おかあさん おかあさん 苦しい?



あのね これ おくすりの実なんだって



きっと よくなるから 食べて



おかあさん



生きて



死なないで



いつまでもいつまでも



ボクのだいすきな きれいなままの おかあさんでいて











 ヘンドリーは、くぐもった笑いを漏らして、舌舐めずりした。

ロビンが、苦しげな顔で言う。



 「彼女は、『悪魔の実』、『トメトメの実』の能力者。」



麦わらの一味に衝撃が走る。



 「その通りだ!『悪魔の実』を食って、自分の時間を止めたってワケさ!自分の若さと命を永遠のものに、ってな!!」

 「だけど、この実には恐ろしい副作用があった。」

 「ああ、そうだ。泳げなくなるだけならまだしもだがな。まぁ、いい。どうせお前達はここで死ぬんだ。

  お前は、どうやら全てお見通しのようだから、教えてやる。オレ達はこの近海を通る船を襲ってお宝をもらう。

  あの女は、船に乗り合わせた美しい女を手に入れる。そうやってうまくやってきたんだよ。」

 「そして、あなた達もいつか、あなた達がそうしたように、

  新たな海賊に皆殺しにされて終わるわね。」

 「そんな事にはならねぇよ。そん時は、あの女を返り討ちにしてやるさ。」

 「…愚かな人たち!」



更にロビンは言葉を続ける。



 「あの人が取り込んできた海賊達が、同じ事を考えなかったと思うの!?

  何故、あの人が、そんな海賊達に殺されず、今日まで生きてきたと思うの!?

  このおびただしい白骨の意味を、どうしてわかろうとしないの!?」



一瞬、ヘンドリーの顔が引きつった。



 「どけ!ロビン!!」



ルフィの叫び。



 「ゴムゴムのライフル!!」



ヘンドリーの体が吹っ飛ぶ。



 「船長さん…お願い、あの人を止めてあげて…。」



苦しげなロビンの言葉に、ルフィは



 「大丈夫だ、ゾロが止める。」

 「………。」

 「オレ達が今止めるのは、コイツらだ!」



ナミが、ロビンの傍らに駆け寄り



 「ロビン、あんた何を知ってるの?」

 「………。」

 「エリザベートさんが能力者で…それで、ここで何をしていたって…?。」







 「何をやってるんだい!?相手はたった1人じゃないか!!」



テスが叫ぶ。

最上階の戦い。

どれ程の敵も、ゾロの相手にはなりえない。

だが数が多すぎる。



 「どけ!邪魔すんな!!」



ゾロは、最後の鬼徹を抜き放ち



 「コックはともかく、オレは女だからって手加減しねぇぞ!!」



言い放ち、ゾロは刀を構え、気を篭める。



 「……三世百八…煩悩鳳ォォ!!」



悲鳴が上がり、海賊達は衝撃に吹き飛ばされ、床や壁に叩きつけられた。



 「コック…!頼む!生きてろよ!!」



残りの階段を駆け上がり、ゾロは城主の部屋へ飛び込む。

控えの間の扉を切り裂き、奥の寝室へ、そして



 「…サンジ!!」



エリザベートは、大きな天蓋つきのベッドの縁に座り、飛び込んできたゾロを振り返りもしなかった。

腰掛けた膝にサンジの頭を載せて、まるで母親が子供をあやすように、白い指で髪を梳いていた。



 「…まぁ、静かになさって?せっかくよく眠っているのに、起きてしまうわ。」

 「…ああ、その方がありがてぇんだがな。」



ゾロは、和道一文字だけを残して、刀を鞘に納めた。



 「…ガキをあやすにしちゃ、エラク物騒なモンを使うんだな。」



エリザベートの片方の手。

彫金の美しい、銀のナイフ。

それが、サンジの首筋に当てられている。



 「テスはどうしたのかしら?遅いこと…。」

 「お前さんのコックなら、オレが倒した。…オレのコックの方を返してもらおうか。」

 「………。」



ゆっくり、エリザベートは振り返る。

その微笑に、ゾロの背筋が粟立った。



こんな悪寒は感じたことがない。



どんな強敵でも恐怖を感じたことはなかった。



今、その手の中に、最愛の者の命が握られている。



 「…コック!起きろ!!ふざけんなテメェ!!なぁにのんびりしてやがんだ!!?」



答えはない。



まるですでに息絶えたように、サンジの体はぐったりと、エリザベートの腕に抱かれていた。

ぴくりとも動かない。



 「サンジ!起きろ!!」

 「…この子が本当に好きなのね…?」

 「!!」



サンジの髪をひと撫でし、赤い唇が言った。



 「それなら、ここに残りなさいな。」

 「何…?」

 「この城で、この子と、ずぅっと一緒に暮らすの…。」



言いながら、エリザベートは、ナイフをすっと動かした。



 「!!止せっ!!」



首筋から、赤い血が滴り落ちた。

動脈を切った訳ではないが、それでもサンジの血は、首筋を伝ってシーツの上へ、床へ、ぽたぽたと落ちていく。



 「テメェェエエエ!!」



ゾロが跳躍する。

奪い返そうと手を伸ばす。



その時

エリザベートは、血の滴るサンジの首筋に噛みついた。



 「!!?」



次の瞬間、信じられないものをゾロは見た。



ゾロの目の前で、その変化は急激に起きた。

青ざめたサンジを抱いたままのエリザベート。

その背中に流れる黒髪が、みるみる内に色が薄くなり、その色を変えた。



鮮やかな、金の髪に…。



 「…な…に…!?」



そして、サンジを抱いた彼女の顔が、飴細工のようにぐにゃりと歪んだかと思うと、

今、彼女自身が抱いている男の顔に変った。



 「!!?」



唇を血に濡らし、エリザベートは、いや、『サンジ』は、艶然と微笑んだ。















ルフィとヘンドリーの戦いは続いている。

破壊された壁のあちこちから、他にも人間の骨が出てくる。

150年前に建てられたといいながら、比較的新しく造られた石壁の中。

つまりは、これらの死体を隠すためのものだったのだ。

海賊の服装のものばかりではない。

中には、明らかに庶民というものもある。



狂ったように、ルフィと戦い続けているヘンドリーだったが、もはや勝負は見えていた。

確かに、実際に海で戦っている頃は、強い海賊だったかもしれない。

だが、彼は、あまりにも海から離れすぎ、そして歳を取りすぎていた。



 「…あの人は…この島にやってくる海賊が、

  自分の飼っている海賊と戦うのを黙って見ていたのだと思うわ…。」



ロビンが、誰に、というでもなくつぶやいた。

だが、ナミが答えた。



 「戦って、勝った方の海賊に、取引を持ちかけていた…?」

 「ええ、多分。」



 「ゴムゴムのぉぉぉぉぉ!!」

 「うおおおおおおおっ!!」



叫声が轟く。



激突音がする。



ルフィが、ヘンドリーを押し返し始める。



すでに手下達は床に伏してしまっていた。

残るは頭目ただ1人。



 「城の図書室は、カイエンの蔵書であふれていたわ。船医さんも見たでしょう?

  『悪魔の実』に関する本の山を。」



チョッパーがうなずく。



 「カイエンは…母親の体を何とか元に戻したくて、必死に研究を重ねていたらしいわ。死の直前まで。」

 「さっき、アンタ副作用って言ったわね。」

 「ええ、『トメトメの実』は、確かに彼女の時間を止めたけど、それは見た目だけ。

  中身は、内臓部分は普通にどんどん老いていったの。

  それは彼女の精神を蝕み、少しずつ狂わせていった。そして彼女は…鬼になったの。」

 「鬼…?」



ウソップが、息を呑んだ。



 「これで終わりだ!!ゴムゴムの―――!!」

 「…麦わらァァァァ!!」

 「暴風雨(ストーム)!!!」



大音響と共に、周囲が崩れ去った。

壁が崩れ、床が落ち、柱が折れる。

散乱した古い白骨が、悲しい音を立てて砕けていった。



砂礫の中から、立ち上がったのはルフィだけだった。













 「……サン…ジ……?」



そんなはずはない。

サンジは、今、あの女の足元で、ぐったりと横たわっている。



なのに、目の前に居るこいつの顔も、紛れもないサンジだ。



サンジの顔で、サンジの体で、黒い貴婦人のドレス姿をしているのが滑稽でさえある。

何より、サンジの髪はこんなに長くはない。

これは、このサンジは…。



 「……エリザベート……?」



『サンジ』は、エリザベートのあの微笑を浮かべた。

そして、ゾロへ両手を差し伸べ



 「愛しい人。」



と、サンジの声で呼んだ。



違う



違う!



だが目の前で起きた驚愕に、ゾロは指一本も動かせなかった。



そこにサンジは居る。

床に伏し、顔を向こう側に向けて。

首から、赤い血を流して。



 「サンジ!!起きろ!!サンジ!!」



答えはなかった。













 “おかあさん!おかあさん!?何をしたんです!?なんて事を!!”







 “見て、カイエン。この顔、この体、美しいでしょう?こうすると、新しい体が手に入るの。

  ああ、嬉しい。これでまた、おかあさんは元気になるわ。

  あなたも嬉しいでしょう?カイエン、おかあさんはいつまでも元気でいるわ、綺麗なままでいるわ。

  貴方の望みは、ずっとずっとかなえられるわ。カイエン、わたくしの坊や。

  ずっとずっと、あなたの望みをかなえてあげる。”









 “バートリの城に娘を働きに出したんだが、一度も帰ってこないんだよ。”



 “なんだって?お前さんとこもかい?”



 “あの親思いの子が、男と逃げたなんてこと、あるもんか!”



 “事故で死んだなんて、絶対に嘘だよ!

  亡骸を返してもくれないなんて!!あの子に何かあったんだ!!”



 “殺されたのかもしれない。”



 “だれに?”



 “知ってるかい…?伯爵様のお母上様は、未だに、お若いままの姿をしていらっしゃるそうだよ…?”



 “こんな話がある。人の生き血を飲めば、永遠の若さが得られるって…。”



 “あの城に、入った若い娘は生きて出られない。”



 “伯爵夫人に生き血を抜かれる。”



 “伯爵夫人は、夜な夜な、若い娘の生き血を満たした風呂で、肌を洗っているそうだ。”



 “バートリ伯爵夫人は吸血鬼だ!”









 “おかあさん…離れ島に城を用意しました。そちらにお移り下さい。”



 “どうして?カイエン?おかあさんを遠くにやってしまうというの?お母さんがいけないことをしたの?

  それとも、あのことを、まだ怒っているの?

  城下の娘を、連れて来られなくなったから、わたくしが我慢できずに、あなたの妻を食べてしまったことを?”



 “おかあさん…!”



 “ああ、ごめんなさい、カイエン。謝るわ。だから、あんな何もない島へ閉じ込めないで。”



 “僕が一緒に行きます。僕が死ぬまであなたと一緒に暮らします。

  だからもう、人を喰らう鬼の所業を止めてください。

  あなたがあの実を口にしたのは僕のせいだ。

  だから僕がきっと、あなたの体を元に戻す術を探し出します…!だから!!”









 ねぇ、カイエン



 どうして?



 あなたはとても優しい子だから



 わたくしを



 止めることは思いつきもしないのね……?















(2007/6/1)



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