ある程度の予想はしていた。
このアパートの住人に初めて会った時から、こういう状況はある程度目に見えていた。
だがここまで
お祭り好きで、人懐こくて、無作法で、無遠慮で、能天気で、阿呆な野郎共を見た事がなかった。
「ぃよ〜〜〜し!新しい仲間にカンパーイ!!」
ルフィが勢いよく紙コップを振り上げたので、中のウーロン茶が溢れて零れた。
「うわっ!加減しろ!てめェ!」
「あっはっは!まぁ、気にすんな!じゃ、もっかいやり直し!
よーこそサウザンド・サニーへ!…えーっと…。ところでお前、名前なんてんだ?」
「あきれた。まだ名前も聞いてないの?」
ナミが言った。
フランキーだ、とそっけなく答えると。
「じゃ、またまたやり直し!!新しい仲間フランキー!!サニーへようこそ!!」
「かんぱーい!!」
「…どーも。」
大工フランキーを歓迎しての、イキナリの宴会。
出かけていた2人の住人の帰宅を待ち、盛大に始まった。
と、いっても、あのフロアにラグを敷き運んだテーブルの上に載せられた料理は、
サンジという5号室のコック修行中の専門学校生が作ったブイヤベースやサラダ以外は、
かき集めてきたようなツマミやスナック類ばかりではあるが。
このアパートの修理が終わったら出ていくヤツに、ご苦労なこった。
だが、フランキーも賑やかなことは嫌いではない。
修行時代は、アイスバーグや同輩の連中と、日毎夜毎にバカ騒ぎしたものだ。
だが、このアパートの住人は世間一般の『常識』というものを持ち合わせてはいなかった。
そして、全員に共通する困った性癖は、「面白ければオールオッケー」「おれが世界でイチバン」な、妙な自信と困った思考。
そして一様に、どいつもこいつも『貧乏』だった。
1号室のルフィはまだ高校生。
なんでも、厳格な祖父のしつけが厳しくて、それが嫌で嫌で家を飛び出し、勘当されている最中だという。
2号室のゾロは大学生。
見た目のゴツさとは裏腹な、なかなかの秀才らしい。
W大の法学科の学生だという。
将来は、判事か検事か弁護士か。
まだ決めかねていると、仏頂面で答えた。
こんな裁判官の手にかかったら、極悪犯は全て死刑になりそうだ。
3号室の女、ナミ。
専門学校生だそうだ。
4号室の鼻、ウソップというK大学の情報学科の学生が言うには、本当はこんなボロアパートに住まなくてもいいくらいの稼ぎがあるらしい。
「まだ学生なんだろ?どんな商売してるってんだ?」
「あー…聞かない方がイイと思うな。」
「ですが、あなたもここに住むからには、
いずれナミさんの洗礼を受けるコトになると思いますよ?ヨホホホホ!」
「だよねー。」
呼び戻された凸凹コンビ。
背の高い方がブルック。
チビの方がチョッパー。
チョッパーはなんと、この童顔でT大医学部の学生だそうだ。(童顔関係ない)
部屋は6号室。
ブルックが唯一の社会人、元は某交響楽団の楽団員だった。
近頃の不況で楽団が解散し、解雇されてしまい、今は新宿のホテルでバンドマンをしているそうだ。
苦労が多かったのか、痩せた顔や体はまるで、ガイコツが服を着ている様に見える。
(実際骨だけに見えるんだ。)9号室の住人。
「洗礼だぁ?」
どういうこった?
フランキーがそう尋ねた時だ。
ナミがフランキーににじり寄ってきた。
「ねぇねぇちょっと、フランキー。あんた、イイ体してるわね〜〜〜。さすがは肉体労働者だわ〜。」
「あァ?」
「ほぅ〜ら、始まった。」
ウソップがうんざりした顔をした。
その隣に座っていたゾロが、ますます仏頂面を険しくして、ビールを瓶のまま煽る。
するとサンジが
「おい、ゾロ!ひとりで煽ってんじゃねェよ!!
ビールはひとり頭、500ミリしかねぇんだぞ!」
「それっぽっち、呑んだ気がしねェ。」
「私の分をあげるわ、コックさん。」
「甘やかしちゃ駄目だよ、ロビンちゃん!くっそ!やっぱり缶で買ってくりゃ良かった!」
そんなやり取りに、瞬間気を取られた。
だから
ナミの一言に、気づかぬ内にうなずいていたらしい。
「ありがとう!じゃ、さっそく脱いで!!」
「……は!?」
「瞬間、“萌えた”わ!今度の本はガテン系で行く!!
さあ、描くわよ〜!ホラ、さっさと脱いで!」
なんなんだコイツ!?
「ん〜〜〜〜、どんなのと絡ませようかな〜〜〜?意外性のあるカップリングがいいのよね〜〜〜。
ガテン系の男と大学生?ガテン系と高校生?ガテン系とコック?ガテン系とプログラマー?
それとも医学生?バンドマンもいいかしら〜〜〜?」
「…ナ、ナミさん…。」
サンジが苦笑いを浮かべた。
ウソップがフランキーに囁く。
「…“腐女子”って言葉知ってっか?」
「知らねェ。」
チョッパーが小声で言う。
「BLって知ってる?」
「知らねェな。」
「ボーイズラブ。男の子同士の恋物語のコトですって。」
ロビンがにっこり笑って答えた。
聞いたコトあるよーなないよーな。
「……で?」
「つまりな、ナミは、そういう類の話をマンガで描いて、同人誌…
自己出版みたいな本を出して、それを売るってことを副業にしてる訳だ。」
「なるほど?」
「年に何回かそういう本を売るイベントがあって、
そこで、ナミは自分の描いたその本を売りまくって儲けてるらしい。」
「壁サークルだって言ってたよね?それってすごいんだって!」
チョッパーが、キラキラした目で言った。
「だからあいつは本来、こんな安い家賃のオンボロアパートに住むコトはねぇんだよ。
でも、あいつが出て行かない理由が…。」
「ウソップ。」
低い、不機嫌な声が言葉を遮った。
だが、ウソップは、チラリとその声の主ゾロを見た。
その目に、明らかな憐れみの光。
「…おれらをモデルにし放題ってことなんだよ。
見てもわかんだろ?こんだけヤローがいりゃ、モデルには事欠かねェって。」
フランキーは、胡散臭げな目を向けて
「嫌なら断りゃイイだけの話だろ?それで脱げってか?冗談じゃねェ、断る!」
「なによー、いいじゃない!減るもんじゃなし!ケチ!」
ナミがぷっと頬を膨らませる。
「お前ら、何で言いなりになってんだ?男なら、びしっと言ってやりゃァいいじゃねェか!?」
「…そりゃ、あいつに弱みのないヤツが言うセリフで…。」
「弱み?なんだ?」
「あー、ズバリ………………借金?」
「プライド無ェのか?てめェら。」
「プライドっていうのはね?借りたお金をきっちりと返す。
そういう行為をきちんと出来る人間にしか許されないのよ?ねェ、ゾロ?」
「おれ、限定か!?」
「アンタの元金がイチバンでかいのよ!」
どうやら、この小娘の趣味に、イチバン翻弄されてネタにされているのはこいつらしい。
ゾロとナミのやり取りを横目に、ウソップは更に言う。
「だから、コレだけは忠告しとくぜ。ナミに余計な借りは作るな!
ココで平和に過ごす為の鉄則だ!」
こんな小娘に、つけ込まれるようなことにはならねェよ。
が
「わかった。」
とだけ、答えておいた。
ハタから見れば充分異様なこのやり取りに
「ウフフ…。」
と、楽しそうに笑みを浮かべている管理人もどうかと思うが。
しかし、この若さでアパートの管理人か。
美人で、華があって、確かに掃き溜めに鶴だ。
こんな所にいるより、都会のオフィス街を颯爽と歩いている姿の方が余程似合ってる。
詮索が好きな訳じゃねェが
「アイスバーグに仕事を頼んだのは、あんたか?」
「ええ。他に、建築物関連の知り合いがいなかったものだから。」
「………。」
「そうしたら、腕のいい大工を紹介してくれるって…それがアナタ。」
「見込まれたもんだな。」
「あなたでよかった。」
「は!?」
イキナリの言葉に、フランキーは目を丸くする。
「…気に入ってくれたでしょう?この家。」
図星。
「あちらこちら、見ている時のあなたの顔。とても嬉しそうだったもの。」
「………。」
「安心してお任せ出来るわ。」
「…あんたも気にってるんだな?このオンボロアパートを。」
「……ええ。私の大切な…宝物ですもの。」
「………。」
そういった瞬間のロビンの横顔に、ふと悲しげな色が漂った。
思わず、言葉を探ろうとした時
「ロビンちゃ〜ん!食べてるか〜い!?ブイヤベース、おかわりあるからね〜〜vv」
サンジのテンションの高い声に邪魔された。
「ありがとう。」
それきりロビンは、口を閉ざした。
さらに
「フランキ〜〜〜〜♪ねェ、お願ぁ〜いvvちょこっと!
ちょこっとでいいから、ガテン系のお兄さんの体デッサンさせて〜〜〜〜♪」
酒の回り始めたナミが擦り寄って来る。
「断るっつってんだろ!?そっちの緑頭に頼め!!そっちのが充分いい体してっぞ!」
「おれだって断る!!」
「運動系の筋肉と、労働系の筋肉は違うのよぉ!」
「ヨホホ。そうなんですか?チョッパー?」
「ん〜、まぁ、そうだけど。」
「ほらぁ!!だ・か・ら・お願い、脱いで?VVV」
「ナミは筋肉フェチだからなー。」
「そっか。じゃ、おれは肉フェチだ♪」
「そういうのはフェチって言わねェよ。」
訳がわからん。
翌日から、フランキーによるサウザンド・サニー改修工事が始まった。
住人たちは、昼間はみな学校で、残っているのは夜の商売のブルックだけだ。
そのブルックも、昼には別のバイトで出かけてしまうので、午後になると
この広いアパートの中にいるのは必然的にロビンひとりだけになる。
ロビンは結構早起きで、てんでバラバラに出かけて行く住人達へ、
必ず「いってらっしゃい」と声をかける。
そうして彼等を送り出してから、アパートの周りを掃除したり、
裏手の広い庭の手入れをしたりしながら1日を過ごす。
他に仕事を持っている様子はなく、その姿をこの数日ずっと見ている
フランキーは、こう思わずにいられなかった。
(世の中に背中向けちまったような生き方だな。)
ロビンは若い。
おそらくフランキーより年下だろう。
なのに、彼女はまるで、俗世間を捨てて隠棲してしまった尼僧のような雰囲気がある。
それは、フランキーがこのアパートで寝起きをする様になってから、20日も経つ頃には確信に変わっていた。
ロビンは、およそ世の中に興味がない。
彼女の外界との接点は、このアパートのあの能天気な住人たちだけだ。
「へぇ〜凄いわね、自分で切り出してるの?」
「…ああ、既成じゃもう、作ってる工房も職人もいないんでな。」
その日は土曜日だった。
今日は朝から、玄関ホールのステンドガラスの枠を交換している。
部品がないので、同じような金属を探してきて、昨日アイスバーグの工場で切り出してきた。
その作業を、朝からナミがずっと見学している。
見学と言いつつ、手にはしっかりとクロッキー帳と鉛筆。
「職人並みとはいかねェが、おれなりの処置で間に合わせる。ココを補強しとかねェと、玄関ドアの修理が出来ねェんだ。」
「ロビンが言ってたわよ。とても仕事が丁寧だって。
アンタみたいなゴツい男がどんな丁寧さだろうって思ったけど、ホントに巧いわね。
大工のコトはよく知らないけど。」
「…あいつはずっとココの管理人なのか?」
「あら?気になる?」
「………。」
「美人だもんねー、ロビン。」
「そんなんじゃねェ。」
「いいわよ、トボケなくたって。…あたしがこのアパートの来た時にはもう管理人だったわ。
でも、ロビンがココに来たのは、割りと最近みたい。
ゾロとサンジくんがここに入った時は、おじいさんが管理人さんだったって。
そのおじいさんが体壊して、その後に来たのがロビンだったらしいわよ。」
「…ふーん…。」
「…だから、ロビンがココに来た経緯は、サンジくんが知ってるかもね。
ゾロは、人の過去とかあまり興味持たないから。聞いてても、右から左で忘れてるかもしれないわ。」
その時だ。
「フランキー、ナミちゃん、お茶にしない?」
ロビンの声に、ナミは一瞬息を止めて驚いた。
今の会話、聞かれていたかも。
「ああ、ありがてェ。喉が渇いてたところだ。」
「よかった。」
「あ、あたし、部屋で原稿描かなくちゃ…!印刷所の締め切り近いのよ!」
「まぁ、そう?がんばってね。」
「ありがと!じゃね、フランキー!」
ナミがぱたぱたと2階へ駆け上がる。
見送って、管理人室のドアを示しながらロビンが言う。
「どうぞ。」
「…ここでいい。」
「ここは寒いわ。部屋の方が暖かいから。」
「女の部屋にひとりじゃ入れねェ。」
「まぁ。」
ロビンは笑い
「じゃ、ここへ運ぶわ。」
言って、ロビンは管理人室からトレーを持って戻ってきた。
暖かい緑茶と、皿に載せられた3個のどら焼き。
「昨日ルフィのお兄さんが来たの、お土産に戴いたものだけど。」
「小僧の?勘当されてるんじゃ無かったのか?」
「ええ、でもお兄さんは年中様子を見に来るわ。
直に会うとルフィがつけ上がるからって、私に普段の生活の話を聞きに来るの。
…ここのお家賃もお兄さんが。」
「…幸せなヤツだな。」
「…ええ…。」
「あいつ、何で勘当されてんだ?」
「…夢があるんですって。」
「夢?」
ロビンは笑って答えた。
「“旅人”になりたいんですって。」
「…中田英寿か?」
「でも、ルフィのおじいさんは、自分と同じ公務員にしたいみたい。」
「公務員か。」
「ええ、海上自衛隊。…海将ですって。」
「自衛隊はよく知らねェが、エリートな響きだな。」
「ええ、そうね。実際、お兄さんの方も自衛官なの、航空だけど。戦闘機乗りらしいわ。」
「ああ…それじゃあ、確かに弟もって考えるわなァ…。」
だが、あの自由奔放を絵にしたようなガキに、そんな堅苦しい姿は似合わないような気がした。
ふと気づくと、ロビンもフランキーの隣で湯呑みを手にしている。
「おい、部屋へ戻っていいぞ。寒いだろ?」
「平気よ。」
「………。」
「…少しずつ…キレイになっていくのを見るのは楽しいわ。」
すっと、ロビンは天井を見上げる。
つられて、フランキーも上を見上げた。
ホールの天井。
不似合いなベニヤ板が打ちつけられている。
雨漏りでもしたのか、カビが出ていて黒ずんでいた。
「あそこ、はめ殺しのガラス天井だったんだろ?」
「……ええ。」
「修理してやりてェんだが、ガラスの残骸調べてみたが…同じモノは手に入りそうにねェ。
例え手に入っても、とんでもなくエレェ金額になりそうだ。」
「…そう…。」
「玄関のステンドグラスと、同じ職人が作ったものだな。…絵柄の鳥の羽が残ってた。
勿体ねェな。さぞ見事な天井だったろうに。」
「…真っ白なガラスに、唐草文様…1羽の青い鳥…そんな絵だったわ…好きだったけど…
台風があった年に割れてしまって…。」
「見たかったな。」
ロビンは、フランキーの言葉に一瞬はっとなり、そして笑った。
「……塞いでしまうの?」
「…そうだな…それがイチバン楽だし金も…まぁ、それはともかく
…だが、あそこを普通に天井にしちまったら暗くなる。
あそこがガラス天井だったから、このホールは明るかったはずだ。」
「…ええ!そう、そうなの!」
「…ガラス天井にしてやるよ。まぁ、元のようなアンティークな天井にはならねェけどな。」
「ありがとう…それでも嬉しいわ。」
微笑むロビンに、思わずフランキーはむせこんだ。
どら焼きの中に、かなりデカイ栗が入っているコトに気づかなかったのと、その笑顔があまりに愛らしかったのとで。
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(2008/10/16)
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