BEFORE






















まったく



いつもいつも、人に手間かけさせやがって。



事ある毎に、互いにいつもそのセリフを吐く。

辺り一面の銀世界。

眩さに思わず目を細めた。



 「あれ?ゾロ、どこ行くんだ?」



雪を踏み分けた小道をチョッパーとウソップが歩いてくる。

ウソップが尋ねる。



 「昼飯の時間だろ?」

 「コックが戻らねェんだとよ。」

 「あ。それで探しに行く所か?…って、え?サンジ、どこに行ったんだ?」

 「知るか。」

 「ちょっと待って。」



チョッパーが、林の木々の上を窺う。

すると



 「なぁ、金髪で眉毛がグルグルの男の人見なかった?」



尋ねたのはリスだ。

すると、梢の影にいた小鳥が一声鳴いた。



 「…あの鳥が見たって。お社の前の道を沢伝いに上がっていったって。……え?」

 「どうした?」

 「……“銀狐(ギンコ)”が一緒だった…?“銀狐”って誰?」



今度は、リスがキィと鳴く。



 「…鬼若様のお使い…?」

 「え…?」

 「………。」



ウソップが、恐る恐るゾロの顔を見る。



うわぁ



思わず天を仰いで溜め息をつく。

毎度の凶悪面。

だが



 「鬼若様って…マジかよ?」



ウソップのつぶやきに、ゾロはあからさまな舌打ちをして



 「……行ってくる。」

 「ちょっと待て!ルフィ達を呼んでくるから!!

 1人で山に入っても、お前ェじゃあっとゆー間に迷子になるぞ!!

 シャレになんねェんだからな!こんな雪山で!!」

 「…沢伝いに上がって行ったんだろ?どうすりゃ迷うってんだ?」

 「それを迷うのがお前ェだろぉぉ!!?」

 「待ってて!みんなに知らせてくるから!!」



チョッパーがトナカイ型になって駆けだした。

だが、ゾロはお構い無しに山を上がって行く。



 「待て!ゾロ!!ゾロってばよ!!」



結局、ゾロとウソップで、雪の道を進む。

ざくざくという足音と、ちょろちょろという沢の水音だけが響いている。



 「…なぁ、ゾロ…もし本当に、鬼がいたら…どうする気だよ…?」

 「……敵意があるなら斬るまでだ。」

 「あー、やっぱりね…。って、おい!!相手は鬼だぞ!?」

 「それがどうした?」



わかっているが。

例え敵が神様でも、己の敵なら容赦なく斬りかかって行く男だ。

沢伝いの森は、進むに連れて深くなる。

しばらくして



 「…あ!ゾロ!」



ウソップが、雪の上を指差した。



足跡だ。

サンジのものだろう。

サンジと、確かに四足の動物のものがある。



 「この道を行ったんだ。」

 「………。」



2人の歩調が速くなる。



 「おーい、サンジ――!!」



ウソップの声がこだまする。

その音に反応して、梢の雪がバサバサと落ちた。



 「…ウソップ…何か匂わねェか…?」

 「え?おれ、してねェぞ?」

 「屁じゃねェよ……。」





これは





花の匂いだ。





 「ゾロ!ここで足跡が消えてるぞ!」



ウソップが叫んだ。

指差した雪の上。

確かに、足跡が消えている。

だが、周りには脇道もなく、登るような木も岩もない。



 「動物の方の足跡もねェ!って…どこに行ったんだ?

 空でも飛ばなきゃ、この消え方はありえねェだろ!?」

 「………。」



匂う。

さっきからずっと、花の香がする。

どんどん濃くなっていくその香に、ゾロは顔をしかめた。

だが、



 「ウソップ…てめェ、ホントに匂わねェのか?」

 「だから、何が?」

 「………っ!」



おれだけか?

そう、感じた瞬間だった。



木々がうねった。

雪が舞い上がり、視界を奪った。



 「うわっ!!」

 「…く…!!」

 「ゾロ!?オイ、ゾロどこだ!?」



内臓がひっくり返るような不快感があった。

自分の名を呼ぶウソップの声が、どんどん小さく遠くなる。

体が宙に浮いて、どこかへ引きずりあげられるような感覚。





全身を覆う衝撃が消えた時、ゾロはようやく目を開いた。



暗い。



 「…どこだ…?ここは…?…暗くて何も見えねェ…。

 ウソップ…!ウソップいるのか!?」



答えはない。

だがその代わりに



 「真っ暗じゃと。」

 「人の目には暗いのじゃ。」

 「たれか、灯りをたもれ。」



 「誰だ!?」



甲高い声にゾロは腰の刀に手をかける。

瞬間、眩い光に目を眩まされた。



 「うわっ!!」



眩しいと感じたのは、目の前で光を燈されたからだ。

視界が戻る。

ほんのりと蜜柑色の提燈。



その提燈を持っているのは



 「!!?」



鶴だ。

くちばしの長い、空を飛ぶ、あの鳥の鶴。

だが、羽で上手に提燈を持ち、白い着物をきっちりと着込み、

首をかしげてゾロを見つめている。



 「お怪我はないか?」

 「!!」



問う主を見れば、牛の頭に人の体の大男。

さすがのゾロも、驚く方が先だった。

慌てて飛びすさり、周りを見回す。



 「……!!!!!!」



周囲がどっと湧いた。



 「おお、ご無事じゃ。」

 「お怪我も無うて何より。」

 「重畳重畳。」



ウソップはどこだ?

ゾロはぼんやりと思った。

そして、考えていた。

こんな時、ウソップならどうするか?



多分

そのまま卒倒して、死んだフリをして、これは夢だと叫ぶに違いない。



ゾロの周りを取り囲む有象無象。



猿に狸に蛇に蛙。

熊に馬に牛に犬に猫。

喋る地蔵に、踊る蓑笠。

鋤や鍬の化け物に、動く野菜、等等…。



 「…なんなんだ!?ここは!?なんなんだ!?てめェらは!?

 ウソップをどこへやった!?コックを攫ったのはてめェらか!?」



叫ぶゾロに、馬の化け物が言う。



 「矢継ぎ早にまくし立てられても、何から答えればよいか。」

 「とりあえず、口上を先に申し上げようぞ。」

 「おお、それがよい。」

 「それがよい。」

 「てめェら、人の話を…!!」



瞬間。

化け物どもが一斉に膝を正し、両手をついた。



 「御貴殿には、ここにおります皆が皆、お初にお目もじ恐悦至極!!」

 「佳日吉日、御貴殿を、こなたにお迎えいたしこれに勝る慶びはなく!」

 「我ら一堂、謹んで、ご挨拶申し上げまする!!」





 「………。」





どう見ても、まともな連中ではない。

というか、まともな人間ではない。



 「………。」



梅の香が濃い。

匂いの元は、ここなのか?



とりあえず、この妖怪たちに敵意はない。

ゾロは、刀の柄にかけた手を下ろした。



 「…ウソップは?」

 「ご心配めさるな。ちゃんと外にて、無事でござりまする。」

 「コックは…?」



蛇と蛙が互いを見た。

この反応。図星のようだ。



と、牛が口を開いた。



 「…ロロノア・ゾロ様。」

 「…おれの名を知っているのか?」

 「それはもう、よっく存じ上げておりまする。」

 「………。」

 「これより、あなた様を、我等が主の元へご案内いたしまする。」

 「あるじ…?」

 「はい。お屋形様の元へ。」



お屋形様?



 「道は既に開かれておりまする。この梅の香を辿り、まっすぐに行かれませ。」

 「…そこにコックがいるのか?」

 「………。」



答えはなかった。

だが、行くしかないだろう。



 「…我らは道を示すのみ。お急ぎなされよ、銀狐の開いた道は、

 間ものう消えてしまいまする。」

 「そこにコックがいるのか!?」

 「…疾(と)く、お急ぎなされ。」



ゾロは、牛が示した暗い道を、躊躇うことなく歩き始め、やがて何かに急かされる様に走り出した。











 「消えちまったんだ!目の前であっという間に!!」

 「…あのね、ウソップ?大の男を吹き飛ばすような風のエネルギーが、

 どのくらいのものか教えてあげましょうか?」



腰に左手を当て、右手に天候棒(クリマタクト)を持ちながら、ナミが呆れた声で言った。



 「嘘じゃねェってェェ!!」



日頃の行いが災いして、誰もウソップの言うことを信じてくれない。



 「穴にでも落ちたのかもしれないわよ?だから消えた様に見えたのかも。」



ロビンが言う。

だが



 「おれだってそう思ったんだよ!!けど、どこにも穴なんかなかった!!」

 「しょーがねぇな、まったく。おい船長、どうするよ?」



フランキーに問われて、ルフィは麦わら帽子を被りなおし



 「そりゃ、行くしかねェだろ?」



あ。

ヤバイ。

とんでもなく嬉しそうだ。



全員そう思ったが、確かにここは、探しに行く方が良策だろう。



 「あの2人なんだから、ほっといても大丈夫よ。」



ナミがあきれた様に言う。



 「いいぞ、留守番してても。もし2人が戻った時に、誰も居なかったら困るだろ。」

 「あら、珍しく正論ね。」

 「ウソップ、フランキー、行こう。」

 「おう。」

 「了解。」

 「おれも行くぞ、ルフィ。」

 「そうだな、チョッパーがいた方が便利だ。行こう。ブルック、留守頼むな。」

 「ハイ、お任せを。」

 「よぉ〜〜〜し!ゾロ鬼探しに出発だぁ!!」

 「って、違うだろ!!?」



全員のツッコミを笑い飛ばし、ルフィは鼻歌交じりに山道を上がっていった。



 「大丈夫かしら?」

 「ウフフフ…大丈夫よ。彼らなら。」

 「さ、外は寒いです。中でお茶でもお淹れしましょう。」









暗がりの道。

だが、所々にほんのりと紅い光が浮いている。

足元は柔らかく、だが、草を踏んでいるのか雪を踏んでいるのかはっきりしない。

ずっと、花の香がしている。

それは確かに、この道の奥から漂ってきていた。



 「お…?」



前方に、淡い光が見える。

無意識に、ゾロの足は速さを増した。



 「………。」



そこは、天井の高い岩室だった。

だが、壁一面を光る苔が覆い、堂内は決して暗くはない。

外は雪が降り積もっているのに、ここはとても暖かかった。

自然の洞窟の中に、明らかに誰かが暮らしている匂いと雰囲気がある。

古めかしい几帳や行灯。小机。

奥にある衣桁(いこう)に、ゾロは目を止めた。



着物だ。



紅梅色から退紅(あらぞめ)色へ移るグラデーションが鮮やかな着物。

一瞬、梅の香がこの着物から漂っているのかと思った。



その着物だけを見つめながら、中へ一歩を踏み出した時、足元の障害物にその足を引っ込めた。



人だ。

向こうを向いて、頭を手に乗せて寝転がっている。

肩が、規則正しく上下し、軽い寝息が漏れていた。



こいつが?



ゾロが思った瞬間、横たわった体がゴロンとこちらへ寝返った。



 「!!?」



その姿に、ゾロは息を飲む。



鬼だ。



話に聞いた緑色の肌。



2本の角。



だが、ゾロが驚いたのは、その鬼の姿のせいではなかった。



ぱちっと、鬼の目が見開かれた。

赤い目が、ゾロを見上げる。

声も出さず、ゾロもその目を見つめた。

すると、鬼の口から低い笑いが漏れた。



 「…石の上にも3年というが、長く生きていると、こう言う事も起きるんだな。」



鬼が、起き上がりながら言った。



 「………。」

 「この道を教えたのはアヤカシどもか?人の身で、よく辿り着いた。」

 「…てめェ…。」



ゾロは、生唾を飲み込み、尋ねる。



 「…何者だ…?」

 「………。」



鬼は、不敵に笑う。



 「おれが何者か、それはお前がイチバンよくわかってるんじゃねェのか?」

 「………。」



鬼だ。

緑の肌の、赤い目の、2本角の鬼。

だが、その顔は紛れもなく



 「…おれはお前だ。ロロノア・ゾロ。」

 「………!!」



その鬼の顔は、肌や目の色こそ違うが、ゾロ自身のものに他ならなかった。



 「…生き別れの鬼の兄弟がいるなんて話は、聞いた事がねェ。」

 「当たり前だ。」



鬼は、ゾロの言葉をあっさり斬り捨てた。

腰の和道一文字に手をかけ、ゾロは叫ぶように言う。



 「コックはどこだ!?」

 「………。」

 「コックは…サンジはどこにいる!?テメェが攫ったのか!?」



鬼はまた笑った。

だが、どこか悲しげな顔だ。

そして



 「銀狐(ギンコ)。」



と、低く呼んだ。

がさっと草を鳴らす音がして、室の奥から、一匹の狐がおずおずと姿を現した。

サンジを、森の奥へ導いた銀色の狐。

2本足で立って歩き、もじもじと手を揉みながら、恐る恐る鬼の前へやってきてうな垂れた。



 「……おれが喜ぶと思って、連れてきたのか?」



銀狐と呼ばれた化け狐は、こっくりとうなずいて、ポロリとひとつ涙を零す。



 「……お前はあいつに可愛がられていたからな。寂しかったのはお前だろう?」



笑いながら言う鬼に、狐はさらに涙を零す。



 「銀狐。」



びくっと、狐の尻尾が震えた。



 「…あの男は、こいつの“サンジ”だ。おれのじゃない。」

 「………。」

 「返してやれ。」



狐は、しょんぼりしながらトコトコと歩き、鬼の後ろに置かれている几帳を取り払った。

そこに



 「コック!!」



思わず、ゾロは駆け寄った。

サンジが、絹の褥の上に横たわり、眠っていた。











(2009/1/15)



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