BEFORE




 「おにいちゃん」



と、父も母も、まるで楔のように言う。

おれは、その呼び方をしたくなかった。



もうすぐサンジは18になる。

そうすると、正式にウチの養子になるのだと、父も母も嬉しそうに言う。



正式にウチの子供になる。

本当の、「おにいちゃん」になる。



嬉しいもんか。



サンジはサンジだ。



おれにとって、サンジはずっとサンジだった。









もうすぐバスの時間。

マフラーだけを首にかけ、玄関でスニーカーを履いていると奥からルフィが飛んできた。



 「何だよ、ゾロ!学校行くのか!?」

 「おれは2年だ。自由登校は3年生だけなんだよ。

 …そういやルフィ、お前、学校どうしたんだ?」



ルフィは高校1年生だ。

公立の学校に通っているのだから、まだ冬休みではないはず。



 「エースとサボがここに来るって言ってんのに、おれひとり学校なんか行ってられるか。」

 「どういう理屈だよ。」



エースは大学生だし、サボはサンジと同じ高3だ。

サボももう、私立の工学系の大学に進学が決まっている。



 「帰ってきたら遊ぼうぜ!ウソップも!」

 「…今日も部活だ。昨日と同じ時間だよ。」

 「なんだよー!じゃ、おれがつまんねェじゃん!!」

 「知るか。」



戸を開ける。

と、目の前に



 「お。時間か?」

 「!!」



白い袴姿のサンジがいた。

ほとんど同じ身長。目の前に顔。



 「エンジンの音がしてるぞ。急げよ。」



笑って、サンジが言った。



この笑顔が、この頃すげェキツイ…。



 「………。」



黙って、鞄を背負って玄関を出た。

すると



 「あ!おい!てめ、また弁当忘れてんな?」



サンジ言ったが、振り返らなかった。



 「…おい…何シカトしてんだよ!ゾロ!…スルーかよ!」

 「いらねェのか!おれがもらうぞ!」



鳥居の前に、バスが見えた。

駆けだすゾロ。



 「………。」

 「……サンジ、ゾロの弁当もらっていいか!?」

 「…勝手にしろ…。」



バスは、いつもの時刻に神社前の広場を出た。

揺られながら、うつらうつらと、まだ堂々巡りの思考を繰り返す。



誰なんだ?



お前の好きな奴って



同級生じゃあねェよな



まさか教師とか?



バイト先の誰かとか?



相手も、あいつの事を好きなのか?



それとも片思いなのか?



付き合ったりしてるのか?



そんな素振りは見えねェが…



大学に行ったら、そいつに会えなくなるのか?



だから、好きになっちゃいけなかったというのか?



誰だ?



誰だよ…







 『ピンポーン♪次、停まります。』



チャイムが鳴った。

ふと、ゾロは目を開けた。



珍しい



神社から3つ目の停留所で、床屋のじいさんが病院に行くのに乗り込んでくる以外、客はいない時間なのに。



 「うはぁ〜〜あったけ〜〜〜!え?料金後払い?」



聞き慣れた声に、ギョッと目を見開いた。



 「お!いたいた!」



乗り込んで、真っ直ぐこちらへ歩いてきたのは



 「エース…!なんで!?」

 「いやぁあ!あれからちょっと、この辺散歩と思ってさ!今日、ヤンジャン発売日だろ?

 コンビニまで行こうと思ったんだけど、寒いし遠いしなァ。歩いていけねェ距離、コンビニじゃねェよ!」

 「……コンビニで降りたら、帰りのバスまで1時間あるぞ…。」

 「げ!?そーなん!?じゃ、いいや!駅まで行っちまう!」

 「おい…。」



バスの運転手が、面白そうにこちらを見るのがバックミラーに映った。

エースの横顔を、ちらりと横目で見る。



と、エースがこちらを見もしないまま



 「お前、何不貞腐れてんの?」

 「……!!」

 「お前、会う度会う度、顔が凶悪になってくぜ。」

 「…そうかよ。」

 「そんなにサンジがウチに来るのが嫌か?」

 「!!」

 「おお、顔色変わったな。図星か。」

 「……っ!」

 「ははは!ウチの家系はみんな、おにいちゃん大好きだなァ!」

 「一緒にすんな!」

 「一緒だろ?」



意味ありげに、エースは笑う。



まさか



サンジの好きな相手って、こいつじゃねェだろうな…



 「一緒に暮らしてたら、チャンスは山ほどあるからな。じっくり落とさせてもらうぜ?」

 「!!?」



体が動いたのは、ほとんど本能だった。

急ブレーキの音がして、体がつんのめった。



 「おいおい!ゾロくん!ここでケンカは止めてくれ!」



運転手が、身を乗り出して怒鳴った。



 「……あ……。」

 「悪ィ悪ィ、もうしねェよ!おれが悪いんだ!ごめん!」



エースが言った。

運転手は苦笑いして、サイドブレーキを戻し、再び発車する。



 「…ごめんな。からかうつもりはなかったんだ。すまん。」

 「………。」

 「………。」

 「…エース…。」

 「ん?」

 「…てめェ…あいつの事が好きか…?」

 「ああ、好きだぜ。」

 「………。」

 「おれ達みんな、サンジが好きだ。…もちろん、お前さんも。」

 「………。」

 「来年、お前も来ればいい。みんなでワイワイやろうぜ。」

 「サンジが。」



エースを見ないまま、ゾロは小さな声で



 「…本当の兄貴になるってのを…どうしても嫌だと思っちまう…。」

 「………。」

 「親父やお袋が望んでた事なのに…13年もかかって、やっと叶ったのに、嫌だって思っちまうんだ。」

 「…何でかなぁ…?」

 「………。」

 「…何でだろうなぁ…?」

 「………。」

 「自分で、わかってんじゃねェの?」

 「………。」

 「わかってんだろ?」

 「わかんねェ。」

 「嘘つけ。」

 「………。」

 「そういうことだろ?」

 「………。」



バスが停まった。

いつものじいさんが乗り込んでくる。

その次で、小学生と中学生が乗り込んでくる。



いつもの光景。いつもの暮らし。



 『シロップ台入口〜シロップ台入口〜。』



 「お〜〜〜〜っす!ゾロぉ!……って!!うおおおおおっ!お前ェェェ!!」

 「よー!長っ鼻ァ!!元気か?」

 「元気だわァ!って、昨日殺しかけといて!!とびっきり笑顔であいさつすんなァ!!」



結局、エースは駅で、ゾロとウソップが電車に乗るまで一緒にいて、見送ってからまたバスに乗って戻ってきた。



 「あれ?ヤンジャンは?」



サボに尋ねられて、「あ。」とエースは頭を掻いた。









午後

昼食の後、サボがサンジの部屋の戸を開け



 「サンジ、ゾロにメールしてくれないか?エースのバカ、ヤンジャン買いに出かけたクセに忘れて帰ってきたんだ。」



ベッドの上で、レシピ本を読んでいたサンジが



 「あー…ゾロ、携帯持ってねェんだよ。」

 「相変わらずか。すげェな、今どき。」

 「持てって言ってんだけどさ…あ、大丈夫。ウソップに言っとくよ。」



サボは笑って



 「あはは!昨日のヤツか!ついでに謝っておいてくれ!」

 「わかった。」



サンジはスマートフォンを手に取った。

サボが、サンジがベッドの上に置いた本を取り上げる。



 「お。これ、美味そー。」

 「ああ、それな?」

 「難しそうな料理ばっかな本だな。」

 「プロ用だからな…送信…と。」

 「お前さ、本気で神職に就く気なの?」

 「!!」



いきなりの前置き無し。

サンジは詰まってしまった。

サボは、にんまりと歯を見せて笑った。

口を開くと、空きっ歯が覗く。



 「本当は、こっちに行きたいんじゃない?」

 「…そんな事ない…。」

 「無理してねェ?」

 「してねェ。」



サンジは、レシピ本を受け取り



 「してない。ホントに。」

 「………。」



サンジは笑い



 「…この家にずっといたいんだ…。」

 「居ればいいじゃないか。」

 「………。」

 「お前の家なんだから。」

 「うん。」

 「………。」

 「…怖かったんだ…。」

 「怖い?」



眉を寄せて、サボが尋ねた。



 「…父さんや母さんが言ってたように…いつか…本当の親が迎えに来ちまっても、ここにいる理由が欲しかった。」

 「…神職になれば…いられるって…?」

 「…ガキの考えは単純だから。」

 「理由はそれだけか?」



サボの問いにサンジは首をかしげた。



 「ゾロが好きな未来に進むために、自分が神社の跡を継ぐなんて考えはないのか?」

 「…ちょっとある…。」

 「お。素直に答えたな。」

 「サボには隠せねェ。隠してもすぐわかるだろ?」

 「それはどうも…てか、やっぱりそんな事考えてたんだな?」

 「…けど…本当におれは…ここに居たいんだ。」

 「………。」

 「…それだけなんだよ…。」



サボは小さく息をついた。



 「困ったおにいちゃんだな。こっちのおにいちゃんも。」

 「………ごめんな、心配かけて。」

 「あれ?バレてた?」



サボが言った。サンジは悪戯な笑みを浮かべて



 「エースに言っとけよ。おれの事が好きだって、おれと2人っきりの時も言ってみろ、って。

 ゾロが居る時だけじゃねェか。おれにアプローチかけてくるの。」

 「あっはっはっは!」



肩を揺らせ、サボが笑う。



 「お前ら、わかりやすいんだもん。」

 「お互い様だ、バーカ。……ただ…。」



サンジが、不意に悲しい目を見せた。



 「……言えねェよ…こんなの…特に父さんと母さんには…申し訳なさ過ぎて…言えねェ…。」

 「………。」

 「おれひとりが勝手に…どこかの誰かを好きになって、その相手がそうだったってんなら、

 おれを切り捨てておしまいにできる。けど…。」

 「…サンジ…。」



膝を抱え、サンジは顔を伏せた。



 「…自分の息子が…その相手じゃ…許せねェよ…。」

 「………。」



声が、次第に涙に濡れてくる。



 「ゾロはいいんだ。どこへ行っても、誰を…好きになっても…。」

 「ゾロも、どこへも行かないよ。」

 「…ダメだ…こんな田舎で…クスぶっていい男じゃねェよ…。」

 「サンジ。」

 「…ただ…時々思い出して…帰ってきてくれるならそれでいいんだ…

 『兄貴』がいるこの家に…帰ってきてくれればそれで…。」



サボは呆れて



 「…そんなに好きなら、言ってしまえばいいのに。」

 「…言えるか…てめェがおれだったら…言えるのかよ…?」

 「…言えねェな…。」

 「そら、見ろ…。」



隣に座り、サボはサンジの肩を抱いて、優しく腕をこする。



 「…バカだな…このままじゃお前ら、一生童貞だぞ。」



サンジの顔が赤く染まった。





あの日

ここに自分を連れてきたのは女性だった。

それが母なのかどうか、確かめる手段はない。母と、呼んでいた記憶もない。

ただ、ひとり社務所に入れられ、戸が閉じられた瞬間、自分がひとりになったと悟っていた。

それまでも、ずっと自分はひとりで、誰かに抱きしめてもらったことも、

嬉しい事を一緒に喜んでもらったこともなかった。



閉じられた戸から目を離し、振り向いたそこに、生意気そうなガキが立っていた。



あれ?



ひとりじゃなかった。



単純にそう思った。



するとそのガキは



 「お前、狐か?」



と尋ねた。



呆然としていたら



 「おれ、ゾロ。」



と、自分を指して答えた。



 「油あげ食うか?」



このガキが、何を言っているのか理解できなかった。

その時、奥から声がした。



 「ゾロ?どうしたの?誰かいるの?」



女の人の声だった。



 「うん、狐がいる。」

 「狐!?」



その答えがおかしくて、つい



おれが笑ったのを見て、ゾロも笑った。

白い歯を見せて、ニッカリと笑った。

あの笑顔に、おれは安心してその場に座り込んだ。

涙が、ようやく出てきた。







この子の側に居たい。

この子の為に、何かがしたい。



この家で暮らせることになって、とても嬉しかった。



置き去りにした誰かの事など、おれはもうどうでもよかった。



ありったけの情愛を示してくれるこの二人が、真実両親だと思った。



犬や猫の子供と違う、人間を、ここまで育ててくれるのは並大抵の事ではない。

それを、ここまでにしてくれた。



裏切れない



こんな邪まな想いで…。





 「好きです」



と、誰かに言われるたびに断った。



 「ちょっと、会ってやってくれよ」



そんな誘いも断った。



一時の感情で、絶対に裏切れない。おれはそんな恋をしている。

一生、お前と一緒にいる事は出来ない。けれど、寄り添う事はできるかもしれない。

神職を目指したのは、それが大きな理由だった。



お前に触れたい、触れられたい。

それが望めないなら、生涯誰も抱かない。

知らないままでいい。



好きになってはいけない人を好きになった。

愛してしまった。





その罰は、受けるべきだ。





おれは



ゾロに恋をしている







 「なァ、サンジ。八百万の神様は、兄弟姉妹でも愛し合ったぜ?増して、血の繋がりはねェのに。」

 「神話と現実をごっちゃにするな。」

 「あはは…無駄な例え話だったか。」

 「…ありがとう、サボ…。」

 「…無理するなよ…ルフィは分かってないけど、おれとエースは…

 最後のチャンスの背中を押そうと思って来たんだ。」

 「………。」



ベッドから降り、膝を抱えてサンジを見上げ、目を正面に据えてサボは言う。



 「お前の言う通り…ゾロも、別の道を見つけて行ってしまうかもしれない。」

 「………。」

 「…逆に…大人になったら、もっと素直になれない。」

 「………。」

 「……ゾロが…あきらめちまったら…そこでおしまいだぞ?」

 「………。」

 「…わかってんだろ…?お前ら、しっかり両想いなんだぜ?」

 「…だから…なおさらダメなんだ…。」

 「…サンジ…。」

 「…ダメだよ…。」



ゾロの不機嫌の理由を、サンジもよくわかっている。

互いに、想い想われているのも、わかっている。



だけど



おれ達は兄弟だ





 「…サンジが女の子だったらな…養子きょうだいでの結婚はできるんだよ。」

 「…らしいな…どっちかが女だったらな…。」

 「…けど、サンジは来月この家の子になる。」

 「………。」

 「…よかったな。絆がひとつ、深まるんだ。」

 「…お前は本当に…優しい言葉を沢山知ってるな。」

 「優しくないよ。」



サボは笑った。



 「デキの悪い兄と弟に挟まれて、世渡りが上手くなっただけさ。」



涙をにじませて、サンジも笑った。









 「いつ帰るんだ、てめェら。」



バス停のある神社前広場、22時。

ゾロの帰宅後。

みんなで鍋をつついた後、ルフィが通りの駄菓子屋で売っていたという、

夏の売れ残りの花火を買ってきての真冬の花火大会。



 「せっかく鍋であったまったのに…。」



一番寒がりのサボが、目出し帽にマフラー、ドテラを着込んで丸まり、震えながら言った。



 「あっはっはっは!でも、面白れぇ!」



ルフィが息を白くし、両手の花火を振り回しながら駆けまわり、言った。

サンジが



 「空気が澄んでるせいかな、すげェ綺麗だ。」

 「お前の方がもっと綺麗だ。」

 「ハイハイ、ありがとさん。」



エースのボケをサンジがさらりと返す。

ゾロが再び



 「いつ帰るんだよ!てめェら!」



と怒鳴った。



住宅地から少し外れた鎮守の森。バス停のある広場。

多少の大声を出しても、迷惑は掛からない。

遠くで犬が鳴いていた。

杉の葉を混ぜた焚火の火が、パチンパチンと爆ぜて火の粉を舞い上げる。



 「冷たい男だなー。」



サボが言った。



 「ホント冷たいよな!ゾロは!」



ルフィが言った。



 「まァ、そこがいいって奴も、いるんだろうけどな!」



エースの言葉に、ゾロがぎょっとした顔を見せた。

サンジが



 「…なんだ?」

 「なんでもねェ!」



ゾロは即答したが、エースは火の点いたままの花火をゾロの方に向け



 「今朝、駅で女の子に待ち伏せされてたv」

 「………へェ。」

 「………っ!!」



サンジが



笑って



 「ははは!そりゃあよかったじゃねェか!エース!可愛い子だったか!?」





あーあ



ムリしちゃってら





サボが、目出し帽の下で息をつく。



 「カワイイ子だったな!身長150もなかったんじゃねェか?ちょっと前田亜美ちゃんに似てたぜ。」

 「誰?」

 「AKB。」



三兄弟の漫才を聞きながら、ゾロは歯噛みする。



実は、ゾロも女の子に告白されるのは初めてではない。

何度か、似たようなことはあった。当然、全部断ってきた。

だがその度その度、ウソップや他の誰かに、サンジにイチイチ報告されて



 「へェ、あの子ならいい子だぜ?」

 「おいおい、すげェじゃん、あんなカワイイ子!」

 「付き合ってみれば?それからだっていいじゃねェか?」



サンジは一度も、「やめとけ」と、言ってくれたことがなかった。



 「笑ったな!メアド交換してほしいって言われて、ゾロのヤツ、ウソップに『てめェの教えとけ』っつってよ。」

 「うわあ、ひでぇ〜。」



サボが言った。

サンジも



 「ったく…ホントに酷ェな。」

 「…その気もねェのに、教える方がひどいだろ。」

 「………。」



ルフィが、新たな花火に火を点けに戻ってきて



 「うん。そりゃあ、ゾロが正しい!」

 「………。」



誰も、何も答えなかった。



目の前で、互いに好きで好きで仕方がないのに、告げる事をためらい続ける2人に、

長兄と次兄は同時に、大きく深いため息をついた。



と



サンジが、花火の袋から線香花火を取り出し



 「ゾロ。」



と、1本を差し出した。



 「覚えてるか?」

 「………?」

 「…ガキの頃、線香花火どっちが長く点いてるか、おれと勝負しちゃ負けて、泣いて悔しがっただろ?」

 「………。」

 「勝負しよう。」



黙って、ゾロはそれを受け取った。



 「あ!おれも!おれもやる!」



ルフィ



 「よし、おれも!」



サボ



 「んじゃ、おれも。」



エース



 「よ〜〜〜〜い、どん!」





5つの牡丹が咲いた。



パチッパチッパチッ



誰も、何も言わなかった。



牡丹はやがて菊になる。



ゾロはチラと、サンジの顔を見た。



 「………。」



優しい目



そして、哀しい目が、こちらを見ていた。



 「あああああ…!あ〜あ!落ちた!」

 「ははは!やっぱりルフィがビリだな!」

 「おれはもっと!こう!ドカーン!ってのが好きなんだ!ブーブー!」

 「…あ〜〜〜…おれも終わった。」



エースが言った。

すぐに



 「あ、あ、あ、頼む〜〜〜……あ〜あ…。」



笑って、サボが火の消えた穂先を見せた。



 「ゾロとサンジの長ェな!」



ルフィが言った。

まだ、牡丹が咲いている。

だが、徐々に小さくなっていく。

わずかに、サンジの方が早く小さくなったようだ。



と



 「!!」



ゾロが、サンジの花火に自分のそれを近づけた。



ふたつの火の玉が重なり、溶け合い、もう一度牡丹を咲かせ、すぐにそれは菊の花になった。



 「……ゾロ、それってズルじゃねェ?」

 「うるせェ。」



サンジの声が、少し震えていた。

花は、たんぽぽの綿毛になり、二度、三度飛んで

火の玉がプルプルと震え  ポトリ  と落ちた。



 「………。」



 「…どっちの勝ちだァ?」



エースが言った。



 「知らねェ。」



ルフィが言った。



 「おれ達が負けたってことでいいだろ?」



笑いながらサボが言った。

目出し帽の下でよくわからないけど。



ただ、サンジの目がずいぶんと潤んでいたのは、誰にもわかった。





 「………。」





自惚れていいのか?



サンジ



まさか



お前の好きな奴って…。











 「なァ!ねずみ花火やっていいか!?」



沈黙を、ルフィの声が裂いた。

それまで、しゃがんだまま見つめ合っていたゾロとサンジは、その声にルフィを見上げて



 「ダメだ!」



同時に叫んだ。



 「え〜〜〜!?なんで!?」

 「さすがに音が響く!それに、ここで『弾く』タイプの花火はダメだ!万が一があったらどうする?」

 「ちぇ〜。」

 「しかし、冬の花火っていいなァ。綺麗だし、なんか線香花火、長かった気がする。」

 「乾燥してるしな。火薬のつきがいいんだろ。」

 「さあ!片づけていくぞ!ルフィ、バケツ持ってけ。」

 「水、撒いちゃっていいかー?」

 「ダメだ、凍るだろ?朝一でバスが来るんだぞ。」

 「あ、そっか……あ!明日、スケート行きてェ!」

 「てか、だから!いつ帰るんだ!?てめェら!?」

 「さ〜〜〜、いつ帰ろうかなァ〜〜〜。」



夜の森に、にぎやかな笑いが響いている。



 「初午までいようかな〜、おれ。」



家に戻ってすぐ、エースが言った。

サボが目だし帽を脱ぎながら



 「初午…ああ、大祭?…って、今年いつだい?サンジ?」

 「来月の17日。」

 「だから、大祭終わって、サンジが引越しするまで。」

 「いい加減にしろ、エース。」



ゾロが不機嫌に言った。



稲荷神社の年中行事のひとつ。

旧暦の2月の初午の日に行われる、五穀豊穣と福徳を願う神事だ。

霜月神社のそれは、大社の祭りには及びもしないが、人々が集い、屋台も出て賑やかになる。



 「今年も舞うんだろ?お前達。」



エースが言った。

サンジが笑って



 「ああ。」



ルフィが



 「おれ、2人が踊るの好きだな。おれも見てェ!」

 「…お前は学校戻れ。」

 「えー。」



延喜舞の奉納は、サンジが中学に入った年から、父から彼らの仕事として受け継がれた。

元々連れ舞で、父もその前の年まで氏子のじいさんと舞っていたのだが、さすがに年で引退し、

父とサンジが舞うようになり、ゾロの中学入学を待ってすぐに、それはゾロに引き渡された。



以来、なぜか霜月神社の奉納舞の日は、近在以外からの参拝客も増えた…。



例祭は毎月あるが、2人の連れ舞の奉納は初午だけのレア舞いだ。

夏や秋のもっと大きな祭りよりも、女性客が集まる。



 「そろそろ、練習しねェとなァ。」



サンジが言った。



 「………。」











翌日は土曜日で、ルフィとサボは母の運転する車で、スケートアリーナまで連れて行ってもらった。



エースは



ゾロとサンジが、延喜舞の練習を始めるというので居残った。

父も、羽織袴に身を包み、社殿に樒を備えて灯明を点し



 「さ、始めようか。」



今日はサンジだけではなく、ゾロも神職の白い羽織袴をまとっている。

エースの目尻が、だらしない位に下がっていた。

父がふと



 「…ゾロ…背が伸びたな?…あれ?…サンジを追い抜いたか?」

 「え!?ウソ!!」



サンジは驚き、ゾロの隣に駆け寄り



 「…ホントだ…目線が上だ…てめェ…いつの間に!」

 「自然現象だ。おれのせいじゃねェ。」

 「…クソ…いや、まだまだ!30になるまでは背も伸びるっていうしな!またすぐ追い越してやらァ!」

 「上等だ。せいぜいがんばれ。」

 「!!!!!」

 「あっはっはっは!!おー、がんばれがんばれー。」

 「うっせェ!!黙れエース!!」

 「サンジ、ゾロ。神前で汚い言葉を使うんじゃない。」



びしっと、父に諌められ、2人は口を閉ざす。



 「改めて。さあ、始めよう。」



3人は、作法通りに拝礼し、柏手を打つ。



頭を垂れながらゾロは思う。

本当は、こんなものを信じてなどいない。

神社の宮司の息子に生まれたから、父の行う事を真似ているだけだ。

この祭壇の向こうが、どこかに、誰かに、繋がっているなどと本気で思ったことはない。



だが、こうして、本当に望みを叶えてくれるのなら



 一緒にいたい



 いつまでも、一緒に



 本当は誰にも渡したくない



 自分だけのものでいてほしい



頭を上げた。

無意識に目をやると、サンジもこちらを見ていた。

慌てたように、サンジは目を逸らす。



2人は白一色の、一斎服と呼ばれる着物と袴をまとっている。

音曲は、数年前に落としたiPodにお任せだ。

大祭当日は、氏子たちが生で奏でる。今日の夜、公民館で今年初めての練習もある。



すでに4回舞っている舞とはいえ、年に一度の事。

しかも、ゾロにとってあまり楽しい「お手伝い」ではない。

歩調や、袖裁きがぶっきらぼう過ぎて、叱られるのはゾロだけだ。

ニヤケた笑いを浮かべたまま、ずっとそこに座っているエースも気になって仕方がない。

この日の練習は、ゾロには拷問以外の何物でもなかった。



その日の夕方。

サボとルフィは、町の運営する巡回バスに乗って帰ってきた。

そして夕食時



 「えええええ?」



ルフィが情けない声を出した。

憮然としながら、どんぶりに盛られたご飯をかき込む。

サボが、苦笑いを浮かべた。

ゾロたちの母が言う。



 「おじいちゃん、怒ってたわよ?ルフィはもちろん、サボも登校日サボったって言うじゃない?」

 「ごめんなさい。」



素直にサボが言った。

ゾロに、ご飯のお替りを渡しながら、サンジが



 「とにかく帰れ…お前ら。」

 「ヤダ!お祭りまでいる!」



ルフィが、飯粒を飛ばしながら憤慨した。



 「祭りの時に、また来ればいいじゃないか。」



笑いながら父が言ったが。



 「だってエースは帰らねェんだろ!?」

 「当然だ。おれは3月下旬まで授業がねェんだから。」

 「ずっけぇ!!」

 「だったら、今すぐ大学生になれ。」

 「くそー!」



と



 「何言ってるの?あんたも帰るのよ、エース。」

 「え!?」



心底驚いた、という顔でエースが叫んだ。



 「なんで!?おれ、授業ねェ=休みなんだぜ!?」

 「……バイトは休みじゃなかったんでしょ?」

 「………あ。」



サボも「あ。」と声をあげ



 「…白ひげの親父さんとこの手伝い…今日だった…?」



エースのそばかすの顔が、さーっと青ざめた。



 「……だった…ヤベェェェ!殺される!!マルコに殺される!!」



慌てふためき、エースはスマホを引っ張り出しながら廊下へ駈け出す。



 「…もしもし!あ!サッチか!?…ああああああ!悪ィ!ごめん!…謝る!ごめんて!!」



ゾロがポツンと



 「白ひげの親父さんて?」

 「じいちゃんの友達。大工の親方だ。」



ルフィが言った。

サボが



 「建築家のニューゲートさんだよ。東京の、表参道のモビーディックビルの。」

 「…ああ!あの有名建築家…!…大工って…お前…。」



サンジが呆れた。



 「だって、家作ってるんだって、おっさん言ってたぞ。」



ルフィがけろりと言った。

サボが



 「エース、最近アシスタント見習いのバイトしてるんだ。」



エースの声がここまで届く



 「…ごめん…ホンットごめん…つい…うっかりしてた…。

 あー…ココ電波弱いから…着信預かり今見た…ホントすまねェ…うん…うん…あー…そうなんだ…わかった。」



様子を窺いながら、サボがゾロを見て言う。



 「こりゃ、明日帰るフラグだな。」

 「えええええええええ!!ヤダ!!」

 「わがまま言うな、ルフィ。」

 「仕方ないだろ?いろいろサボってここに来てるんだから。」

 「うー。」



ゾロが、自分の皿のトンカツを一切れ、ルフィの皿に載せて



 「祭りにまた来い。」



と言うと。



 「うー。」



そのカツを咥え、しぶしぶうなずいた。

電話を終え、エースが戻ってきた。



 「あーあ…やっちまった…おじさん、おばさん、ごめん。」

 「はいはい。あんた達が騒がしいのはいつもの事だけどね。」

 「約束は守らないと。」



2人に言われ、エースは頭を掻き



 「面目ねェ。」

 「電車の時間調べないとなー。」

 「おばさん!来月また来るな!」

 「待ってるわ。」















(2012/12/15)



NEXT



BEFORE





春待ち TOP



NOVELS-TOP

TOP