BEFORE
ゾロ達は必死にサンジの行方を捜し求め、××市を走り回った。
すでにゾロへと宣戦布告を仕掛けた伏龍会が、そう容易く会長の潜伏する先を発見させることはなく、
小さな小競り合いを繰り返しながらの3日が過ぎた。
3日
その間、囚われたサンジがどんな目に遭っているか、最悪命を奪われることになってはいないか、
禍々しい想像ばかりがゾロを捕らえて放さない。
今、××市は勢力的には伏龍会寄りの街で、虎吼会の彼らが活動するにはかなりの困難を要した。
先日の公共施設工事の横取りが、相手の怒りの火に油を注いだことには違いない。
だがまさか、サンジの存在にいたるまで、ゾロの過去を探りまくるとは思わなかった。
元気に、幸せに暮らしていると信じていた。
自分の事を思い出にして、今、笑いながら暮らしているならゾロはそれで満足だった。
なのに
どんなに足掻いても、やはり自分はサンジに不幸をもたらす存在でしかなかった。
最も大切な愛する友を、最悪の形で―――。
3日目の日が暮れる。
また夜が来る。
××市のホテルの一室で、ゾロは苛立ちと悔恨に顔を覆った。
側には誰もいない。
本当は探しに飛び出したかった。
だが、それだけはさせないとフランキーに止められた。
どんな状態であろうとゾロは長だ。
虎吼会の2代目が、蒼ざめ取り乱した姿を組員達に晒す訳にはいかない。
フランキーは譲らなかった。
それができないなら、すぐに帰れとまで一喝された。
フランキーの言うことは正しい。
歯噛みして、ゾロは従った。
××市。
ゾロが暮らしたあの頃に比べたら、やはり多少は都会化している。
のんびりした雰囲気のいい街だった。
この街でサンジと出会い、そして…。
まさか、こんな形で戻る事になるとは思ってもみなかった…。
携帯が鳴った。
弾かれる様に拾い上げ、開く。
フランキーだ。
「フランキー!!」
『…見つけました…今ジョニーをそっちにやりやしたが、多分そっちから出てくる方が早い。』
「どこだ!?野郎どこにいる!?」
『…伏龍の野郎はまだわかりません。…見つけたのはマユゲの方です。』
「!!」
『…その窓から見えるでしょう?市民病院。…そこにおりやす。』
「病院…!?」
まさか
思わず、窓の外へ目をやる。
少し左の方向に、フランキーの言った病院がある。
『安心しろ、ゾロ。…生きてる。命に危険はない。』
「…!!わかった…すぐ行く!!」
上着を掴み、ゾロは部屋から飛び出した。
ロビーに、ジョニーが飛び込んできたのにも気づかなかった。
ただ、一刻も早くサンジの姿を確かめたい思いだけが、ゾロを駆り立てている。
ジョニーは、迷子癖のあるゾロを必死に追いかけた。
だがゾロは、まるで何かに導かれるように、まっすぐ病院の救急玄関に飛び込んだ。
処置室の前で、フランキーは待っていた。
「フランキー!!サンジは!?無事か!?」
「静かにしねェか!!病院だ!!」
知らないものが見れば、フランキーの方が親分だと思うに違いない。
はっと我に返り、ゾロは大きく息をつく。
「命に危険は無いと言ったはずだ。」
「あ…ああ…そうだな…すまねぇ…中にいるのか?」
「…へい。…2代目…お心確かに。」
「…ああ…。」
処置室のドアノブに、手をかけようとした時、ふと、不意に背後から
「虎吼会2代目・ロロノア・ゾロ…さんですか?」
ゾロが振り返ると、目に飛び込んだのは鮮やかな赤い髪。
額から頬にかけて3本の傷のある男が、微笑みながら立っていた。
「…あんたは…?」
「こういうものですよ。どうかお見知りおきを。」
胸ポケットから黒皮のケースを取り出し、開いて見せたバッヂ。
「県警公安捜査4課、シャンクスと申します。」
「………。」
「被害者とはお知り合いのようで。」
「…だったらどうした?」
と、フランキーが耳打ちする
「…クスリを…。」
「!!」
「…被害者から、メタンフェミンの反応が出ましてね。」
「…っ!!」
サンジも、ケンカは滅法強かった。
そのサンジが自由を奪われ、抵抗できなかった理由がそれなら納得がいった。
ゾロが怒りに青ざめるのを見て、シャンクスは
「…ああ、すみません。ご心配なのに。どうぞ、先に行って差し上げてください。…お待ちしてますから。」
物言いは至極紳士的だが、有無を言わさない圧迫感がある。
暴力団を相手にする刑事だ。
見た目と中身は違うということだろう。
処置室の中から扉が開いた。
看護師らしい女が顔を出し
「ご家族ですか?」
という問いに、ゾロは飛び込むように中へ入る。
何故かシャンクスも、フランキーを押しのけるように一緒に入ってきた。
「………。」
ベッドの上に横たわる体。
白い掛布に包まれていたが、腕は腰の脇に置かれ、そこから管が伸びていた。
酸素吸入をされている小さな音がする。
青ざめた頬を、酸素マスクが覆っている。
乱れた髪。
殴られたのか、赤く腫れた頬。
それでもわかる
これはサンジだ。
少し顎が細くなった。
なんだよコイツ…ひげなんざ生やしやがって…。
変わんねェなァ…この丸い頭。
相変わらず、形のいいきれいな唇だ。
やっぱり、少し“男”って、顔になったよな…。
あの頃は、化粧したらホントに女に見えるってツラだったのに。
そうだ、あのアホマユ…。
成長度合いで渦が増えるんじゃねぇかって、よくからかったもんだが、どんな風に…。
ゾロは愕然となった。
サンジの代名詞ともいえる、あの眉毛が見えない
目
目を、白い包帯が覆っている。
「……!!」
指を伸ばしかけた、だが耐えた。
本当なら、2度と会えなかった相手。
一日も忘れる事のなかった、愛する者。
数年ぶりの再会。
こんな残酷な形での…。
「…サン…ジ…?」
答えはない。
眠っている。
シャンクスが、静かに語りだす。
「…今日の午前4時30分ごろ、倉橋川にかかる常盤橋近くを、犬の散歩で通りかかった近所の男性が、
3人の男が橋の上から何かを投げ捨てる現場を目撃しました。」
「!!?」
「男性が不審に思って近づいてみると、投げ捨てられたのは人間でした。
幸い身体が流れに乗って岸へ辿り着いたので救い上げ、慌てて119番及び110番通報をされた…ということです。」
ふらり、とゾロはサンジの枕元に歩み寄り、膝を着いた。
痛々しい姿。
怒りが深すぎて、声も出ない。
「…発見された時にはすでに目もこの状態。…衣服もなかった為、意識が戻らなければ身元の判明は困難かと思っていたら、
虎吼会が数日探し回っていると情報のあった男に特徴がよく似ていた。感謝しますよ。ロロノアさん。」
「黙れ!!」
「………。」
「…も…う…黙れ…!!」
言われた通りに、シャンクスは口を閉ざした。
しばらく沈黙が続いた。
ゾロは、サンジの頭を抱え、しばらく放そうとしなかった。
様子を見ていた医者が、低い声で言う。
「…おそらく鋭いナイフのようなもので切られたと思います…。お気の毒ですが…特に左の目はもう…。」
「…右は…?右の目は!?治るのか!?」
「詳しい検査をしてみなければわかりませんが…眼球は傷ついていないので…。
一番酷いのは、その目の傷です。ですが、体の至る所に拷問のような後が…。」
「………。」
「…ひとりふたりのリンチではないようです…逆に生きているのが不思議なくらい…。」
「わかった。」
答えたゾロの声は、もう震えてはいなかった。
立ち上がり、サンジの頬にわずかに指で触れる。
「ロロノアさん。」
シャンクスが呼んだ。
「先日、県内のある市の職員が自殺しましてね。」
「…それがどうした?」
「自殺、に見せかけた他殺、とコッチは睨んでいるんですよ。
色々と裏のあった職員でね、そこに伏龍会が絡んでる。」
「………。」
「今、内偵が入ってるんですよ。あんたが今、どれだけの怒りに襲われているか想像できないが、
その怒り、どうか抑えて手を引いちゃくれませんか?」
「断る。」
フランキーが、ピクリと震えた。
「…おれの一番大事なモンを…汚しただけじゃあ飽き足らず、命まで奪ろうとしやがった!!断じて許せねぇ!!」
「ゾロ!」
「うるせぇ!!こればっかりは譲らねェ…!!」
と、ゾロの叫びが止まった。
フランキーが、ふと見ると
ゾロのスーツの裾を、白い手が握っていた。
「…サンジ…?」
振り返ったゾロの声に、指が小さく震えた。
だが、すぐに指は離れ、それっきり動かなかった。
「気がついたのか?サンジ…!?」
答えはない。
反応もなかった。
「まだ、麻酔が効いているはずです…。」
医者が言った。
「2代目…刑事さんの言う通りにしやしょう。」
「フランキー!」
「ここでウチが手を引かなかったら、この先何事か起きた時、ウチまで伏龍のとばっちりで手入れを受けます。」
「!!」
「マユゲが殺されていたならともかく、こうして生きてはいたんだ。
…それに、これはあくまでも、2代目個人のゴタゴタじゃねぇですか?組全体巻き込んでいいヤマじゃねぇ。」
シャンクスがにっこりと笑う、だがすぐに眉を寄せて
「ロロノアさん、実はね。この被害者、天涯孤独の身なんですよ。」
「…なに…?そんなはずはねぇ…ちゃんと両親がいたはずだ。」
「母親は1年前に、今年になってからすぐに父親を亡くしています。
…つまり、こんな体になったこの人に、寄る辺は何もないんですよ。」
「………。」
「その人が大事なら、その人にとっての最善の方法を、とっちゃくれませんか?」
さらにフランキーが重ねて言う。
「許すわけじゃねェ。耐えるんだ。今は。」
ゾロは、うなずかなかった。
ただ黙って目を閉じた。
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(2007/7/13)
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