかで…本当に男の子?」

 「……あ…あの…?」



違和感



さっきまで、いやつい今まで、サンジを子ども扱いしていたのに、

サンジの手を取る彼女の指先に、どこか淫らな熱がある。



 「ねぇ、サンジさん…?」

 「…はい…。」

 「この美しさ、永遠のものにしたいと思わない…?」

 「…え…?」



問い返すサンジを無視するように、エリザベートはかすかに眉を寄せ



 「…初めはね?ロビンさんにしようと思っていたの…でも、賞金首だというし、正直黒髪にも飽きたわ…。」

 「……?」

 「ナミさんはカワイイし、綺麗な子だけど、小娘には戻りたくないし…。」



手が、冷たい。



さっきまで、あんなに熱かったのに、今はまるで氷のようだ。



 「ねぇ、サンジさん?…わたくしが…キライ?」



手に触れた唇。

赤い血の色。

それも、氷のように冷たい。



サンジの背筋に、何か冷たいものが走った。



 「…い、いいえ…。」

 「うれしい。」



微笑み、握った手を引き寄せて、エリザベートは言った。



 「だったら。」

 「………。」











 「あなたを、わたくしにくださいな。」











そのとき、背中に気配が走った。

察して、振り返った時には遅かった。



 「あうっ!!」



鈍い音がして、サンジはその場に昏倒した。

かすむ意識の中で見えたのは、女料理長テスの、自分を見下ろす冷たい目。



 「………!!」



 「まぁ、ひどいわ。大切にしてくれなくては嫌よ?」

 「申し訳ございません、奥様。」



 「………。」





視界が白く染まる。

コイツ、どの辺りを殴りやがった?

ピンポイントで、見事に急所に入った。







 ( …ゾロ…! )







ヤバイ



と、薄れる意識の中で思った。

消えゆく意識の底で、名を呼んだ。



声に、ならなかった。







あ〜あ…



後でクソミソに言われちまうなァ……。















 「サンジーっ!!サンジ!!どこだ――っ!!?」



ルフィの叫びが、石の壁や天井に響き渡る。

ナミとウソップ、チョッパ-とロビン。

ゾロは先行して走っていってしまったが、一度走り出せばいつものように先走りすぎて、すでに姿は見えない。



 「ルフィ!サンジくんを見つけたら、すぐにここを出るわ!!ウソップ!!メリー号をお願い!!」

 「わかった!!」



ウソップが、きびすを返した時だった。



 「うわぁあっ!!」



目の前に、いきなり黒い人影が躍り出た。

どこから!?



問うまでもなかった。

壁の中の、秘密の通路から現れたに違いない。

どこにこれだけの人間がいたのかという程の人数。



その先頭に



 「ヘンドリーさん…!?」

 「おやおや、皆様おそろいでどちらへお出でに?」



にこやかな笑顔だが、手に持っているものが物騒に過ぎる。



 「あ〜〜〜ら…よく切れそうな剣ですこと。

  それに、随分と変った小間使いさんがたくさんいらっしゃるのねぇ〜え?」

 「お褒めに預かり、恐悦至極にございます。お嬢様。」

 「って、おい!どー見たって、カタギじゃねぇだろ、こいつ等!!?」



ウソップが指差した連中。

ヘンドリーの後ろにずらりと居並んだ屈強そうな男たち、2、30人は居る。

どれもこれも、ひとくせふたくせみくせはありそうな面構えだ。



 「おい!お前らぁ!サンジはどこだ!!?」



ルフィが叫ぶ。



 「ご安心くださいませ、麦わらのルフィ殿。奥様の元で、丁重におもてなしさせていただいております。」

 「安心できるかバカヤロー!!」

 「サンジ返せ!」



チョッパーも叫ぶ。



  「海賊ね。あなた達。」



ロビンが真理を突いた。

ナミがツッコム。



 「言われなくても、もうわかってるわよ!!」

 「読者の方々がわからないかと思って。」

 「はい。左様でございます。

  ただ、出来ましたら、“元”海賊と仰っていただけませんでしょうか?ニコ・ロビン様。

  今は、バートリ伯爵家の、忠実な執事でございます。」



ヘンドリーの慇懃な態度は変らない。



 「だーっ!!海賊執事!ヤな思い出が甦る――っ!!」



ウソップが叫んだ。



 「どっちにしろ、コイツらぶっ飛ばさなきゃ、サンジのところに辿り着けねぇ!!

  ゴムゴムのォォ!!銃連打(ガトリング)!!」



ルフィの技に、海賊達の壁の一部が吹っ飛んだ。



 「野郎共!行かせるんじゃねぇ!!」



ヘンドリーが叫んだ。

やはり海賊。



ルフィ達は、サンジがエリザベートの元にいると聞いて、上の階を目指す。

だが、狭い廊下のいたるところから、秘密の通路を使って、次々に海賊たちが襲ってくる。

全員、なるべく固まって移動するのがベストだが、じりじりと離されてしまう。



 「キリがねぇ!!」



ルフィは拳を握り、親指を咥えた。



 「まだ成功率が低いけどな…ちょっとならいけるかもしれねぇ…!ギア3(サード)!!」



ゴムの体を最大限に利用して、一点にパワーを集中させる。

ルフィの脚が、まるで巨人のそれのように巨大化した。



 「“巨人の斧(ギガントアックス)”!!」



巨人の斧が振り下ろされる。

一撃は、周囲の壁を一瞬の内に瓦礫の山へと変えた。



 「うわあああああっ!!」

 「な、何!?」

 「ルフィ!?どこ!?ルフィーっ!?」



仲間が呼んでいる。

ギア3を発動させたルフィは、使った力の反動で、使った時間の分だけ身体が縮小化、つまりチビになってしまう。



だが、今のそれはほんの一瞬だったので



 「お!お!…よし!戻った!!」



砂塵が止んだ時には、ルフィはもう、元の身体に戻っていた。



 「すげぇ!壁全部ぶち壊したのか!?」

 「邪魔だったんだよ。」

 「よくやったわルフィ!この調子でサクサク行くわよ!」



だが、まだ海賊達は追ってくる。



 「とにかく敵を、全員集めて一気に叩くしかないようよ。」

 「ウソップ!火薬星ある!?」

 「あるぜ!たっぷり!!」

 「あちこち崩して、燻し出すのよ!わいてくるのは厄介すぎる!」

 「よっしゃあ!!」



ナミも、天候棒(クリマタクト)を組み立て、チョッパーもトナカイ型から人間型に変る。



 「ルフィ!親分を頼むわ!!」

 「任せろ!」



ヘンドリーは、柔和だった顔を悪意に染めて



 「ブランクなんかありゃあしねぇぜぇ、麦わらァ!!これでもオレ達ぁ、

  ここでずっと、海賊稼業をしてきたんだからなぁ!!」



ロビンが、振り返った。



 「…あなた達がここに来たのはいつ?」

 「ロビン!今、そんなこと聞いてる場合じゃないでしょう!?」



だが、ヘンドリーは素直に答えた。



 「…ほぉお、気づいたか。18年前よ。」

 「…その前の海賊達はどうしたの?」



ウソップが「へ?」と言い、



 「その前?」



 「殺したさ。歳を取って使えなくなったって、あの女が言うからよ。

皆殺しにして成り代わったさ。言っとくが、話を持ちかけたのはあの女、奥様の方だぜ。」



ナミが叫ぶ。



 「ど、どういうこと!?ロビン!?」

 「…つまり…この人たちは、この近くを通る船を襲って金品を強奪していたという訳ね。」

 「そ、それじゃあ、エリザベートさんは海賊!?」

 「いいえ。あの人はホンモノの伯爵夫人。この人達は、あの人とこの城を利用していただけ。

  ただ、時々、あの人の希望を叶えてあげればいい。ギブアンドテイクが成り立っていた。」



ヘンドリーがにやりと笑う。



 「アタマのいい女だな。その通りだ」



チョッパーが尋ねる。



 「何なんだ?その…望みって…それとサンジと、何の関係があるんだ?」

 「サンジに関係ある望み…?まさか!サンジの体っ!?」



ウソップの発言に、ナミの鉄拳が炸裂した。



 「イヤラシイ言い方しないでよ!!スケベ!!」

 「いいえ、当たらずとも遠からずだわ。」

 「ロビン!?」



ヘンドリーが、引きつった笑いを上げた。



 「へっへっへ!!その通りだ!当たらずとも遠からず。

  本当は若い女がよかったんだが、賞金首と小娘じゃ、使い物にならねぇとよ!!まったく、男に負けるとはなァ!!」

 「なぁぁんですってぇぇぇ!!?どぅわれが、小娘!?」

 「あーっ!もう、なんでもいい!!」



ルフィが叫ぶ。



 「とにかく、コイツぶっ飛ばすぞ!!」

 「なー!サンジ、どーすんだ!?」

 「ゾロが向かってる!任せておけばいいわ!!まさか自分の連れ、助けられないなんてことないでしょ!?

  さっさと掃除して、この島出るのよ!!」



 「野郎共!!ひとり残らず殺せェェっ!!」









(2007/6/1)



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