「この体が愛しい?」



『サンジ』が、『サンジ』の声で囁く。



 「………。」

 「わたくしが、この子の体を取り込めば、この美しさを保つことが出来るのよ?」



ゾロは、和道一文字を握りなおして言った。



 「…なるほど…あの女コックが言ってたのは、文字通り“料理”。

  つまり…ソイツの体を喰うってことか!?」



『サンジ』は笑う。

それが答えだった。



 「そう、ほら、血だけでは不完全…。」



と、金の髪の毛先が、じわりと黒く染まった。



 「わたくしが食べた、『悪魔の実』の副作用がこれ…。

  老いた肉体に、新しい肉を取り込み、その体を奪う。そうしてまた、若返り、生きながらえる。」

 「ふざけんな!!」



ゾロが叫ぶ。



喰う!?

人間を!?

サンジを!?

そうしてサンジになって、生き続けるだと!?



 「例えテメェがアイツの顔になっても、オレはテメェを抱きはしねぇ!!

  アイツの体にアイツの魂がないなら、それはもうアイツじゃねぇ!!」

 「…カイエンと同じことを言うのね…。どうして…?

  同じ顔、同じ体なのに…何が違うというの…?」

 「同じじゃねぇ!外の皮1枚なんぞに、意味なんかねぇんだ!!

  オレが惚れたのはコイツの中身だ!!アホでバカな所と、クソ生意気な所と、

  バカ正直で真っ直ぐな所と揺るがない意志と、そしてオレに惚れてくれてるコイツに意味があるんだ!!」



ゾロは、床に倒れているサンジに叫ぶ。



 「おい!クソコック!!い加減に起きやがれ!!

  料理人が料理されちまうなんて、洒落にもなんねぇぞ!!?」











バカ









起きてるよ。



目が開かねぇけど、しっかり起きてる。



なんだって?



アホでバカ?

クソ生意気?



言いたい放題言いやがって、テメェ後で覚えてろ。





けど、惚れてるって?





オレの中身に惚れてるって。



お前に惚れてるオレがいいって。









バーカ









テメェ、正気か?









普段そんなトコ、億尾にも出さねぇでよ…。









ゾロ









ゾロ









オレも同じだよ





バカでアホで真っ直ぐなお前がいい





だから、そうだよ





こんな時に





いつまでも寝ていられっかっての





 「…う…。」



サンジがうめいた。

本物の、サンジの方だ。



 「!?」



 「サンジ!起きろサンジ!!テメェでなきゃ、ルフィの胃袋は収めらんねぇぞ!!

  テメェでなきゃ、ロビンを満足させられるコーヒーも淹れられねぇぞ!!

  テメェでなきゃ、ナミを上手になだめることも出来ねぇぞ!!

  ウソップの、ホラ話をあしらうことも出来ねぇ!!

  チョッパーが泣き喚いても、テメェでなきゃ泣き止ませられねぇ!!テメェがいなきゃ…!」



ゾロは、一瞬言葉を詰まらせた。



 「テメェがいなきゃ、オレはこの先一歩も歩けねぇ!!生き続ける意味なんかねぇんだ!!」



ふらり



と、『サンジ』が立ち上がる。



 「意味がない…そう…意味がない…意味のない生を…150年…。」







愛していた

心から愛しくて、慈しんだわが子

それに答えて、あの子は、病に倒れたわたくしを救いたい一心で

夫が手に入れた『悪魔の実』を、わたくしにそれと知らせず差し出した



嬉しくて



あの子の気持ちが嬉しくて



優しい気持ちが嬉しくて



そして



あの子を遺していく事があまりに辛くて



それであの子の思いを受け止められるなら



どんな実でもかまわなかった



だから



口にした





 “カイエン!これには決して触れてはならぬと、あれほど言って聞かせておいた!

なのに、寄りにもよって、母に食べさせてしまうとは何たる事を!!”







 “ああ、あなた!!どうかこの子を叱らないでくださいまし…!

  この子はただ、ひたすらわたくしの為に、わたくしを救いたい一心でしたことなのですから…!!”







 “おかあさん おかあさん おかあさん ごめんなさい…”







 “泣かないで、カイエン おかあさんは怒っていないわ。

  優しい子、いい子ね。ホラ、おかあさんはこんなに元気になったのですもの。どうしてあなたを怒るの?”







 “白髪の1本もない。シワひとつない。あの時のまま、わずかな衰えもない。

  わしはこんなに年老いたというのに。エリザベートは…あれは…バケモノだ…!”







 “お義母様、皆があなたをなんと思っているかご存知ですの?

  先日、実家の兄嫁に、あなたのことを、夫の妹君かと問われましたわ。

  わたくしの従兄弟など、あなたを自分に紹介してくれと…汚らわしい…!浅ましい!バケモノ!!”









 “おかあさん…もう止めてください…おかあさん…”









 “どうして?わたくしはまだ、死にたくないのよ。

  わたくしは、いつまでもあなたといるわ。あなたの望む、きれいなままのおかあさんでいてあげる。”









 「…ゾロ…。」



のろり、と、サンジの手が動いた。

確かに、自分を呼んだ。



顔が、力なく動いて、ゾロを見た。



 「サンジ!!」



同じ顔のバケモノを、突き飛ばすように駆け寄り、ゾロはサンジを抱え起こす。

うっすらと目が開いて、青い瞳がかすかに笑った。



 「…遅―よ…バーか…。」

 「あンだと、クラァ!!?

  離れんなっつったのに、テメェが煽られて飛び出してったんだろうが!!ざけんな!このエロコック!!」

 「…オレの中身に惚れたって…?」

 「!!…聞いてたんなら、さっさと起きろ!!」

 「…ゾロ…彼女を…許してやってくれ…。」

 「………。」



サンジだな

と、ゾロは思う。



いつも どんな時も サンジはサンジだ



 「だめだ。許せねぇ。」

 「ゾロ…。」



サンジの目が苦しげに潤んだ。

香油の効果と首筋の出血のせいで、サンジの意識は混濁している。



 「…だめだ…ゾロ…。」

 「黙れ。」

 「ゾロ…!」



何かを言いかけたサンジの口を、唇で塞ぐ。

手ぬぐいを外し、サンジの首筋のキズに押し当て、そっと床へ横たえた。



だが、必死に半身を起こし、首筋を押さえながら、サンジはかすれる声でゾロを呼び、首を振った。



和道一文字を、ゾロは構える。



サンジの顔をしたエリザベート。



怯えもなく

泣きもせず

じっとゾロを見つめる目は、自分の愛するサンジのそれによく似ていた。



不遜で 傲慢で 気高くて 美しくて



そして



どこか悲しげで



サンジの顔だ



サンジの体だ



だが





























白銀が舞った。



鈍い音が響いた。



重たい何かが、床の上を転がる音。



ごろごろと音は繰り返し、金色の塊は、壁際まで転がりやがて止まった。



断ち切られ、宙を舞った金の糸が、はらはらと床に降り注ぐ。



















ゾロが



オレを殺すのを見た。



あの白い刀が、躊躇いなど露ほども見せず



“オレ”の首を断ったのを見た















ゆっくりと、ゾロはサンジに歩み寄った。







ああ



コイツは



必要であればオレさえも、躊躇うことなく殺せるんだろう



ま… そんな事ァ、とうの昔に知ってるけどよ…。







ゾロの手が、サンジの体を抱きしめる。







そして



オレの首を刎ねたテメェは



返す刀で、テメェの首を斬るんだ…。







 「そんな事には、ならねぇよ。」







テレパシストか?テメェは。



 「絶対にだ。」

 「…わかってる…。」



サンジは、ゾロの肩に顔を埋めた。



 「…絶対に…テメェが来てくれるって…信じてた…。」

 「それより前に、テメェでナントカしろ、ボケ。女と見りゃ、すぅぐ油断しやがって。」



サンジは苦い笑いをこぼした。

ゾロの手に力が篭る。

耳元で、心底安心したという溜め息が聞こえた。

確かめるように、また抱きしめる。



強く



 「…ゾロ…。」

 「…ん…?」

 「………。」

 「……おい?」



自分から呼んでおいて、答えがない。



 「コック?」

 「……ヤベ…気が…遠く…な…。」



はた、と、ゾロは気づく。



ぼたぼたぼた…。



赤い液体



 「…あ―――――っ!!ちょっぷわぁああああ―――っ!!」



ゾロは、慌ててサンジを抱え上げ、走り出した。



そこにあるものなどに、一瞥もくれずに。



 「コック!しっかりしろ!!死ぬんじゃねぇぞ!!すぐにチョッパーに診せてやる!!」

 「…ゾロ…好きだよ…ゾロ…。」

 「ああ!よく知ってる!!しゃべんな!!」

 「…愛してたよ…。」

 「ああ!オレもだ!!黙ってろ!!それから『愛してる』だろ!?何で過去形だ!?今わの際みてぇなコト言うな!…コック!」

 「…ああ…もう…目が…見えね…。」

 「サンジ!?」



立ち止まり、ゾロは膝を着く。

その手に、ぐったりとしたサンジを抱きしめて、片手で頬を包んで叫ぶ。



 「サンジ!サンジ!!おい!しっかりしろテメェ!!なぁ、おい!!目を開けろ…!オレを見てくれ!!

  …サンジ!サンジ!!…頼む!死ぬな…!!サンジ!!オレを独りにするなよ、おい!!」



 「………。」



 「…なァ…?」



青ざめた顔。

硬く閉じた、瞳。



 「コック――!!」



絶叫のような、刹那の声















 「………くっ……くっくっくくく…ぷっ…ぷぷぷっ!!」



 「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?」





大音響が響いた。

ソロ自身が爆発したかのような、すさまじい怒鳴り声。



 「なんだよ…ったく、“サンジ―っ!”って叫んでくれると思いきや、この期に及んでも“コック”かよ?」

 「ふざけんなぁあああ!!」

 「おー。顔が真っ赤だ。クリスマスには時期ハズレだぜ?……痛……!」

 「……アホが!」

 「…はは…。」



吐き捨て、ゾロは顔を背ける。

真っ赤な顔を、必死に隠そうとする。

が、やがて、いつもの声が言った。



 「マジで、それなりに出血したんだ。もう喋るな。」



やっと自分を見て、真剣な顔で言うゾロに、サンジは、小さく笑った。



 「ありがとう…ゾロ…マダムを…止めてくれて…。」

 「しゃべんなっつったろ。」

 「…彼女…待ってたんだよ…誰かが自分を、止めてくれるのを…。」

 「黙ってろ。」

 「……なァ、ゾロ……。」

 「…寝ろ。このまま運んでやる。」

 「……ん……。」



再び抱え上げられ、サンジはゾロの胸に頭を預け、目を閉じた。



心の中で、サンジは残りの言葉を囁く。









 ゾロ、次の島で、昼間の続き、しような?



















(2007/6/1)



NEXT



BEFORE

エターナルブラッドTOP



NOVELS-TOP

TOP