BEFORE




 「…しかし…東京から4時間もかけて、よく来てくれるよな、3人とも。」

 「…まったくだ。」



翌日曜日。

エースとサボとルフィは、昼少し前の電車に乗って帰っていった。

駅まで、ゾロとサンジは3人を送り、そのまま駅前のハンバーガーショップに入った。

ストローを咥えながら、サンジが言う。



 「…帰ろうと思えば、けっこう4時間は近いのかもな…。」

 「………。」

 「………。」



おせっかいに心配されても、テーブルを挟んでいるこの距離感を、縮めることは難しい。

すぐそこなのに、どうしても、テーブルの真ん中からそちらへ、手を伸ばせない。



 「……この後どうする?」



サンジが尋ねた。



 「…別に…。」

 「じゃ、2時のバスで戻るか…ちょっと練習できるな。」



その時



 「あ。」



と、言う声が聞こえた。

思わず、ゾロもサンジも顔を上げた。



 「………。」



この前の女の子。

ゾロが居るのに気づいて、思わず声をあげたらしい。

友人が一緒だ。手に、シェイクのカップ。2人で、ひそ、と言葉を交わし



 「こ、こんにちは…。」

 「…おう…。」



赤い、困惑した顔で、少女は友人と離れた席に座った。



 「…あの子か?」



笑いながら、サンジが言った。



 「…カワイイ子じゃん。」

 「………。」

 「なァ。」



声を少し高くして、からかうようにサンジは言う。



 「お前さ、どんな子がタイプだよ?」

 「………。」

 「お前と、そういう話した事なかったなァ。この際、聞いておくぜ?どんなだ?」



ドン!



あまりの大きな音に、店内が一瞬静まり返った。

ゾロが、力任せにテーブルを叩いた音だった。

勢いで、コーラのカップが倒れたが、蓋のおかげでこぼれずに済んだ。



 「………。」



黙って、ゾロは立ち上がり、ズカズカと店の外へ出ていった。



 「………。」



テーブルに肘をつき、サンジは顔を覆う。





仕方ねェよ



仕方ねェじゃねェかよ



こうする以外



どうすりゃいいんだ…





サンジも席を立った。

まだ残っているコーラもポテトも、そのままゴミ箱に突っ込んだ。

窓際にいる、ゾロに告白した女の子の顔も、まともに見もせず飛び出していった。



声をかける事はしなかった。

早足で歩くゾロの背中を見ながら、サンジは黙ったままバス停に向かい後について行った。



寒いな



真冬だもんな



バスの時間まで15分もある。

日曜日の真昼。

霜月神社のある集落まで行くバスを、待つ乗客は彼らの他誰もいない。

エースやサボが、一生懸命自分たちの会話を助けていてくれたことを、改めて思い知る。



バスが来た。



サンジが先に乗り込み、通学時のいつもの席に座ったが、ゾロは、2列間を空けた前の席に座ってしまった。



 「………。」



怒らせた。



そんな事は分かってる。



30分。

バスは田舎の道を走り、途中幾人かの乗降客を見送った後、最後に終点で2人はバスを降りた。

前の席にいたゾロは定期でさっさと降り、サンジを待たずに鳥居を潜った。

2日前に定期の切れたサンジは、小銭を使って料金を支払う。

と、毎朝の、禿の運転手ではないが、やはり見知った運転手が



 「ケンカか?」



と、笑って言った。

サンジは



 「まァ…そんなカンジ…。」

 「大変だな、兄貴は。」

 「………。」



答えず、笑ってバスを降りた。



 「…あれ?」



バス停前の転回所の隅に、見慣れない軽自動車が停まっていた。

小さな田舎の神社には、祭りでも元旦でもない日の参拝客など稀だ。



誰か来てるのかな?



足早に歩いていくと、ゾロが玄関を開けて入って行くところだった。

追いかけ、閉めようとしていた戸を押さえる。



 「………。」

 「………。」



にらみ合いながら、中へ入ると。



 「サンジ、帰ったの?」



奥から、母の声がした。



 「…あ、うん。ただいま。」



母の足音。そして



 「ご苦労様。3人とも、ちゃんと電車に乗った?」

 「うん。ちゃんと見届けた。」

 「そう!よかった!おにいちゃん、ちょっと来てくれる?ああ、ゾロ。あなたも。」

 「………。」



母は上機嫌だ。

声が弾んでいる。



自宅の居間ではなく、社務所の応接室に行く。

と



 「サンジくん?まァあ!大きくなったわねェ!」



ソファに座っていた中年の女性が立ち上がり、サンジに手を差し伸べた。



 「…あ…。」



サンジは思わず声をあげた。



 「覚えてる?最後に会ったのは、小学校の卒業の時ね。まァ、背が伸びたわねェ!」

 「…誰だ…?」



思わず、ゾロが呟いた。



 「こんにちは、ゾロ君。ゾロ君は覚えてないわねェ、あの時はサンジくんとしか会っていないから…。

 初めまして、児童相談所の佐田といいます。」

 「ずっと、サンジの事を相談してくださった方よ。」



母が言った。



 「…ああ…。」



佐田と名乗った女性はサンジを見て



 「養子縁組の手続き書類が整ったので、お母さんに確認してもらおうと思ってきたのよ。」

 「……そうですか…ありがとうございます。」



サンジは笑って頭を下げた。



 「やっとねェ…長かったわね。」

 「…はい。」

 「いつ、提出する予定かしら?」



佐田が、母に尋ねた。母は



 「この子の誕生日が2日だから、もうその翌日にでも!…構いませんよね?」

 「もちろんですとも!書類に不備がなければ、全く問題ありませんよ。

 じゃ、3月3日に書類提出という事でよろしいかしら?」

 「はい。よろしくお願いいたします。」

 「当日は、お父様も必ずご一緒に。」

 「はい、伺います。」

 「では、時刻はまたあらためて連絡という事で…。」

 「はい。本当に…今までありがとうございました…。」



佐田はうなずき、立ち上がると、見上げるばかりに大きく鳴ったサンジを感慨深げに見て、帰っていった。



 「サンジ、サンジ、来て。」



座卓に広げられた書類を、母は嬉しそうにサンジに見せた。

一瞥もせず、ゾロは自分の部屋に戻っていった。









3月3日。

サンジの誕生日翌日。

サンジは正式にゾロの『兄』になる。

その話を、以前に自分の母親から又聞きしたウソップは、「よかったなァ!」と、

自分の事の様に、嬉しそうに言った。



確かに



これでもう、何が起きようとサンジはこの家の息子で、『兄弟』という関係性が失われることはなくなる。

だがそれは、逆に別の枷になってしまうような気がしてならない。



枷



何の枷だ?



両親が、あんなに喜んでいるのに、なぜおれは一緒にそれを喜べない?

そしてサンジも、それを心から喜んでいると思えない。



 「………。」



『兄』という言葉が、鬱陶しくてならない。

まるで、ゾロの想いが醜悪で穢れたものであると、その言葉に責め立てられているような気がする。



さまざまな思いが交錯する。

ゾロとて、人並みの常識は持っている。

抱えている想いが、その全てが、「当たり前」から外れていることなど十分わかっている。



それでも



 「………。」



同級生が、軽く「こういう子が好きだ」なんて話をする。

タレントや、アイドルや、町で見かけた子の話をしては、結局最後にはエロい話になっていく。

『彼女』と『ヤッた』なんて話も耳にするが、実の所ホラ話の方が多い。

ゾロ自身、同級生たちに、「告ってくる子を片っ端から食ってる」なんて、根も葉もない噂もたてられた。

サンジの耳に入らなかったのが、不幸中の幸いだ。

ずっと、サンジしか見てこなかった。

他の誰かに目が移ることも、そういうモヤモヤを、ただ処理する為だけに誰かと

関係を持つことも、ゾロは全て拒絶してきたのだ。



サンジ以外、誰も欲しくない。



 カワイイ子じゃん。

 お前、どんな子がタイプだよ。



思ってもいねェことを、あんな苦しそうな顔して言いやがって。



そうやって、自分の周りに注連縄みてェに線を引いて、絶対におれが入り込まねェ様に結界を張りやがって。



 「……ん……。」



サンジの事を、どうにもならない想いを、巡らせると無意識に体が反応する。

手が、それへ伸びてしまう。

バカな行為だという事は分かっている。

だが、こうでもしなければ、やり場のない思いが卑劣な行為をしてしまいそうになる。

この愚かな行為で、必死に抑え込んでいるのだ。



 (…なにやってんだ…おれは…昼間っから…。)



ベッドに寄りかかり、左腕で顔を隠すように覆い、唇を噛みしめ



初めは躊躇いがちな右手が、やがて大胆に、性急に、蠢き始める。



閉じた薄い暗がりの向こうに、金の髪の、白い体が揺れている。

妄想の中のサンジはいつも、苦しげな顔で、青い目を涙に濡らして、

「だめだ。嫌だ。」と繰り返しながら、それでも自分にすがって甘い息を漏らしていた。



こんな妄想が、こんな行為が、大切な家族への裏切りだという事は百も承知だ。



それでも



それでも



どこにも行かせたくない。

誰にも渡したくない。



 「……っ……は…あ……っ……!」





哀しい?

悔しい?



目尻に浮かんだ涙は、どちらだろう?











雪が降った。

この辺りに雪が積もるのは珍しい。

それでもゾロの学校が休みになる訳もなく、時が進むのが止まる訳でも更になく、

東京に戻った三兄弟から、入れ代わり立ち代わりおせっかいメールがサンジのスマホに入る。



こういう点では、携帯も持っていないゾロの方は楽でいいなと、サンジは苦笑いしつつ返信する。



延喜舞の練習も続いている。

勘が戻れば、元々息のあった『兄弟』だ。

拍子を取りながら、父が満足げにうなずく様になった。



 「サンジ、引っ越し、クロイネコに頼めたわよ。

 おじいちゃんの休みの日に合わせたから、向こうに荷物が着くの、3月23日にしたけど、いい?」



練習の後、母屋に戻ってきたサンジに母が言った。



 「……ああ…うん。わかった、大丈夫。」

 「ゾロの修了式の日だけど…いいわよね?エース達も来てるし、大きな荷物がある訳じゃないし。」

 「うん。」

 「あー、あと何を用意すればいいのかしら?あ!やだ!明日の卒業式、私何着て行くの!えーと、えーと…。」



バタバタと、母が走り回る。



卒業式と、サンジの誕生日は同じ日。

明日、サンジは18歳になる。

そして明後日、正式にこの家の息子になる。

ゾロの『兄』になる。



玄関脇の、神事や祭りの時に使う控えの和室。

練習用の着物を脱ぎながら、背中を向け、ゾロが独り言のように言う。



 「……何も用意してねェ。」



サンジは顔だけで振り返り



 「いらねェよ…。てか…そういう気持ちがあるなら…もう少し、笑ってくれねェか…?」

 「………。」

 「…あと少しで…ここを離れるんだ…お前ともう少し…話もしてェよ…。」

 「………。」

 「………。」



暖房を入れたばかりの部屋。

冷たい空気が、ふっと揺れた。



 「…――――っ。」



背中から、ゾロは抱きしめられた。



 「……っ。」

 「…笑え…頼む…。」



耳元で、サンジの声がした。



 「…お前が…笑わないと…不安でならねェ…。」

 「……笑えねェ……。」

 「………。」

 「笑えるか…!」

 「ゾロ…!」



勢い、ゾロがこちらを向いた。

そのまま、サンジを固く抱きしめる。



 「………!!」

 「……行くな!!」



ゾロの腕の中で、サンジはゆっくりと首を横に振る。



 「帰ってくるから…。」

 「行くなよ!!」

 「…お前がどこに行っても…おれがここでお前を出迎えられる様に行くんだ…帰ってくるから…。」

 「おれもどこにも行かねェ!ここにいる!」

 「だめだ。」

 「サンジ!!」

 「おれは、この家の『長男』だ。」

 「!!」

 「…おれは…明日この家の長男になるんだ。長男が、跡を継ぐのは当然だろう?」

 「…そんなもん…!!」

 「そんなもんじゃねェ。大事な事だ。」



ゾロの手を解き、その手を優しく握って



 「…お前は…どこへ行ってもいい。何を望んでもいい。この家で、おれはお前の帰るのを待ってる。」

 「…てめェ…恩返しとかいうんじゃねェだろうな…。」



ゾロの言葉に、サンジは自嘲的に笑い



 「…受けたものを返すのは、当然だろう?」

 「おい!!」

 「頼むから!!」



顔を伏せ、サンジはゾロの胸を叩いた。



 「…頼むから…。」

 「………っ!」



明日という日など、来なければいいのに。



自分の手を握るサンジの手を、ゾロは力任せに引き寄せた。



 「!!」



引き寄せ、抱え、抱きしめ



 「…よせ…っ!」



サンジが身じろぐ。

だが、大きな声や音を立てれば、一部屋挟んで向こうの台所にいる母に聞こえてしまう。



 「…ゾ…ロ…っ!」

 「………。」

 「…だめだ…!」



紐を解いている最中だった。

緩んだ襟は、簡単にはだけて肌を晒す。



 「…ゾロ…!」



肌を探るのも、露わになった首筋に唇を当てるのも、全て本能が教えている。

心臓が早鐘の様に鳴り、血が一気に沸騰する。



 「――サンジ!」

 「…よせ!だめだ!」



ひそかな叫び。

必死に払いのけ、抵抗し、それでもサンジの目に涙がある。

力任せに顔を掴まれ、拒絶の言葉を吐こうと薄く開いた唇を、ゾロは激しいキスで塞いだ。



 「――ん…っ!」



その時



 「サンジ―!おにいちゃーん!」



 「!!」









 おにいちゃん









母が



サンジを呼んだ



弾かれるように、サンジはゾロを払いのけ



 「はぁい!!」



震える声で声をあげ、襖を開け放ち、出ていった。



 「………。」



 「あら、あんた!まだ着替えてないの?風邪ひくわよ?」

 「…だったら、呼ぶなよ…何?」

 「ごめーん、あの鍋、棚から下ろしてくれる?」







着崩れた着物を一気にそこに脱ぎ捨てて、ゾロはその足で自分の部屋に駆け戻った。



 「くそぅっ!!」



反射的に殴った物が、なんだったのかわからない。

けたたましい音を立てて、机から吹っ飛んで行った。



その晩から



何が目の前を流れて行ったのか、ゾロは全く覚えていない。



エース達が居れば、なんとか虚勢を張って、自分を保っていられたかもしれないのに、

ゾロはたったひとりで、この耐え難い苦痛と戦うしかなかった。



ゾロの、あまりの針山のような険しいオーラに、さすがのウソップでさえ一歩を引いた。

『その日』の晩は、サンジは卒業式の後夕方まで、ウソップや同級生達と町のカラオケで盛り上がり、

夕食時に帰宅して、母の用意したケーキで18の誕生日を祝った。



父も、母も、サンジが卒業した事、何より18になったことを心から喜んだ。



その喜びが、ゾロも同様であると2人は信じて疑わない。



当然だ



『親』なのだから…。



恩だの、モラルだのが問題なのではない。



サンジもゾロもただ単純に、大好きなこの2人を、自分たちの歪んだ愛情で苦しませ、また悲しませたくないのだ。



だが



辛い…。





翌日、サンジは父の運転する車で、母と3人で市役所へ出かけた。

町の出張所ではなく、市の本庁舎までわざわざ赴いた。

そこで、例の児童相談所の佐田が待っているという。

全ての書類を提出したら、佐田を交えて食事をして午後に帰ると、母がはしゃぎながら言った。

卒業式翌日学校は休校日で、平日でありながらゾロも家にいた。

だから本当は、ゾロも一緒に来いと言われたが、ゾロは答えもせず部屋から出てこなかった。



 「何を拗ねてるのよ!こんないい日に、空気の読めない子ね!」



空気が読めないのはどっちだよ?

心で悪態をつくが、口にはしなかった。

読んでもらっても、当然困るのだが…。



ゾロひとりになった、広い家。



暖房も点けずに、自室でベッドに寝転がる。



帰ってきたら



本当の『兄』か…。



何もかもが、終わってしまったような気がする。



目を、閉じた時だった。



遠くで、バスが広場に入ってきた音がした。



停まり、転回し、やがて走り去った。



そして





ガラガラガラッ!





 「!?」



目を開ける。



 「おぉ〜〜〜〜い!!ゾロ!!来たぜ―――!!」



半身を起こして跳ね起き、ゾロは歯噛みしながら頭を抱えた。

エースの声だった。



 「………空気読めねェ奴が……。」



いや



その実エースが一番、空気が読めているのだろうと、ゾロは思う。わかっている。

だからこそ、4時間もかけて、こんな田舎の彼らの家までやって来てくれるのだ。



ゾロが、部屋の戸を開けた瞬間。

目の前に、能天気なそばかす笑顔があった。



 「よ!ほか弁買ってきた!フライ盛り合わせでいいよな?」

 「………唐揚げが良かった。」







居間で、エースと差し向かいで黙々とアジのフライをかじりながら、テレビでタモリが喋っているのを聞いていた。

すると



 「サンジにメールしたら、お前さんがひとりで腹空かしてるって、

 返信あったからさ。やっぱ駅前で買ったら冷めちまったなー。」

 「…別にいい…腹に入りゃ…。」

 「…入籍かァ…いい響きだなァ…。」

 「結婚じゃねェよ。」

 「こういう場合も、入籍でいいんだよ。」

 「………。」

 「そういうカップルの場合、兄弟って形で入籍もアリなんだと。サボが言ってた。」

 「…意味が違う…。」

 「まァ…そうかも知れねェが。…ごっそーさん。」



容器をまとめ、ポリ袋に突っ込んで、エースは後ろに手をつき天井を見上げた。



 「…何がダメなんだ?」

 「………。」



エースの問いに、ゾロは答えなかった。



 「…サンジはああいう性格だからなァ…。」



「恩返し」という言葉は、あながち間違いでもないのだ。



置き去りにされた。

引き取ってもらった。

育ててもらった。

大学にまで入れてもらった。



その思いは、正しく「感謝」で、「恩義」なのだ。



だからこそ裏切れない。



サボが言う通り、どちらかが女の子だったら、至極カンタンだったはずのこの恋情。



 「…親父さんとお袋さんに…嫌われるのが嫌なんだよな…サンジは。」



ゾロは、小さくうなずいた。

エースは笑って



 「お前さんは実の息子だ。何があろうと、血の繋がりがあるから両親はお前を切り離すことはねェ。

 だがサンジは違う。…本当に、今日っていう日をサンジ自身待ち焦がれてたに違いねェよ。」

 「…わかってる…。」

 「だったら、笑ってやれ。」

 「………。」

 「…夕べ、サンジに電話したら、あの野郎泣いてたぜ…。」

 「………。」

 「お前ェが笑わねェって。」

 「………。」

 「辛い…ってよ。」

 「………。」

 「サンジを思って耐えてるなら、だったら、笑ってやれ。」

 「………。」





こういう時だけおちゃらけもせず。



畜生



夕方、上機嫌で両親が帰ってきた。

母は昼間から飲んだらしく、頬を染めて、戸を開けるなり「たらいまぁ〜〜〜♪」とゾロに抱きついた。



 「お帰り。」

 「ゾロぉ〜、サンジぃ、今日からぁ、ホントのホントのホントに!ウチの子になったわよ!」

 「……ああ…そうだな……。」

 「ホントのホントの…ホントの…。」

 「………。」

 「…ちゃんとー…ウチの……あ!おとうさん!ホラ!アレ!ゾロに見せて!見―せーて!」



父が、困った顔をしながら



 「お母さん、奥で休みなさい。…ほら、ゾロ。」

 「………。」



受け取った、役所の封筒。

中の紙を引っ張り出す。



 「………。」



ゾロの隣に、サンジの名前。



ようやく、ゾロはサンジの顔を見た。

母が上機嫌すぎて、コートすらまだ脱いでいない。



どこか悲しげだが、それでも「嬉しい」が隠せない。そんな笑顔。



 「…おめでとう。」

 「ありがとう。」



一瞬、間をおいて、ゾロは



 「……これから『お兄様』と呼んでやろうか?」

 「おお、いいなそれ、よろしく頼むぜ『弟』。」

 「ざけんな。」



笑って見せた。



やっと



サンジの目が潤んでいる。



ホッと息をついて、ようやく



 「いらっしゃい、エース。」

 「おう、おめっとさん。」

 「ありがとう。」



父が



 「お母さんがこんなだから…今日の夕飯はサンジに頼めるかい?」

 「任せろ。」

 「エース、ルフィとサボは?来ないのかい?」

 「ああ、ルフィがまだ学校あるしよ。無断で休んだもんだから、もうサボれねェ。

 ブーブー言うんでサボが残った。初午の大祭には来るよ。」

 「そうか。じゃあ、振る舞い料理の量を増やしておかないと。」

 「お前、バイトは?」



サンジが尋ねると



 「今度こそ、20日までナシだ。その分、4月にたっぷり働かされるけどよ。

 まァ、月末にはお前さんは同じ屋根の下だしなー♪」



目尻を下げて、エースは言った。

サンジは笑ってゾロを見



 「夕飯、何が食いたい?」

 「…唐揚げ。」

 「わかった。」



エースが言う。



 「おいおい、夜も揚げ物かァ?」

 「ははは…今日のお膳にも唐揚げあったよ…。」

 「…ゾロが食いたいって言うんだ。今夜は唐揚げ。」

 「唐揚げ―♪塩麹―♪」



母が、手を上げる。

ゾロが



 「醤油。」

 「いーやー♪しお〜〜〜♪」

 「ほら、お母さん、奥で寝てなさい…。」



エースが笑い



 「どっちだ?」

 「両方。」



サンジが嬉しそうに答えた。















(2012/12/15)



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