BEFORE


 「ヤッホ―――――っ!!」 雄叫びをあげながら、ルフィが桟橋から海へダイブする。  「あのバカ!!」 サンジが叫んで、タオルを放り投げ、桟橋からルフィを追って身を躍らせる。 水飛沫。 テラスのリラックスチェアの上でナミが呆れたように  「ほっときなさいよ、サンジくん。自分がカナヅチだって忘れ切ってる、悪魔の実の能力者なんか。」  「…ナ、ナミさん…。」 桟橋に落ちたサンジのタオルを拾いながら、ビビが困ったように笑った。 ザバッと飛沫を上げて、サンジが海面に顔を出す。 片手にルフィ。 ルフィが、口からぴゅ―っと水を吐く。  「大丈夫?ルフィさん?」  「だいじょーぶ!」  「何が大丈夫だ!!自覚しろ!ゴム!!」 と、ルフィがサンジの目の前に、大きな貝を差し出した。  「サザエでございまぁ〜す♪(©エイケン)」  「うぉっ!デケェな!!」  「こいつが上から見えたんだ!」  「それならそうと言え!いきなり飛びこむから、びっくりしただろ!?」  「あはははは!!ごめん!!焼いてくれ!」  「了解。…ほら、上がれ!…ゾロ!ルフィ引っ張り上げてくれ!」 ルフィが来た途端、桟橋のコテージは賑やかになる。 言われて、本を読むチョッパーの横でうつらうつらしていたゾロは、立ち上がって桟橋の縁へ行き、ルフィを片手で引き揚げた。 そして    「………。」 それは、無意識だったかもしれない。 ゾロは、サンジに手を差し伸べていた。 ぴくっとサンジのコメカミが動いた。 手を、差し出してしまってから、ゾロは「しまった!」と思った。 つい つい、手を出してしまった。 さぁ、どうする!?  『余計な御世話だ!』 と切り返してくれれば、『へっ!』と鼻で笑ってあしらえる。 頼む! 『余計な御世話だ。』と言ってくれ!! でなきゃ、この手の引っ込めようがねェ!! 心の中で、ウソップに助けを求める。 が、ウソップはすでにメリーへ戻っていた。  『いいか?ケンカだけはするなよ?できるだけサンジに気を使って、  ちょっとはおだてて、譲る所は譲って、自分から歩み寄る姿勢を見せろ!いいな?』 そんな事を言われたせいか? つい つい!この手が勝手に!! 顔は平静を装いつつも、心臓はバクバク鳴っている。 と  「さんきゅ。」 電流が流れたと思った。 濡れているのだからそんなはずはないが、仮に、これが単なる静電気だったとしても、放してたまるかと瞬間思った。  「よっと!」 軽やかに、桟橋に帰ってきたサンジ。 濡れた板の上。  「おっっと!」 滑っ………。 抱きとめない訳にはいかなかった。 目の前で、転びそうになられたら、誰だって手を出す。条件反射だ。 だが、条件反射といえば、サンジの足も負けてない。 相手はゾロだ。 そのゾロに、抱きとめられた瞬間絶対に! 絶対に!! 絶っっっ対にっ!! 足が出るはず!! が  「おお、危ねェ!……たまには役に立つじゃねェか。マリモちゃん。」 ポン と、胸板をひとつ、軽く拳で叩かれた。 だけに終わった……。 次の瞬間、代わりにゾロが、桟橋から海中へ飛び込んだのは言うまでもない。 なんとなく サンジがゾロに対して優しい。 当たりが弱い。 ナミに、くどい位に言い含められているせいもあるだろうが、この島に上陸してから、1回もケンカをしていない。 だから、改めて気づく。 ゾロが、サンジの悪態に反応しなければケンカにはならない。  (…そっか…一歩引けばいいのか…。) その日の夕食は当然賑やかなものだった。 大騒ぎになるのは目に見えていたから、今日の夕飯はホテルのバーベキューコートで。 大騒ぎの夕食の後、浜辺で花火。 夜のプール。 ルフィとゾロとチョッパーは早々に部屋に引き揚げたが、ナミとビビと、サンジが、バーへ行くと言って出かけていった。 なので  「おれ、この上で寝る!!」 宣言したルフィが、昨夜サンジが休んだベッドを強奪してしまった。 ヤべ!!  「…おい、チョッパー!お前、下で寝ろ!」 ゾロが、上へ上がろうとしたチョッパーへ言う。  「えー?なんで?ヤダ!!」  「…てめェ、昨夜、そこから下へ落っこちたんだぞ!」  「え!?知らねェ!!そうなのか!?」  「…おれが受け止めたんだ。お前ェ、まったく起きないまんまでよ…!」  「うわ、ごめん。」 このままのポジションだと、サンジが隣に来る事になる。 それだけは避けたい。  「でも…上がいいなー…上の方が、窓の側だから涼しいんだもん。」  「いいじゃん!また落ちたら、またゾロに受け止めてもらえば!!」  「冗談じゃねェ!!」  「あ!そか!この柵、ゾロが上げてくれたんだな?それからはおれ、落ちてねェよな?だったらコレ、ちゃんと上げて寝るから!!」  「…う…。」 それ以上 何も言えない。  「ただいま〜〜…って、もう寝てるか…。」 時計の針は午前2時。 陽気な声で、サンジはひとり呟く。 暗い部屋。響く寝息といびき。  「………ぷ。」 サンジは、その光景を見て笑ってしまった。 1階フロアの、メゾネット下の寝室。 昨夜、ゾロが寝たはずの場所。 小さいベッドではないけれど。 何故か白目をむいたゾロの上で、ルフィとチョッパーが重なる様にして、豪快ないびきをかいていた。 サンジが上を見上げると  「……あ〜〜〜あ……。」 転落防止用柵 無残に壊れている。 おそらく、ルフィが蹴りか拳を一発入れたのだろう。 その後、2人で落下したらしい。  「が〜〜〜〜〜〜〜、ご〜〜〜〜〜〜〜。」  「……く―――ス――――ぴ―――――……。」  「………。」 サンジは、そっとゾロの口元に頬を寄せた。  「………呼吸確認。よし、生きてる。……ふわぁ…おれも風呂入って寝よ……楽しかったなーww……  ♪恋〜〜〜は優し〜〜〜〜い〜〜〜野辺の花よ〜〜〜〜〜♪……。」 遠くで、歌声に混じるシャワーの音が聞こえた様な気がする。 ゾロは、翌朝まで目を覚まさなかった。 せっかく、隣のベッドでサンジが眠ったというのに。 運がいいのか悪いのか。 さて、問題の、ゾロ船番の日。  「じゃ、メリーに戻る。」 ゾロが、ナミとビビの部屋にやってきて言った。 ナミは、にこやかに笑って  「ええ!よろしくね!そうだ、ウソップにこれ持ってきてって言ってくれる?」  「ああ。」 メモ紙を渡され、中を確認する。 コスメが2点、書かれてあった。  「それと!あんたはこれを持ってって!!」 よいしょ!と、ゾロに手渡したのは大量の  「おい!なんだこりゃ!?」  「見ればわかるでしょー?ショッピングの戦利品よ?」  「自分で運べ!!」  「運ぶわよ?これから増える分はね。」  「あァ!!?」  「お願いねーw……わかってると思うけど、万が一ひとつでも無くなってたら、どうなるかわかってるでしょーね?」  「……魔女め!」  「そーよォ?あたしは将来、魔法の森の奥の、宝石でできたお城で暮らすのww」  「!!!!!」 ビビが申し訳なさそうに  「気をつけて、ミスター・ブシドー。」  「……(怒)……ああ、そうだ。このままメリーにおれが残る。」  「へ?」 ナミがぴくっと反応した。  「おれが残りの船番やる。コックは寄越さなくていい。」 ナミはわざとらしく  「……あ〜〜ら?どういう風の吹きまわし?」  「………気まぐれだ。」  「そう?」  「……こういう高級ホテルは合わねェ。メリーの方が落ち着く。」  「ふーん。…わかったわ。じゃ、お願いね。」  「………。」 これでもか。 という量のショッピングバッグと箱を抱えて、ゾロはホテルを出ていった。  「さぁ!いよいよ、本作戦開始よ!」  「作戦?…何なの、ナミさん?」  「うふふふv いーのよ、気にしないで。ただ、上手くすれば、この先の航海が、格段に穏やかになると思うわ。」  「そ、そうなの?」  「……穏やかになって…面白くなるかもね……。」 ………。 あれ? ナミさーん? もしかしたら、本当に彼女は魔女かもしれない。  「ああああああああああああ!!ゾロォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 メリーに帰りつくなり、ウソップが抱きついてきた。 勢いで、いくつかの紙袋が破けて中身が飛び出してしまう。  「なんだ!?何があった!!?」  「よく…よく、迷子にならずに辿りついてくれた!!もう!あのバカ船長!!聞いてくれよぉ!!」  「だからなんだ!?」  「……食い物が無い。」  「………はぁあ!?」 普段、上陸し、船番が残る時。 サンジは、冷蔵庫や食糧庫の中に、船番の為にそれなりの食べ物を残していく。 今回はルフィがトップだったから、サンジは翌日の交代までの弁当を作り置いてきた。 なのに メリー号のキッチン。 冷蔵庫前。  「あの野郎!!全部食い尽くしちまってんだ!!」  「……ひでェ……ワサビとマヨネーズしか残ってねェ……。よくここまで食い尽くしたな…。」  「感心するトコかァ!!?」  「…まァ、今が陸だってのが救いだな。」  「ゾロ、お前明日までのメシどうするよ?」  「………まァ、酒がありゃ………。」 しまった。 交代は要らないと言っちまったな。 連中が、戻ってくるまで飯抜きか?  「…お前、メシどうしてた?」  「ここへ戻る途中でカップ麺買いこんだ…出航してから用だったんだけどよー。また買い直さねェと……。」  「…街まで遠いしな…ナミに荷物持たされたから…どこにも寄らずに来ちまった…クソ。」  「あー…仕方ない。おれ、一度戻ってくるよ。」 ウソップが、ため息交じりに言った。  「いいのか?…なんだったら、おれがもういっぺん街に戻って、食いもん買っても。」  「あ、いい、いい!ナミのお使い物、これ、さっき探してみたけど無ェんだ。  どうせスーパーに買い物行かなきゃならねェなら同じことだし。おれ行ってくる。カップ麺とかパンでいいか?」  「ああ。それと、酒。…あったらでいいんだが、生酒頼む。」  「了解!じゃ、ちょっと行ってくる!!……こういう時の為に、やっぱ電伝虫が要るなァ。」 彼らは海賊だ。 だから、賑やかな港に船を泊めることなど無い。 メリーが居るこの場所も、人家の無い海岸線の岩影だ。 仲間が泊まっているホテルは、海岸線に迫り出した森を抜け、ぐるりと入り江を回って、さらに30分はかかる場所にある。 一番近い港の市場は、正反対。 かなりの手間だ。 ウソップが、戻ってくるのは夕方だろう。 下手をしたら夜になるかもしれない。 申し訳ないなと、ふと思う。 キッチンの酒のラックからラムを引き抜き、瓶のまま煽る。 いくら無茶苦茶な船長でも、ここまでするか?と、口中で毒づく。  「…寝るか…。」 他にすることがない。 ゾロは、船首に上がり、メリーの側でごろんと横になった。 青い空の上を、カモメが一羽、飛んで行った。 とりあえず、今夜はサンジと離れられる。 ゆっくり眠れる。 昨夜は、ゆっくり寝たというより、意識を失くしていたと言った方がいい。 朝、状況を悟って、ゾロは即座にルフィとチョッパーを、腹の上から叩き落とした。 昨夜、サンジの香りを間近に嗅いだ様な気もする…。  「………ロ……ゾロ。おい?ゾロ?」  「………。」  「起きろ、ゾロ。」 ウソップが戻ってきた? もうそんな時間か?  「……悪ィ…手間かけたな…ウソ……。」 言いかけて ゾロの目が丸くなる。 茜色に染まった白い顔が、悪戯に笑っている。 金の髪が、オレンジ色に溶けて風に吹かれ、紫煙と一緒に踊っている。  「………コッ……ク………?」 ゾロを覗きこんでいたのは、狙撃手ではなく、料理長だった。    NEXT BEFORE                     (2010/8/11) 恋はドコから始まる?TOP NOVELS-TOP TOP