ゾロは、ひたすら上への階段を駆け上る。

日頃の無敵の方向音痴がなりを潜め、まっすぐにエリザベートの居室の方向へ走っている。

理屈ではなく、体が、本能が、サンジの所在に導いているかのようだ。

心の中で悪態をつきながら、それでも生きていろと叫び続ける。



上層階に辿り着き、廊下を駆け抜けようとしたとき、突如周囲の石壁がぽっかりと口を開き、

バラバラと人影がなだれ込み、襲い掛かってきた。



 「!!」



和道一文字と雪走を抜き放ち、一閃!!

ドサドサと、襲った者たちが床に倒れた。



 「行かせないよ!ロロノア・ゾロ!!」



はすっぱな声で言い放ったのは、女料理長テス。

その手に、巨大な肉きり包丁。



 「…テンメェ…!」

 「これから、とびっきりの料理をこさえなきゃならないんだよ。

  ウチの奥様はお好みがうるさくてねぇ。即席料理じゃ満足なさらないのさ。

  お前たちがガタガタ騒いでいたら、落ち着いて料理が出来やしない。」

 「料理だァ?…どういう意味だ!?」



テスは、嘲笑いながら



 「だから料理だよ。奥様は、お前達のコックをお望みなのさ。」

 「!!?」



今の言葉。

下世話な意味には聞こえなかった。



料理



まさか







気づいた。



あの時の、あの視線。



あれは、あの女、エリザベートだ!!







 「さあ!お前達!!やっちまいな!!これでまた数年は、奥様はお元気でいらっしゃれるからねェ!!」

 「!!?」



どういう意味だ。



 ( サンジ…! )









 「ああ、随分とうるさいこと…。まだ、終わらないのかしら。」



エリザベートは、ほうっと息をついた。



豪奢なベッドに、サンジが横たわっている。

ベッドサイドのテーブルに、怪しい香りの香油が焚かれていた。

その香油のせいなのか、サンジは深い眠りに落ちている。



だが、サンジは眠ってはいなかった。

肉体だけが眠り、精神の方はしっかりと覚醒していた。



これはそういう香油らしい。



それをわかっているからこそ、エリザベートは、会話を楽しむようにサンジに語りかける。



 「もう少し、待っていらしてね?サンジさん。」

 「………。」





 ( ナミさん、心配してるだろうな。 )



 ( ルフィ、腹減らしてねぇか? )



 ( ウソップ、慌ててるだろうな。 )



 ( チョッパー、泣いてなきゃいいけど。 )



 ( ロビンちゃん、困ってるかな。 )





サンジの眉が、ピクリと動いた。





 ( ゾロ…怒ってるだろうなぁ…。 )





 ( ゾロ )



 ( ゾロ )





助けてくれなんて言いたくねぇ。

テメェの不始末は、テメェでナントカするさ。

オレ達はいつだって、どんな時だって、いつもなんとか切り抜けてきたんだ。

人に頼らず、自分の事は自分で、何とかやってきたんだ。



けど



ちょっと



ちょっとだけ



にっちもさっちもいかねぇ時は、仲間で助け合ってきたよな。



なぁ



ゾロ



ごめん



今のオレがそうみてぇだ



来てくれ、ゾロ



なぁ



このままお前に会えないなんて嫌だ



二度とお前に、抱いてもらえないなんて嫌だ



あの、目の眩むようなSEXが、最後になるなんて嫌だ。



もう一度、お前に力の限り抱きしめられてぇ



お前を、オレでヨクしてやりてぇ



こんな所で、終わりたくねぇよ…!!



 「…ゾ…ロ…。」

 「!」



エリザベートの柳のような眉が、眉間で寄せられた。

サンジが、今あの剣士を呼んだ。

確かに。



 「そんなに…大切?」

 「………。」



答えるはずはなかった。

だが、サンジの閉じた瞳から、涙が一筋こぼれて落ちた。



 「………。」













 「火薬星!!火薬星!!火薬星!!」



爆発音の連続。



 「ゴムゴムの銃!!斧!!鞭!!」



破壊音の連続。



ヘンドリーの力は、決してハッタリではなかった。

大降りの剣を縦横無尽に振り回し、ルフィをどんどん追い詰める。

ウソップが次々に壁を壊し、さすがの海賊達も、もう隠れるところも逃げるところもない。



 「多輪咲き!!」

 「刻蹄ロゼオ!!」



チョッパーの一撃で吹っ飛んだ海賊が、ある壁を壊した。

と、その裏にぽっかり空いた空間は、今まで崩したそれらと少し違っていた。



 「!」



それに向かって、ロビンが走る。



 「これは…!」

 「何!?ロビン!!」



そこは隠し通路ではなかった。

空いた空間には、外に通じる窓もあった。



そしてそこに、無数の



 「きゃああああああああああっ!!」



ナミが悲鳴を上げた。

ウソップも、チョッパーも、驚いて腰を抜かしそうになった。



骨だ。



床一面を覆いつくす白骨。

全て人骨だ。



 「な、なに!?なんなの!!?」

 「あわわわわわわわわわわ!!」



ロビンがつぶやいた。



 「…150年…よくもここまで殺したものね…。」

 「ひゃ…150…年…?」



ナミの声は震えている。



 「あ〜あ、見つけちまいやがった。」



ヘンドリーが言った。

ルフィの目が、見開かれる。



 「これがこの城の、あの女の正体よ。」



ヘンドリーの引きつった笑い。



 「ロビン!ねぇ!!これって何!?」



ナミの声は、涙を含んでいる。



 「…エリザベート・バートリ…あなたはあの人が、先の伯爵の未亡人だと言ったけど、本当は嘘。」



ヘンドリーは答えなかった。

が、皮肉な笑みは消えない。



 「あの人の夫は別の人。そして、この城を築いた初代城主・カイエンはあの人の息子。」



ナミとウソップ、チョッパーが仰天する。



 「だって…この城ができたのって150年前だって…!!」

 「その城を150年前に作ったのが、エリザベートさんの息子!?」

 「それじゃそれじゃ…あの人は150年も生きてるって事!?そんな馬鹿なこと!!」



チョッパーの言葉に、ヘンドリーが



 「あったんだよ。そうさ、あの女はな。」



にたり



ヘンドリーの口が歪む。



その目も、恐怖が宿っていた。



 「バケモノだ。」













(2007/6/1)



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